グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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38「手記02」

 ──場面が切り替わる。

 ──プラトニアの発着場。アンナはグランサイファーの甲板から発着場の景色を眺めている。

 ──大小の艇に乗り込もうとする大勢の人と、それをしがみついてでも阻止しようとするこれまた大勢の人。

 ──引き留めようとする人々は何故か皆、魔導グラスを手に持つなり脇に抱えるなりしている。

 ──そしてグラスを抱えた群れの最後尾には神輿のように担がれた椅子に座る女の子の人形。

 ──今度の人形は丁寧な造りだ。しかし、人形的な可愛さをこれ見よがしに強調して、本物の女の子とは大分印象が異なる。

 ──椅子を担いでいる者達は、何故か互いの顔ばかり覗き込んでいる。蔑ろにされた人形は今にも椅子からずり落ちそうだ。

 ──本物の女の子はアンナの隣で、手すりに座って膝をぶらぶらさせながら騎空艇の甲板を眺めている。

 

 

 

 お父様が亡くなって、プラトニアはしばらくゴタゴタが続いた。

 魔導グラスを造れるのが私だけになって、グラス産業が大きく停滞したから。

 こんな事になって、多分初めてお役人が理解したのかもね。私達にどれだけ無理を強いたか。

 お父様の不在がどれだけの損失を出すか試算して、そこでようやくお父様1人で担ってたのが奇跡な仕事量なのを実感したって所かしら。

 政府がそんな地獄みたいな事してたなんて自分から発表はしなかったけど、それでも生活が不便になる事は国民に伝えざるを得なかった。

 

 

 

 その後はもう大騒ぎ。元々仕事で滞在してた人達は魔導グラスがアテにならないと聞いてこぞって見限り付けて島を出ていった。

 魔導グラスに入り浸ってた人達も何故か一斉に島を出て行こうとした。結局フリだったけど。近所の店で食べ切れない量の食べ物買い占めるなんて事も有ったみたい。

 島の人口を減らしたくない人達の言い訳は大体決まってた。

「まだ当分は使えるから」。「いたいけな子供のために大人が忍耐できなくてどうするのか」。

 そして島を出られない人、出るのが億劫な人達にも言うの。同じお口でね。

「これはオブロンスカヤの悪意を受け継いだカレーニャの報復だ。屈してはいけない」。

「いや、幼いカレーニャを”許し”て、”正しい”社会の一員になれるよう皆で”助けて”あげなくては」。

 

 

 

 小さい頃は正反対の事言ってるように思えたから、何でそれで皆仲良く出来てたのか不思議だったわ。

 特にあの婆さんが「あなたのためにやってる」とか言って送りつけてくる本は、こんな事しか書いてない本か、子供にはちんぷんかんぷんな堅苦しい文体の魔術書ばかり。

 私の事が心配とか言いながら、魔導グラスは魔法的見地からインチキだとか言い触らして、本当にあの婆さんは存在自体が冗談みたいな人ね。

 

 

 

 結局は、そうやって「カレーニャのために」なんて言ってた人達も舌の根乾かぬうちに手の平返してた。私はちゃんと知ってる。

「オブロンスカヤは親としても人としても責任を果たさず逃げた」。

「魔導グラスで貧富の差を広げたのは擁護しようのない事実」。

「オブロンスカヤは家族以外を人間とも思ってなかった。カレーニャはそれを知らずに育った」。

 私さえフォローしとけば良いとでも言わんばかり。

 自分達の生活が直接不便になるって知ったら、モラルなんてそんな物よね。今なら解る。

 

 

 

 島のために働いて死んだお父様が、何故こんな扱いを受けるのか。

 たくさん考えたけど、きっとこの島にとって、魔導グラスは麻薬と同じだったのね。

 余りに便利すぎて、もう他の島での一般的な生活水準にさえ戻れなくなったから。

 向こうからすれば、そんな生活に変えられた自分達こそ被害者なんでしょうね。

 自分達からこぞって手を出して、何を得て何を失うかも考えず入り浸って、それで面倒が起きれば、知りもしないで手を出した自分たちは何も悪くない。責任は全部人のせい。

 何もおかしくない。だって皆、悪党になろうとして生きてる訳がない。

 立派な国の一人に生まれて、悪い事をしないように生きてきた。だから皆は”正しい”。

 正しい事と悪い事を知ってて、自分は正しい事をしようと生きてる。だったら悪者になるわけない。

 だから正しい自分が嫌な思いさせられるのは、悪者のせいか、自分”を”誤解している人のせい。

 

 

 

 ──場面が切り替わる。

 ──昨夜見た、カレーニャの寝室。あの時の光景のまま、一面に血が飛び散って、グラスの柱が空間の半分近くを占めている。

 ──アンナはあの時と同じ様に、扉の隙間から部屋を覗いている。

 ──部屋では、図書館地下にあった3mのグラス人形が女の子をしきりに叩き、放り投げ、押さえつけている。

 ──女の子は床に座り、引きずられながら黙々とグラスの小物を造っている。その首にはグラスの首輪が着けられ、グラスの鎖の先をグラスの人形が握っている。

 ──女の子の服は無造作にハサミを入れたようにボロボロで、残った面積の半分以上は不潔な色に染まっている。

 ──助けに入りたいのに、何故か何度試しても扉に上手く触れない。ドアノブを掴んだつもりで手がすり抜けたり、ドア本体に指を差し込もうとして何故か爪先しか引っ掛けられなかったり。夢は不確かだ。

 

 

 

 その後の数ヶ月、私に何人かの保護官が付いた。

 私はこの国のグラス産業の最期の要。お父様が死んで、表立ってオブロンスカヤを悪く言うのも憚り始めるようになった。

 もちろん、理由は週刊誌の予言通り。ありもしない「オブロンスカヤを追い込んだ異常なごく一部」を探して、仲間内でいざこざが耐えなくなったから。

 でも、どんな施設もオブロンスカヤの子なんて受け容れたくない。グラスショックでただでさえ忙しい。

 私が島のために働くまでにいつ魔導グラスが止まってしまうか気が気でない。

 だから、少なくとも私を”事故死”させなさそうな人間に面倒を見させる事になった。

 

 

 

 人生で1番嫌な時期だった。

 孤児になった私に同情的な世論が強くなって、政府がグラス産業の収益に手出しする割合を大幅にカットしたの。”可哀想な”子供の生活のために。どうせ当分はグラスで国庫に入るお金も期待できないし。

 だから、お父様の死は便利なグラスを”寄越さない”だけじゃなく、プラトニア経済の潤いまで奪った悪事になった。

 元々我が家のお金をバラ撒いて成り立ってたのにね。自分たちで「カレーニャが可哀想だ」ってお上に抗議した結果なのにね。

 儲かってるって文句言って、今度は搾り取られてるって文句言って、緩めたら緩めたでまた文句言って。どうして欲しいのかしらね。

 グラスが使えなくなるより先に、お金がどんどん減っていく。それもこれもグラスのせい。そんな思いしてる人達が私の身の回りを世話する。どんな目に遭うか想像つくでしょう?

 服は諦めても、髪は好きにはさせなかった。

 

 

 

 私が10歳になる頃には、もう皆、私が家族を失った可哀想な子供なんて言ってた事を忘れていたわ。

「仲間が居れば、楽しい思いは何倍に、嫌な思いは何分の一に」。この言葉、とっても的を射ていたのね。

 誰だって、オブロンスカヤに死んで欲しいだけで、自分が子供殺しの外道になんてなりたい訳じゃ無いものね。

 ところで最近、私の保護官だったって人達のオブロンスカヤ暴露本が所蔵されてたから読んでみたの。当事者の私まで大笑いだったわ。

 お父様の手伝いで培ったノウハウで自宅用の、自衛のためのグラスを造り続けてたのを偉い人が見つけて、グラス産業の再開が課せられたのもこの頃。

 言っとくけど、グラス造りを任された事は純粋に感謝しているわ。お祖母様、お父様の跡を継ぎたくてうずうずしてたのだから。

 

 

 

 10歳。解るでしょう? あの爆発騒ぎもこの頃の話。

 皆で大喜びよ。とうとう娘が、解りやすい悪事を働いてくれた。

 たちまちプラトニア史上最年少のテロリスト疑惑。

 もちろん本物のテロリスト扱いなんてしてない、冗談半分の面白ニックネームだったんでしょうね。

 でも当時の俗な雑誌なら「テロリスト」と書けば「カレーニャ」で文脈が通るような文章ばかり。

 さぞかし流行ったのかもね。当時の本は残っても、空気までは残ってないから想像するしか無いけど。

 

 

 

 すぐに保護官から保護監査官に付き人の役職が変わって、出過ぎた真似をしないよう徹底的に”監督”される事になった。

 新しく保護監査官の主任として配属されたのは元・看守だった。まあ、助かることも無くはなかった。

 正義感があって、私にネチネチした事するやつは問答無用で罰して、口答えすればすぐ解雇して。

 最終的に保護監査官は1人だけ。

 でも流石は元・看守。悪者の言葉には耳を貸さないし、罰を与えるのを遠慮しない。

 今でこそ冷静に考えてあげられるけどね。大方、島の正義の代表として意気込んでたんでしょうね。

 時間を守らなければお腹に拳骨。食欲が無いと言えば無理矢理押し込んで鼻も口も塞ぐ。グラスの納期に間に合わないからと夜更かしすればベッドに縛り付ける。

 手足を縛って更にシーツの上からぐるぐる巻き。息苦しくて寝られやしない。

「『できない』『したくない』は怠慢が言わせているのだ。人はやれば動き、やれば出来るように作られているのだ」とか何とか。ああ言うのも一種の天才なんでしょうね。

 正真正銘、グラスを造る以外の事は何もかもが労役だった。よくハゲなかったと自分を褒めてやりたいくらい。

 

 

 

 ──場面が切り替わる。

 ──カレーニャ邸の個室。団長達が来るまで、カレーニャにグラスの使い方を教わったりお茶を交わしたりしたアンナの部屋だ。

 ──外は昨夜と同じ、月明かりが差し込む夜。アンナはベッドに腰掛けていた。

 ──窓の脇に束ねられたカーテンの陰で女の子が、カレーニャが持ち歩いていたグラス球に向けて本を開いて見せている。

 ──窓の外ではグラスの人形が巡回し、時折部屋を覗き込んでいる。外からでは死角になって、女の子の存在には気付かない。

 

 

 

 あの看守の愚痴は、挙げたらキリが無いからこの辺で。

 貴方も覚えているかもしれないけど、あの爆発騒ぎで貴方は生まれた。

 10歳で初めて開通させた異界へのゲート。

 結局は制御不足で家をふっ飛ばしたけど、貴方の製造には成功した。

 空も上下も無い、知性を持つエネルギーだけが漂う混沌の世界。

 その世界のほんの一部を抽出して、限りなく人間に近いグラス人形に封じ込めた。それが貴方。

 

 

 

 私は貴方の存在を誰にも悟られぬようにしながら、貴方に私の教えられる限りを教えた。

 貴方を隠し通すために、時には自ら面倒を起こして罰を受けに行った。

 たった2年で貴方は本当に、どんどんこの世界の事を学んでいった。

 私が本心から自分を誇れるとしたら、貴方をこの空に喚び、そして貴方がそれを受け容れてくれた事だけ。

 

 

 

 ──場面が切り替わる。

 ──ブティックの試着室の中。壁と天井の一部が鏡張りで、他にも大小様々な鏡も用意され、気に入った服をストックするためのハンガーラック。更にソファとデスクもある。

 ──アンナは試着室の出入り口に立って、女の子の後ろ姿を眺めている。

 ──女の子が、硝子のマネキンの服を着せ替えている。

 ──新しい服を着せるたびに、うっとりするように動きを止めて、じっとマネキンを見つめている。

 ──マネキンには波打った黒のウィッグが被せられている。

 

 

 

 でも、こんな私の感傷は、どうか計算に入れないで欲しい。

 とにかく、そこから先は貴方も知っての通り。

 12歳の誕生日に貴方をプラトニアに放ち、貴方は旅人として見事にこの島に溶け込んだ。

 島の誰にも愛される程に活躍して、僅か2年ちょっとでプラトニア国民として認められ、そして役人に。

 貴方は2代目の保護監査官ドリイ・クレアヴナとして、私の人並の生活を引き連れて帰ってきた。

 そして、この本を受け取った。

 

 

 

 交代の時の事を覚えてる? あの看守の演説。

「心無い大人達がカレーニャを苛もうとしているが、私はこれまで彼女を果敢に守り、正しい道を進めるよう心から愛を以て接してきた。貴方にこの意志を託す意味を深く考えて欲しい」

 私を飛んでいくほどブン殴る所を貴方が陰から見てきたなんて知らずに、貴方の目をまっすぐ見て、私が立ち会っているのも構わず言い切ったあの面構え。

 もちろん解ってる。あの頃からとっくに。

 あの看守は本当に正しい事をしたと思ってる。心を痛めて愛の鞭を好き放題振り回していた。

 その鬼看守を、貴方が労い倒して泣いて喜ばせてやった時、本当に貴方を造って良かったと、胸が空く思いだった。

 

 

 

 ──場面が切り替わる。

 ──また見知らぬ場所だ。カレーニャの屋敷のどこかだろうか。

 ──それにしては狭すぎる。ドラフの男性などは屈む必要があるほど低い天井。出入り口も見当たらない。まるでペットを入れるケージだ。

 ──内装からして子供部屋だと言う事は解る。ぬいぐるみ、小さなベッド、壁と天井に下がる星の装飾。可愛らしい造りのランプが部屋の中央から吊るされ部屋を照らしている。

 ──小さな本棚に揃えられた絵本は、破損こそ無いが見るからに古びている。棚共々……否、この部屋全体が、長年に渡って人一人の出入りも無かった事を物語っている。

 ──小さな子供用の机の前で、グラスのマネキンがピシリと直立して本を読んでいる。装丁からして、アンナがドリイから託されたのと同じ本だ。

 ──マネキンはウィッグも服も着けていない。艶かしく波打ったグラスの髪と、芸術的なまでに整ったグラスの肢体を晒している。

 ──マネキンの背後で、女の子が天井をじっと見つめている。

 ──天井にはこの部屋唯一の窓がある。そして女の子の隣には、窓へ登るためだろうか、遊具に備え付けるような階段状の梯子が据えられている。

 ──女の子は、その向こうに用があるかのように熱心に窓の向こうを見上げ、梯子に片足をかけているが、その状態のまま動こうとしない。

 

 

 

 貴方はきっと、この空で最も優れた知性になれる。

 だから、私なんかにかかずらって居て欲しくない気持ちもある。

 私の目的は、この本を渡す前に説明してあるはず。

 そして貴方はこの島で、プラトニア側の言い分も充分に理解してきたはず。

 冷静に選んで欲しい。協力するか、しないかを。

 協力すべきで無いと思うなら、貴方の望むように取り計らう。

 貴方が本当は私をずっと軽蔑していて、破滅させてやりたいと思っていても、貴方になら悔いはない。

 

 

 

 でももし協力するなら、どうか最後まで付き合って。私も、貴方を何よりも信じるから。

 私は、お祖母様の、お父様の夢を叶える。

 貴方と同じグラスの身体を手に入れて、誰にも殺されず、磨り潰されず、大切な人達の夢の中で生き続ける。

 

 

 

 今度は私が幸せになる番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──場面が切り替わる。

 ──どこかの騎空艇の中のようだ。アンナは壁際に据えられた椅子に座っている。眼前のテーブルにはお茶が1杯。

 ──壁に設けられた窓には発着場の景色。とても見覚えのある大きな騎空艇が見える。

 ──空は青紫に微かな茜の光。これから日が昇るのか、沈むのか。それは解らない。

 ──対面に座っているのはドリイだった。何故か、カタリナに着せていた緑のローブを纏っている。

 ──テーブルの上、ドリイのすぐ手前には、アンナに預けたあの本が開かれている。

 ──そして彼女の手には赤子ほどの大きさの、グラスの人形が抱かれている。

 ──人形は、ドリイの胸で眠るように安らかな表情をしていた。

 ──人形の頭を慈しむように撫でるドリイ。人形を見下ろす彼女の顔は、腕の中の人形よりも人形らしい、寒気がする程に美しい無表情だった。

 

 ──「ここからは違う」と、慎重に文章を思い返すアンナ。夢の中だと言うのに、起きている時以上に頭が冴えている気がする。

 ──手記は先程の(くだり)で完結していた。

 ──ここから先は、余った白紙のページに記された別の筆跡による文章だった。

 ──芸術品のような……悪く言えば人間味の感じられない筆致に、アンナはその”後書き”が誰による物かを一目で確信していた。

 ──目の前のドリイの唇が動く。彼女の声だけは、この夢のどんな音より鮮明に、実体を伴って聞こえた気がした。

 

 

 

 カレーニャはグラス製造を任ぜられてからの6年間、この夢のために尽くしてきました。

 日々際限なく膨らむグラス需要に応え、殴られ罵られても己を見失わず、合間にグラス製造用のグラスさえ考案し、既存のグラスの機能向上にも惜しみなく知識と発想を捧げました。

 その果てに、この島の全てのグラスはカレーニャ製の物に置き換わりました。

 全ては、この島に間もなく起きる事のために。

 

 

 

 私はこの文を(したた)め終えた後、カレーニャを殺します。

 カレーニャをグラスに取り込ませ、以降はグラスがカレーニャの想いを代行します。

 カレーニャはもう、『お友達』と言うその言葉だけでは止まらないようです。

 最後にもう一声試みる所存ですが、何も思う事など無いと確信しております。

 誰よりも間近でカレーニャという人間を学んできた自負に懸けても。

 

 

 

 私はカレーニャの想いに協力する事を誓いました。

 この選択に疑問は無かった。少なくとも、その時は。

 しかし、カレーニャを知る程に、思うのです。カレーニャに寄り添う事も、反発する事も、カレーニャの想いを満たすものでは無かったのでは、と。

 故に私は、かねてより独自に策を講じました。恣意的に皆様を利用した事もその一環です。

 

 

 

 結果として、当初は策の補強程度と見做していた皆様こそが、最も有力であると判断致しました。

 その”時”に貴方が応じられるならば、図書館の頂上へお出で下さい。彼女はきっと、そこを拠点とするでしょう。

 選択は皆様に一任致します。過度な期待と思われましたら、遠慮なさらず島を去って下さい。

 私は、それがカレーニャと私との努力の末であるなら、どのような結果であれ心より満足です。

 人類の価値観に照らし合わせれば、非合理的かもしれません。しかしながら本心です。

 私は、カレーニャの目的が達せられる事も潰える事も同時に願い、いずれかが満たされぬ事に一片の不満もございません。

 

 

 

 この本と同時にもう1つ、託した物があるはずです。

 貴方がどう選択なさるとも、それは必ずや貴方の今後の大きな助けとなります。

 私からのせめてもの気持ちとして、何卒お納め下さい。

 

 

 

 最後に。

 貴方がこの本を読まれる頃には、私は貴方と皆様へ多大なご迷惑を強いた事でしょう。

 どうか、私を憎んで下さい。

 このような形で皆様を巻き込む横暴を。

 相反する願望のために皆様を利用する傲慢を。

 どのような結果をも望み、同時に望まぬ理不尽を。

 ここまで読んで下さったなら、御理解いただけるはずです。

 想いの力に貴賤はございません。それは何人のどんな願いをも叶える奇跡です。

 きっと、その憎しみは必ずや、(きた)るべき”時”の皆様の力となるはずですから。

 

 

 

 しかし、もしも──もしもこの上に1つ、願いを聞き入れて頂けるなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そこで目が覚めた。雨戸を閉め切った暗闇の部屋。誰かが灯したのか、机の上に蝋燭が一本。

 ──身体は鉛のように重く、瞼は蕩けているように思うように持ち上がらず、それでいて意識だけは熱いくらいにハッキリとしている。

 ──這うようにして時計を見る。本を読み終え、団長の様子を見に行こうとした時からそんなに時間は経っていない。丸一日眠っていたような体調の変化も無い。

 ──しかし、それで何故自室で眠っているのか思い出せない。いつか、海に投げ出され溺れかけた時も、似たような体験をした気がする。

 ──しかし記憶をたどるより、疑問を持つより早く、そんな些事は追いやって机に向かった

 ──机の上の本を取り、しおり代わりの小さなお守り(サシェ)を挟んだページを開く。

 ──最後のページ。その先は白紙の束。最後の文章を読み返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カレーニャを、よろしくお願いします。

 

 親愛なるアンナ様へ。  ──ドリイ・オブロンスカヤ

 

 

 

 ──紐を通した親指程の小さなお守り。その口を開くアンナ。柔らかく深い香りが鼻腔を抱き、後から気品を纏った強い香りが微かに訪れる。

 ──普段から趣味半分で作っている簡単な魔女のお守りだが、しおり代わりにしたのは手近にあったからだけではない。

 ──そっと指を挿し入れ、詰めた物の中で唯一硬い物体を取り出す。

 ──血のように深く紅い小さなグラスの欠片。この本と共にドリイに託された物だ。

 ──指から滑らせ、手の平の中に落とし、まじまじと見つめる……。

 

 ──不意に艇が大きく揺れた。反射的に握りしめたグラスを、いそいそとお守りの中に戻す。

 ──間を置かず、発着場の悲鳴や諸々の音が飛び込んでくる。

 ──”時”が来た。机に向き直り、お守りを見つめた。。

 ──アンナは逡巡する。これから起こる事よりも、その渦中でお守りを落としたり壊したりしてしまわないかを懸念した。

 ──すぐに結論を出し、お守りを首にかけ、服の下に通したアンナ。

 ──大丈夫。古い作り方は得てして丈夫に出来ている物だ。何よりこれだって、お婆さまから教わった物なのだから。

 

 ──アンナはドリイから託された本を机の引き出しにしまい、腕の中の親友に向けて応えるように頷いて、部屋を出た。




※ここからあとがき
 グラブルの世界の死生観ってどうなってるのか、私の知る限りソースがありません。
 要するに「地獄」という概念があるのかが自信ありません。
 ゼエン教やら何やらありますから、死後の世界を説く所もあるでしょうし、敵も味方も技名に天国地獄絡み沢山あるから大丈夫とは思いますが……。
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