とある夏の真っ昼間、民間企業からの要請で北東部の島に建設されたビーチの施設増設警備を任されてしまった黒羽鎮守府の提督である深創は数人の艦娘と共に目的地まで来ていた。
増設にはまだ施設が充実しておらず、作業員用の休憩小屋と俺達のような警備員用の大きなコテージが建てられているだけで他は骨組みくらいで止まっている。
「………今日は日差しがいつになく増して強いな、40度近い。もはや自然災害だこれは」
「提督ー!見て見て!」
「ちょっと鈴谷…!」
「ん……?」
ビーチの浜辺を見渡していた深創の背後から声を掛けてきた鈴谷とそれを咎める熊野に振り返る。
鈴谷はかなり攻めた感じのきわどい派手な色のビキニを来ており、その背中にくっついている熊野は控えめな色の意外なアロハ水着を着用して顔を真っ赤にしていた。
「なんだお前達、泳ぎたいなら一般公開されているビーチに行ってこい」
「かー分かってないな提督は!なんか言うことあるっしょ!?」
「…………?、近辺警備なら終わらせただろ?昼飯はまだ先だ。飲み物なら事前に渡した金でー」
「ストーップ!!違う違う違うの!!鈴谷達の水着だよ!み・ず・ぎ!感想ちょうだい!」
「感想………………似合ってるぞ?」
「ショボ……」
「見る目無しですわ……」
「なんなんだ……遊ぶならさっさと行ってこい」
最後までブーイングを吐きながら一般公開のビーチに向かっていった鈴谷達を見送り、深創は再び浜辺に視線を向け直す。
この離島は既に一般的にも公開されており、普通に市民が出入りして反対側の浜辺をビーチとして使用している。
しばらくその場でじっと海を眺めていると、背後から砂を踏み分ける足音が聞こえ始めた。
「…………古鷹か」
「は、はい……!」
古鷹は少し恥ずかしそうに黒のスカート水着で強調された胸元を気にしながらゆっくりと歩いて背を向ける深創の隣に立つ。
「提督は泳がないのですか?」
「ああ……水着を持ってないからな、そういう古鷹は?加古はどうした、一緒じゃないのか?」
「………………えっと、かき氷を食べ過ぎたみたいで……」
(なんだ今の間は……?)
「なるほど、今度からは気を付けろと言っておけ、いざというときに腹痛で動けないとあっては困る」
「はい……分かりました」
(……新しい水着…なんだけどな…………ちょっと悲しいかも)
「………………」
「………………」
しばらくの沈黙の後、気付いたように古鷹は深創にラムネを差し出す。
「よかったらどうですか?美味しいですよ?」
「ん、すまない、ありがとう」
「はいどうぞ」
古鷹は自分の分のラムネの蓋を開け、両手の親指でビー玉を中に押し入れようとするがなかなかに固くて入らない。
かなりしぶといのでチラリと隣を見てみると既に深創はラムネを飲んでいた。
こちらに視線に気付いたのか、飲むのをやめて口を開く。
「どうした?」
「えーっと、ラムネのビー玉が入らなくて……はは」
「ふむ……こっちによこせ」
「え?はい……」
とっさにラムネを提督に受け渡す。
(…………え?)
提督はラムネを逆手ではなく表手に持ち、肩の上まで掲げて地面を見つめる。
まさかと思った古鷹が声を出した瞬間、ラムネを持った右手は古鷹の目にも止まらぬ早さで消え、残像と共に振り下ろされた。
「っ……あ」
「ほら、入ったぞ」
振り下ろされた右手に握られたラムネ瓶のビー玉は中に入っており、炭酸も問題ない。
だがあまりの出来事に呆然としていると、提督は静かに教えてくれた。
「腕の力は必要ない……」
「はい……?」
「要は遠心力だ、腕を落とす時の自由落下運動に身体を波打たせてエネルギーに補助の力を加えて更に加速、それだけの話だ」
簡単に言っているがこれは神業に近い、何故なら高さを持った物体が最高加速を迎えた瞬間に全身の筋肉を連動させて超自然的な波を骨が存在する人間の肉体で実現させる必要があるのだから。
「まあいい、ほら」
「ありがとうございます……!」
「ラムネか……久しぶりに飲んだ気がする」
「そうなんですか?」
「いや、大和のラムネはこの前飲んだんだが……それとは違った感覚がある」
「確かにそうですね、大和さんのラムネはいつでも飲めますから」
「…………そうかもな」
「ふふふ……」
その時、古鷹の中にある勇気が芽生える。
「……………あの」
「なんだ?」
「その、よかったら一緒にビーチ…回りませんか?」
「……別に構わないぞ?それなら加古を迎えに行かないとな」
「……………そ、そうですね」
妙にショボくれる古鷹を見ながら俺は鈴谷のことを思い出した。
「そうだ古鷹、いい忘れていた」
「はい?」
「その水着、似合ってるぞ?お前らしいな」
「っ…………ありがとうございます!」
俺は満足げな古鷹と一般公開されたビーチに入る。
休日の真昼ということもあってかなりたくさんの人々で賑わっており、焼きそば屋台がフル稼働で展開して非常に忙しそうだ。
とりあえず辺りを見渡していると遠くの方から加古がフランクフルトを咥えて両手にかき氷を持ってこっちに走ってきた。
「いたいた!探したよ古鷹~……お、提督も一緒?」
「お腹の調子は大丈夫なの?またかき氷食べたら……」
「大丈夫だって!さっきは掻き込み過ぎただけだからさ!」
「頼むぞ加古、今のお前はもしもの時の切り札的存在だからな?」
「分かってるって、何が来てもあたしの加古スペシャルで吹き飛ばしてやるよ!」
そう言って古鷹とおそろの水着を着た加古はドヤ顔を見せつけてくる。
「それにしても古鷹しかいないと思ってあたし合わせて二人分しか買ってきてないや」
「それなら古鷹が新しいのをー」
「ほらよ、あーん!」
「いいのか?すまないな」
「えっ……ちょ?」
駆け出そうとした古鷹の目の前で加古はスプーンで掬ったかき氷を深創の口に運ぶ。
そんな一連の行動を二人は恥ずかしげもなく繰り返す。
「あわわ……」
「いやごめんよ提督」
「気にするな、それよりも。分けてもらってすまないな」
「いいって、これでおあいこな?」
「……………………」
(むむ…………わ、私だって!)
「ん?どうした古鷹?」
「提督!あ、あーんです!」
「…………ん」
「どうですか?」
「いやどうって……かき氷だな」
そうだけどそうじゃない。
なかなかに無自覚という鉄壁守備は固いものだ。
無論その感情は古鷹だけではない、だが彼女達はみな深創という難攻不落の絶対防御を落とせずにおり、逆に堕とされている。
「それはともかく、泳いでこないのか?」
「んー今は気分じゃないんだよなー……」
「古鷹もです……」
「そうか?ならとりあえずこのラムネを捨てないと……」
「あ、それなら古鷹が捨ててきますね!」
「悪いな、それなら頼むぞ」
「はい!任せてくださいね」
古鷹に空のラムネを受け渡し、軽く頭を下げて見送る。
そして古鷹が角に曲がって見えなくなる辺りで計ったように加古が話しかけて来た。
「ねぇ……提督?」
「なんだ?また腹でも下したか?」
「違うって、そうじゃなくてさ……」
「……どうした?急にしおらしくなって」
加古の変化には流石の深創でも気が付いた。
妙に歯切れの悪い加古は徐々にその顔を赤らめ始め、ぎこちなく深創の右腕に身体を預ける。
もちろん海にも入ったのだろう、潮の香りを纏って水分を少なからず含んだ彼女の肌は体重が掛けられた右腕の布地をしっとりと濡らす。
「…………大丈夫か?」
(体温が上がっている……顔も赤い、風邪か?もしくは熱中症の可能性も……)
「うん……ありがと…………あのな」
「ああ、なんだ?」
「実は……さっきのやつ。結構恥ずかしいんだぜ?」
「さっきの…………あれか、別に気にするな」
(なにかあったか……?ダメだ分からない、上手く話を合わせよう)
「でもな、あんなことするのは提督だけだぜ…?」
「……そうか」
「その、実はな?」
「…………?」
「あたし、提督がー」
その時だった、タイミング悪くラムネ瓶を捨てに行っていた古鷹が戻ってきてしまったのだ。
なんとも間が悪いタイミングに蒸発してしまった加古は思わず古鷹と深創に背を向けてしまう。
「ん?どうしたの加古?」
「大丈夫か?腹痛か?」
「い、いや違う!とりあえずこっち見んな!」
そして通りかかった鈴谷達と合流してから深創は一人そこで別れる。
「あれ?行っちゃうの?」
「そろそろ見回りに戻る……そうだ、ここのビーチは特設ナイトプールがあるらしいぞ」
「ナイトプール!?マジかよ!」
「まあ素敵な響きですわね……!」
「今日は存分に楽しむといい、だが羽目を外しすぎるなよ」
その夜、ナイトプール真っ最中の中で深創は真反対の岩部でじっと座って監視していた。
遠くの方で鳴くカモメの声を聞きながら静かに波打つ緩やかな月明かりに輝く海を見渡す。
今日の昼間は特に何事もない、だがこのまま終わるとは考えにくい、仕掛けてくるとしたら夜。
(だが何故だ……?まるで仕掛けてくる予兆が感じられない。もしかしたら何も起きないかもしれないな)
「…………提督?」
「……どうした古鷹?道にでも迷ったか?」
背後から話し掛けて来た古鷹に振り向き、起き上がろうとするが古鷹は俺が立つ前に隣に座ってきた。
「私達と別れた時からここでずっと見張っていたんですか?」
「ああ……そうだな」
「…………そうですか」
「それで?どうしてここに?」
「………………無理してるかなって思ったんです」
深創と目を合わせて真剣な眼差しで古鷹は話を続ける。
「提督、どうか無理しないで下さい。無茶しないで下さい」
「………………」
「私達は……私は、提督が心配です…………」
「………………」
一言も発しないで目を逸らす深創を見ながら古鷹は爛々と散らばる星空を見上げながら優しく問い掛ける。
「提督は頑張りすぎなんです、たまには全部投げ出してもいいんですよ?」
「………………」
「夜はゆっくり寝て…たっぷり二度寝してから朝を迎えて、ご飯を食べて、1日中ダラダラしましょう。何も考えずにゆっくりしましょう?お暇だったら古鷹がー」
「勘弁してくれ」
「………え?」
提督は一息ついてから立ち上がり、色の無い必死な微笑みを私に見せて口を開く。
「俺は堕ちるに堕ちた人間……いや、怪物だ。そんな俺から…………『死ぬ価値』を奪わないくれ」
「え…………あ……あの………あっ…………」
深創の言う『死ぬ価値を奪わないでくれ』その意味を理解した古鷹は思わずその場を走り出してしまった。
理解してしまった、理解したくなかった、古鷹は己を呪った。
提督と望めるならば恋仲に、などと甘い考えを持っていた自分が愚かで仕方がない、当然だ、提督はそんな現実的な次元に生きてはいない。
その背中を追うことは出来ても、二度と隣で共に歩むことは出来ない、遅すぎたんだ。
もう誰も『彼を人間に戻す事』は出来ない、彼の家族(艦娘)でさえも。
(お願いします…………誰か。提督を助けてあげて下さい)
少しシリアスな感じにしてみました。上手く出来てるかな?