「誰……」
キャンピングカーから降りたしおりはバールを構えるタカシゲに問いかける。タカシゲと会ったのは初めてだが、武闘派なのはわかった。タカシゲは『奴ら』じゃないことに安心してしおりに近づく。
「新入りの一人だな。悪りぃがちょっと一緒に来てもらうぜ」
「…何ですかそれ」
「そう言うなって……っ!冷てぇ」
タカシゲがもつバールを見て不思議そうにするしおり。そんな中タカシゲはしおりの腕を掴むが、しおりの体温が冷たいことに気づく。しおりをみれば、自分が冷たいことに気づかれその場から後ずさりしていた。
「てめぇ…やっぱ…」
タカシゲはバールを握る力を強くして、バールをしおりに向かって振るう。しおりはそれをかわし、動いた拍子にタカシゲが被っていた帽子が落ちる。
「足は生きてんのか…最悪だろそれ」
しおりはタカシゲが自分に敵意を向けていることが分かりその場から走り去る。
「もったいねぇなぁったく」
タカシゲは帽子を被り直して、しおりのあとを追うように走り出す。
「先輩、ゆき先輩」
同時刻、穏健派の校舎。美紀はゆきの部屋の扉をノックする。
「なーにー?」
「……しおり先輩がいないんです」
目元を擦り、眠そうにしながら扉を開けるゆき。そんなゆきに美紀はしおりがいないことを知らせる。
その表情は暗かった。
「トイレじゃないの?」
「いえ、いませんでした」
「六花さんのところとかは?」
「いえ」
「じゃあ……またお散歩かな?」
ゆきは自分が知る中でしおりがよく行きそうな場所を美紀に言うが、トイレも六花の部屋もすでに探しており、いなかったと答える。
するとゆきは最後に散歩かと問いかける。
「お散歩…ですか?」
「うん。キャンプで見回りしてた時の癖で、夜になると目が冴えちゃうんだって」
「……そうなんですか」
散歩と言われ不思議そうに問いかける美紀。ゆきは目を大きくしてキャンプのときの癖だと教える。
それを聞いて息をつく美紀。
「くるみ先輩と探してるんですけど、まだ見つからなくて…心配で」
「みーくんはやさしいねぇ」
「ゆき先輩はいつも元気そうですよね」
「そうかな?」
しおりのことを心配する美紀をみてムフフと笑いながら美紀の頭を撫でるゆき。
頭を撫でられて顔を赤くする美紀だが、ふとゆきはいつも元気だと呟くが、本人はよく分かっていなかった。
「とにかくそういうことなら…」
「うん…」
「夜中にすみませんでした」
美紀は微笑みながらその場を後にしようとする。するとゆきに、夜中に来たことを謝罪する。
「いーよいーよ。可愛い後輩のためなら…」
ゆきは軽く答えると、大きく欠伸をする。
「じゃ、おやすみなさい」
「うん。くるみちゃんならしおりちゃんが行きそうなところ一番知ってると思うし、もしかしたらもう帰ってきてるかもしれないよ。また明日」
「…はい。また明日」
ゆきは部屋に戻り、布団の上で座り込む。
「みーくんも気づいちゃったかな。しおりちゃん……ずっと夜起きてるよ。今日だけじゃなくて……たぶんもう眠れないんだ。しおりちゃんどうなっちゃうの」
《だから合宿に行くんでしょう?もっといいお薬があるかもしれないわ》
「でも……間に合うのかな。そうだよね、きっと大丈夫だよね。ずっと一緒だよね、もうお別れはないよね。こわいよ、こわいよめぐねぇ」
その頃しおりは、タカシゲから離れようと走るが、大学内を囲う塀に道を阻まれ止まる。
「なぁおい」
しおりを追いかけてきたタカシゲは息切れをしながらしおりに話しかける。
「まだ意識はあんだろ?悪ぃようにはしねぇから降参してくれよ」
タカシゲは手をヒラヒラと動かしながらしおりに降参しろと提案するが、しおりは何も答えずタカシゲから視線をそらす。
「おいっ!痛い目にはあいたくねぇだろ?それとも……もう痛みなんかねぇのか?試してやっても…いいんだぜ?」
タカシゲは近くにあった木をバールでたたきつける。バールが刺さった部分からは欠けた幹がぱらぱらと落ちる。
バールを木から外して再びしおりに近づく。
しおりは返事をせず塀に足を掛けて塀の上に飛び乗る。
「おい待てコラ」
タカシゲはしおりに向かって叫ぶが、しおりは目をかさずにその場からフッと消える。タカシゲが塀を登れば、しおりはすでに先の方へと走っていた。
「…体育会系なめんなよ」
しばらく走っていると、しおりは茂みの奥へと姿を消す。タカシゲは一度止まり、懐中電灯を付けて茂みの奥を照らす。
(…一旦戻るか?)
タカシゲは一度タカヒト達のところへ戻ろうか考える。しかし奥から『奴ら』の呻き声が聞こえた。
(ガキの一匹…どうとでもなっか)
そしてタカシゲは茂みの奥へと進んでいく。
茂みを出たところには一体の『奴ら』がこちらに向かって動いてくる。
タカシゲは慌てることなく、近づく『奴ら』の足元に自分の足をかけて転ばせる。そしてバールを振るう。
『奴ら』から出た返り血が近くに止まっていた車のサイドミラーに付く。
(どこ行きやがった?)
倒したはいいが、目的であるしおりが見当たらず辺りをキョロキョロ見回す。すると奥に光が見えた。
そこには懐中電灯を持ってタカシゲの方を向くしおり。しかしそのすぐあとにさらに奥へと走っていく。
(ガキだな。怖気づきやがった)
しばらく走ると、鉄のフェンスの前で立ち止まるしおり。そして持っていた懐中電灯の明かりを消す。
「あの、ほんとにやるんですか」
「安全第一だからな。こっちも一人死んでる」
「え?」
ここまで来て初めて発したしおりの言葉。
タカシゲは安全第一と言ったあとに仲間の一人が死んだこともしおりに話すが、しおりはそれを聞いて疑問を浮かべる。
「もったいねぇよなほんと」
「これしか…ないんですか」
タカシゲはすたすたとしおりに近づく中、しおりは声を震わせながらブレスレットを握りしめる。
「ねぇよっ!そういうもんだ…ろっ」
タカシゲはバールをしおりの右肩に強く当てるが、しおりは痛がる素振りを見せることなく、悲しそうな表情をしていた。
そんなしおりをみて舌打ちをするタカシゲ。
するとしおりはその場から走り出し、持っていたマチェットで鉄のフェンスから音を出す。
その音に反応して、周りにいた『奴ら』が一斉にこっちに向かってきた。
「ばっテメっ何やってんだよ!!」
「…これしか、これしかっないんですかっ…!!」
『奴ら』の呻き声が響く中、しおりの突然の行動に焦りをみせるタカシゲ。しおりはさらに音を出しながら叫ぶ。
「くっ来るなっうわっおい!」
ぞろぞろとタカシゲに寄ってくる『奴ら』。タカシゲはしおりに向かって叫ぶが、しおりは返すこともなく『奴ら』の群れの中を通ってその場を離れる。そんなしおりとしおりに見向きもしない『奴ら』をみて目を見開くタカシゲ。
しかし『奴ら』は待ってくれる訳もなくタカシゲに襲いかかる。
「おい!待て!んにゃろっおらっくそっひぃっ」
最初はいつも通りに『奴ら』を倒していくタカシゲだが、『奴ら』の数が多すぎるせいか、徐々に声が震えていく。
タカシゲの震える声を聞いて歩く足を止めるしおり。
「ひっおっおい、俺が悪かった!悪かったから…っ助けてくれ!見捨てる気かよ!助けてください!お願いしますったすけ…がっあっ」
タカシゲの悲鳴を聞いてその場で崩れ落ち、涙を流し声にならない位の叫びを出す。
よろっと立ち上がり目元を擦り、穏健派の校舎を見つめる。
しかし、しおりは逆の方向を向いて歩きだし、『奴ら』の中へと姿を消した。