グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ) 作:水郷アコホ
──アンナの要求に応えながら、傍らに浮かぶグラス球に手を伸ばし、一撫でするカレーニャ。
──途端に、虹色の炎と押し合いへし合いしていたグラスが勢いを増し、炎を飲み込んで面積を広げ、再び屋根一面を覆った。
──咄嗟に団長に縋り付くルリアとビィだが、カレーニャの屋敷でドリイが行ったそれと同じく、団長達を害する事無く、その足元の屋根板だけを覆った。少なくとも今の所は、攻撃する意思は無いようだ。
カレーニャ
「まずは……そうですわね。変な誤解の無いよう、ドリイさんの言い分は一部訂正させていただきますわ」
「見ての通り、私は私としてここに居ますし、私自身としては、ドリイさんが言うほどハッキリとは『自分が死んだ』等とは思っておりませんわ」
ビィ
「んん……? つまり、死んだんじゃねぇって事、だよな……」
「『違う』って言えば良いだけじゃねぇか。ややこしいなぁ」
アンナ
「でも……ドリイさんは、『グラスがカレーニャの想いを代行する』って……」
カレーニャ
「ったくドリイさんたら、ハンパに細かいトコまでぶっちゃけてくれやがりましたのね……やっぱあの時のバトル最後まで見届けとくべきでしたかしら……」
──ため息混じりに頭を引っ掻くカレーニャ。
──何気に「グラスを通してドリイと団長達の戦いを見ていた」と取れる言質が得られたが、特に口を挟む者は無かった。
──いずれにせよ、「死んだ」という部分を明確に否定する気は無いようだ。
アンナ
「お願い、カレーニャ……もっと、ちゃんと説明して。ゆうべ、カレーニャはどうなったの?」
「部屋の中も、す……凄い、血で……」
カレーニャ
「ああ、あの血は定期的に採血してたストックですわ。人間1人分であんだけの部屋を真っ赤になんざ出来る訳ゃござあませんでしょうが」
ルリラ
「す、すとっく……?」
カレーニャ
「毎日わんさか魔導グラスを造ってますもの。一働きした後から血だの髪だの引っこ抜いてたら今頃ミイラかツンツルテンですわ」
「暇を見つけて定期的に採血して、魔導グラスに持ち主登録する時のために保管してましたの」
「一応は私本人の血ですから、私が行方不明でなく死んだって思わせて、グラス製造元をオシャカにした島の反応でも見ようかと──」
ビィ
「うへぇ。趣味悪ぃ……」
カレーニャ
「お互い様ですわよ。幾ら私でも、まさか人っ子一人『魔導グラス産業この先どうしよう』なんて考える人がいらっしゃらなかったのは仰天でしたわ」
「それどころか一人分にしちゃ血が多すぎる事まで、だぁ~れも気にして無かったみたいですし」
アンナ
「じゃあ、ボクがカレーニャの部屋で見たのは……?」
カレーニャ
「アレはマジモン。こうして魔導グラスと人間のハイブリッドとなるために、自分をグラスと同化させましたの。理屈はさっきまで島の皆さん取り込んだのと大体おんなじ」
「ただ──私がそれで死んだのかどうかでしたわね。私の感覚ではグラスに取り込まれる間、意識も体の感覚もちゃんと連続してましたわ」
「人間なのかって意味では、まあ100%魔導グラス製のドリイさんよりは、この体もたまには寝て食べて有機物の部分を維持せにゃなりませんから、人間なんじゃないかしら。私も誇りあるオブロンスカヤの血筋を絶やすつもりは──」
アンナ
「じゃ、じゃあっ……生きてるのと同じ……で、良いんだよね……ね?」
──説明中のカレーニャに食いつくように結論を急がせるアンナ。
──カレーニャの方は怪訝な顔をしている。説明が聞きたいのか違うのか、この態度の理由に見当がつかないようだ。
カレーニャ
「……ま、そうと言えるんじゃないかしら?」
アンナ
「……良かったぁ……」
カレーニャ
「……?」
「何が良かったか存じませんけど、あくまで対外的には、でしてよ」
「ドリイさんほど断言するつもりはござあませんけど、理屈として『カレーニャ・オブロンスカヤは死んでいる』って考えは一理あると思ってますもの」
アンナ
「え……?」
ルリア
「えっと……カレーニャちゃんは生きてるけど、カレーニャちゃんやドリイさんは死んでいると思ってて……?」
カレーニャ
「あー……ちょっとまって。今、おポンチな皆さんにも通じそうな例え話考えたげますから……」
カシマール
「サラットシツレーッポイコトイッテンジャネー!」
──カシマールのツッコミを無視して暫し考え込むカレーニャ。
──解らないことだらけのままここまで来た団長達には助かるが、事件の元凶と対峙しているというのに、マイペースぶりに流されてばかりだ。
──手持ち無沙汰で取り敢えず一行が互いに視線を交わしている内に、カレーニャの考えがまとまったようだ。
カレーニャ
「……よし、これでいこう」
「例えばあなた方やお知り合いの中に、粉微塵になっても生きてられる人間はいらっしゃって?」
ビィ
「こ、こなぁ……?」
「いやぁ、流石にそれは無理じゃねぇか?」
ルリア
「星晶獣だったらもしかするかもですけど……人間だと……うーん」
カレーニャ
「でしょう?」
「魔導グラスに人間を取り込む時は分子……あ~まあ、一度グラスの中で体を目に見えない細かなレベルまで”ほぐす”必要がござあますの」
ルリア
「ほぐす?」
カレーニャ
「強いて例えるなら……霧とか砂煙みたいにするってとこかしら」
ビィ
「そ、そんな事したら死んじまうじゃねぇか!」
カレーニャ
「まあ、普通でしたらね」
「魔導グラスの中では、人を分解するのと同時に『人間としての』機能をグラスが代行しますから──」
「まあ結論だけ言えば、痛くも痒くも無いし、意識を失ったりもしないんですの。そもそも体や頭がグラスに置き換わってるなんて感覚自体がありませんわ」
ルリア
「じゃあ、それって魔導グラスさんの中で生きてるって事……ですか?」
カレーニャ
「そこが難しいんですのよねえ。哲学とかの煩わしい話になっちゃいますのよ」
「グラスが機能を代行してるって事は、『ただグラスがその人の真似をしてるだけ』ってのと大して違わないとも言えますわ」
「植物状態の人間だって、魔法や機械を駆使すれば生命反応だけは維持できますもの」
「つまり、生身の『本物の』その人は、グラスの中で粉微塵になった時点で死んじゃってるとも言えますの」
ルリア
「えっと、カレーニャちゃんは生きてるけど本当は死んで……はうぅ……?」
──ルリアが頭に両手指を添えてフラフラし始めた。これが絵物語の世界なら、目は間違いなくグルグル渦巻きである。
──研究者の性か、持って生まれた性分か、カレーニャも妙な所で親切に、少しでも解りやすい例えを探して頭を抱えている。
カレーニャ
「ええっとねぇだから~……」
「実は本物の私は、グラスに取り込まれた時点で死んでいて、ここに立ってるのは記憶と体を写し取っただけの、自分をカレーニャ・オブロンスカヤと思い込んでる偽物のグラス人形なんだと疑ってみてご覧なさいな」
「私が本物にせよ偽物にせよ、それを確かめる事は私を含めて誰にも出来ないって事……こ、これでどうかしら?」
ルリア
「あ、そ、それなら何となく解ります……」
カレーニャ
「ふ~……」
「まあそんな訳で、ドリイさんからすれば、今まで生きてきたカレーニャ・オブロンスカヤは死んだんだと。そう考えているみたいですわ」
「理屈は解りますし、他でもない魔導グラスそのものを体にしてる方ですから言い分を無碍にもできませんからして」
ルリア
「でも、仮にそうだったとしても……私は、ここに居るカレーニャちゃんは本物だと思います!」
カレーニャ
「別に私としては人間だとか生きてるとか言う事にこだわりは無いですけれども──」
「どう思おうと思うまいと、本物だろうと偽物だろうと。私は私として、今もこのお空に影響を与えている。この事実だけが全てですわよ」
「アンナさんも。これでひとまず納得していただけまして?」
アンナ
「うん……」
──途中から聞くに徹していたアンナの声には安堵の
──どんな経緯を経ているにせよ、カレーニャが自らを死に追いやる事を認めた訳で無く、そしてアンナ自身がカレーニャの実在を信じられる。それで充分だった。
──昨夜からカレーニャの消滅を目の当たりにし、屋敷で、手記を通してと、3度もカレーニャの死を突き付けられた彼女にとって、少しでもそれを否定できれば何でも良かった所もある。
カレーニャ
「んじゃ、これで1つ目の質疑は
──カレーニャには、そんなアンナの胸中を知る由もなかった。
──誰かが自分をどう思うのか、全て撥ね付けたからこそ生きて来れた彼女なら尚更である。
カレーニャ
「えぇっと2つ目──『グラスの体を手に入れて、やりたかった事が、コレニャニョ~』でしたっけ?」
カシマール
「バカニシテンノカテメー!」
カレーニャ
「ちょ~っち舌がもつれただけですわよぉ”マルセーユ”ゥ♪」
カシマール
「”カシマール”ダ! コンナトキマデボケテンジャネー!」
アンナ
「あ、ああの、そ、それで間違いないから、あの、こ、答えを……」
──赤子をあやすように顔の両隣で指をクニャクニャさせながら猫なで声でカシマールを小馬鹿にするカレーニャ。
──出会ってこの方、一度もまともに名前を呼ばれないカシマールも、ここらが我慢の限界よとばかりにアンナの腕からこぼれ落ちんばかりに手足をブンブンさせている。
──人付き合いもままならないのに仲裁せざるを得ないアンナの苦労は如何ばかりか。カシマールを抱きしめて強引に話を進めるのが精一杯だった。
カレーニャ
「まぁ、おちょくりたくもなりますわよ」
「アンナさんの言う『こんな事』って、今しがたやり終えた『島民の取り込み』の事でしょう?」
アンナ
「それもあるけど……カタリナが……カレーニャは取り込んだ島の人達、に……その……ひ、酷い事するつもりだって……」
カレーニャ
「ヘッ。”おっ嬢様”ですこと」
──露骨に鼻で笑うカレーニャ。わざとらしく、両手に盆を乗せるようなポーズで肩をすくめる。
カレーニャ
「どっちも”事のついで”。んにゃ、私なりの”お慈悲”と言っても良いくらいですわ」
ビィ
「し、島の皆をあんな目に遭わせといて、慈悲だぁ……?」
カレーニャ
「街でお会いした時も言いませんでしたこと?」
「私、悪魔になって”さ・し・あ・げ・た”、んですのよ?」
──誰ともなく、カレーニャの言いたい事を察した。
──ここに至るまで、館長のような例外を除けば、誰もがカレーニャを打ち倒す事を願っていた。
──しかしてそんな己を一片も疑う事無く、彼らは同じ顔、同じ口で、余所者の自分達を警戒せず、逆に信頼してさえ居た。
──例えば図書館へ向かう途中に助けた親子の例を思えば、カレーニャを、オブロンスカヤを、醜く陰険で狡賢い、絵に描いたような悪魔である事を望んでさえ居たと。そう考える事もできる。
カレーニャ
「別に? 私のやりたい事をやるだけなら、島の地盤ごとひっくり返して、ちりとりのゴミ捨てるみたいに空の底に放り出しても良かったんですのよ」
「それをわざわざ、思いつくままにタップリ怖がらせて、取り込んでからも好きなだけ私を恨めるようにと、そんなシュミもないのに甚振って差し上げようってんですのよ?」
「これからは今までと違って、この私がちゃ~んと市民の皆様に『直接』、悪事を働いて差し上げますの」
「グラスの中では死ぬ事も生き返る事も私の気分次第ですから、それはもう至れり尽くせり──」
ビィ
「な、何が”わざわざ”だよ! そんなのホンモノの悪魔じゃねぇか!」
「お前、人間の心ってモンを忘れちまったんじゃねぇのか!?」
カレーニャ
「
「そりゃぁちょびっとくらいは楽しくなくっちゃこんなマネできませんわよ。そして私には楽しめるだけの建前もござあますわ。プラトニアが今までそうしてきたように」
ビィ
「ぅ……」
──事も無げに言い放つカレーニャに、思わず口を噤む一行。
──その半生を思えば、大切な動機も、譲れない複雑な動機も多々有ろうが、一行に想像しうる最も単純な動機が、憂さ晴らしだ。
──それは実行する規模さえ異なれど、プラトニアの住人がこれまでオブロンスカヤに行ってきた仕打ちも、カレーニャが現在とこれから行う事も同じなのだ。
──カレーニャを否定すれば、その言葉はこれから助けるプラトニアへそのまま跳ね返っていく。
──これまでのように、どんなに度し難い人間でも助けると志せば……あるいは開き直るなら、今度はカレーニャを救わず倒すという首尾が立たない。
──つい先程、館長とのやり取りでも投げかけられた事だった。
──そして、この問題に答えを出せない、あるいは出さない一行へ、館長は屋根裏へ導く事を渋った。
──それでも鍵を引き出させたのは……一行の視線の先に立つアンナが口を開いた。
──今にも倒れそうな体で、ここまで這い上がってきた意味を再確認し、静かにカレーニャを見つめている。
アンナ
「……カレーニャ。ボク達に、こんな事言う資格は無いかも知れない──」
「でも。それでも、カレーニャ。……島の人達を、許してあげる事は、どうしても出来ない……の、かな……」
カレーニャ
「ゆるす……何を?」
──意地の悪そうな半目に不敵な笑み。考えるまでもなく、解っていてすっとぼけている顔だ。
アンナ
「確かに、この島の人達はカレーニャに──カレーニャの家族に取り返しのつかない事をしちゃったかもしれない。でも……」
「カレーニャは、本当に良いの? 今、カレーニャがやってる事は、カレーニャの大切なモノを奪ってきた事とおんなじだよ……!」
カレーニャ
「それが何か?」
「それこそ『許す』なんて言葉と関係ない話じゃあござあませんの。私が、私の幸福を希求する、ただソレっぱかりの事と違いまして?」
アンナ
「違う……!」
「カレーニャが、1番解ってるはずだよ……こんな形で……誰かを苦しめて得られるモノなんて、幸せなんかじゃないよ」
カレーニャ
「ええ、ええ。よおっく知ってますとも。──オブロンスカヤを飯のタネにプラトニアがどんだけ幸せに暮らしてきたかをねえ」
──カレーニャの態度は横柄にして冷静だった。まるで子供と口論する嫌味な大人のそれだった。
──しかし口数だけは徐々に増えていく。隠しきれない感情を斜に構えて誤魔化すように。
カレーニャ
「健康で、団欒で、食う物も困らず、いつでも今日と違う明日を考えて、笑顔で生きてきたんじゃありませんの」
「ヤレどこそこが儲けてる、仕事を失くした、もっともっともぉ~っと良い暮らしが出来ないなんてアァ不幸だと、金持ちから貧乏人まで平等に嘆く」
「今日に失ったモノと妬みだけを理由に勝手に捨てたオゲンキな気持ちを、オブロンスカヤに明日を感じて拾い直す。そうやって未来を信じられるコレが、幸福で無くって何と言いますの?」
「10年間、たっぷりと考え学んだ結論ですわ。人間の幸せってのはコレの事。それが人類の道理、摂理、仕様ですわ」
「あなたが何と言おうと、コレは10年かけて実証された紛うことなき”幸せ”ですの」
「人間が、当たり前の幸福を得るために、同じ人間が実践した手段を共有する事は正しい。この命題に異論があるというなら、どうぞご説明なすってくださあますこと?」
──カレーニャの演説が収まると、しばらく辺りが静まり返る。
──ルリアやビィには、その話は断片的にしか理解できなかったが、言わんとしている事は大体理解できた。
──カレーニャがプラトニアと同じレベルの行為を働く事に、カレーニャは何も問題ないと言い切ったのだ。
──それは、少なくとも彼女にとっては、人として当然の、幸福に生きるための術であって、貶される謂れもないただの世界の仕組みなのだと。
──カレーニャに見えている空と、団長達が見ている空は余りにも違いすぎていた。そう歳も変わらない彼女の半生には、幸せとは、何が足元にあるか良く確かめて踏みつけ、そうして成り立つそれ1つしかない。
──アンナは、あるいは他の仲間も、泣きそうになる心を抑えつけていた。何となくで吐き出してしまいそうな謝罪を飲み込んでいた。
──もう少しでも早く自分達と出会えていれば、自分達が”本当の”幸せを教えてやれれば、こうはならなかったかも知れないと、つい考えてしまう。ただの独り善がりでしかないと解っていても。
──異論はある。もしかしたら理路整然と説明だってできるかも知れない。だが共有できる根拠がない。ここにカレーニャの知らない幸福など持ち込んではいない。一行は、カレーニャと敵対するつもりでここに来たのだから。
カレーニャ
「あ、そうそう。そもそも『プラトニアの住人を許せないか』ってお話でしたわね」
──誰も言い返す様子が無いのを確認して、「勝ち」とでも判断したのか余裕そうにカレーニャが言葉を続けた。
カレーニャ
「それってつまりは、オブロンスカヤに辛酸舐めさせて来たこの島を許せって事ですわよね? 別に構いません事よ」
ビィ
「──ん?」
「ハ……ハァァ!? ここまで言っといて、許すぅ?」
──急な手のひら返しを、やはりアッケラカンと言い放つカレーニャだった。