翌朝、ペタペタと足音を鳴らしながら歩く高上だった『奴ら』。昨夜の辛そうな呼吸はめぐねぇに噛まれたしおりと同様で、薬で一命を取り留めたしおりとは違い、薬どころか武闘派のだれもが高上の発症に気づかず『奴ら』になってしまった。
一体どこをめざしているのか先へと歩いていく高上だった『奴ら』。すると階段下から音楽が聞こえる。音が聞こえる方へ曲がると後ろから階段下まで蹴落とされる。蹴落としたのは武闘派の一人であるタカシゲ。高上だった『奴ら』はそれよりも音楽を優先して先へと歩いていく。音を出していたのは、ある部屋の窓からぶら下げてあるCDプレイヤーだった。CDプレイヤーを手に取ろうとするが、あと少しのところでCDプレイヤーが上がり、高上だった『奴ら』は窓から下へと落下する。落ちた先は墓地として使っているコンテナで囲われた場所。高上が最後に見たのは、CDプレイヤーを回収してその場から離れるシノウだった。
「なにしてるの、行くわよ」
CDプレイヤーを抱きしめながらその場に蹲るシノウを見てアヤカが言う。シノウは先へと進むアヤカのあとを追いかける。
それからしばらくした頃、普段話し合うために使う部屋に集まった武闘派の四人。しかしその表情は普段と違い暗かった。
「高上が逝った。隔離体制は完璧だった」
「高上が最後に外に出たのはいつ?」
「ええと………6日前です。身体検査もしてます」
アヤカはシノウに高上が最後に出たのはいつかと問いかける。シノウは慌ててパトロール当番記録を挟んだバインダーを手に取り、高上が最後に出た日を調べ、アヤカの問いかけに答える。
「ありえん」
「起きたんだからしょうがねぇだろ」
シノウの発言にありえないと呟くタカヒト。タバコを吸いながら仕方ないと呟くタカシゲ。
「自殺とか」
「自殺ぅ?」
「そんなのありえないです」
「あなたがそう言うならそうなんでしょうね」
アヤカは自殺じゃないかと推測する。しかしシノウは持っていたバインダーを握る力を強めてありえないと言う。
そんなシノウをみてしばし考えると、納得したような顔をするアヤカ
「自殺じゃないなら……他殺?」
「他殺ってどうやって?」
「あいつらの血を使えばいいんじゃない?針で刺せば傷も残らないわ」
自殺では無いならどうやって高上を感染させたのかを考え始めるシノウ以外の三人。するとアヤカは他殺だと言ってあいつらの血を使うなどという知的な考えを言う。
「お、俺じゃねぇぞ」
「あなたなんて言ってないわよ」
「やめろ。俺たちは……仲間だ。校舎内での接触、あるいは他殺。犯人ははっきりしている」
「おう」
自分が疑われているんじゃないかと思い焦りながら自分じゃないと否定するタカシゲ。
そんな二人の会話を止めるように割り込む。タカヒトは犯人はハッキリしていると話す。
「あいつらを野放しにしていたのが間違いだった」
一方その頃穏健派の領域である校舎。そのうちのくるみとしおりが使う部屋にて、しおりは自分の右腕にある噛まれた傷跡を見つめる。最近みんなの前では見せない悲しそうな顔をしている。
すると扉からノック音が聞こえて、我に返るしおり。
「しーおーりー!手伝ってー」
「あ、ちょっと待ってください」
ノックをしたのは千鶴であり、しおりは慌てて包帯を巻き直す。制服の上にジャージ、これが最近のしおりの服装。サークルメンバーに包帯が見えないようにしているらしい。
そして扉を開けると、ダンボールを抱えた千鶴がいた。
「合宿の荷造りしないとだよ?」
まだ平和な時だったら、沢山の学生が集まるような場所にてサークルメンバーと学園生活部の全員は、合宿のための荷造りをしていた。
「ごめんねーアタシら整理って苦手で」
「任せてください、得意ですから。整理整頓は基本です。まずは目録です。何があってなにがないのかを調べて、管理のためには家計簿をつけましょう」
「あ、そ、そうね」
りーさんの整理整頓についての説明を聞いているアキだが、途中からは全然理解が追いついていなかった。
りーさんはふと右を向くと、奥でるーちゃんを膝に乗せてみんなが荷造りをしている様子を見ている美紀。りーさんに気付き手を振ると、りーさんはそれに返す。
「ん、何だこれ」
ダンボールの下に挟まっているノートに目がいくくるみ。それを抜き取るとそのノートの表紙には、[サークルノート]と書かれていた。
「ありゃそんなとこにあったんだ。見つからないわけだ」
「それはサークルのノートです。みんなで適当に回し書きするの」
「はい!わたしたちも書いていいですか!」
「もちろんいいよ」
くるみがノートを見つけたことに気付いたアキはノートを久しぶりにみて驚く。
六花はサークルノートを開いてこんなふうに書くんだよと言っているように指を指して説明する。
ゆきは手を挙げて書いてもいいかと問いかけると、トーコは喜んで許可をした。
「はい」
「ははー」
「何だそりゃ」
「どんなこと書いてあるのかなー」
まるで授賞式のようにトーコからノートを貰うゆき。そんな二人をみてくるみは呆れる。
「[今日も透き通るような夜空、我らは文明を失って本当の星々らを取り戻した]えーと、スミコさんって誰?」
「ずいぶん前に出ていったきりまだ戻ってないんだ」
ゆきはペラペラとノートをめくっていると今この場にいない[スミコ]と言う名前に目がいく。
サークルメンバーに誰かと問いかけるが、五人はしばらく黙り込む。トーコの言葉を聞いて心配そうに下を向くゆき。
「ゆきちゃん、手が止まってるわよ」
「ら、らじゃー」
「アタシたちも作業に戻ろ」
「そうですね」
りーさんに声をかけられ慌てて作業に戻るゆき。そんなゆきをみて無理やり作業に切り替えようとアキがサークルメンバーに言う全員頷いて作業に戻った。
「あの……」
「ん、何?」
「スミコさんってどんな方でしたか?」
美紀とトーコはまとめた荷物の一部をキャンピングカーに運ぶために下に向かっていた。
ふと美紀はトーコにスミコさんってはどんな人だったのかと問いかける。
「スミコかぁ……ゴスロリで……」
「ゴスロリ…」
「酒豪だったなぁ」
「酒豪ですか」
「酒飲むとよく歌うんだよな」
「はぁ…」
トーコは自分のわかる範囲でスミコがどんな人なのかを美紀に説明するが、全然想像がつかなかった。
「懐かしいな、あの六甲おろしっていってもわかんないか」
「す、すいません」
「今度じっくり話すよ」
「はい」
ゆきはくるみとしおりが使う部屋の扉をノックする。
「どうしたの?」
「はい!」
しばらく経たないうちに栞が扉を開ける。見た感じ部屋にはくるみは居ないようだった。
するとゆきはしおりにサークルノートを押し渡す。
「もう書いたの?早いね…えーっと…」
「わー見ちゃダメ!!」
しおりがサークルノートを開き中を確認しようとするが、その行動をがっちりと抱きしめてとめる。
「えーどうして?」
「いいから、しおりちゃんもちゃんと書いてね」
しおりは意地悪そうな笑顔をしながらゆきに問いかけるが、ゆきは無理やりしおりを部屋に戻して扉を閉じる。
「えーっと……」
机にサークルノートを置き、椅子に座ってサークルノートをめくってゆきの書いたページを探す。
見つけてそれをみれば、[学園生活部は不滅です!ゆき]と大きく書いた下には学園生活部五人の似顔絵が書かれていた。
「ふふっゆきちゃんは本当に面白いな…」
その日の夜、武闘派メンバーであるシノウは自室で高上の被っていたニット帽を抱きしめながら蹲る。
「涙、出ないな…」
悲しいはずなのに出ない涙。そんなことには気にならずに、高上のニット帽をぎゅっと右手で握る。左手は腹部をさすっていた。