グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ) 作:水郷アコホ
──団長達がアンナを迎えに行く少し前。
──ルリア達が魔導グラスに満足するのを待つ間、カタリナはドリイからの誘いに応じて共にお茶を囲んでいた。
カタリナ
「しかし──冷静になって考えてみても、夕食の時のアレは、やはりだいぶ無理があったと思うぞ」
ドリイ
「アレとは──?」
カタリナ
「君がアンナとカレーニャを『お友達』にしようしたアレだ。2人ともすごい顔をしてたぞ」
「カレーニャを見守ってきたドリイ殿の気持ちは解るし、それに勢い任せに手を貸した私の言えた事でもないかもしれないが──」
「結局は2人の間の事。いつか互いに認め合えるまで、さり気なく手助けするくらいで良かったのではないかな」
ドリイ
「そうかもしれません」
「しかし、時には強引に距離を押し縮めてしまうべき場合もある──と。私はそのように考えるのです」
カタリナ
「まあ、結果良ければ──と思っておくよ」
──苦笑を交えつつもチクリと告げたカタリナだったが、今日一日ですっかり見慣れたドリイの笑顔には一片の乱れもない。恐らくあの結果は、少なくとも彼女にとっては上々だったのだろう。
──色々と言いたい事はあったが、上等の茶の香りと共に飲み込むカタリナだった。
カタリナ
「それにしても──」
──カタリナがテーブルの上に佇む魔道グラスをチラと見やる。
──すると砂糖やミルクを載せたその魔導グラスは、カタリナの視線に気付いたかのようにテーブルの上でクルリと方向転換し、ゆっくりとカタリナの手元へ移動を始めた。
カタリナ
「つくづく、まるで生きているかのようだな」
「ビィ君が遊んでいた魔導グラスも、行き先を思っただけで連れて行ってくれると言っていたし──まるで心でも読んでいるかのようだ」
──カタリナが魔導グラスに笑いかけながら身振りで遠慮を示すと、魔導グラスは再びテーブルの中央へ引き返していく。
カタリナ
「何だか、断るのが少し申し訳なくなってしまうくらいだ」
ドリイ
「実際には、民間用の魔導グラスにはそこまで柔軟な機能はございません。ただ、幾つかの機能がヒトにそのように思わせているのか知れませんね」
カタリナ
「例えば──?」
ドリイ
「例えばこの魔導グラスの場合、グラスの表面部分全体で周囲の景色を読み取り、その中からヒトを──取り分けその顔部分を認識するよう作られています」
カタリナ
「ふむ。ヒトより広い視野を持ち、ヒトとそれ以外を認識する──そういった機能は、ゴーレムや機械に関する話でもたまに聞くな」
ドリイ
「はい。このグラスは起動すると、ヒトに触れられるか、ヒトの顔が目線や角度からこちらを向いたと認識した時に、対象の元へ移動するよう作られています」
カタリナ
「それで、私が見ていると気付いたグラスが来てくれた訳か」
ドリイ
「仰る通りです。そして対象が『グラスに触れる』以外の動作を完了したと認識すると、予め設定された地点へ戻る仕組みです」
カタリナ
「となると──ハハ、『ミルクも砂糖も結構』と解ってくれた訳では無かったという事か」
ドリイ
「予め、そういった対応を想定して融通の効く造りにする事はできます」
「しかしながら如何に魔導グラスと言えど、残念ながら今の所は、カタリナ様の期待なされるような段階には至りません」
──試しにカタリナがもう一度グラスを見つめると、やはりグラスが子犬のように寄ってくる。
──カタリナがグラスを撫でてみると、確かにグラスは動かない。構造上、砂糖やミルクを取ろうと思えばグラスに触れざるを得ないからして、これは「物を取る動作」の一部と認識されているのだろう。
──手を引っ込め、グラスの前でお茶を一口含んでカップを皿に戻すと、グラスは引き返していった。
──カタリナの口が綻ぶ。期待していたよりは味気ない実態だったが、これはこれで愛らしいと思えた。改めて、茶を一口呷るカタリナ。
──少し勢いよく、ドアが開け放たれる音がした。
ルリア
「カタリナー! み、見てください、これ……!」
カタリナ
「む?」
──同時にルリアの声がした。振り向くと、ビィが乗っていた物と同じ運搬グラス4基に支えられて、大の字で空中を移動するルリアの姿があった。その頭にチョコンとビィが乗っている。
カタリナ
「ぶふぉっ!?」
ドリイ
「まあルリア様。とてもお上手ですわ」
ルリア
「ありがとう、ございます……で、でもまだ、ちょっとバランスが……!」
──思わず噴き出すカタリナ。すかさずテーブル脇で控えていたグラスがテーブルに飛んだ飛沫を拭き取っていく。
ビィ
「姐さん姐さん、どうだ、格好いいだろ?」
カタリナ
「ゲホッゲフッゲフン……ほ、本当に飛べるんだな」
ドリイ
「はい。傷病人の救助にも既に幾つもの実績を上げておりますので」
ルリア
「はわっ! カタリナ、大丈夫? 驚かせちゃった?」
カタリナ
「あ、あぁ、大丈夫だ。その……まあ、良いんじゃないかな」
「ただ、余り調子に乗りすぎて怪我をしないよう、程々にな」
ルリア
「はーい。お、おっとっと……」
──元気な返事につられてバランスを崩しかけるも、グラスの方から姿勢を補助してくれている。団長もついているので大きな心配は無さそうだった。
──ドリイから差し出されたハンカチで篭手にかかった汚れを拭き取るカタリナ。
カタリナ
「──そういえば、ビィ君お気に入りのあのグラスの場合はどうなんだ?」
「ビィ君の言う通りなら、行き先を告げる事無く導いてくれているようだが」
ドリイ
「運搬用グラス……とりわけあちらの型番の場合、起動のために触れた人物もしくは起動後最も近くに居る人物を暫定的に『持ち主』と認識します」
「その後、自身が貨物を有しているのを確認した後、『持ち主』の顔の向きを読み取り、その方角へと移動を開始します」
「ビィ様達のように意識のある生物の搬送を任せる場合、搬送する対象が貨物と『持ち主』の条件を兼ねております」
カタリナ
「起動した時点では、持ち主の望む行き先を把握してはいないと言う事か」
ドリイ
「いいえ。最初から、『希望の目的地』という概念がございません」
カタリナ
「む?」
ドリイ
「グラスが『持ち主』の希望とは違う方向へ進もうとすれば、『持ち主』は意図しない動作に対して何かしらの反応を示すものです」
「例えば、無意識に目的地の方を振り向く、グラスの不調を疑ってグラスを注視する。連れ立って歩いている場合は足をもつれさせたり歩みを止めたり──等が挙げられます」
カタリナ
「確かに、『言わなくても目的地に向かってくれる』と思っていればそう言った振舞いもまた──」
「待てよ、もしかして──」
──テーブルの上の魔導グラスが「生きている」ように見えたのは、その幾つかの動作を見てそのように思い込んだ事に起因している。
──それを知ったカタリナの脳裏から、1つの解が躍り出た。
──カタリナの変化を読み取ったドリイも一際嬉しそうな表情を浮かべた。
ドリイ
「閃かれましたか?」
カタリナ
「フフ──少し自信がある」
ドリイ
「では、是非答え合わせを」
カタリナ
「うむ。つまり──」
「あの、『運搬用グラス』──だったか。あれは持ち主が望まない方向へ自分が進んでしまった時の『そうじゃない』という無意識の意思表示を読み取っているんだ」
「意思表示の形は人それぞれあるはずだから、恐らく様々な反応から総合的に読み取っているのだろう」
ドリイ
「正解です。ではその後、どのようにして目的地まで?」
カタリナ
「例えば、その場でクルっと一回転するんじゃないだろうか。辺りを見回すようにして」
「そうして持ち主が望む方角を向けば、持ち主も何らかの反応を返してくれる。それを読み取って、今度はその方角へ進む」
「それか……ビィ君のように常にグラスに触れているなら、行き先が違う時、咄嗟に持ち主が行きたい方向へ引っ張ったりするかもしれない」
「そうしたら引っ張られた方へ方向転換する。このどちらかか、あるいは両方を目的地まで繰り返している。どうだろう?」
ドリイ
「流石のご慧眼です。まさしくあちらのグラスは、その両方の方式を採用しております」
「では最後に、どのようにして目的地を把握しているかについては、如何にお考えでしょう?」
カタリナ
「あ、そうか──そうだなぁ……」
──思いついたばかりの考察では、思いがけず詰めの甘い部分があったようだ。
──しかし、大まかな正解の導き方は理解した。想定外の事態に対し、慌てふためくばかりがカタリナではない。
カタリナ
「……目的地に着いた時、歩いていたなら、直前まで少し足早になって、到着と共に足を止める」
「ビィくんや先ほどのルリアのように身体を預けて居ても、降りようとしたり引き止めるような動作を取るはずだ」
「やや寂しい表現だが、魔導グラスを心の通じ合う生き物だと錯覚しているなら、そういった振舞いは顕著になる。乗っている馬に止まるよう指示するように──」
「つまり目的地かどうかを理解しているのではなく、そういった動作を読み取ったら移動を取りやめるように出来て……」
──もう九分九厘答えが出ている。ドリイも称賛の声を発しようとした直前、不意に少し考え込むカタリナ。
カタリナ
「……思えば、テーブルの上のこのグラス、ビィ君達を乗せているグラス、……後、先程テーブルを拭いてくれたグラスもか」
「そう考えると、言わば彼らは……正確にはカレーニャは、私達人間の『きっと気持ちが伝わる』、『人のために在るなら解ってくれる』。そう言った、一種の期待を驚くほど見抜いている」
「だからこそ、人々の生活の支えになるほど急速に普及していったのだな。実際は、通じ合うような、我々が期待するような意味での『心』は持ち合わせていないのに──」
──魔導グラスというものを知ってみて、改めてその仕組みを作り上げたカレーニャに驚きを禁じ得ないカタリナ。
──記憶を辿ると、図書館で騒ぎを起こした老婦人も、孫が名前をつけるほど魔導グラスを気に入っている旨を語っていた。
──子供が玩具に名前をつける事など珍しくないと思っていたが、改めて考え直すと、複雑な気分が胸に迫る。
──直後にカタリナは現実に引き戻された。優しく腕を引かれる感覚に顔を上げると、ドリイがカタリナの手を取ってじっと見つめてきていた。
──心の内から熱を与えてくれるような、今まで見てきた中で最も胸に迫る笑顔だった。
ドリイ
「カタリナ様が、本当に私の後輩であったなら、どんなに良かった事でしょう」
カタリナ
「──……」
──思わず心奪われかけていた。
──島中の人間に好かれるだけあってか、ドリイにはどこか余人とはかけ離れた不思議な魅力のようなモノがあった。
──特に今のドリイに正面から見つめられると、呑み込まれてしまうような奇妙な感覚に襲われる。
──カタリナは自分でも友好か反発かも解らない感情に戸惑い、握られた手を咄嗟に引っ込めた。
カタリナ
「い、いやそんな……! それは些か持ち上げすぎというものだろうドリイ殿──」
──恐らく、カタリナでなくても殆どの人間が同じ立場に立たされれば、同じ態度を取っただろう。
──先程の一瞬、ドリイは確かにそうさせるだけの何かを纏っていた。
──訳もなく狼狽する自分を隠すように、カタリナが話題を替えにかかった。
カタリナ
「し、しかし、これほどの逸品の数々、確かに誰でもおいそれと造れるものでは無いだろうな──あっ」
──「しまった」と口を覆うカタリナ。
──結果としてのオブロンスカヤの利益の独占。オブロンスカヤにしか造れないという事実と民衆との理解の溝。
──グラス普及に関する話題は地雷原だった事を忘れて口走ってしまった。ドリイが自分の言葉に感銘を受けていたようだったと思うと尚更気まずい。
──恐る恐ると言った面持ちでドリイの様子を伺うカタリナ。相変わらずの笑顔だったが、先程の魅入られるような雰囲気は失せていた。
──ドリイに変化が有ったと考えるよりは、あの『何か』は、相対する者自身の心が見せていたモノなのかも知れない。
ドリイ
「実用化に求められる品質の問題もございますが、オブロンスカヤにしか製造できない理由は、より根本的な所にもございます」
カタリナ
「そ、そうなのか……じゃなくて、ドリイ殿。その、今のは恐縮だが失言というやつで──」
──まるで先程までの話題の延長線上とでも言うように何も気にする様子なく語り始めるドリイ。
──止めに入ろうとするカタリナだが、ドリイがやはり先程まで同様、世間話をするかのような調子で制する。
ドリイ
「差し支えなければ、今度は私からお話させていただいてもよろしいでしょうか」
「身内の者以外に、初めてこう言ったお話ができるものですから。できれば第三者としての見解も伺いたく思うのです」
カタリナ
「──そういう、事なら……」
──椅子に座り直し、茶の残りを飲み干すカタリナ。
──経緯はどうあれ、「相談に乗る」という事に積極的に……悪く言えば軽率になっている自分を感じるカタリナ。
──団長の影響か。いやそう考えるのは無責任というものか。ひとまずそんな自問自答はすぐさま頭から押し流し、ドリイの次の言葉を待った。
ドリイ
「魔導グラスはオブロンスカヤの血筋の者にしか製造できない──と言うお話は、覚えておいででしょうか」
カタリナ
「ああ。今日知ったばかりだ。そう簡単に忘れはしないさ」
「──だが、異議を唱えるようで済まないが……少し疑問はある」
ドリイ
「本当にオブロンスカヤの手によってでしか魔導グラスがこの世に姿を現さないなら、誰もその事を疑うはずがない──」
カタリナ
「──その通りだ」
「図書館での一件──あの婦人の口ぶり、魔導グラスが誰にでも造れるものだと知っているとでも言いたげだったのが気にかかってな」
「それにあの時のカレーニャの態度も、人に糾弾されている時のそれとは到底……」
ドリイ
「カレーニャについては申し上げにくい事ですが、私の見る限り、純粋に品位の問題に尽きるかと」
カタリナ
「そ、そうか……」
──有り体に言えば、カレーニャが相当な捻くれ者だから、と言いたいらしい。
──どうあれ、カレーニャ達からすればグラスがオブロンスカヤにしか造れないのが事実。
──そこにあって、お門違いの文句を捲し立てる老婦人は底抜けに滑稽だったという事だろう。
──これは苦笑で流すべきか、ドリイの苦労を慮って控えるべきか、判断に迷う。
ドリイ
「しかし、かのご婦人の主張に関しましては──実は、『生み出す』所までは、第三者にも可能なのです」
カタリナ
「む? だが、君達に出逢って自己紹介を受けた時、オブロンスカヤの者にしか造れないと──」
ドリイ
「正確には、『どうしても上手くいかない』のです。そして、いずれの表現も逸脱してはおりません」
「魔力で構成されたガラスに酷似した物質──それを生み出すまでなら、ごく少数ですが、プラトニアでも可能な人間はおります」
「しかし、そのままではその魔力の塊は形を保てず、見る間に霧散して消えてしまいます」
カタリナ
「では正確には、作るまでなら他にも出来る者は居るが、その魔力の塊を消させる事無く魔導グラスとして機能させられるのはオブロンスカヤのみ──という事か?」
ドリイ
「はい。言わば中途半端に出来てしまうばかりに、オブロンスカヤを疑う土壌が育まれてしまったのでしょう」
カタリナ
「確かに、魔導グラスがそれほどまでに特殊な物で無ければ、人類の新たな文明に他ならないだろう。難しいものだな……」
──何気ない仕草でドリイが顔を横に向けた。無意識にカタリナも視線の先を追うと、先程テーブルを拭いてくれた例の魔導グラスが立っている。
──魔導グラスが動き出し、テーブルの上の2人のカップにお茶のお代わりを注いだ。
──仕事を終えて再び所定の位置へ戻るグラスを笑顔で見送るドリイ。お茶を一口味わってから話を続けた。
ドリイ
「グラスの崩壊を防ぎ、固定させる方法。それもまた問題でした」
カタリナ
「それも、『方法が確立されていれば、誰にでも出来るはずだ』──と?」
ドリイ
「はい。それも、実に解りやすい方法でした」
カタリナ
「企業秘密とはならなかったのか?」
ドリイ
「魔導グラスが発見された当初は、オブロンスカヤも一般化を目指して技術を積極的に開示していたそうです」
「魔導グラスを固定させる方法は2つ。1つは製造者の魔力を絶え間なく供給し続けること。もう1つは、魔力を込めた体組織を溶け込ませる事」
カタリナ
「魔力を込めた……体組織?」
ドリイ
「具体的には、グラスの体積にもよりますが、生きている人間の髪一本、血の一滴あれば充分です。魔力は使い方を知らずとも大体の人が持っているモノなので、これはほぼ全ての人間が提供可能です」
「後は体組織をグラスに触れさせれば、グラスが自ずと取り込みを始めます」
「更に申し上げれば、この場合、グラスの製造者と体組織の提供者は同一人物である必要はございません」
カタリナ
「ふむ。髪一本差し出して魔導グラスが造れるとなれば、門外の者でも試したくなるだろうな」
ドリイ
「はい。実際、体組織の提供者を募った際には、島民の大半が希望したと聞いております」
「何より、魔導グラスには体組織の登録者の意思を優先して動作する特性が既に判明していたため、当時の期待は計り知れないものだったと思われます」
カタリナ
「優先──とは?」
ドリイ
「詳しくは現在もカレーニャが研究中ですが、体組織が登録されたグラスと体組織の提供者とは、何か”繋がり”のようなモノが構築されるようなのです」
「提供者はグラスに対し一種の権限を有し、一例としては、提供者の一存で魔導グラスを強制的に停止させる。触れる等の本来の条件を満たさずにグラスを起動させる。グラスに本来組み込まれていない動作をさせるといった例が確認されています」
「これらの権限は、例えカレーニャの魔力で造られたグラスであろうと、与えられるのは登録された体組織の持ち主に限られます」
カタリナ
「名前通りの魔法じみた特性もある訳か」
「グラスの登録者となれば、実質そのグラスはその者の自由に扱えるかもしれない──それも髪一本差し出すだけで良い、か」
「想像するだけでも、島民からすれば宝くじでも配られたようなものだったろうな」
「しかし、そうはならなかった──と」
ドリイ
「結局、オブロンスカヤ直系にあたるカレーニャ、カレーニャの父君、そして魔導グラスを最初に発見なされたカレーニャの
「第三者が造ったグラスにおいても、やはりオブロンスカヤの登録を経て安定し、実質の持ち主はオブロンスカヤと言う事に」
カタリナ
「それは──そんな事になったら……」
ドリイ
「はい。その後の世論は、お察しのとおりです」
──「こうすれば出来る」と喧伝して製造者以外に出来た例が無いとなれば、「騙した」と、被害感情の声が挙がるのは想像に難くない。本当に出来ないのだと実演したとて、手品にしか見えないだろう。
──魔導グラス自体を作る事は少数ながら可能となれば、その次の段階も同じだと根拠も無く期待してしまうのも無理からぬ事。
──そしてそうはならず、その傍らで今日も当たり前のようにその先を実現して見せる者達が居れば、「隠している」と一抹も思わないのは難しい。
カタリナ
「だが……だが、何というか……せめて、説明はしたんだろう?」
ドリイ
「はい。当時の記録が、議事堂や法廷に今も残っています」
カタリナ
「……気の毒に」
──そう言った場に記録が残ると言う事は、喚問や訴訟を受け追求されなければそうそう有る事ではない。
──成果が出なかった以上、オブロンスカヤは島民の大半の感情を扇動し、たかが髪の毛一本の送付だろうと無駄な労力を費やさせ、何より社会を徒に混乱させた。その責任を負わされたという事だ。
──当初は「第三者の意見」の持ち主として身構えては居たものの、ここに至って冷静に論を練るには、カタリナは一本気過ぎた。憐憫の一言を絞り出すのが精一杯だった。
カタリナ
「ドリイ殿……済まないがこの話、私から何か話すのは差し控えさせてもらいたい。……少なくとも、今は」
「島民の落胆も理屈としては理解できる。だが、それが理由でカレーニャまでと思うと……服屋でも、図書館でも……」
ドリイ
「畏まりました。お付き合い頂き、誠に感謝致します」
「そして、申し訳ありません。
カタリナ
「ただ──?」
ドリイ
「カタリナ様が控えられた、本件への『答え』──」
「遠からず、カレーニャにはそれを示す『時』が訪れます」
カタリナ
「……そうだろうな」
ドリイ
「どのような形であれ、カタリナ様もその『時』を同じくするでしょう」
「その『時』に、1人でも多く、『人としての』カレーニャを知る者が在るべきではと。この頃は、その事をばかり考えているのです」
カタリナ
「グラス産業のために島を離れられず、島の中では味方も作りにくい──か」
「そう言う事なら大歓迎だ。こんな大きな問題をカレーニャ1人が背負い込むべきじゃない」
「いつか、ルリア達にも話すよ。こう言った事には馴染みの薄い私達だが、分かち合えるなら、多いほうが良いだろう」
ドリイ
「ありがとうございます」
カタリナ
「何を水臭い事を。無理して打ち明けてくれた君だって、その『時』は味方なんだ。そうだろ?」
ドリイ
「…………微力ながら」
──すっとドリイがカップを目の高さに掲げ、僅かにカタリナに近づけた。
──最低限の所作だけで『NO』の意思が伝わるように、多くの人は、その仕草だけで何を求めているか伝わってくる。
──カタリナも同様にカップを掲げ、飲み口を軽くぶつけ合う。済んだ音が響いた。
ドリイ
「生憎、屋敷には料理酒しかございませんので」
カタリナ
「こういうのも乙なものさ。少しだったら、いつか付き合うよ」
──静かに茶を含む2人。優雅な雰囲気が流れる。
──ドアが開いた。
ビィ
「うぉっしゃーーー! ルリア担いで1周大成功だぜー!」
カタリナ
「べふぉっ!?」
ドリイ
「まあビィ様。とても逞しいですわ」
──運搬グラス1基の上にルリアが乗り、十字のポーズで広げた両腕の下から2基が体重を支え、ビィがルリアの乗るグラスを下から神輿を担ぐようにしてペタペタと爆走している。何故かルリアもドヤ顔だ。
──ルリアの重量の殆どをグラスが支えているので、実際のビィにかかる荷重はごく僅かだ。しかし普段から移動手段を翼に頼っているビィには良い運動になっているようだ。
──すかさず魔導グラスがテーブルを拭きに来ている。
ビィ
「へっへーん、マッチョビィって呼んでくれよな!」
主人公(選択)
・「ユー アー ザ・マッチョビィ!」
・「ルリアも格好いい!」
→「ルリアも格好いい!」
ルリア
「ハイ! このポーズで空を飛んでると、何だかとっても強くなった気がします!」
カタリナ
「エェッホ、ゲホッゲホ、オォッホエッホ……!!」
ルリア
「はわわぁっ! ま、また驚かせちゃいました……」
──慌ててグラスから降りてカタリナの背を擦るルリア。
──余談だが、むせた人を救助する時は相手の年齢や健康状態にもよるが、擦るより叩いた方が良いらしい。とにかくむせさせて気道の異物を吐かせるのが肝要である。
カタリナ
「エッホ、ゲホッフフ……クッ、ハハッアハ……ケホ、エホ……ハハハ……」
ビィ
「お、おいおいどうしたんだ姐さん。むせながら笑ってるぞ……」
──先程までの会話との落差に、どこかの張り詰めていた糸が切れたようだ。咳込みたいのが先だが、それを押しのけて笑いが止まらないカタリナ。
カタリナ
「ケフッハハハハ……ハァ~。いや、何でもないんだ。なあ、ドリイ殿?」
ドリイ
「カタリナ様も、頼り甲斐に満ちたビィ様の雄姿が嬉しいのですよ」
カタリナ
「いや、私はむしろ余りにも愛ら……」
「ああいやいや。うむ、その通りだ。今までより一段と男らしく見えるぞビィ君」
ビィ
「おう! 今なら魔物だって星晶獣だってドンと来いだぜ!」
──何かの格闘技の真似か、中段突きを素振りしてみせるビィ。
──皆で一通り笑いあった後、時計を見るカタリナ。
カタリナ
「さて。いい加減、アンナの部屋に行くとしよう。あんまり放っておいたら寂しがらせてしまう」
ビィ
「あっ。いっけねぇ、すっかり忘れてたぜ……」
カタリナ
「おやおや、前言撤回かな?」
ルリア
「ほ、ほんのちょっとだけ夢中になっちゃっただけですよ。ね?」
主人公(選択)
・「ルリアもか……」
・「そ、そうそう仕方ない!」
→「そ、そうそう仕方ない!」
カタリナ
「やれやれ
「そうだ、ドリイ殿。カレーニャはまだ起きているだろうか?」
ドリイ
「カレーニャでしたら、皆様がお迎えに上がるまでアンナ様のおもてなしを任せておりますが、何か?」
カタリナ
「これからアンナと皆で読むゲームブック、カレーニャも誘えないかと思ってな」
ドリイ
「そういう事でしたら是非、私からもよろしくお願いします。強情を張るようでしたら、引っ張ってでも」
カタリナ
「ハハハ、任された。それじゃあ皆、準備は良いか?」
ビィ
「おう! ……あ、そうだ眼鏡の姉ちゃん。あの空飛べるグラス、アンナの部屋行く時に持ってっても良いか?」
ドリイ
「はい。決してご遠慮はありません」
ビィ
「よっしゃ! あんがとな姉ちゃん!」
「そんじゃ行くぜルリア! 第2ラウンドだ!!」
ルリア
「はい!」
カタリナ
「プフッ……ククク……またやるのか……」
──こうして、ビィとルリアのチェインブレイクはアンナ達にも色々な意味での感動をもたらすのだった。