4月6日
~am07:30~
黒羽鎮守府
ー『食堂』ー
この時間の食堂はかなり賑わい、混んでいる。
特に駆逐艦の子達はこの時間帯に起きるため半端ではない、だから大体の艦娘は8時以降又はそれよりも先食堂にきて食事を済ませているのだ。
艦娘によっては世間話をしたり、出撃や遠征の予定が入っている者は今日の日程を確認しあったりしているのだが今回ばかりは皆違った。
それはなぜか?その答えを持っているのは食堂の右側の入り口を開けて中に入ってきた深創ただ一人しかいない。
「………………?」
自分に釘付けになっている艦娘達に深創は首を傾げる、だがこの現象は当然、深創は基本的に『執務室でしか食事を摂らない』からだ。
食事を摂る、それは秘書艦が作ってくれたり、作れない秘書艦には作ってあげることもある。
つまり執務室でほとんどの食事を済ませる為、滅多に食堂に顔を出すことがないし深創自身この場所を懐かしく感じていた。
「なあ提督、さっさと席に着こうぜ」
「そうだな江風……このあたりでいいだろう」
「よし、んじゃ飯頼みいこうぜ」
「ああ」
なんともまあ自然に……。
そんな思考が交差する艦娘達はあまりにもの衝撃に誰一人動けずにいた。
それは食堂を任されている伊良湖と間宮も同じだった。
深創と江風の二人は淡々と偶然にも誰も並んでいないカウンターの前に立つ。
「間宮、この日替わり定食を、すまないが量を4分の1程に減らしてくれ」
「え……あ、はい!」
「伊良湖さん、あたしは和牛定食でよろしく!」
「分かりました……!」
すると二人の横に歩いてきた一航戦がごくごく自然に話しかけてきた。
「おはようございます提督、朝食ですよね?ご一緒にどうですか?」
「おはよう赤城。別に構わないぞ」
「江風さんも、いいですか?」
「もちろんすよ加賀センパイ!」
間宮達から食事を受け取り、四人で卓に着いた。
それをずっと見ていた艦娘達の思考が再びリンクする『しまった!』と。
その様子を見ていた加賀は嘲笑うように身を細めてクスリと笑う。
「それにしても珍しいわね、貴方が食堂に来るなんて」
「ああ、今日は秘書艦が江風だからな、俺が飯を作ろうとしたんだが……」
「見事に給仕室の冷蔵庫の中が空っぽだったんですよ」
「なろほろ!肉じゃが美味しいですね~!」
なんだその赤城さん専用と書かれた巨大な鍋?皿?は……。
深創は尋常じゃない大きさの皿で肉じゃがを食らいつくしていく赤城に苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「まぁ、それに今日は『何もないからな』久しぶりに暇が出来たんだ」
「というと?」
俺は割り箸を尖らせてたくあんを俺のトレイに移そうとする江風の右手を突き刺す。
「いっつ!!」
「今日は何故か執務仕事もゴーストの仕事もないんだ、だから丸一日仕事といえるものがないんだ」
「そうでしたか……では提督?」
「なんだ?」
「もしよろしければ私達空母の弓道場に見学に来ませんか?」
「…………ふむ、そうだな。たまには良いかも知れない」
「たまにというか、まともに見に来たことありませんよね?加賀さん」
「そうですね」
「………………悪かった」
「そういう話になるならアタシも行きたかったけど海風と約束があるからまた今度お邪魔してもいいですかい?」
そう言う江風に赤城は優しく微笑みながら頷く、それは加賀も同じだった。
江風はよしっ!とガッツポーズをしてステーキにかぶり付く。
一航戦よりも一足先に食事を済ませた深創は二人に先に行くと伝えて食器を間宮に預け弓道場に向かった。
~08:20~
ー『弓道場』ー
「…………ここに来るのは弓道場設立以来か…」
「え……提督!?」
弓道場の戸を開けて中に入り感傷に浸っていると不意に声を掛けられた。
「ん……翔鶴か、お邪魔しているぞ」
「は、はい!どうぞごゆっくり!!」
「どうしたの翔鶴姉?って提督さん!!」
「……いちいち驚くな、おはよう瑞鶴」
「いや驚くって!提督さんずっと執務室に籠ってるか居ないかのどっちかじゃん!」
それはまぁ……確かに。
深創は弓場の隅に置いてある見学用の椅子に座り、腰に下げた仕込み刀を脱いで膝に乗せて肩で支えるようにして座る。
「今日は見学に来たんだ、俺の事は気にせず射ってくれ」
「そ、そうなんだ……」
(いやムリムリムリムリムリ!提督さんに見られながらとか緊張して絶対まともに射てないって!)
「な、なるほど……」
(提督に見て頂きながら射る……き、緊張が…………でも、五航戦として提督に不甲斐ない姿は見せられないわ!)
最初に構え始めたのは翔鶴、己の身の丈よりも長い弓を決め細やかに整った綺麗な白髪を靡かせながら一番遠くの遠的 60M 的の径 1Mに向けて狙いを定める。
その光景は正に芸術的、弓道をまるで知らない深創ですら翔鶴の構えには神々しい何かを見出だした。
「ほう……」
(美しいな……)
「………………」
(提督さんが見てる前であんなに集中出来るなんて……やっぱり翔鶴姉はすごいな…………)
「っ…………ふっ」
そして射ち放たれる一対の矢は60M先の的、それもほぼど真ん中に命中する。
「ふぅ……ど、どうでしたか?」
(すごい緊張した…………だ、大丈夫だっかしら?)
「すごいよ翔鶴姉!とっても綺麗だった!」
「ありがとう瑞鶴…」
翔鶴の目線は徐々に深創へと向けられるが、深創は感動の意を翔鶴に見せる。
「いやはや、良いものを見せてもらった。美しかったぞ翔鶴」
「そ、そうですか……!」
(よかった…………うふふ、褒めてもらっちゃった。嬉しい♪)
「矢のスピードは144キロといったところか?よく一寸の狂いもなくそんな長い弓を引けたものだな」
「いえ、これは訓練の賜物ですよ」
「まあ俺は弓道に関してはド素人だからな、詳しくは良く分からないんだがな」
「え、そうなの!?」
(提督さんってなんでも知ってるのかと思った)
衝撃の真実に固まっていると、背後の入り口から栄光ある一航戦の方々が入ってきた。
瑞鶴は赤城の後ろに着く加賀の顔を見るなりウゲッと声を漏らす。
「何かしら?」
「別に、なんでもないです……」
「加賀さん、赤城さん、おはようございます」
「おはようございます翔鶴さん」
「おはようございます翔鶴、鍛練は怠ってないでしょうね?」
「はい!もちろんです!」
そんな四人を他所目に深創は翔鶴が命中させた矢を抜き取って来た。
「あ!すみません提督お手数をお掛けして……!」
「いやいや、気にするな、俺が勝手に抜いてきただけだからな」
そう言って翔鶴に矢を手渡す。
この弓道場は広く、出入口が幾つかあるのだが、そこから他の空母勢がぞろぞろと入ってくる。
そして彼女達が次々と矢を射って行くのをまじまじと見ているとわざわざ背後に回って隣の椅子に座った瑞鳳に肩を叩かれる。
「……なんだ瑞鳳?」
「あのね?提督の為に玉子焼きを作ってきたの!」
「わざわざこんなところまで……」
「よかったら……たべりゅ?」
「ああ……頂こう」
(腹一杯なんだが……)
用意されていた爪楊枝をつまんで三つに切り分けられた玉子焼きの一つを頂く。
少し甘味がキツいがこの時間帯に食べるなら丁度いい甘さだろう。
「そうだ提督!」
「…………?」
「提督は弓、射らないんですか?」
「いや…………おれはー」
「いいじゃないですか、提督もどうですか?」
「赤城……」
瑞鳳の提案に赤城も賛同し始める。
もちろん矢を引けるならば引きたいが俺も入ったら彼女達の訓練の邪魔になる可能性が高い。
だがこの弓道場を任せた赤城が言うならばいいのだろう。
「………なら引かせてもらおうか」
「はい、お教えしますよ」
「あー!瑞鳳も提督に教えたいです!」
その話を聞き付けた空母達が目をギラリと光らせてところ狭しと寄ってきては手取り足取り教えてもらう。
「……これはなかなか難しいな…」
ぎこちなくも空母達に言われた通りに背筋を伸ばして矢尻に指を掛けて思い切り弦を引き伸ばす。
「提督、集中してください」
「ああ…………」
現在この弓道場では深創以外に弓を引いているものはおらず、深創の構えをただじっと見つめていた。
深創の構えは完璧なまでに形が出来ており、その狙いは翔鶴が命中させた60M先の的に向かう。
「やっぱかっこいいな~……」
「黙りなさい瑞鶴」
「…………はーい」
「ふぅー…………シッ!」
穏やかに、そして清く安らかな視線から放たれた矢は的に向かって飛び抜かれたが命中したのは的の中心とはかけ離れた全く別の箇所だった。
その光景に全ての空母が驚きの声を上げるが主に深創に教えていた赤城と加賀は他よりも驚愕していた。
「…………え?」
(おかしい……構えも狙いも完璧だったはず)
「……………」
(というか提督のセンスならば中心に当てるなんて造作もないはずです……)
「…………ふむ、やはりな……」
「て、提督さん大丈夫?具合わるいの?」
「そうです、もしかしてお身体が……」
瑞鶴と翔鶴に続いて深創の身を案じる声が飛んでくる。
当然だ、基本的に人間離れしたセンスと感覚を持ってる深創が弓道の初心者よりも酷い結果を出したのだ、こんなことはあり得ない。
だが深創自身は非常に落ち着いており、ふぅっと一息着いてから翔鶴に声を掛ける。
「翔鶴っ」
「はい?」
「お前の矢筒と弓掛を貸してくれないか?」
「私の……ですか?」
「いや、嫌ならいいんだ。余り物でもー」
「あ!いえ嬉しいー……じゃない大丈夫ですよ!いま持ってきますね」
早足で弓場の用具入れに入っていく翔鶴を見送り、深創は弓道本来の構えを解いて弓矢を自然体、いつもの姿勢で構え始める。
「なあ…………加賀」
「……なんですか?」
「俺に弓道は向いてない……あまりにも『平和すぎる』からな」
「平和すぎる……ですか?」
「持ってきました提督、どうぞ……!」
「ありがとう翔鶴、着けてくれないか?分からなくてな」
「はい!まず……」
無知を詫びながら深創は申し訳なさそうに翔鶴に任せる。
だが翔鶴は一切苦悶の表情を見せずむしろ嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら弓掛を右手に、矢筒を腰に提げて固定してもらった。
「ッ……とてもお似合いですよ提督!」
(ああ、提督は素敵です……なにを身に付けても様になります………!)
その言葉に嘘は無い、実際には弓掛と矢筒を身に付けただけなのにも関わらず凛々しく立ちずさむ深創から溢れ出るカリスマ性は更に濃く鋭く磨かれる。
そんな深創の姿に見とれたのは翔鶴だけではない。
「せっかくの機会だ、自由に射たせてもらおうか」
再び的の前に立ち、無気力で自然体に構えて腰の矢筒に右手を掛ける。
きっと俺はいくら練習したところで一生弓道が上達することはないだろう、なぜか?何が足りないのか?俺に足りないものはたった一つ『現実』だ。
「ッ…………!」
「え……!?」
「いま……何が?」
「…………あり得ないわ」
瞬きをしたその一瞬だった、深創が弓を腹部まで上げた状態で静止したと思ったその瞬間に気付けばパシュッという空気を貫く音と共に60M先の的、しかも中心に綺麗なヒットを見せられていた。
「まぁ……こんなものか」
「…………えっと…いま何をしたの?」
「ん?説明は難しいな…もう一度見てろ」
再び的に向き合い、的を睨み付けた瞬間に弓場の空気が変わる。
一度目は感じられなかったこの空間の異常に彼女達は戦慄を覚える、その戦慄は的を睨み付ける深創の爪先から頭まで暴発したように沸き立つドス黒い『殺気』がこの空気を覆い尽くしていた。
そして今度ははっきりと彼女達の目に止まった、深創の『速射』右手から高速で引き抜いた矢を斜めに構えた弓に掛けて狙った的に放つ。
それだけの行動掛かった時間は約0.5秒、思わず呼吸を忘れるほど衝撃的な光景。
だがそれだけでは終わらない、深創は豪快なステップ移動で右側に飛び出しながら二発目を射ち飛ばし、二発目が的に到達する前に今度は真ん中経由で右側に飛び込んで三発目を速射。
射った矢は全て的の中心部に命中、この深創の人間離れした神業に皆はただ唖然としていた。
「全てはリアリティだ」
「…………?」
「あの的が自分よりも強く、速いものだと妄想しろ、感じろ、錯覚しろ、イメージしろ。あとは己の身につけた技術を駆使して手元にあるあらゆる物を最適化させるんだ」
「リアリティ……最適化……」
「そうだ、自分を騙してみせるんだ、自分の前にあるあの的は自分をいつでも殺せる、自分よりも何倍も強い、ならばそれを倒す為の次元に到達しなければ。でなければ死ぬ。そう考えろ」
無茶苦茶だ、誰しもがそう考えた。
どう考えたって目の前にあるのはただの的、それを自分よりも数倍強い者だと考えるなんてのは無理だ。
だが実際に深創から見た的は己よりも強く、今現状の力では到底敵わないと思えるほどの力量差があり、それを越える為に今できる全てを捻り出す。
「俺に柔道や空手……剣道にボクシングなんかは絶対に上達しない。彼らの技は平和だ……俺の技は……」
「…………でも」
「…………?」
翔鶴に続いて瑞鶴が満面の笑みで繋げる。
「その技で提督さんは私達を守ってくれてるんだよね?」
「そうね、どんな技であろうと私達の為に使ってくれてるのは知ってますから」
「そうですね、感謝してるわ」
「…………そうか」
そこで瑞鳳が手を挙げてから三本の矢で串刺しになった的を指差す。
「私!提督にあれ教えて欲しいです!!」
「いやあれはー」
「あ!ずるい私も私も!!いいでしよ提督さん!」
「あのな……」
「私と加賀さんにも教えていただけませんか?ね、加賀さん?」
「ええ、あれを使いこなせればかなり有利かと」
「お前らまでもか……」
その後深創は一人一人に教える羽目になってしまった。
そして明日は何も変わらない普通の日々が始まる、深夜の暗闇で活動する亡霊が刃を見せるその時まで。