グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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45「館長とオブロンスカヤ」

 ──カレーニャに出し抜かれた一行は、7階を半ば荒らすようにしながら駆け抜けていた。

 

 

 

ビィ

「お、おい、この本とか丈夫そうだし、ちょっとくらいなら──!」

 

アンナ

「だ、ダメだよ。見た目が良い本って、それくらい大切で貴重な本のはずだから──!」

 

 

 

 ──結果として、6階の個室で休憩を挟めたとは言え、グラスの大群をちまちまと相手取る訳にもいかない。

 ──罪悪感に苛まれながらも、通り過ぎる棚から取れる本を抜き取っては背後に放り投げていく。

 ──逃げながら余計な動作を挟めるような身軽な人員が限られている事もあり、全ての罪を背負わんばかりに、殿(しんがり)の団長が棚から本を抜き取っては投げ捨てていく。

 ──先を行く3人は棚と本の選別に専念し、手頃とあらば棚ごと押し傾けていく。

 

 

 

ビィ

「クッソゥ……やっぱり棚ごと倒しても人形1つしか止まらねぇ……」

 

ルリア

「投げた本も、鳩さん達が飲み込んでそのまま追っかけて来てます……」

 

 

 

 ──効果は下の階でのそれと比べて格段に薄い。

 ──流石にカレーニャも学び、複数のグループに分けて移動させ、足止めを食らうグラスの数を最小限に抑えてきていた。

 ──7階の蔵書検索用のグラスは先んじてどこかへ撤去されていたため、階段を登ってきた人形の最初の1体を団長が体当たりで突き落とした。

 ──しかし他のグラスは先頭の人形が下まで落ちきったのを距離をおいて見届け、人形の上を踏み越えて追って来た。突き落とされ踏みつけられた人形も傷一つ無く立ち上がり後に続いた。

 ──今しがたのように、人形1体を棚で止められればまだ良い方で、数羽の鳩が棚の上端に取り付き支えきってしまう事もままある。そうしている内にも後続のグラスが追跡を続ける。

 ──投げた本も倒れた棚も、次々に分担して対処されていく。気付けば人形1体に鳩3羽ほどの編成が定着し、団長達を追うだけでなく、先回りを試みる余裕まで生まれている。

 

 

 

ビィ

「な、なあ。このまま8階に上がっても、もし本当にカレーニャが隠れてたらオイラ達、挟み撃ちにされちまうんじゃあ……」

 

ルリア

「屋根に上がる方法を考えるのも、グラスさん達に追われながらになっちゃいます……」

 

主人公(選択)

・「気合で何とかなる!」

・「先に足止めする事を考えよう!」

 

→「先に足止めする事を考えよう!」

 

アンナ

「じゃ……じゃあ、二手に別れて、もうとにかく本をあちこちにバラ撒いちゃうのは……!」

 

ビィ

「気は進まねぇけど、こんな状況じゃ考えてもいらんねぇぜ……」

 

 

 

 ──戦闘になった場合とアンナの体力が切れた時の補助を考え、団長と残りの3人とに分かれ、階段へのルートを外れて7階を駆けずり回る一行。

 ──今度は存外に効果があった。カレーニャも団長達を追い込む事ばかりに集中しすぎたのだろう。彼らが広く散った場合の準備は全くと言っていいほどに無かった。

 ──想定ルートを外れた一行へ半々にグラスを差し向けたまでは良かったが、カレーニャにとって最悪の想定外があった。団長達の無知故の思い切りだった。

 

 

 

アンナ

「こ、こっちの本は、古そうだし……こっちは表紙が革って余り無さそうだし……」

「あぁぁ、グラスが……も、もう全部まとめて……!」

 

 

 

 ──この階だけ、一般客用の通路と書架の間が受付で仕切られている構造である事に気付く余裕は、今の一行には無い。

 ──7階は職員以外の立ち入りに制限が設けられている。古文書や偉人の手記、修復待ちの書物を扱うフロアであるためだ。

 ──歴史的・文化的価値から保管を第一に優先される逸品揃いで、見た目がどうこうという次元ではないのだ。

 ──こうして開架されているなら、どこかに厳重保存されているだろう本物の遺産よりは、盗難や焼失といった自体も覚悟されている程度の品と言えるが、それでも劣化を防ぐため、一般客には手袋等の着用を義務付けている程だ。

 ──そんな事は露知らず、平積みされた新書の如くに手当り次第引っ掴んでは、最早労る手間も惜しんで放り投げる一行。

 

 

 

ルリア

「あわわ……何だか、グラスさん達の動きがさっきより速くなってるような……」

 

ビィ

「ルリア、もう後ろに来てんぞ! こんのぉ、これでもくらいやがれぃ!」

 

 

 

 ──戦闘力が無く事更に危機感と鬩ぎ合うビィとルリアは特に遠慮がない。空中で開かれたページがビラビラと踊り、大暴投の果てに近くの棚の角へと飛んでいく。

 ──団長に至っては火事場の馬鹿力で棚ごと吹き抜けのグラス天井へと投げ落としていく。

 ──7階・6階間を塞ぐグラス天井を歩く人形たちは他の階より配備数が少ない。球技さながらに駆けずり回り、グラス天井自身まで書物の回収に奔走し、それによって生じた凹凸でその上を歩く人形がすっ転ぶ始末。

 ──これに気付いたビィ達も、両手一杯に書物を抱え、階段へ向かいながら次々と書物をグラス天井に投げ落とす。

 ──製本されていない手稿・楽譜・論文と言った紙束が個々に散らばり、団長達を追っていた人形たちまでグラス天井へと飛び降りていく。

 

 

 

ビィ

「よっしゃ、今の内だぜ!」

 

 

 

 ──最初は躊躇していたビィも今では状況に呑まれ、達成感すら覚えている。

 ──1階や6階の惨状に、ここまで追い回された分の鬱屈と、すぐ隣まで迫る身の危険とを、一辺に晴らす安堵と高揚を受け止めるには、彼らは心身共に若すぎた。

 ──頃合いを見計らい、以心伝心で団長とルリア達は同時に階段へと駆けていった。

 ──背後では滑稽な程にグラス達が書物の回収に忙殺されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──8階への階段を上がり、展望フロアに到着した一行は、慎重に気配を伺いながら周囲を調べ始める。

 ──8階は広大な館内面積の外縁部全てを飲食スペースに割り当て、中心部は厨房の他、備品を保管する倉庫が幾つかとなっている。

 ──設備の隙間を縫って外縁を繋ぐ通路が何本かあるが、この状況ではそれが厄介だった。

 ──先のカレーニャ潜伏説はもちろん、ヒューマンサイズ以下のグラス人形なら8階に忍び入る事くらい容易にできる。

 ──設備の陰、設備の中、連絡通路、テーブルの下……敵が身を隠す場所は幾らでもある。全く別の罠が仕掛けられている可能性だってあるのだ。

 ──頼りの月光も、閉館準備でブラインドが降ろされた後なので中央までは殆ど届かない。かと言って明かりを求めて窓際に移動すれば、こちらの居場所を見せつけるようなものだ。

 ──窓際の明かりは青みを増して見え、光源を遮断されながらも階下を移動したときよりは視界に不便していない気がする。もう夜明けも近いのだろう。

 

 

 

ビィ

ゴクリ……

 

アンナ

「……」

 

ルリア

こ、こんなに静かだと──何だかちょっと、怖くなっちゃいます……

 

 

 

 ──辺りは静まり返り、一行の足音さえ、どう工夫しても響いてしまう。

 ──外からの喧騒も届かない。その高さ故か、技術の粋を凝らした防音性か、あるいはもう街では音を立てるような存在が消え失せてしまったためか。

 ──窓際まで行って確かめる事はしなかった。中央設備に張り付くように移動した方が、こちらも相手の死角に入り、不意打ちを防ぐ事ができる。

 ──ただ、一行は内心で「カレーニャ8階潜伏説」を早々に却下していた。

 ──窓に降りたブラインドをめくって確かめるまでもない。ブラインドの隙間から微かに漏れて差し込む明かりは、コップの水から透かしたような不規則な揺らぎに彩られている。

 ──職員の証言通りなら、グラスは上から流すようにして図書館を覆っていった。となれば、残るは屋根の上しか無い。

 

 

 

ビィ

ん……? お、おい、向こうの角から何か見えるぜ?

 

 

 

 ──ビィの声に足を止める一行。設備沿いに進んだ先。階段とは丁度反対側に位置する前方。

 ──目の錯覚でなければ、設備の死角から何かの影が、こちらに飛び出して居るようにも見える。

 

 

 

アンナ

そう……かな? 暗くて良く見えないけど……

 

ビィ

オイラも何なのかはよく解んねぇけど、何か陰から手だけこっちに伸ばしてるみたいな──

 

 

 

 ──言い終わる前に、前方で何かが光った。

 ──それは光ではなく、炎だった。丁度ビィが何か見えると言った辺りを起点に、色温度の絶頂を示す深い蒼に染まった炎の渦が押し寄せてきた。

 

 

 

アンナ

「ッ!!」

「皆、下がって!」

 

 

 

 ──言うが早いかアンナが前に踊り出す。

 ──何をするのかと思うも、アンナは胸元を固く握り締めて眼前の炎を睨みつけるばかりだ。

 

 

 

ルリア

「アンナちゃん、危な──」

 

 

 

 ──ルリアが叫び終わる前に、炎が突如、霧散して消えた。

 ──アンナが何かしたようには見えない。素人目に見ても、それは炎が自ら消えたとしか思えない挙動だった。

 ──真っ先に一行を庇って見せたアンナもまた、何が起こったか解らない様子でポカンとしている。

 

 

 

アンナ

「あ……あれ?」

「──あっ、そうか! だ、団長さん、来て! 多分、無事な人が居る!」

 

ビィ

「な、おいアンナ! どういう事だよ!?」

 

 

 

 ──言うなりアンナが炎の出処へと駆けていく。

 ──急ぎアンナの後を追う一行。先んじて角を覗き込んだアンナが何かに驚いた仕草を見せた後、飛び込むように死角へと消えていく。

 ──団長達が追いつくと、アンナが1人の老年男性を助け起こしていた。

 

 

 

アンナ

「だ……大丈夫ですか、館長さん!」

 

館長

「ゼーッ、ゼーッ……ハハ……覚えてくれてたとは……光栄、だね……」

「なあに……無駄弾撃ったと思ったら、ちょっと……気ぃが抜けちまっただけさ……」

 

 

 

 ──団長達には面識が無かったが、アンナが地下2階で世話になった、この図書館の館長だった。

 ──高くか細い音がするほどに喉を震わせ、酸素か肺が足りぬとばかりの荒い呼吸を繰り返す姿に、アンナが少しでも楽な姿勢を取らせようと四苦八苦している。

 ──手伝おうと館長を支えた団長の手に、冷え切った汗の感触がじっとりと伝わってくる。少なくとも一度、同じだけの消耗状態に陥り、それから大分時間が経っているようだ。

 ──よく見ると、館長もまた階下の職員たちと同じく、衣服こそ整っているが所々から血を滲ませている。近くにも流れ落ちた血を引きずった跡があった。

 ──館長を落ち着かせると、そのまま壁に寄りかからせた。近くの座席に運ぼうとしたが、明かりの側に移動するのを警戒したのか、館長が頑なに拒んだのだ。

 

 

 

アンナ

「あの……館長さんは、どうしてここに……」

 

館長

「帰ろうと思って、1階で荷物まとめてたんだがな。グラスが暴れて、地下から人形が這い出してるって聞いてな──」

「我先にここまで逃げてきたのさ。年甲斐もなく、生き汚く──な」

 

ルリア

「そ、そんな──無事で居てくれたなら何よりですよ!」

 

館長

「無事なもんかよ。逃げる客に張り倒されようと、同僚が助けを乞うて来ようと──」

「脇目も振らずに、良い年してここまで駆け上がって、ここで篭城決め込んでたのさ。大の男がブルってただけさ」

 

アンナ

「グラスは、ここには──?」

 

館長

「さっきの俺のお出迎え見たなら解るだろ。2、3度くれぇは上がって来やがったさ」

「それでも、お嬢さんのお陰で生き永らえたがね」

 

 

 

 ──地下2階での一件で魔導グラスの弱点に気付いた館長は、今まで巡回に来たグラスを魔力の炎で消し去って来たようだ。

 ──館長がグラス人形を溶かした原理を実証して見せた時の事を思い出すアンナ。

 ──まるで臆病風に吹かれて震えていたかのように自虐的に振る舞っているが、万全の状態でも瞬時に息が上がるような魔法で、この傷だらけの老体に鞭打って戦い続けていたという事だ。

 

 

 

ビィ

「でもよお、爺さんは何でここに逃げようなんて思ったんだ?」

「普通は1階から出ていこうとするだろうし、だから8階に居た奴らも逃げちまって一人ぼっちなんじゃねぇか?」

 

館長

「それももっともだ。だが8階にはなぁ──安全地帯があんだよ。トカゲのボウズ」

 

ルリア

「それって、8階には魔導グラスを使ってないって事ですよね──」

「でも、魔導グラスさん達が入ってきてますし、ここも安全じゃないですよ?」

「それに、その──もうすぐ、私達を追って、下のグラスさん達も来ちゃうかもですし……」

 

 

 

 ──ハッとなって階段の方に注意を向ける一行。

 ──まだグラスの音1つ聞こえて来ない。慌てるような時間では無いと判断し肩の力を抜いた。

 

 

 

館長

「んにゃ、8階は”ついで”だ。まあ確かに、あいつらに見つかっちまったら流石に安全とは言えねぇが──」

「今の内ならまだ隠れられる。その安全地帯はドリイにもよく言って、カレーニャには絶対に知られねえようにして来たんだからな」

 

アンナ

「えっ──?」

 

 

 

 ──その言葉に再び体を強張らせる一行。

 ──それはつまり、館長もまた、この事件がカレーニャの犯行であると信じている事を意味する。

 ──それも、こうなる事を予期して対策を立てていたかのようだ。街に築かれたアジトのように。

 

 

 

館長

「グラス共に見つかる前に隠れちまえば、カレーニャにはもう見つける手立てが無え」

「だからここまで来たんだが、ちょいと膝に来ちまってな。それで、階段登れるくらいには疲れが取れるの待とうと思ったんだが──歳は取りたかねぇな」

 

 

 

 ──自嘲しながら館長は語るが、件の足の片方は少なからぬ量の血で黒ずんでいる。

 ──それだけの出血を齎す傷の深さと、辺りを汚す血の量を考えれば、安静だけで回復を期待するというのは絶望的だった。

 

 

 

館長

「ま、どうせこれ程の騒ぎだ。落ち着くの待った所で、後はカレーニャの目に怯えながら飢え死にするくらいしか──」

 

アンナ

「……も──」

 

館長

「ん?」

 

 

 

 ──アンナは俯いて肩を震わせている。

 ──激情の再来を感じ取り、身構える一行だったが誰もアンナを止めようとはしない。

 ──出来ないのだ。6階の職員のような、隙あらばカレーニャを罵ろうという素振りが館長に無く、現状で聞き込みたい話題も無い以上、さり気なく話題を逸らすような言葉が咄嗟に出てこない。

 ──かと言って、この場で立ち所にアンナを鎮めるような、そんな魔法の言葉など持ち合わせては居ない。

 

 

 

アンナ

「館長さんも……カレーニャを……カレーニャを……!」

 

館長

「──なるほど。ちったあ調べて来ている訳だ。感心だね」

 

 

 

 ──アンナの言葉には既に怒気が滲んでいる。

 ──それが解らぬ耄碌には見えないが、館長は冷静だった。皮肉がかった笑みすら浮かべている。

 

 

 

館長

「ああ疑ってるさ。こんだけのグラスを操って、仕様に無い事させて人を襲わせる──」

「そんなマネ、カレーニャ以外に出来るやつが生き残ってるなら教えて欲しいくらいさ」

「お嬢さん。アンタだって同じ考えなんだろう。そうやって、カレーニャのために怒ってやれるんならな」

 

アンナ

「……え?」

 

 

 

 ──言葉の違和感に顔を上げると、先程までとは一転して、館長の面持ちは静かで、そして真剣そのものだった。

 

 

 

館長

「お嬢さんが、どれだけカレーニャの事を知ってるかは俺には解らん」

「だがな。そうやってカレーニャの側に寄り添えるくらいなら、解るはずだ」

「カレーニャには、これだけの事をせにゃ気が済まねぇギリがある。アイツの仕業以外に考えつかねえ」

 

アンナ

「……そう、だけど……だ、だからって……」

 

館長

「『だからってワタクシの目の黒い内ゃ、カレーニャを寄って集って悪者扱いで、悦に入ろうなんざあ許しゃしねぇ』ってか」

 

アンナ

「そ、そこまでは……え……か、館長さん……?」

 

館長

「──所で、グラスはまだ来てねぇか?」

 

 

 

 ──困惑するアンナを置いて一行に警戒を促す館長。

 ──慌てて確認する一行だが、未だに気配も無い。

 ──館長が懐から懐中時計を取り出し、針を眺めながら語る。

 

 

 

館長

「気ぃつけろ。地下の人形ならともかく、飛んでるヤツは物音1つ立てやがらねえ」

「頼みのコイツも、アンタらが来てからイカレちまってアテにならねぇしな……」

「ちっとばかし長え話がしたいんだ。誰か見張っててくんねぇか」

 

 

 

 ──要望を受けて、団長が見張りに立った。

 ──取り出した懐中時計の長針。その根本から先端まで光の筋が走って煌めいている。

 

 

 

館長

「魔導グラスがこっちに近づいて来るほど、光が伸びて知らせてくれるってえ代物なんだが──」

「さっきっからすぐ隣に居るみてぇな反応したっきり戻りゃしねぇんだ」

 

ビィ

「あぁ。それでさっき、オイラ達をグラスと勘違いして魔法をぶっ放して来たって訳か」

「肝心な時に故障しちまうなんて運が無えなぁ」

 

館長

「んにゃ、故障するようなポンコツじゃ無いはずなんだがな」

「なんたって魔導グラス製だ。暴走でも無きゃおかしな事するはずが──」

 

ビィ

「ま、魔導グラス!?」

 

 

 

 ──青ざめる一行。先ほど6階で、イヤリング程度の小さなグラスが人を取り込んだばかりだ。

 

 

 

ビィ

「おいやべぇって。早く壊さねぇと、爺さんも取り込まれちまうぞ!」

 

館長

「その心配が無えからこうして頼ってんだよ」

「カレーニャが操れるのはカレーニャ自身の血だの髪だの混ぜてやったグラスだけだ」

レーヴィンに造らせたこいつをカレーニャがどうこうする事ぁ無え」

 

ルリア

「レーヴィン──さん?」

 

館長

「そこは知らねえのか。カレーニャの親父だよ」

 

アンナ

「な、何で、そんな物を……?」

 

館長

「そうさな……」

「昔は色々と真っ当な理屈が有ったつもりだが──結局、怖かったんだろうな」

「いつかカレーニャが俺に復讐するって時に、後悔する間も無くおっ死ぬのが……」

 

アンナ

「復讐……それって、あの……この島に、じゃなくて……館長さんに?」

 

館長

「まあな──」

「……丁度いいや。どの道、その辺りも話すつもりだったんだ。このまま本題に入らせてもらうぞ。一旦ここまでの話は置いとくとして──」

 

 

 

 ──フウ、と一息入れると、館長は急に目元を険しくして、一段声を低くして告げた。

 ──その表情は敵意や警戒と言ったものとは異なるが、団長達を拒絶する意思が如実に現れている。

 

 

 

館長

「──お前ら、何だってこんな所に来た」

 

ビィ

「な、何だよ急に──」

「何でも何も、こんな事止めさせるために決まってんだろ?」

 

ルリア

「そうです。アンナちゃんが、カレーニャちゃんがここに居るって……」

「だから、島の人達を助けるために皆でここまで──」

 

館長

「助ける──ねえ」

 

 

 

 ──眉間のシワを一層深めながらも、口の端が皮肉げに歪む。表情と口調に満ち満ちた嫌気が見ている者にまで伝わってくる。

 

 

 

館長

「悪い事してるヤツを成敗して、苦しんでる人を助けたいってえ、そういう話がしてえ訳だ?」

 

ルリア

「はい──!」

 

館長

「だったら……何だってカレーニャをとっちめるって話になるんだね」

 

ルリア

「へ?」

 

ビィ

「何言ってんだよ、カレーニャが島の皆を襲ってんだから当たり前じゃねぇか!」

 

館長

「カレーニャが島の皆を成敗してるのは駄目だってか?」

「プラトニアってな首都の人口だけで100万近いんだ。お前らがここ来るまでに2、3人くらいは生き残りにも会えたろうがよ。そいつら見て、何も気付きゃしなかったのか?」

 

ルリア

「それは……」

 

 

 

 ──2、3人どころか積極的に生存者を探し回り、出会った数は10や20どころではない。

 ──そしてその誰一人として、死んだとされたカレーニャが甦った事を疑いもせず、まるで始めから同じ人間では無いかのようにカレーニャを邪険にしていた。

 ──報道はカレーニャの死を祝し加害者を称賛し、警察さえカレーニャを悪と信じて疑わず、市民はカレーニャに銃弾を撃ち込んで喜びを分かち合っていた。

 

 

 

館長

「この国に生まれて、この国に守られて生きてく事を選んだ時点で、俺達はこの国にかかる面倒も責任持って背負わにゃならねえ。余所者からどれだけ理不尽に見えたってなぁ、こいつぁ正義感でどうこう言って良い問題じゃねえんだ」

「この国は、国民は、オブロンスカヤに自分達の理不尽全部おっ被せて”清く正しく”生きる事を選んだ。そのツケが来たってだけの事さ」

 

ビィ

「バカヤロウ! そんなの関係無えよ!」

「だったら何だよ、爺さんはオイラ達に助けるなとでも言いてえのかよぉッ!?」

 

館長

「ああそうだ。帰れ」

 

ビィ

「ん、なァ──!?」

 

 

 

 ──ビィには一瞬、本気で何と返されたのか理解できなかった。

 ──子供が口喧嘩の勢いで開き直ったかのような即答だったが、その抑揚は欠片の興奮も感じられない。

 ──ごく簡単な足し算が解けない集団に解を一言伝えてやるような、そんな、事も無げな、しかし確固たる冷静と確信に根ざした声で、館長は一行のここまでの努力を全否定してみせた。

 

 

 

館長

「この島の事しか知らねえカレーニャの事だ。余所者なら、今からでも大人しく捕まりゃ穏便につまみ出してくれるさ」

「言ってるだろ。こりゃあツケだ。なるべくしてなった。欲しい物に金ぇ払うように、俺達のやらなきゃならねえ義務だ」

 

ビィ

「ぅ……な……この……さ、さっきっからデタラメ言ってんじゃねえ!」

「だったら何でここまで逃げて来たんだよ! グラスと戦って無いで、大人しく取り込まれちまえば良かったじゃねえか!」

 

ルリア

「ビ、ビィさん、そんな言い方──」

 

館長

「じゃあ聞くがねぇボウズ。お前さんが、人に死んで償わなきゃならねえトンでも無え事やらかしたとして、『ハイごめんなさい』って、すんなり首ぃ括れるかい?」

 

ビィ

「え、ぅ……そ、そんな、急に聞かれても……」

 

館長

「だろう? 解ってたって死ぬのは怖い。ここまで、全部、怖いってだけのさもしい根性さ」

「こんな”老害”だってなあ。みっともなく、無駄と解ってたって、一分一秒でも長く生きたくて仕方がねえのさ」

「さっきも言わなかったか。安全地帯に逃げ込んだって、こうなっちまったら後はもう野垂れ死ぬしか無え。結局はカレーニャの思惑通りさ」

「それでも足掻きたいから足掻く。ちょっと学が有るからって人は”ご立派”にゃなれやしねえ。それっぽっちの話だ」

 

ビィ

「だからって……だからって、そんなのってよぉ……」

 

 

 

 ──黙り込んでしまうビィ達。

 ──仮に、このまま館長の言い分に何も言い返せなかったとしても、カレーニャの巻き起こすこの惨状を看過して良い理由にはならない。当然、戦う道を選ぶだろう。

 ──だが、一行が知る限り、誰より冷静にこの島を見てきたのだろうこの老人は、団長達の行いを認めようとしない。この状況は起こるべき結果だと言わんばかりだ。

 ──この島でようやく出会えた、信頼できる数少ない当事者を納得させられないままで、それでカレーニャを止められたとして、本当に解決と言えるのか。

 ──疑問のうねりは勢いを増すばかりで、うめき声1つさえ飲み込んでいく。

 

 

 

アンナ

「でも……館長さんは、そうじゃ無かったん……ですよね?」

 

館長

「あん?」

 

 

 

 ──数秒の沈黙が流れた後、アンナが口を開いた。

 

 

 

アンナ

「あ、あの……ごめん、なさい。ボク、館長さんの事……誤解、してました……」

「館長さんも他の人みたいに、本当は……カレーニャに酷い事、考えてたんじゃないかって……」

「でも……館長さんは、カレーニャは何も悪くないって、知ってたんですよね?」

「なら、その……う、上手く言えないけど……館長さんだけでも、助けなくちゃ……いけないと、思うんです……」

 

館長

「あ~……つまり、何だ」

「俺はこの島の生まれだが、他のヤツみたいにオブロンスカヤを悪者にした事ぁ無いし、嫌がらせした事も無い、そのはずだ──ってか?」

 

ルリア

「そ……そうですよ!」

 

 

 

 ──かすかな糸口を見つけたと、ルリア達も畳み掛けるように合いの手を入れる。

 

 

 

ルリア

「カレーニャちゃんは、きっと館長さんみたいに心配してくれていた人達の事に気づいてないだけなんです」

「だからカレーニャちゃんに会って、ちゃんと話し合えば解ってくれますよ」

 

ビィ

「そ、そうだぜ。カレーニャと街で会って話したんだけどよ、グラスに取り込まれた連中、まだ死んでないそうだぜ?」

「こんだけの事になるくらいヒデェ事してたんだって解れば、この島の連中だって少しは懲りるに違いないぜ」

 

ルリア

「その──館長さんもきっと、カレーニャちゃんを助けてあげられなくて、だから自分を責めてしまってるんだと思うんです」

 

館長

「──そう、見えるかい?」

 

ルリア

「は、はい! 私達、色んな所を旅してきて、そういった人達にも何度も会ってきました!」

 

館長

「クッハハ……若いってなぁ~ホンっト、羨ましいねえ」

 

 

 

 ──笑い声混じりの館長の言葉には尚も皮肉が溢れ出ている。目元の険も少しも緩んでいない。

 

 

 

館長

「なあトカゲのボウズ。青髪の嬢ちゃんの方でも良い。答えてみな」

「お前さん方が、ただ食って、寝て、笑って──まぁそのお人好しっぷりなら人助けも何度かやった事だろう」

「その”いつも通り”生きて来た全部引っくるめて、それが何年もどこかの誰かを虐め抜く事になってたんだって言われたら──『全部間違ってました』って頭ぁ下げられるかい?」

 

ビィ

「な……は、ハァ?」

 

館長

「明日っから、間違ってるって言われた全部、辞められるかい?」

 

ルリア

「それって、あの、……どういう……?」

 

館長

「どうだい嬢ちゃん。ハイかイイエで済む話だぜ」

 

ルリア

「えっと……その……ぁぅぅ……」

 

館長

「ボウズ、答えな。謝れるかい?」

 

ビィ

「オ、オイラぁ……?」

「ん~~とぉ……ん~~……だ、だったらソイツをオイラ達が助けるって、どうだ?」

 

館長

「謝りたかねぇってこったな」

 

ビィ

「だ、だって、オイラ達が普通に生きてたせいだなんて、その……辛い思いしてたヤツに事情があるとしか──」

 

館長

「まあボウズのそれぁ答えとしちゃ理想だ。誰が悪いとかに拘らず、これからどうするかを考える。だが理想は所詮、”理想”だ」

「じゃあ付け加えてみようか。その可愛そうなヤツは、お前さん方のせいで親が自分の前でゲーゲー血ぃ吐いて死んじまったと言ってる。だったらそんなお前達が、どうやってヤツを助けるね?」

 

アンナ

「ぁ……」

 

ビィ

「そ、そんなん後出しで言われたって……ズルイじゃねぇかぁ……」

 

館長

「ボウズにとって後出しでも、当人からすりゃ昔から今まで年中無休の真っ只中だ」

「根っこの根っこから許し合うなんざ、結局は神様でもなきゃ出来っこねぇのさ」

 

 

 

 ──この場に居る若者たちは、誰もが人の可能性をバカ正直なほどに信じている。

 ──だがそれでも、「そんな事は無い」と言い返せる者は居なかった。

 ──今、目の前で力なく座り込む館長が、彼らの信じる人の善性というものに見比べて、何か1つでも劣るとは到底、思えなかった。団長達と同じ側に立ちながら、その上で団長達を否定していた。

 

 

 

館長

「この島の連中だって一緒だ。当たり前に生きて、助けたい家族や隣人のために、オブロンスカヤと言う”悪”と戦って来ただけだ。10年以上もだ」

「俺みたいにオブロンスカヤに負い目のある連中以外、この島で今更、自分の正しさが間違いだらけなんて考えつく人間は居やしねえ」

「今のお前達と一緒なんだよ。誰が背負える? どうやって償える?」

「今から全員生きて帰った所で、カレーニャのやった事はタダのテロにしかならねえ。悪の親玉ぁ牢屋にブチ込んで、とっちめたお前達が”勇者”になるだけさ」

 

ビィ

「ぅ……オイラ……オイラもう解んねえよぉ……」

 

 

 

 ──これからカレーニャと戦おうという気が削がれに削がれる。かと言ってこのままスゴスゴ帰って島を出るなど以ての外だ。

 ──にっちもさっちも行かず頭の中で立ち往生に陥るビィとルリア。

 ──しかし、アンナが尚も食い下がる。

 

 

 

アンナ

「なら……」

「なら、館長さんのために、カレーニャを止めます……!」

 

館長

「お? あー、そういやあそうだったな」

「本当にカレーニャに何もしちゃいない人間が居るなら、それを解らせてやるためだけに喧嘩も辞さないってんだろう?」

「この島が何も変わらなくても、お前達にとって虚しい戦いでも、その聖人サマのためになら戦えるってか」

 

アンナ

「それもあるけど……それよりも、ボクは──」

 

館長

「御高説の前に──良いかい?」

 

アンナ

「な……何?」

 

館長

「聞き漏らしたかね? さっきの俺のセリフ」

「『”俺みたいに”オブロンスカヤに負い目のある連中』──と、言ったんだが」

 

アンナ

「あ……!」

「……か、館長さん……もしかして……?」

 

館長

「ちょっと長くなるがね。年を取ると思い出話がしたくなっていけねぇやなあ」

「若いモンの気ぃも考えずに、誰かに言ってやりたくてウズウズしてたんだ」

 

 

 

 ──ビィとルリアが思わず俯いていた頭を持ち上げる。その顔に「まだあるのか」と大きく書かれている。

 

 

 

館長

「どこから話すべきか──もう10年になるかな。最初に魔導グラスを造った、ナタリーっつうそりゃあ格好いいババアが居たもんだ」

「魔導グラスの造り方を1から10まで全部まとめて、島中に広める気前の良さでな。だのにナタリーと息子のレーヴィン以外、誰もまともにグラスを造れやしねえ」

 

アンナ

「それは、知ってます……それで、島の人達が、誤解して……」

 

館長

「そりゃ助かる。じゃあその辺は端折るとしてだ」

「ある時、島のお偉い同士の親睦会があってな。それ自体は毎年の事なんだが、その時に『何で魔導グラスが上手く造れねえのか』って話が出たのさ」

「その席で俺は何となく思いついて、言ったんだよ。『もしかしたら、オブロンスカヤの造り方は、自分達も気付いてない特殊な手順を踏んでるんじゃないか』ってね」

「魔法や錬金術なら、こういう事態は大体そういう答えに行き着くってえ……まあ他愛も無え推測だったんだがな……」

 

アンナ

「あ……誰かが、コツがあるんじゃないかって……」

 

館長

「詳しいじゃねえか。そうとも。オブロンスカヤの20年、どこが転機かと辿ってみればその”噂”に行き着く」

「ただの年寄りの茶会だ。議事録なんて取っちゃ居ねえ。だが何日かしたらもう島中で持ち切りだ」

「その内に尾ヒレがついて、(おか)に上がって──落ち着いた先は『自分達にしか造れないと思わせるためにデタラメ広めてた』ってなザマさ」

 

アンナ

「で、でも、館長さんのせいって決まった訳じゃあ──」

 

館長

「ああ、証拠は無い。噂なんだから有る訳無い」

「だがなあ。俺が知る限り、そして調べた限り、俺の”思いつき”以前に誰も考えた奴が居やがらなかった。『オブロンスカヤの公開した製法に不備があった』なんて事は──な」

 

アンナ

「でも、噂なんて……その……う、噂でしかないよ!」

 

館長

「そう考えるのも間違っちゃ居ないだろうな。だが『噂ごとき』と切り捨ててみたって、、年寄りのホコリはこれだけじゃあ無えぞ」

「オブロンスカヤが、ただでさえふざけた訴訟でカネを毟り取られてたのに、そのクセ政府にまで毟られてた時期が有るのは知ってるかい?」

 

アンナ

「えっと……魔導グラスで稼いだお金を、管理する、とか──」

 

館長

「そう、それだ。政府がそんな事を決める前に、役人にコネのあるジジイが1人、オブロンスカヤの現状に文句言いに出向いたんだ」

 

アンナ

「それって──」

 

館長

「しかしだ。そうは言ってもジジイにゃ身分も家族もある。ご時世に体裁繕えるように切り口は考えたのさ。でもってそれが却ってマズかった」

「お偉方に愛想尽かされねえよう、オブロンスカヤを締め付ける風潮の何が悪いか、あくまでオブロンスカヤを悪役と仮定して話をしちまったんだなぁクソジジイは」

「そしてそれでも”常識”とやらを譲ろうとしない役人どもに頭ぁ来ちまって、ついポロっとな──」

「『これ以上オブロンスカヤの恨みを買うマネを捨て置いて見ろ。奴らがやろうと思えば、魔導グラスに爆弾詰めて出荷する事だって出来るんだぞ』──」

「役人も自分たちのやってきた事にようやく気付いて真っ青さ。もう島のどこ見ても魔導グラスが見えてた時代だったからな。次の日からさっそく国会で、新しい法律の話し合いだ」

「──テロリスト予備軍を財源から無力化する法律の……な」

 

アンナ

「それだって、館長さんが悪い訳じゃ……」

 

館長

「本当に言い切れるかい? 現にそれから2年と保たずにレーヴィンはくたばったんだ」

「大発見は、その切っ掛けを世に見せたモンと、そこに答えを見出したモン……どっちが”悪い”って決まりがあるかね?」

 

アンナ

「ぅ……」

 

館長

「どの道な。風評に負けて、距離置いて、悪党の子分が逃げたと後ろ指差されて──オブロンスカヤより手前(テメエ)の生活選んだあの時から、(ちか)しい連中は揃ってスネに傷抱えてるんだ」

「俺がオブロンスカヤの名前も口にしなくなった切っ掛けは、そりゃあお笑い草さ。息子夫婦が心底悲しそうなツラで真っ正面から言いやがった。『そんな人間とは思わなかった』ってな。幾ら何でもこれは知らなかったろう? ワッハッハッハガッハ、ゲホッ……!」

 

 

 

 ──殊更盛大に笑い飛ばそうとして咳き込んだ。

 ──アンナが慌てて背を擦ってやる。息を整えながらも話を止めない館長。

 

 

 

館長

「ゲホッ、ゲフ……ハァ。この島に生きて、オブロンスカヤと──魔導グラスと共に生きてきた。それだけでもう、どう足掻いたってアイツらを追い込んじまう。そういう仕組みが……もうとっくに出来てんのさ」

「……これだけ話せば解んだろう。お前らが安心して、カレーニャが間違ってる事に出来る──そんな証拠も証人も、この島にはありゃしねえ……」

「悪い事は言わねえ。お前らのワガママで、カレーニャを地獄に蹴り返す──そんな覚悟が出来ねえなら、いっそこんな島放っといた方が、幾らでもお前らにとってマシだ……!」

 

 

 

 ──そこに、見張りに専念していた団長が慌てた様子で駆け戻ってくる。

 ──耳を澄ますと、遥か遠くからグラスの足音が近づいてくる。息を殺す一行。団長は既に武器を取っている。

 

 

 

館長

「おうおう。いつ来ちまうかとヒヤヒヤしてたが、気付けば言いてえ事は大体言っちまった後だ」

「下のドタバタがこっちまで聞こえてたから予想はしてたが、アンタら随分ハデに暴れてからここに来たみてえだなあ」

 

アンナ

「か、館長さん……!」

 

 

 

 ──残された時間は少ない。掴みかからんばかりに詰め寄るアンナ。そんな態度にも館長は冷ややかだった。

 

 

 

館長

「何だ」

 

アンナ

「もしかしたら、全部……館長さんの、言う通りかも知れない。でも──」

「ボク達が──ううん。ボクがどうするかは……カレーニャに会って、話して、それから決めたいの」

「館長さん。図書館の頂上に行く方法……何か、知らない?」

「……あっ、し、知り、ませんか……?」

 

 

 

 ──我に返って言葉遣いを改めるアンナに、思わず苦笑する館長。

 

 

 

館長

「こんな時だ。作法なんか気にすんな」

「とにかくまあ、話するだけってなら、確かにそこまでケチ付ける謂れは俺にゃ無えな──」

「要は屋根に上がりてえんだろ。知ってはいるぜ」

 

ビィ

「ほ、本当か!?」

 

館長

「嘘ついてどうすんだよ。屋根裏さ」

「8階の改装工事の時、あるバカヤロウに頼まれてな。俺とそいつと魔導グラスでせっせと造った秘密の部屋さ」

「屋根からじゃ見分け付かないようにしてるが、明り取りに内側から屋根を一箇所だけ(ひら)けるようになってんだ。人1人(くぐ)るくらいなら問題ねえ」

 

ルリア

「もしかして、さっき言ってた安全地帯って……」

 

館長

「ああそうだ。カレーニャがその上に居るってんなら、まさに灯台下暗しだな」

「もちろん、その鍵も俺が持っているが──さて、どうするかなあ」

 

 

 

 ──食事を取りにどの店に入るかを悩むような態度の館長。壁の向こうの足音へ視線を泳がせた。

 

 

 

ビィ

「どうするかなも何も無ぇだろ、時間が無えんだ!」

 

ルリア

「お願いします、館長さん! 屋根裏部屋の行き方、教えて下さい」

 

館長

「ボウズ達は黙ってろ。そんなだから行かせたくねえってさっき話したばかりだろうが」

 

 

 

 ──小さく咳払いして、一息置く館長。再び眉間にシワを寄せ、声低くアンナへ語りかける。

 ──グラスの足音は既に確実にフロア内を反響している。いつ、視界の奥から姿を現してもおかしくない。

 

 

 

館長

「アンタ達じゃなく、お嬢さんがカレーニャとケリ付けに行きたいってんなら、考えてやらんでもない」

「答えてもらおうか。さっき遮っちまった御高説の続きをな」

「──お嬢さんは、何だってこんな所まで来た」

 

 

 

アンナ

「──……」

 

 

 

 ──僅かに俯き、瞼を伏せ、心に湧き上がるものを反芻し、整理する。

 ──迫るグラスを一時だけ意識の外に追いやり、館長と一対一で向かい合う。

 ──まるで、昨日までの普通の展望フロアで語らうように、穏やかに話し始めるアンナ。

 

 

 

アンナ

「館長さん……カレーニャは、ボクの……友達になってくれたんだ」

 

館長

「と、も……んん?」

「カ……カレーニャがか!?」

 

 

 

 ──目を見開き素っ頓狂な声を上げる館長。思わず真剣な顔が解けるほどに、心底驚いている。

 

 

 

アンナ

「うん──ドリイさんが手伝ってくれて……ちょ、ちょっと、無理矢理な所も有ったけど……」

「でも、カレーニャの方から、友達になって──って」

 

 

 

 ──改めて説明するのは気恥ずかしいのか、視線を泳がせ、人差し指の先を擦り合わせながら語るアンナ。

 

 

 

館長

「…………まじか……」

「昨日もカレーニャがドリイ以外引き連れてゴキゲンだったり、人の服を自分で見立てたって言ったり、随分たまげたつもりだったが……そうかぁ……」

 

 

 

 ──アンナにとってのそれよりも遥かに意味深い事だったのか、もう今、何の話をしているかも吹っ飛んでいそうな様子の館長。

 ──これまでと日頃のカレーニャを見てきた老人は、思わず視線を落とし、信じられないと言った様子で顎を手で擦り、小さく呻りながらアンナの言葉を反芻している。

 ──逆に見ているアンナの方が声をかけて良いものかと困惑する程だった。

 

 

 

アンナ

「(そ……そんなに凄い事だったのかな……)」

「えっと……つ、続き……良いかな?」

 

館長

「あっ、お、おう」

 

アンナ

「それで……ここからが、さっきの話の続きなんだけど」

「──……」

 

 

 

 ──もう一度、目を閉じて深呼吸した。ここからは決して言い損じるものかと自らに言い聞かす。

 ──カッと目を開き、表情を引き締めた。心持ち姿勢も前のめりだ。

 

 

 

アンナ

「もう、館長さんのために戦うとか、言わない」

「でも、他に理由が無くたって、ボクはカレーニャを止めたい。カレーニャに、こんな事して欲しくない」

「例えこの先に誰も救う事が出来なくても、ボクは──ボクが、カレーニャの友達だから……!」

 

 

 

 ──見つめ合うアンナと館長。片や明日に向けるが如く真っ直ぐに前を見つめ、片やその瞳を慈しむように僅かに目を細め静かな視線で応えている。なのにまるでその間に火花が散るかのようだった。

 ──割って入るように雑音が響き渡るが、二人の耳に届いているかも定かでない。テーブルをひっくり返す音、設備の扉を乱雑に開く音。光源の足りない展望フロアで、グラス達もこちらを探すのに少々手間取っているようだ。

 ──時折、こちらに光線が差し込まれる。迎え撃つつもりでいた団長が、照らし出される前にアンナ達の居る死角に転がり込む。グラスの仕様を書き換え、幾つかのグラスに照明機能を持たせたらしい。

 ──8階は袋小路となれば、相手に場所が知られようと索敵の効率を上げる事になんら問題も無い。いよいよ戦闘は時間の問題だ。

 

 

 

ビィ

「な、な……なぁ、ホントにやべぇってオイ……!」

 

ルリア

「館長さん……!」

 

館長

「……フゥ。やれやれ──」

「まあ、言いたい事は理解したつもりだ……」

 

 

 

 ──懐中時計を取り出す館長。どこかのスイッチを押したようで、パカっと文字盤を覆う硝子のカバーが外れる。

 

 

 

館長

「お嬢さん。悪いが、立たせてくれるかい」

 

アンナ

「あ、はい……!」

 

 

 

 ──肩を借りて立ち上がると、館長は空いた方の自分の手を見つめている。

 ──手の中にあるのは懐中時計の長針。立ち上がるまでの間に、どういう仕組みか片手で針を外したらしい。本体は近くの床にそっと横たわっている。

 

 

 

館長

「あのバカの注文でな。8階以上に魔導グラスは一切置かせなかった。この島の連中はグラスに頼り切って、通り魔の凶器まで魔導グラスな有様だからな」

「だが、仕掛けを用意する事は出来る。動かし方を組み込んだグラスさえあれば、グラスの魔力で道を造る仕掛けくらいは、な」

 

 

 

 ──長針にはグラスの接近を知らせる光の筋が煌々と輝いている。

 ──その針を先程まで自分がもたれかかっていた壁に押し当てると、針が壁にピタリと張り付いた。

 ──間もなく壁一面に一瞬だけ、レンガの目地のように光が走ったかと思うと、存外なほど静かに壁の中心部分に空洞が開き、一本の上り階段を形成した。

 ──階段は8階の天井の高さの分、そこそこの距離があり、登り付いた奥がどうなっているかは暗くて見えない。恐らく扉か何かで遮られているのだろう。

 

 

 

ルリア

「これが──屋根裏部屋への階段……!」

 

ビィ

「ちょ、ちょっとカッケェかも……!」

「でもこれ、階段にしちゃかなり狭くないか?」

 

 

 

 ──ビィの言う通り、階段は横幅がかなり狭い。

 ──華奢なルリアやアンナはまだしも、防具を纏っている団長ではカニ歩きで登らなければ引っ掛かってしまうかも知れない。

 ──これが鍛えた成人男性にもなれば、よほど無理をしないと通り抜けるのは難しいだろう。

 

 

 

館長

「10にも満たねえ子供を逃がすための屋根裏なんだ、当たり前だろう」

「まだ若いアンタらならまだしも、大の大人が楽に通れちまったら本末転倒ってもんだ」

 

ルリア

「子供を、逃がす……?」

 

館長

「レーヴィンだよ。あのバカな教え子が、自分が長くないの悟って、屋根裏使わせて欲しいって地主の俺に頭下げに来やがった」

「この島が娘まで手にかけるようだったら、誰も知らないこの部屋に匿わせるって寸法さ」

「レーヴィンは落成から一月足らずで遺品ごと弔われ、今じゃあここを(ひら)けるのは俺のスペアキーだけってな」

 

アンナ

「じゃあ……安全地帯って、カレーニャのために……」

 

館長

「そのカレーニャから逃げようとして、真っ先に思いついたのがここだったんだから、人生最高の皮肉だよ」

「ここまで辿り着いた時も腹の底から笑ってやったのに、まぁだ顔がニヤけやがる……!」

 

 

 

 ──アンナから離れ、傷ついた足を引きずりながら壁伝いに歩き出す館長。

 ──先ほど、団長達の接近を感知した時もそうしたのだろう。壁の陰から腕を、グラス達の迫る向こう側へと突き出す。

 ──間を置かずに水色の光と熱気がフロアを照らす。遠くから差し込んでいた光線の幾つかが消え去り、慌ただしく壁や床にグラスのぶつかる音が行き交う。

 

 

 

館長

「グッ……フーッ、フーッ……!」

 

ビィ

「お、おい爺さんムチャだ、そんな体で……!」

 

 

 

 ──炎を一発撃つと、そのまま壁伝いにズルズルと崩れ落ちる館長。

 ──意識まで霞みかけたらしく、歯を食いしばり、目は見開かれ、一瞬で顔中に脂汗が滲んでいる。

 ──しかし尚も両腕を支えに起き上がると、心配する一行をキッと睨み付ける。

 

 

 

館長

「とっとと行けお人好しども!! 今のでこっちの居場所バレてんだぞ……!」

 

ルリア

「だったら館長さんも──」

 

館長

「登れねぇから今まで座り込んでたんだろうが……ゲェッホ……アンタらの誰かが担いだ所で横幅アウトだ……!」

「良いか……開けてやった以上、お前らが何しに行こうがお前らの勝手だ……だが俺を助けようなんてヨタで進む事だけは認めねえ……その勝手は俺の取り分だ」

 

ルリア

「そんな……それじゃあ、館長さんは……!」

 

館長

「トカゲのボウズが言った通り、グラスに取り込まれても死なねえってんなら……むしろこっちは好都合だ」

「それなら少しは捕まる覚悟もできらあ……どうせロクな事が待っちゃいないだろうが……あいつの鬱憤晴らし、せめて俺だけでも神妙に受け入れてやるさ」

 

ビィ

「そんな事言われて放っとけるワケ無ぇだろ!」

 

団長(選択)

・「いや、行こう」

・「後で助かっちゃっても、こっちの勝手ですからね」

 

→「後で助かっちゃっても、こっちの勝手ですからね」

 

館長

「ヘヘッ……青臭ぇナリして言うじゃねぇか……行った後なら好きにしな」

 

ビィ

「んなっ、置いてく気かよぉ!?」

 

アンナ

「ボクは……行く!」

「館長さんの悩んできた十何年……ボク達の一日で変えちゃいけないと思う……」

「でも、必ず何とかするから……そうだよね、団長さん」

 

 

 

 ──頷く団長。

 ──館長が待ち構える側とは反対の外縁部からもグラスの足音が迫る。急ぎ団長を先頭に、一行は階段に身を潜り込ませた。

 ──最後尾のアンナが、階段に一段足をかけたところで、ふと立ち止まり、館長に振り向く。

 ──館長はその間にも二発目を撃ち終え、ガクリと項垂れながら深く弱々しい呼吸を繰り返している。

 

 

 

アンナ

「か……館長さん!」

 

館長

「ハッ……ハッ……っの……何だよ、早く行け。ッハァ……ガハ……」

 

アンナ

「か、館長さんの時計……グラスが近くに居るって知らせてたの……あれ、壊れたからじゃないの!」

「ボクも……ボクがグラスを持ってたから……!」

 

 

 

 ──少し驚いた顔でアンナを見る館長。

 ──その言葉の意味に何か察しがついたらしく、地下2階で大魔法を披露した時のような、若々しい「ニヤリ」とした笑みを見せた。

 

 

 

館長

「だったら……一発、ガツンと決めて来な!」

 

アンナ

「──うん!」

 

 

 

 ──ルリア達に急かされ、アンナも階段の向こうへ消えた。

 ──見送った館長は死角から自ら這い出し、冷え切って痛みも曖昧な足腰を乳児のように投げ出し、眼前に両腕を構えた。

 ──充分に引きつけて焼き払ったつもりだったが、早くも人形と鳩の小隊が3つ、肉眼で見えるほど接近している。

 

 

 

館長

「若い頃は──パニックモノでバカやるヤツが大っ嫌いだったがね……!」

 

 

 

 ──第3の火球を練り上げる館長。その顔の笑みは薄れず、先程よりも、なお一層に強気だった。

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