グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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30「眠れぬ夜」

 ──辛くもドリイに勝利した一行。

 ──グラスの壁が崩壊した事で空気が確保され、カタリナはドリイの応急処置を始め、他の一行はルリアの元へ駆け付け、アンナがルリアの口枷を焼き切り介抱した。

 ──ルリアの容態は、苦しさの余りに多少喉元を引っ掻いたが、跡が残る程では無く、ひとしきり団長の胸で泣いて恐怖を癒やすと、すぐに元通りのルリアへと立ち直った。

 

 

 

ビィ

「姐さーん、ルリアはもう大丈夫みてぇだぞ」

 

カタリナ

「ああ、聞こえてた。ルリアの泣く声でホッとするなんて、そうそう無い体験だったよ」

 

ルリア

「ごめんなさい、カタリナ。心配かけて……」

 

カタリナ

「良いさ。今回もルリアのお陰で何度も助けられた。よく頑張ってくれたな……」

 

アンナ

「そ、それで……ドリイさんは……?」

 

カタリナ

「ああ。それなんだが──」

 

 

 

 ──カタリナに合流した一行は、ヒールを施すカタリナ越しに、横たわるドリイを覗き込む。

 ──余裕の素振りに振り回されて気付かずにいたが、片腕を切り落とされ、もう一方の腕も焼け、服を一部裂かれ、何より腹に風穴を空けられ、その姿はボロボロだった。

 

 

 

ビィ

「うぅ。危うく殺されかけたとはいえ、改めて見るとひでぇ事しちまったなあ……」

 

ルリア

「はい……。でも、この腕って……」

 

ビィ

「そういや火傷でこうはなんねぇよな。義手か何かなのか?」

 

 

 

 ──団長との攻防の最中に突如燃え上がったその腕は、服が焼け落ちたのは自然な末路だが、その肌は焦げ目ひとつ付いていない。

 ──もとい、焼けたのでは無く溶けたと形容するのが妥当な状態だった。その表面はツヤツヤとして、癒着した拳の端には肌と同じ色の雫が冷えて固まっている。

 

 

 

カタリナ

「腕も気になるが、腹の傷も妙なんだ。血は止まっているが、こうして回復魔法をかけても、一向に塞がる気配がない」

 

ルリア

「よ、良くないんですか……?」

 

カタリナ

「わからない。普通は血が止まるなら傷口も少しくらいは良くなるはずだし、魔法で手の施しようが無い傷なら出血も簡単にはおさまらないはずだ」

「医療は専門でないからな……。やはりこうしてまごついているよりは、誰か人を呼びに行くべきか……」

 

ルリア

「じゃあ私が──!」

 

アンナ

「ル……ルリアはまだ休んでて。ボ、ボクならそんなに傷も無いし──」

 

ビィ

「でも、本当に眼鏡の姉ちゃん具合悪いのかなぁ? 汗1つかいてないし、気絶してるってより呑気に寝てるみてぇな顔だしよぉ」

 

 

 

 ──ドリイの口元は穏やかに微笑んでいる。確かに口元の一筋の血を除けば、その顔は何か幸せな夢でも見ているのかのようだった。

 

 

 

ドリイ

「ちゃんと起きていますよ」

 

ビィ

「おわぁあ!? ビ、ビックリしたぁ……!」

 

 

 

 ──ビィに次いで皆も騒然となった。打ち負かされる前と何も変わらない調子で返答するドリイ。

 ──カタリナの制止も聞かずに悠々と起き上がった。

 

 

 

ドリイ

「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません。修復を試みるために、しばし安静にしていたものですから」

 

カタリナ

「修復って……あ、止せ!」

 

 

 

 ──カタリナ達の驚きを他所に、健康そのものにしか見えないほど軽々と立ち上がるドリイ。

 ──調子を確かめるように2、3歩進み、そして一行に向き直ってお辞儀するドリイ。そしてその姿に起きた「異変」に再び驚きの声が上がる。

 

 

 

カタリナ

「まともに動けるような傷じゃあ……って……傷が、消えてる!?」

 

アンナ

「て、てて手が──さっきまで、き、切れて──」

 

 

 

 ──腕も腹もいつの間にか元通りになっていた。ついでに爪痕も頭突きの痕も。

 ──服も、切り裂かれた乱れはそのままだが、染み付いていた血が綺麗サッパリ消えている。

 ──余りの事に青くなったアンナが、先程焼き切ったドリイの腕を探せば、確かにまだグラス壁の残骸近くに転がっている。再びドリイに向き直れば、その手はちゃんと2つ付いている。

 ──安直に考えれば、新たに生やしたとしか思えない。

 

 

 

ビィ

「も、もしかして眼鏡の姉ちゃん、実は幽霊とかなんじゃ──」

 

ルリア

「そそそそんな訳ないじゃないですかビィさん! ……です、よね?」

 

ドリイ

「ご安心下さい。いわゆる伝承上の幽霊ほど不確かな存在ではございません」

 

ビィ

「何でちょっと含み持たすんだよぉ……」

 

 

 

 ──ちょっと腕時計でも見るような仕草で焼けた方の自らの腕を確認するドリイ。

 ──溶けた雫などは消えているが、動きがぎこちなく、拳は未だ癒着したままで隙間が埋まり、指のレリーフを掘られた塊のような質感だった。

 

 

 

ドリイ

「やはり、この損壊だけは修復が容易ではありませんね」

 

カタリナ

「ドリイ……いや、ドリイ殿。こちらとしてはまだ君の容態は心配だが、話せるようなら、こちらの質問に答えてもらっても良いだろうか」

 

ドリイ

「はい。お答えできる事でしたら何なりと」

 

ビィ

「な、なぁ。悠長に話しかけてるけど大丈夫かぁ? こんなピンピンしてて、また襲って来たりとか……」

 

カタリナ

「だったらとっくに襲われているさ。──とは言え確証は無い。まずはその点について聞こうか」

 

ドリイ

「カタリナ様の仰る通りです。先程の結果が皆様の”全力”にあたると判断致しました」

「率直に申し上げてしまえば、今一歩、充分とは評価し難い結果となりましたが……」

 

カシマール

「ソッチカラフッカケトイテ、ナンダソノイーグサハヨー!」

 

アンナ

「あ──」

「じゃあ、もしかしてあの時の、聞き間違いじゃあ……」

 

ドリイ

「お聞き取り頂けて幸いでした。今一度申し上げますと、”70点”という所かと」

 

 

 

 ──団長も「あっ」と言う顔を見せた。

 ──カタリナの最後の一撃をドリイが迎え撃つ直前、アンナより間近に居た分、よりはっきりと聞き届けていた。そして同じく聞き間違いかと思っていた。

 

 

 

ビィ

「それって、言う程悪くない点数なんじゃぁ……」

 

ドリイ

「はい。カレーニャも得意科目以外で滅多に取る事のない得点です」

「しかしながら今回に限っては、要求される水準が遥かに高いものですので」

 

カタリナ

「その『今回』──とは何だ。私達は君に何を評定(ひょうてい)されていたんだ?」

 

ドリイ

「そちらにつきましては、お答えできない事柄です」

 

カタリナ

「では、君は何のためにこんな事を?」

 

ドリイ

「同じく、お答えできない事柄です」

 

カタリナ

「ふむ──。ダメ元で聞くが、君の評価に適わなかった事で、私達は何か不都合を負うのか?」

 

ドリイ

「同じく」

 

カタリナ

「だろうな……。やれやれ。こうなると、余り実のある話は聞き出せそうに無いな」

 

 

 

 ──カタリナが(かぶり)を振る。仮に、無理にでも聞き出そうとした所で、殆どの傷が痕も無く消え去ったドリイ相手に疲労困憊した自分達では勝負は見えている。

 ──他の仲間達も、今は情報より休息が欲しいと言った様子だ。皆、質問はカタリナにほぼ丸投げした状態だった。

 ──暫し唸ってアレコレ考えていた様子のカタリナが続けて質問する。

 

 

 

カタリナ

「話を変えよう。単刀直入に言って、君は我々を殺すつもりが無かった──と言うより、殺してしまわないようにはしていなかったか?」

 

ドリイ

「元より殺害の意思は無い事を宣言しておりましたが──どのような点から、そのようにご判断を?」

 

カタリナ

「最初は、君が不意を突かれ、ルリアに水の魔法を事故に近い形で放ってしまった時だ」

「私は遠くに居たが、君が舌打ちするような……良からぬ状況に直面したような声を聞いた」

「そして君は、ルリアに口枷を与えるのみで、傷一つ付けない形でグラスを召喚し、自ら作り出した水を自らのグラスでせき止めた」

 

ルリア

「そう言われてみれば……」

 

カタリナ

「次に、ビィ君達の奇襲を退けた時だ」

「魔法を打ち返す余裕なら充分あっただろうに、二人とも見ての通り、大した傷もなくピンピンしている」

 

ビィ

「そういやあん時、眼鏡の姉ちゃんカシマール掴んで放り投げただけだったな」

「こう、首の所だけ挟むみたいに、親指と人差し指の間でガシって」

 

カシマール

「オレサマ、クビシメラレタクライジャナントモネーゼ」

 

カタリナ

「そして、最後に私が奥義を見舞う直前だ」

「あの時は私自身、急所は避けながら……それでも、”諸共に貫く”覚悟をしては居たが──」

 

 

 

 ──ドリイに転ばされた時の事を思い出す団長。

 ──確かに、あれのお陰で団長は最悪の結果を免れたと考えられなくもない。

 ──そしてドリイは、打てただろう手を打つ事もなく、棒立ちでカタリナの奥義を受け入れた。

 

 

 

カタリナ

「そう考えると、最初にルリアに牙を剥いた時の事も──あれは脅しに留めるつもりだったんじゃないか、とな」

「例えば、自在に姿形を変えるグラスの事だ。ルリアを傷つける直前に変形させて、拘束具のような物へと変えるつもりだった──とかな」

 

ドリイ

「ご想像にお任せします」

 

カタリナ

「なら、そうだとした上で聞くが、何だってそんな回りくど──」

 

ドリイ

「先ほど申し上げた通りです」

 

 

 

 ──溜息をついて、追求を諦めるカタリナ。

 ──仮にカタリナの想像通りであったとして、そこから先をドリイは応えるつもりがない。逆説的に、殺さないよう配慮していた事は認めたと考えて良いが、その情報だけでは不十分過ぎる。

 ──これを退けられては、カタリナの弁舌で更なる情報を引き出すのは絶望的だった。

 ──質問タイムが終わったと理解したドリイが、今度は逆に一行へ投げかける。

 

 

 

ドリイ

「では、人を呼ばれる前に、私から1つ最後の設問をさせていただきたく存じます」

 

ビィ

「なっ!? やっぱり()る気かオイ!」

 

ドリイ

「ご心配なく。口頭でお答え頂ければ結構ですので」

「どうかアンナ様にお答え願いたいのですが、よろしいでしょうか」

 

アンナ

「ボ、ボク……? えっと……い、良いけど……」

 

ドリイ

「ありがとうございます」

 

 

 

 ──今がごく平凡な夜で、彼女の他愛ない仕事を手伝ってやった後のような、そんな笑顔と謝辞だった。

 ──ドリイはおもむろに歩き出し、グラス壁の残骸へと移動しながら語りかける。

 

 

 

ドリイ

「アンナ様の”全力”……アンナ様の主張では、『大切な方のため』に引き出されたお力である──と。お間違いないでしょうか」

 

アンナ

「う、うん……」

 

ドリイ

「それは誰?」

 

アンナ

「誰って……」

「カ……カタリナや、ルリアやビィ君や……だ、団長さんとか……それに……」

 

 

 

 ──俯いて、自分に言い聞かせるように一呼吸置くアンナ。

 

 

 

アンナ

「それに、カレーニャのため……!」

「カレーニャの事が、一番……ゆ、許せなかったから……」

「ねえ……ドリイさん……何で、カレーニャを……その……その……」

 

ドリイ

「『何故カレーニャを死に至らしめたか』」

 

アンナ

「……っ」

 

 

 

 ──実際に見届けた身として、そんな言葉は使いたくないし聞きたくもない。痛みを堪えるように胸元で手を強く握り合わせるアンナ。

 ──そんなアンナを知ってか知らずか、グロテスクなほど、日常会話のように穏やかに返すドリイ。

 

 

 

ドリイ

「そうですね。本来ならばお答え出来ない事柄ですが──」

「1つだけ、お答えしましょう」

 

ビィ

「何だよ。さっき姐さんが聞いた時は殆ど教えてくんなかったのに」

 

カタリナ

「良いんだビィ君。些細な事だ。話を続けてくれ」

 

ドリイ

「畏まりました」

「しかしお答えする前に、少しお話を遡らせていただきます」

「アンナ様。その力は、『カレーニャのために』振るわれたと解釈してよろしいでしょうか」

 

アンナ

「……うん」

 

ドリイ

「何故、カレーニャのために”全力”が引き出せるのですか?」

 

アンナ

「っ! まだ……まだそんな事ッ──!」

 

ドリイ

「アンナ様。どうかお答え下さい」

 

 

 

 ──すっかり鎮まりかけていた胸の火種に再び熱が点く。

 ──語気を荒げるアンナに畳み掛けるように回答を要求するドリイ。要求しながら、自身はアンナに背を向け、残骸に転がる”古い”自らの腕を”新しい”自らの腕で拾って、何やらその炭化した断面を眺めている。

 ──その断面が、見る見る黒一色から、およそ生物の質感ではないツヤツヤした肌色に変色していったが、気付く者は居なかった。

 ──アンナは、先程とは違う力で強くその手を暫く握り合わせ、目を閉じ再び一呼吸置くと、手の力を解きながら答えた。

 

 

 

アンナ

「だって……カレーニャは、ボクの……友達に、なってくれた」

「皆が……ドリイさんが……友達に……してくれたのに……」

 

 

 

 ──アンナの頬に涙が一筋伝う。森に篭りきりだったアンナにとって、多少でも打ち解けた相手というものは人一倍に大切な存在である。

 ──夕食会までのドリイは、その意味では正しく恩人であるとさえ言えた。

 ──そのドリイにこのような質問をされる事自体、訳がわからない以上に自分を、カレーニャを嘲笑われているかのようで、情けなく、悔しかった。

 

 

 

ドリイ

「……確認致します」

「『カレーニャはアンナ様の友達になってくれた人だったから』。こちらが回答の主題であると見てお間違いないでしょうか」

 

 

 

 ──カタリナだけが、眼鏡を直しながら応えるドリイを見て、2つの事に気付いた。

 ──1つは、手の中で弄んでいた”古い”腕が消えている事。その袖だけがいつの間にか彼女の足元に落ちている。

 ──だが、欠損した手が再び生えるような相手だ。今更考えてもしょうがないと、早々に驚くのも止めた。

 ──もう1つ。声色が少し異なる。つい先程までの声より僅かに低い。

 ──ドリイが声を低める事自体に覚えが無い訳ではない。しかし、抑揚と言うものか。重たく、その一音一音が相手に何かを訴えるようだった。

 ──そして、その独特の声色は、聞いた覚えがあるはずの物だった。どこだったか。夕食会で一度だけ聞いた事までは思い出せるが、どの瞬間に発せられたかが出てこない。

 

 

 

アンナ

「そう……」

 

ドリイ

「もう一度、お聞きします。お間違いございませんね」

 

カタリナ

「アンナ、少し待ってくれ。何か妙──」

 

アンナ

「そう!!」

 

 

 

 ──仲間でも聞いた事の無い、怒鳴るような声で返すアンナ。

 ──カタリナの声も、皆の驚きの視線も届いていない。疲労と度重なるショックのためか、ドリイの態度に情緒を大きく乱されている。

 

 

 

アンナ

「何で……何でドリイさんがそんな事聞くの……!」

「ボクの……ボクの気持ちを聞いてくれたのは、何だったの……」

「カレーニャを友達にさせてくれるように、頑張ってくれてたのは、何のためだったの!?」

 

 

 

ドリイ

「…………」

 

 

 

 ──ドリイはまるで聞こえていないかのように、自らの癒着した拳を見下ろしている。

 ──中途半端に続く沈黙に、時折アンナのしゃくり上げる声だけが響く。

 ──カタリナがドリイの返答を諦めアンナを宥めようと歩み寄った時と、アンナが痺れを切らし再び大声を上げようとした時はほぼ同時だった。

 ──そしてそのほんの僅か直前に、じっと拳を見つめながらドリイが口を開いた。

 

 

 

ドリイ

「10点減点」

 

アンナ

「ド……!」

「……へ?」

 

ドリイ

「そのお答えでは、現状より10点減点です。アンナ様」

 

アンナ

「……何、言って……?」

 

ドリイ

「1つだけ、ご説明するお約束でしたね」

「アンナ様がご覧になった光景について1つ。何者に誓っても、嘘偽り無く申し上げます」

「カレーニャをグラスに取り込ませたのは──カレーニャ自身の意思に従ったまでの事です」

 

アンナ

「──ッッ!?」

 

 

 

 ──アンナの身体が、糸が切れたように暫し停止し、やがて小刻みに震え出した。聞き取りと理解に大きく時差が生じている。

 ──よしんば冷静に聞き分けられたとしても、ドリイの供述は更に話を見えなくしている。

 ──言葉通り、カレーニャ自身の要求でドリイが彼女を殺害したと言うなら、カレーニャは事実上、自殺したと言う事になる。

 ──カレーニャの自殺にドリイが手を貸す意義があるのか。そもそもそんな行動に出る予兆が何処に有ったのか。

 

 

 

アンナ

「……何で……何で、そんなこと…………どこまで……」

 

 

 

 ──立ち尽くすような姿勢はそのままに、声が絞り出す程に張り詰めていく。

 ──目に見えて、錯乱せんばかりの尋常ならざる雰囲気を色濃くするアンナ。重く見たカタリナが、その震える肩を強く抱いた。

 

 

 

カタリナ

「アンナ落ち着くんだ! 真に受けるんじゃない。今のドリイ殿の様子は何か変だ」

 

アンナ

「……変って……『どこ』から……?」

 

カタリナ

「……!?」

 

ルリア

「ア……アンナ……ちゃん?」

 

 

 

 ──急に冷静な声色をアンナが返す。先ほどの怒声とも異なる、そして更に聞き慣れない声だった。一行の背筋に、急に寒気が走るほどに。

 ──カタリナからは髪に隠れてアンナの表情は読み取れない。背後に立つ仲間たちも同様だった。

 ──しかしその声は確かに、仲間であるはずのカタリナを責めるかのようなニュアンスが投げ込まれている。静かで、しかし激しく濁った感情が滲んでいた。

 ──取り巻く仲間たちもいよいよただならぬ気配を感じ始める。

 ──「取り押さえるべきか」。誰ともなくアンナに対してそのような考えがよぎる。

 ──肩に置いた手に思わずかかる力が、できるだけ柔らかいものとしてアンナに伝わるよう苦慮しつつ、カタリナが懸命に穏やかさを装って呼びかける。

 

 

 

カタリナ

「ア……アンナ。君は今、疲れてるだけで──」

 

ドリイ

「カレーニャは──」

 

 

 

 ──しかしドリイが口を挟む。

 ──誰ともなく、反射的に「黙れ」と胸中で叫びかけるのをこらえた。

 ──癒着した手からアンナに視線を戻し、先程まで眺めていたその手は胸元に、自力で計算を解いて見せた子供のような眩しいくらいの笑顔だ。心なしか本当に赤々とした光に照らされているようにさえ見える程だ。

 ──ドリイの声色は、再び聞き慣れた穏やかで優しいものに戻っていた。

 ──そして、だからどうと言う事も無いが、カタリナは気付いた。先程アンナを宥めようと取り繕った声色。その理想として想定していたそれが、まさに今のドリイと同じトーンであった事を。

 

 

 

ドリイ

「カレーニャは、残念ながらアンナ様を『お友達』とは見做しておりません」

 

アンナ

「…………」

「……嘘だ」

 

ドリイ

「事実です。私としても遺憾な事ですが、カレーニャにとって晩餐の席での一件は茶番でしか無かった」

 

アンナ

「そんな事、あなたに解るはずない……」

 

ドリイ

「解ります。私はこの島で誰よりもカレーニャを理解している自負があります」

 

アンナ

「デタラメ言わないで……!」

 

ドリイ

「全て心底からの言葉です。少なくとも私は、アナタよりはカレーニャと親しい間柄です」

 

アンナ

「…………もう、止めて……」

 

ドリイ

「ではこの場で、追認を願います。『カレーニャはアナタを何とも思っては──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンナ

カレーニャをバカにしないでッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──次の瞬間、複数人の短い悲鳴が上がった。

 ──高圧力の爆発音。それも鉄火場を渡り歩いてきた団長達にも耳慣れない類の。そしてやはり目に入れた覚えの薄い”おかしな”色彩の閃光。

 ──反射的に耳と目を押さえる一行の中で、アンナだけが呆然と、何が起きているのかも解っていない様子で眼前を眺め立ちつくしていた。

 ──自分達に被害が無い事を確認した一行が、続々と爆心地を確認して驚きの声を上げる。

 

 

 

ルリア

「ドリイさん!!」

 

カタリナ

「ド、ドリイ殿……君は、まさか……」

 

 

 

 ──音と閃光の中心に立っていたドリイは今、虹色の光に包まれていた。

 ──光の正体は、恐らく炎だった。その独特のうねりは炎と呼ぶ他無いが、何しろ虹色の炎など普通はお目にかかれる物ではない。

 ──癒着していた方の腕が消えてなくなり、身体は直立していながらも上半身が()()()と、未だ残る腕の方に傾いている。

 ──何かが爆発し、最も近くにあった片腕が消し飛んだ。そんな有様だった。

 ──そして眼鏡が吹き飛んだその顔に。一層著しく損壊した服から除く肩に。腹に。人体ではあり得ない深く大きなヒビが刻まれていた。

 ──それこそ、まるで硝子のように。

 

 

 

カタリナ

「ドリイ殿、じっとしてろ! 今助け──」

 

ドリイ

「いけません!」

 

 

 

 ──珍しく強い口調で制止しながらも、悠長に眼鏡を直す仕草をし、そこで初めて眼鏡を無くした事に気付くドリイ。

 ──明らかにただ事で無いというのに、眼鏡を無くした事に気づかなかった「うっかり」に笑みを浮かべ、柔らかな物腰を微塵も崩さない。最早狂気すら覚える。

 ──ゆったりと、足元で赤々と光る小さな何かを拾い上げるドリイ。

 ──その最中にも炎に炙られる髪がドロリと溶け、雫が垂れ落ち、毛先部分だった赤熱した不定形の物体が床へシロップを垂らすようにうず高く広がっていく。

 

 

 

ドリイ

「この炎は、見かけよりも遥かに危険な現象ですので」

「そして──90点です。まずまずの及第点ですね」

 

ビィ

「採点なんか続けてる場合じゃねえだろ。危ないって言われたって見てられっかよ!」

 

ドリイ

「では、救助なさる前に、2つ申し上げたい事がございます」

 

カタリナ

「──何だ」

 

ドリイ

「1つ。朝を迎えましたら、この島の動向をよくお見届け下さい」

 

カタリナ

「動向──? 何を、どのように?」

 

ドリイ

「ごく一般的な範疇にて、ごく一般的な手段をご利用下さい」

「そして2つ目──残る10点は、アンナ様の……いいえ」

「皆様の、お心次第です」

 

カタリナ

「待て、全く要領を──」

 

 

 

 ──異議を唱えた頃には、そこにドリイは居なかった。

 ──辺りを見回してもどこにも居ない。そしてアンナまで。

 ──五感と経験が遅れて訴える。「背後で物凄い音がしていた」。

 ──余りに一瞬の事で、音が鳴っていた事実すら意識から抜け落ちていた。

 ──グラス壁の残骸を前に語るドリイと向き合って、その状態から背後……。

 ──廊下の奥を見やる一行。未だ炎上し続けるランプに照らされた突き当り。

 ──グラスにフタをされていたはずのVIPルームの扉に、グラス諸共に大穴が空けられていた。穴の縁には虹色の炎が燻っている。

 

 

 

カタリナ

「まさか──逃したか!」

 

 

 

 ──まさかこの期に及んで逃走を図るとは思わなかった。

 ──しかもあんな派手な炎を纏って、逃げてどうなるなどとも到底思えない。

 ──我先にと駆け出す一行。

 ──通路の端から端へと駆け抜け、VIPルームに飛び込むと、そこには……

 

 

カタリナ

「アンナ!」

 

 

 

 ──扉から真っ直ぐに進んだ先の壁際で、アンナが遠い目をして座り込んでいた。

 ──駆け寄る一行。何故か胸に一冊の本を抱き抱えていた。

 ──ドリイの姿は無い。否、「あった」事は推察出来た。

 

 

 

カタリナ

「アンナ、怪我はないか。……まさかと思うが、ドリイ殿はもしや──」

 

アンナ

「う、うん。大丈夫……ドリイさんは……ア、アレ──」

 

 

 

 ──アンナのすぐ手前で、虹色の炎に包まれた小包ほどの不定形の塊が、魔力の塵と消えながら見る見る小さくなっていた。

 

 

 

カタリナ

「逃走を図って、結局燃え尽きた──のか?」

「それにアンナ。その本は?」

 

アンナ

「えっと……あの……」

「ご、ごめん……その……言葉が、出てこない……」

 

カタリナ

「……無理もないか。今夜は色々と起こりすぎた」

「ルリア達は、近くの駐屯所から兵を呼んでくれ。……いや、この際協力してくれるなら誰でも良い」

「私はここで現場の保存と、アンナの付き添いをしている」

 

ルリア

「は、はい」

 

ビィ

「合点だ。行けるか、団長(相棒)?」

 

 

 

 

 ──頷く団長。同時に、一斉に出口を探しに駆け出す3人。

 ──慌ただしい夜はもう暫く続くのだった。

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