グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ) 作:水郷アコホ
──図書館の玄関を抜け、今や無人の受付を過ぎ、エントランスを見渡す一行。
──先頭を切っていた団長がその景色を見るや目を見開き、後に続く仲間を押し込むように物陰へと誘導した。
ビィ
「な、何だ!? 早速グラスのお出ましか?」
──小さなビィが団長の脇を抜け、見つからないように気を付けつつもエントランスを覗き込む。
──確かにグラスのお出ましだった。そこかしこをグラスの鳩や、地下に並べられているはずの3m級の人形達が徘徊している。
──だが、まだ気付かれては居ないようだ。グラス達は、かなりの距離を隔てた中央窓口周辺に集中している。
──周囲には蹴り倒され転がされたのだろう備品達が散乱し、貴金属や帽子、服の切れ端に何故か靴下までもが見える。
──グラスが暴れ出した当時の混乱振りが伺えた。
──いつの間にかビィの後ろから同様に確認していたルリアとアンナも息を呑む。
ビィ
「うへぇ……やっと図書館まで来たと思ったら、今度はあいつらまで相手しなきゃならねぇのか……」
アンナ
「あの様子だと、昇降機も使え無さそうだね……」
ルリア
「でも、ここでじっとしてる訳にも行かないですし──私、邪魔にならないように……えっと、気を付けます!」
──まだ全滅すると決まった訳でもない屋内で、星晶獣を呼び出す訳にもいかない。
──特に具体策は無いが、せめて足を引っ張らないと意気込みを語るルリア。
──ルリアのやる気に覚悟を新たにした一同は、足音を忍ばせながら移動を開始した。
──目的地は階段。”頂上”が目的地なら、生存者を探すためにもまずは上階を目指す他ない。
──戦闘を極力避けるため、グラスに気付かれまいとしながらも、緊張を紛らすためか小声でビィが独りごちる。
ビィ
「そういやあ、ここの図書館って上の階まで天井ぶち抜いてたよな──」
「何か道具とか使って登るとかってできね──うひぃっ!?」
ルリア
「ビ、ビィさん、シーッです……!」
ビィ
「だ、だってよぉ……上を見てくれよぉ」
──言われて見上げる一行。ルリアが驚きかけて慌てて自らの口を塞いだ。
──すぐ眼前の吹き抜けの縁から空間の中央へ、グラス人形が宙を歩いている。
──よくよく見てみれば、上空を歩くグラス人形の足裏の質感がおかしい。
──丁度、硝子に密着させた手の平を向こう側から見たように、足裏の色味が変わるのだ。
──その光景は、「何か透明な足場がある」と一行に直感させる。
ビィ
「そういやカレーニャのやつ、天井の穴のとこに、落っこちねえようにグラスの天井造ってあるって言ってたな……」
ルリア
「はわ……こうして歩いているのを見ても、全然グラスがあるように見えませんね」
アンナ
「で、でもそれって……吹き抜けの下を歩いたら、ボクたちグラスから丸見え……って、事じゃあ……」
ビィ&ルリア
「あ……!」
──慌ててコース変更する一行。吹き抜け部分を通過する経路は極力避けて、外周部分の下に隠れるようにして進む。
──幸いにも館内のグラス照明はまばらで、夜闇と柱や大型備品の陰が大いに役立ってくれている。
──ゆっくりとだが順調に2階階段へ続く廊下へ近づく一行。しかし、進路上の暗闇を見てビィが団長に声を掛ける。
ビィ
「な、なぁ。今、向こうの物陰の方で、何か動かなかったか?」
ルリア
「もしかして、魔導グラスさんも暗闇に隠れてるんじゃあ……」
アンナ
「う~ん……こんなに暗いと、ボクにも魔導グラスがあるか、ちょっと自信ない……ゴ、ゴメンね……」
──警戒する一行の前で、今度は確かに暗闇の中で何かがモゾモゾと動いた。
──すかさず構える団長とアンナ目掛け、その「何か」は近寄ってきているようだ。
──吹き抜け部分に飛び込んだ「何か」が月明かりに照らされ、同時に「何か」が声を上げた。
受付男性
「たっ……助けてっ!! もう誰でも良いからぁぁっ!!」
──昨日、受付でカタリナとドリイを呼び止め談笑していた受付職員の男性だった。
──日頃から何人もの来客の相手をする仕事だ。一行の事を覚えていなくても無理はない。
──だが、彼の言葉がそういった理由から発せられたのでは無いと、一行は一目で理解した。彼はとても記憶を辿れる状態で無いのだ。
──記憶にある男性とは10は年老いて見える顔から、出せる限りに体液を絞り出し、その頬には引っかき傷がある。
──上着の肩と袖とが破けて糸数本で繋がった状態で、ボタンを引き飛ばされたシャツの裾には血のような黒ずみが転々とある。
──そして全力で走っているらしい事は伝わるのに、片腕をだらしなくブラブラさせている。明らかに折れたか脱臼している。
──加害者がグラスであれば触れた時点で取り込まれている。散乱した状況証拠より遥かに生々しく、図書館で巻き起こった地獄絵図を物語っていた。
──敵でなかった安堵以上に、その常軌を逸した有様に、飛び出しかけた悲鳴を飲み込む一行。
受付男性
「た、ダすけっ、助けてくだしゃ──ヒィィッ!!」
──何が起きたか、団長達は理解に時間を要した。
──だが今現在、目の前に広がる光景を見れば経緯を推測するのは容易だった。
──男性が突如として宙に浮いた。薄っすらと透明な物体が彼の体のどこかに取り付いているようだ。
──宙吊りのその姿勢から、腰辺りに巻き付いているのだろうか。僅かに光を弾く物体の朧げな像を辿っていくと、天井の吹き抜けへと伸びている。
──転落防止用のグラス天井が、その一部を変形させて初めて屈折率を変え、辛うじて目に見えているのだ。
受付男性
「イヤだぁぁぁぁ! おがあぢゃあああアゴボッ!?」
──全ては10秒もかからない内に終わった。団長達は呆気に取られているしかなかった。
──男性が奇妙な悲鳴を上げた所で、顔までグラスに覆われたのだろう。
──そのまま正視に耐えない顔をこちらに向けたまま、見る見ると色が抜けて、完全に男性は消え去った。
──取り込んだグラスが天井に引っ込む最後まで、一行には男性の周囲にぼんやりと透明な何かが見えていただけだった。どのような形状で男性を包んだのか、それすら見えていない。
──グラス天井が落ち着いた頃、カチャンと、ペンか何かを落とす音が聞こえた。
──グラス以外に音源の無いこのエントランスでは良く聞き取れる。団長たちとは対岸、斜め前方の外周沿いの柱の方だ。
──音の方を見る一行の視界の中で、グラス人形達も全く同じ方向を向いているのに気付いたその時……。
ゴトゴトゴトゴトゴトゴト──!
ルリア
「キャッ!?」
──異常な音が響き渡り、ルリアが思わず身を縮める。
──ここで、片手の人差し指と中指をテーブルに乗せ、出来るだけ素早く人差し指、中指、人差し指、と交互にテーブルを叩いて見て欲しい。
──丁度そんなテンポで、聞えよがしに4、5体グラス人形が高速で足踏みしながら、柱へと殺到して行ったのだ。
──しきりに首や上体を痙攣させるようにブルブルと動かしている。ここまでのグラスが見せた事の無い、本能的な嫌悪を催す挙動だった。
職員
「く……来るな、来るなぁっ!」
──柱の陰からヨタヨタと職員がもう1人這い出て来た。
──やはり衣服は遠目にもボロボロで、足か腰を怪我したらしく、3歩程歩いて倒れ込み、両腕の力で必死に体を引きずっている。
──団長の視力が鈍っていなければ、やはり彼も見覚えがあった。昨日のグラス暴走騒ぎで警官と共に老婦人に手こずっていた職員だ。
職員
「クソォ……」
「クッ──ハハッ、見ろやっぱりだぁッ!」
「噂通りじゃないかッ! 暴走なんてカレーニャが邪魔者をムショ送りにするための嘘っぱちだッ!」
「アッハハハ、アヒッ、ヒハハハハハッ! 今に見てろぉカレーニャぁ! ドリイさんが、お前を惨たらしく──」
──叫びは途中で途切れた。その時にはグラス人形の群れが職員を取り囲み、這いつくばる彼に拳を振り下ろしていた。
──地面を砕く轟音から、その残響が消え入らぬ内にバッと手を床から話すグラス人形達。2、3秒も経っていない。
──暗闇とグラス人形の陰になって見えなかったが、その短時間の内に完全に取り込まれてしまったのだと、そう信じる事にした。
──トドメの動作からして、ほぼ間違いなく、グラス人形たちは職員の一部分づつを取り込む形となっていたはずなのだから。
ビィ
「お、おい……あいつら、こっち見てるぜ……?」
──ビィの言葉通り、グラス人形も、鳩も、トロッコも、全て団長達に向き直っている。グラス天井の向こうを歩く人形達もだ。
──グラス達が先程の物音だけで居場所を探知したのなら、思わず口にしたルリアの悲鳴を聞き漏らす道理は無い。
──じわじわと近づいてくるグラス達だが、先程のグラス人形のような恐怖を煽るような挙動は見せない。街中で何度も相対してきた無駄のない動作だ。
──誰ともなく、その理由を察した。
──受付の男性も、職員も、とても正気とは言えない状態だった。
──宵の口から、夜明けも近い今までずっと、脱出の手立ても無く狂気じみたグラス達と隠れんぼを強いられていたとすれば無理もない。
──何故、再生できるグラスの照明が飛び飛びにしか灯っていないのか。何故、受付等をグラスに巡回させず死角をわざわざ生み出したのか。
──その答えが先の2人だ。そもそも、カレーニャはグラスの質量・体積さえ操れる事をショーウィンドウで実践して見せている。島民を取り込むだけが目的なら、直ちに島全体をグラスで包めば良かったのだ。
──島民でない団長達とは、ただ単純に戦う以外に余計な演出は必要ないのだ。カレーニャへの憎悪が無いのなら恐怖を煽った所で効果も薄い。カレーニャはこの有様を見通した上でグラスを操作している。
ビィ
「こんなの──本物の悪魔じゃねぇか……」
アンナ
「カレーニャ……」
──これから向かおうとしていた階段の方からも硝子細工の音が近づいてくる。これ以上は考えている場合では無かった。