グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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35「悪魔」

 ──砂煙が晴れ、死んだとばかり思われていたカレーニャが姿を現した。

 ──もう欠片も残っていないグラス壁がかつて存在していた地点を見下ろしながら上機嫌だ。

 ──アンナの予言通りの、昨日までと何も変わらない姿のカレーニャに、思い思いの驚愕を(あらわ)にする一行。

 ──しかし当のアンナには驚きの色は見られず、その表情は重く、今にも泣き出しそうなほど悲しげだった。

 

 

 

カレーニャ

「ハァイ、皆様ごきげんよう」

「チマチマとグラス壊して回ってまで、こんな物騒な街で何かお探し物でも?」

 

ルリア

「カレーニャちゃん、無事で──」

 

 

 

 ──ルリアが何よりもカレーニャの生存を喜び駆け寄ろうとするが、その行く手をカタリナが妨げた。カレーニャに向けるその視線は険しい。

 

 

 

ルリア

「カ、カタリナ……?」

 

カタリナ

「行くなルリア。様子がおかしい」

 

 

 

 ──街は静まり返り、未だ続く発着場の喧騒が聞こえてくるほどだった。家々の明かりも一つまた一つと消え続けている。一方で所々で火の手が上がり、皮肉なくらい明かりに困らないゴーストタウンだ。

 ──魔導グラスに襲われ、一夜も待たずに街は荒れ果て、島民は十中八九が常日頃からカレーニャを敵視している。

 ──カレーニャがどんな経緯でこの場に居たとしても、彼女が何も知らずにこの大混乱の中を歩けば無事で居られる訳がないのだ。

 ──だが、目の前の少女はこの惨状の中で傷一つ無く、むしろ快適そのものとでも言いたげだ。

 

 

 

カタリナ

「カレーニャ。昨夜から今まで、君は何処で何をしていた」

 

カレーニャ

「あらやだ、そんな遠巻きから確かめてぇ。お答え出すまで何年問答続けなさるおつもり?」

「もう解ってるってお顔なすってるじゃあござあませんの」

 

カタリナ

「私の思っている通りだというなら……無念でならない」

 

ビィ

「いやいや、勝手に話進められてもオイラたち全然解んねぇって!」

 

カタリナ

「あくまで勘違いであって欲しいが、つまり……む?」

 

カレーニャ

「お?」

 

 

 

 ──ビィ達に説明しようとするカタリナだが、何かに気付いて顔を上げた。カレーニャも同じく感知したようで後ろを向く。

 ──カレーニャの背後、大通りから外れる路地の1つ。その向こうから複数人の走る音が聞こえてくる。

 

 

 

兵士

「──皆さん止まって! 大通りにも魔導グラスが徘徊している可能性があります。まずは本官が……」

「……カ、カレーニャ・オブロンスカヤ!?」

 

 

 

 ──路地から軍服の男が1人現れ、背後に何か呼びかけていたが、道の先のカレーニャに気付き上ずった声を上げる。

 ──途端に、兵士を押し退けて数人の島民が飛び出して来た。

 

 

 

兵士

「あ、駄目です! 危険だから下がって!」

 

男性A

「カレーニャだと!? うわ、ほ、本当だ!」

 

女性A

「キャーーーッ!! やっぱり……やっぱりそうだったんだわ!」

 

女性B

「カレーニャは本物の悪魔になるために命を捧げたって、まさか本当だったの……?」

 

女性A

「兵隊さん早く! 早くあいつを撃ち殺して!!」

 

男性B

「あいつのせいで娘が……くそっ、寄越せ俺がやる!」

 

兵士

「うわぁ! お、落ち着いて! 民間人が使って良い物じゃ……っ!」

 

 

 

 ──カレーニャの姿を見るなり島民達は叫び立て、兵士の提げた銃を奪い取ろうと取っ組み合いを始めた。

 ──そんな醜態をカレーニャはニヤニヤと眺めるばかりで驚きもしない。

 

 

 

ビィ

「お……おいおい。何言ってんだあのおっさん達。頭どうかしちまってんじゃねえか……?」

 

カタリナ

「この島の人間にとって、カレーニャとは彼らが今言った通りの人物で……そしてそう思う事が自然なんだろう」

「夕食の後に読んだ新聞や雑誌……残念だが、あれこそがプラトニアの常識だ」

 

ルリア

「じゃあ、カレーニャちゃんは誤解されてるって事じゃないですか!」

「カタリナ。早く助けないとあの人達、カレーニャちゃんを撃つって……!」

 

カタリナ

「……誤解では無くなったかもしれない」

 

ルリア

「え……?」

 

カタリナ

「とにかくカレーニャ伏せろ! この場は私達が取り持──!」

 

 

 

 パァン!

 

 

 

 ──カタリナが剣を抜き鎮圧を試みようとしたその瞬間、乾いた破裂音が響く。

 ──警官を殴り倒し銃を奪い取った男がカレーニャに向けて発砲。

 ──その瞬間は、スローモーションのように確かに一行の目に焼き付いた。

 ──カレーニャのこめかみを銃弾が穿ち、どこからか突き抜けた弾はグラスチェアーの縁を削る。

 ──そのままカレーニャの身体は椅子から投げ出され、地面に音を立てて倒れた。

 

 

 

ルリア

「……そ……そんな……」

 

男性B

「や……やった!」

「ハハッ、見てやがれ。カレーニャに苦しめられた皆の怒り、この俺が解らせてやる!」

 

女性A

「そうよ、悪魔が撃たれたくらいで死ぬもんですか。絶対……アイツだけは絶対に倒さないと……!」

 

 

 

 ──青ざめヘナヘナと座り込むルリア。対照的に、島民達は心から喜びに満ちた顔で横たわるカレーニャに歩み寄る。

 

 

 

カタリナ

「クッ……お前たち、自分が何をしたか解っているのか!!」

 

 

 

 ──これ以上の暴虐を見過ごす訳には行かないと、同じくカレーニャに駆け寄るカタリナと団長。

 ──しかし、カタリナの眼力は冷静に彼らを見定め、そしてその胸にやり切れない感情が湧き上がる。

 ──島民達の瞳に狂気の類は感じ取れない。むしろ希望すら感じる程に熱く清らかに燃えている。

 ──その顔は先程までの恐怖が失せ、勇気と活気を取り戻し、互いに喜びを分かち合い励まし合うように輝いていた。

 ──さながら一大巨編のクライマックス。絶対悪に絶体絶命まで追いやられたその瞬間に、逆転の一手が功を奏した瞬間のようだった。

 ──市民の暴行で気絶している兵士だけ、主役の機転を妨げる無粋な舞台装置と言わんばかりに放置され、誰もが己の正義と信念を疑っていなかった。

 

 

 

アンナ

「……──」

 

 

 

 ──立ち上がる事も忘れて声も出せないルリアと比べて、アンナは幾らか冷静だった。

 ──とは言え、両手でカシマールを強く抱きしめ、倒れたカレーニャをじっと見つめて動けないでいる。

 ──その唇から、うわ言のように小さく声が漏れる。この先に起こる事を知っているかのように。しかし一抹の不安を拭いきれずに。

 

 

 

アンナ

でも……大丈夫、なんだよね……そう、だよね……カレーニャ……

 

 

 

 ──先んじてカレーニャの元に到着したカタリナ達が島民の前に立ちはだかり武器を構える。

 ──自分達に敵意を向けるグラス以外の存在に、心底から怪訝そうにする島民達。

 

 

 

女性A

「ど、どうなさったんですか……? 大丈夫、私達は味方です。危ないから、早くカレーニャから離れてこっちへ」

 

カタリナ

「問いたいのはこちらの方だ!」

 

 

 ──こんな状況で人間同士で争わねばならない事に胸中でカタリナが歯噛みした、その時だった。

 

 

 

カタリナ

「今、君達は、何を撃ったと思って──」

 

カレーニャ

「っあ~もうったく……結構衝撃エグいじゃござあませんのよ……」

 

男性B

「お、おお、お、お……起き上がったぁ!!」

 

 

 

 ──島民達の顔が再び恐怖に歪む。その視線の先はカタリナ達の背後。

 ──団長達も振り返ると、カレーニャがドレスについた土やら砂やらを払っている。

 ──銃撃を受けた頭部より、その衝撃に振り回されたらしい首筋を気にして擦っている。

 ──そして、確かに撃ち込まれたはずの銃創が影も形もない。グラスチェアーの縁にも傷一つ無かった。

 ──何が起きたか解らず、呆然とカレーニャを見るばかりのルリア達。人知れず、アンナがホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

男性B

「クソッ……だったら、く……くたばるまで、やってやらあ!」

 

 

 

 ──再び銃を構える男だが、その手はガタガタと震えて照準が定まらない。

 ──発砲に備えて構え直すカタリナと団長だが、そんな2人を押し退けてカレーニャが前に出る。

 

 

 

カレーニャ

「はいはい、ちょっくらお退きくださる?」

 

カタリナ

「下がれカレーニャ。彼らは興奮している。あまり──」

 

カレーニャ

「だから好都合なんでしょうが。私まだまだ”試運転”したりませんの」

 

 

 

 ──言いながらカレーニャが傍らのグラス球をそっと撫でる。

 ──カタリナが無理矢理にでもカレーニャの前に立とうとした時、島民達から悲鳴が上がった。思わず足を止めて目を向ける。

 ──見ると、銃を持っていた男性が脂汗を吹き溢しながら自分の腕を押さえている。

 ──押さえた腕の先では、銃が踊っていた。引き金にかけられた指を巻き込みあらぬ方向に捻りながら、弄ぶ指に逆さまにぶら下がって、今もグリグリと。

 

 

 

男性B

「ぐぎぃぃ……指……指がぁ……!」

 

男性A

「銃が……銃が、勝手に動いて……」

 

カレーニャ

「魔導グラスって、軽くて丈夫ですのよ。それこそ色ぉ~んな部品に使われてますの」

「魔力の炎でなければそうそう傷んだりしませんから、国内でしか使わない物なら、鉄砲にだってそりゃあもう金属代わりにた~っぷりと」

 

 

 

 ──銃は更に右へ左へ、回転を加えながら持ち手の指を”ほぐし”、腕ごと引っ張りながらある角度で静止した。

 ──銃口の軌跡を読み、目で追っていくカタリナ。かなり高所を狙うような角度だが、有ろう事かその軌道上を遮るようにカレーニャが手を高々と挙げている。

 

 

 

アンナ

「あ……」

 

 

 

 ──掲げられたカレーニャの手に、遠巻きに見ているアンナが何とも言えない声を上げた。

 ──アミュレットが無い。

 ──夕食会でアミュレットに言及したカレーニャの言葉と、深夜にドリイと交わした最後のやり取りが同時に脳裏を過る。

 

 

 

カタリナ

「何してるカレーニャ! 当た──」

 

 

 

 ──言い終わる前に発砲音が割り込んだ。そして直後にガラス細工が弾けるような音。

 ──着弾したカレーニャの手が、キラキラと輝く破片になって砕け散った。

 ──呆気に取られる一行の前で、散らばった破片が瞬時に手首の先に集まり、元の傷一つ無い手に復元された。

 

 

 

カレーニャ

「うん。こんだけされても痛くないってなぁ実に快適ですわね」

 

カタリナ

「カレーニャ……まさか君も、ドリイ殿と同じ──」

 

カレーニャ

「同じじゃあござあませんわ。ドリイさんは魔導グラスピュアっピュアの100%。私は魔導グラスと有機物のハイブリッド」

「記念すべき第一日目ですもの。ガンガン試していきませんとねえ」

 

 

 

 ──元通りになった自分の手を面白そうに握って開いて繰り返すカレーニャ。

 ──そして思い出したように、すっかり腰を抜かした島民達に語りかける。

 

 

 

カレーニャ

「所でその鉄砲、持ち主に返してあげた方が宜しいんじゃなくて?」

 

男性A

「も……持ち主?」

 

 

 

 ──すぐ後ろで横たわっている警官を確かめる島民達。

 ──そこには魔導グラスで出来た巨大な人形が立っている。図書館の地下に配備されているのと同じ物だ。

 ──そして警官はグラス人形の体内で、最後に残った胸周りが色を失い消え去る直前だった。

 

 

 

女性B

「い、嫌ァーーーー!!」

 

男性A

「じゅ、銃だ! おいアンタ、まだ弾は残ってるんだろ?」

 

男性B

「指がぁ……指がいだくて、取れねぇよぉ……」

 

カレーニャ

「あぁら、兵隊さん見当たりませんわねぇ」

「じゃあ──ちゃぁ~んと届けに行って差し上げなさいな」

 

 

 

 ──路地の両隣の建物の壁をぶち抜き、更に続々とグラス人形が現れる。

 ──人形たちは他にも様々な大きさがあったようだ。普通の大人程度からハーヴィンサイズの小型の物まである。

 

 

 

ビィ

「これって、まさか……!」

 

カタリナ

「信じたくなかったが、私の勘は大当たりだった……この事件の元凶はカレーニャだ!」

 

 

 ──島民を救助しようと駆け出す団長達。しかし背後からも同様にグラス人形が押し寄せる。

 ──建物の外壁を打ち破り、跳ね上がった瓦礫がルリア達に降りかかる。踵を返さざるを得ない。

 

 

 

女性B

「やっぱり……やっぱりグラスの暴走なんて、オブロンスカヤの茶番だったのよ!」

 

女性A

「あ……悪魔ぁ! 人殺しぃ! アンタなんか、アンタなんか生まれてこなければ……!!」

 

カレーニャ

「『カレーニャ・オブロンスカヤは死んでない。悪魔に身を捧げて本物の悪魔になろうとした。ドリイさんはそれを阻止しようとしていた。今は嵐の前の静けさ』──でしたっけ」

「朝っぱらから呑んだくれてた紳士サマの与太話を、皆さん随分と信じたかったんですのねえ」

「お望み通り悪魔になってさしゃーげたんですのよ。もっと喜んで、く・だ・さ・る?」

 

 

 

 ──ふざけて見せるカレーニャに島民からの返答は無かった。カレーニャが語り終える頃には全員グラスに取り込まれてしまっていた。

 ──応戦するカタリナ達だが、人形たちは他の魔導グラスと違い、力も頑丈さも数段上だった。しかも団長達をはっきり敵と認識し、防御・回避を試みて来る。

 ──カタリナがグラス人形の拳を受け止める。ダメージは防いだが勢いで吹っ飛び、カレーニャのすぐ隣に着地した。

 ──人形は壁を破り、屋根を飛び越え、マンホール下から路面を砕いて尚も増えていく。

 ──カタリナはカレーニャの襟首を掴み、剣先を突き付けた。

 

 

 

カタリナ

「答えろカレーニャ! 何が目的だ!」

 

カレーニャ

「刺しても無駄ですし、そんなシワぁ増やした顔なさらなくても、島を出てくれるなら貴方がたの安全くらい保証したげますわよ」

「まあそちらから首突っ込んで事故るのはしょうがな──」

 

カタリナ

「私達の事など聞いてない! この島を、人々を、どうするつもりだ!」

 

カレーニャ

「島はともかく、人の方は後で追々考えとくつもりですわ」

「取り敢えず……ハラワタ引きずり出せば苦しいでしょうから、まずはそのへんかしら」

 

カタリナ

「……何……?」

 

カレーニャ

「勘違いされない内に説明したげますけど、グラスの中で皆さんちゃ~んと生きてらっしゃいますわ」

「でもグラスの機構の一部に組み込まれたからには、皆さんには死ぬ自由も気絶する自由もない」

「まずは図書館で『世界拷問大全』とか、そんな如何にもな題名の本とか無いか探してみようかしら」

「未来永劫、老いも若きも幼きも、悪魔らしく私が皆さんを虐め抜いて差し上げますのよ」

 

 

 

 ──グラスに襲われている現状が、どこか遠くに感じられた。一瞬、何を言っているのかも解らなかった。

 ──ごく自然に将来の夢でも語るようにあっさりとカレーニャは打ち明けた。

 ──目が据わっているとか、歪んだ笑みを浮かべているとか、せめてもう少し悪役らしい態度でもしてくれればすんなりと飲み込めた。だが目の前の彼女は強いて言っても、幼い悪戯っ子が友達に自慢している程度のそれだった。

 

 

 

カタリナ

「……君、は……君はッ!」

「君は……確かにこの島から不当に疎まれて来たかも知れない。島を憎む気持ちも解る。だが、だからってそんな──!」

 

カレーニャ

「あ、そういうの結構ですんで」

 

カタリナ

「な……?」

 

カレーニャ

「居るんですのよねー。私が独りになってからもそうやって勝手に可愛そうなモノ扱いなさる人。反魔導グラス掲げてる人の中にまでいらっしゃますのよ?」

「言っときますけど、私にはオブロンスカヤとしての誇りがござあますの」

「人々の望みを叶える魔導グラスの本分を違えず、お祖母様やお父様の願いも果たす。それがまず第一」

 

カタリナ

「願い……?」

 

カレーニャ

「まあ、そりゃあちょっとくらい私情もありますけども。愛する人がゲーゲー血を吐く所を目に焼き付けさせてやりたいとか……フフフ」

 

カタリナ

「さっきから言ってる事が──ん?」

「──そうか。君は……」

 

 

 

 ──さっきまで無邪気に人を虐め抜くと言っていた顔が、私情とやらを語りだした途端に、今度は眉間を寄せた嗜虐的な笑みを浮かべている。

 ──その一貫性の無さから、カタリナは察した。

 

 

 

カタリナ

「(この振る舞い……私は知っている)」

「(そっくりだ……新兵が、初めて人を殺めた時……)」

「(心のどこかで気付いているんだ。自分が何をしているか。だが無意識に目を逸らしてしまう。血に薄汚れた己の手を──)」

「(そうして、演じるんだ。演じて、自分の心を守っている。自分は”こんな行い”に耐えられる……楽しめるほど受け入れられる人間なのだと)」

 

 

 

 ──先程からの問答は、「何をして、何を以て完遂となるか」という結果より「自分が何をしたいか」、ひとまずの展望を語る事にばかり終始している。

 ──教える気のない計画ならそもそもぐだぐだと口を開いたりしない。要領を得ない計画の端々だけ朗々と語るのは即ち、地に根を張った確かなプランが無いという事。

 

 

 

カタリナ

「(手を汚せるだけの、大義も覚悟も持ちきれないからだ)」

「(そしてそれでも突き進むしかない。国家の威信をかけて託された任務のように、止まれない理由があるから……)」

 

 

 

 ──大義が無いから、まずはひとまず私利私欲である事を否定して、それで居ながら言い分が二転三転する。

 ──仮に今後の計画が万全であっても、その全てを自ら是とできない、後ろめたい何かがあるから、今こうして明言を避けている。

 

 

 

カタリナ

「(だから、己の賢さが現実を直視してしまう前に全てを終える──)」

「(そのために君は今も、狂気と正気の境を逃げ惑っている……)」

 

 

 

 ──カレーニャは、己の内の何かに追い立てられ、先走っている。

 ──自分でもどうして良いか解らないまま、ただ「やらねばならない」と、焦るようにこの事件を起こしている。

 ──彼女自身が、こんな事の果てに彼女の望む結末があるのか、心の何処かで信じきれずに居る。しかしやらずには居られないのだろう。彼女の若さと、オブロンスカヤへの風評に晒された半生を思えば無理もない。

 ──長い逡巡を終えたのは、実時間にして数秒足らずだった。

 

 

 

カタリナ

「……何が君にそこまでさせるのか、私には解らない」

「だが──」

 

 

 

 ──己の頭に昇っていた血の気がスッと引いていくのを感じるカタリナ。

 ──決断するより早く、突きつけた剣をゆっくりと下ろし、口を開いていた。

 ──まだまだ若い団長達の保護者として振る舞ってきた性が、戦いの只中でカタリナに戦場を忘れさせた。

 

 

 

カタリナ

「……カレーニャ。今からでも、落ち着いて考えなお──」

 

ビィ

「姐さーん、これじゃキリが無ぇ! ひとまず逃げるぞ!」

 

カタリナ

「ハッ、……しまった!」

 

 

 

 ──ビィからの指示を受けて立ち返り、周囲を見回すカタリナ。

 ──アンナの炎でも物量の前に対処しきれず、そこかしこの屋根が順番待ちのグラス人形で埋め尽くされている。

 ──そしてカレーニャがわざわざ襲わせずにいてやっただけで、既にカタリナも何重ものグラス人形に包囲されていた。

 ──状況を忘れて、説得しようと情に流されきっていた。騎士としては大いに失態だった。

 

 

 

カレーニャ

「だぁいじょうぶですわよ? 焦らなくても、もうちょっとくらい引っ張って差し上げますから」

 

カタリナ

「クッ……待ってろビィくん、私が退路を拓く!」

 

 

 

 ──図書館の方角を見定め、退路と目的地への進行を同時に果たすべく、最適の突破口を瞬時に見定めるカタリナ。

 

 

 

カタリナ

「カレーニャ……図書館で待っていろ。私達は必ず君を止めて見せるからな」

 

カレーニャ

「やれやれですわね。だったら、こちらも真心込めて強制退去させたげますわ」

「行き先がお艇の上か、空の底かまでは責任持てませんけど──」

 

 

 

 ──カレーニャが、割れずに残っていた手近な窓ガラスに手を触れる。

 ──すると、溶け込むようにカレーニャがグラスチェアーごと窓ガラスの中へと消えた。窓一枚にまで魔導グラスが普及していたようだ。

 ──グラスの包囲網をどうにか強行突破し、一行は身を隠せる場所を探して大通りを駆け上がった。

 

 

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