グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ) 作:水郷アコホ
──盛大に屋根……正確には屋根を覆うグラスに叩きつけられたカレーニャ。落下地点のグラスに大きなヒビが広がった。
──張り詰めたエネルギーを開放する直前、一瞬とはいえカレーニャの指示と制御を失った座は、各所から行き場の無くなったエネルギーを破裂させ、ゆっくりと墜落した。
──カタリナの元に駆け寄る一行だが、彼らの不安は拭えない。ただ破壊するだけならさっきもやった。カレーニャを座から下ろすだけがカタリナの目的だったのか。
──「私がやる」の意味が座の撃破にあるならその通りかも知れないが、それでは成果として余りに乏しい。それに何より、こうして座から引きずり下ろす一連の経緯が、全てカタリナの思惑通りと考えるには、偶発的な出来事も多すぎる。
──縋るような仲間たちの視線を受けるカタリナだが、今はまだ答えずにいる。カタリナは腕の下でグラスに額を押し付けられているカレーニャに語りかけた。
カタリナ
「カレーニャ。一瞬、私の言葉が届いたはずだな」
「『君の夢に、大きな勘違いがある』と、そう言った時──私は見逃さなかったぞ」
カレーニャ
「ぐぬ……ンなのいいから、手ぇをどけてくださあます?」
カタリナ
「やろうと思えばいつでも出来るだろう。どいて欲しければ先に答えてくれ」
「聡明な君は、もう解っているはずだ。どれほど必要で、どれほど大切な事でも、成し遂げた後には瑕疵と遺恨が必ず残る」
「君自身、心のどこかで気付いているんだろう。君の成さんとする果てに、割り切れない後悔が待ち構えている事を」
カレーニャ
「何がなん……だかっ!」
──腕立て伏せの要領で身を起こそうとするカレーニャ。
──グラスに補われた瞬発力は、鍛えた現役騎士の腕力をも押し返して見せる。
──が、カタリナが一層の力に体重も上乗せすると、容易くベチャっと貼り付け直された。
カレーニャ
「おぉう!?」
カタリナ
「あくまで何の根拠もない勘だが、今しがたの異界の座の壊れ方、あれは本調子のそれではないな」
「こうして私一人剥がすのにも難儀している事もだ。君の力は今、大きく損なわれている」
「これも根拠は無いが自信を持って言える。その力の衰えは、私の言葉に君が反応した、あの瞬間からだ」
カレーニャ
「思いつきでッ、物をッ、語られたってぇ~……!」
「ぐぬっ……ツッコミ所の見つけようもっ、ご・ざあませ・ん・でして・よ……!」
──応えながら何度か全身で踏ん張ってみせるカレーニャだが、カタリナの腕はビクともしない。
──話している最中にもカタリナが体勢を変え、ダメ押しのマウントポジションを完成させていた。輪をかけてカレーニャの不利だった。
──その有様は、確かにカレーニャが弱っているように見えた。だが、それを裏付ける理由が無い。そしてカレーニャにはまだ、ふざけた返事を返すだけの余裕がある。
ビィ
「お、おい姐さん。あんま油断しねぇ方が良いんじゃぁ……」
カタリナ
「大丈夫……とまでは、私も断言は出来ない。不安なら、もう少し離れていてくれ」
「だが、不意打ちをもらう覚悟くらいは出来ている。そうするだけの価値も……責任もあると思っているしな」
ルリア
「不意打ちって、カタリナ……」
カレーニャ
「ハンッ、今更こんな問答で何か変わるとでも?」
──カタリナはルリアに微笑みを送って元気づけた。
──再びカレーニャを見下ろすと、何故か少し意気消沈したような声で話を続けた。
カタリナ
「ああ、変わるさ。今この状況が、変えられるという自信も与えてくれた」
「『こんな問答』を続けようか。君が島民全員をグラスに閉じ込め、暴虐を尽くそうとする理由を今一度聞きたい」
カレーニャ
「またそれぇ?」
「ですから、それが全ての島の人間達の願いだからですわよ。そして結果として私にこれだけの力を培わせたプラトニアへの私の──」
カタリナ
「その『願い』──例外が居たとしたら、どうだ?」
カレーニャ
「例外ぃ? 例外なんて所詮例外止まり。誤差でしょうが」
カタリナ
「その例外が、君のご家族が健在だった頃から君達を心配し、君達の受難に心を痛め、何かしてやれないかと足掻き、それでも何も出来なかった無力感に打ちひしがれてきた……そんな人間でもか?」
アンナ
「っ! それって……」
──団長達が驚きの眼差しを寄せる。カタリナの言葉に心当たりがあった。
──館長だ。しかし、館長と出会った場にカタリナは居なかった。
──仮に一行が展望フロアに居た頃、カタリナも同じ高さを登っている最中で、グラスの外壁と窓の向こうから団長達を見つけていたとしても、そのやり取りまで聞き取れるはずは無い。
カレーニャ
「まぁた都合の良い真反対な例え出しなすって……」
「関係ござあませんわ。どの道、お祖母様とお父様の夢を叶えるのが第一。そのためにはこの島に生き物は邪魔なんですから」
「オブロンスカヤの安息と、魔導グラスの本当の可能性。そして『先祖の誇りを体現する私』の実現。それが全てでしてよ」
──再び、家族の遺言とそこから導き出される結論を滔々と語るカレーニャ。
──カタリナ達の表情は暗い。カレーニャが例外の存在を切り捨てた事にではない。
──彼らが確かに出会い、その胸の内を聞き届けた「例外」を、彼女は「都合の良い真反対な例え」と表現した。
──館長やニコラのような、一行からすれば人間として当たり前な存在。その実在をオカルトの如く信じない事が当然となった、そんな彼女の心を思うと、その一言はどこまでも重かった。
カレーニャ
「むしろ、そんなお目出度い御仁が実在なさるなら、その方のためにもなるでござあましょうよ」
「優しい自分気取るネタに、よりによってこんな私なんぞを使ってた今までの愚かを、これからじ~っくり感得できるんですもの」
カタリナ
「……こんな、か……」
「君を想い続けた人にまで咎は求めない。それでも地獄へ連れて行く。全ては君のご家族のため──それが、君の全てか」
カレーニャ
「だからそうだと何度も言ってるんで……ござあましょうが!」
──何度めかの起き上がりを試みるカレーニャに、カタリナが身構えたその瞬間、傍らで様子を見守っていた団長が吹っ飛んだ。
──抵抗はブラフ。屋根に張られたグラスの一部が変形し、柱となって突き出し、団長の腹を強かに突き上げたのだ。
──呆気にとられる仲間達も、山脈のように隆起するグラスに足を取られてよろめくばかりだ。
──その隙を突いて、カレーニャがカタリナの拘束から這い出してしまった。
カタリナ
「カレーニャ! くっ……やはり、私のやり方では甘かったか……!」
カレーニャ
「フフンッ、今度は私から一本取って差し上げましたわ」
──グラス山脈は今度は砂のように表面を流動させ、一行を押し流して更に惑わし、カレーニャはその隙にグラスチェアーを召喚して空中に陣取った。
カレーニャ
「そうですとも。何度も何度も、何度でも……オブロンスカヤの誇りを胸にここまでやってきたんですもの──」
「何度叩き伏せられようと、どんな物言い付けられようと、私は止まりませんことよ! この想いがある限り、私と魔導グラスは無敵ですわ!」
──座の破片が再びカレーニャに集結し、復元されていく。
──その再生速度は、カタリナが駆け付ける前よりも圧倒的に速い。
──見る見る内に全てのプロセスを完了し、異界の座は更なる変形を始めた。
──座はグラスチェアーごとカレーニャを内に閉じ込め、より豪奢で輝かしいフォルムへと進化を遂げた。
──まるでカレーニャが自らグラスの中へ引きこもるかのように。
ビィ
「オイオイ……急にさっきより強そうになりやがったぞ!?」
カタリナ
「あれでは、また引きずり下ろすという訳にもいかないか……!」
──何とか立ち直ったビィとカタリナが苦々しげに座を見上げる。
──ルリアは、辛うじて転落を免れた団長の元へと駆けていった。
──アンナが、高みに閉じこもるカレーニャへ何か問いかけた。
アンナ
「カレーニャ!」
「カレーニャ、『この想いがある限り』って……それって、もしかして──!」
ビィ
「おい、これ以上ノンキに話してる場合かよ!?」
アンナ
「お願い、答えてカレーニャ!」
「魔導グラスと、別の世界の力を繋ぐ”鍵”……それが、”カレーニャの想い”。そうだよね!」
──カレーニャ邸でアンナが目撃したあの瞬間のように、グラスの中のカレーニャの目は静かに閉じられていた。それがアンナの声を聞くとゆっくりと開かれ、アンナを捉えた。
──まるで水槽の中で揺蕩うように、グラスの内部でゆらめきながら、それでいて何の抵抗も無さそうに軽々と身振りを交え、口を開くカレーニャ。
──声が異界の座で反響し、マイクを通したような響きを伴って一行の耳に届く。
カレーニャ
「人の言葉尻から、よくそこまで読み取れましたこと……」
ビィ
「あ、あんな状態で喋れるのか……!」
カタリナ
「こちらの声も届く、か……!」
カレーニャ
「やっぱりあなた、私なんかよりよっぽど良いおつむしてますわ。眩しいくらい」
アンナ
「カレーニャは、『なんか』じゃない。ボクの知らない事、たくさん知ってるよ」
「だから教えて。合ってる……よね?」
カレーニャ
「こんな時までお世辞がんばらなくたって良いでしょうに。まあ、まずまず正解ってとこですわ」
「異界の力は、世界そのものであるが故に主体性を持たない。どれだけエネルギーを抽出できるかは、如何に術者が異界を感化させる程の感情──言い換えれば想いを持てるかにかかっていますの」
「つまり、魔導グラスは『想いの力」。今日までの10年、片時も欠かさず積み立ててきたこの愛と信念こそが、私の全て。私だけの奇跡……!」
──新たな形態を取った異界の座はグラス柱を持たない。
──蓮の花のように美しく広がった座の各部が、思い思いの色に光を漲らせていく。
──これまで以上の攻撃を察知したカタリナが、ビィとアンナを庇う。
──だが、アンナがその腕を抜けて、カレーニャの元へと駆け出した。
カタリナ
「なっ、アンナ止まれ!」
「くっ……ビィくん、急いでルリア達の所へ避難だ!」
ビィ
「お、おい姐さん!?」
──ビィの返事を待たずにアンナを追うカタリナ。
──走りながら、アンナはその周囲に炎を纏わせ、魔力を焚べて勢いを高めていく。
アンナ
「(魔導グラスの力が、”想いの力”なら……)」
「(想いの強さが、カレーニャに力を与えているなら……)」
「だったらッ!」
──アンナの瞳は、確信と賭けと。相反する決意が共に同じ方向を見ていた。
──立ち止まったアンナが、異界の座を……その内のカレーニャを見据える。
──狙う場所は異界の座の正面。否、座の存在する高さと角度を考えれば、ほぼ真下と言っていい。
カレーニャ
「出来れば、あなただけは手荒な目に遭わせずに放り出してあげたいのですけども?」
アンナ
「そんなの……嫌だ。”みんな一緒”が良い。だから……絶対に退かない……!」
カレーニャ
「ハァ……つくづく、そういうトコだけは解らず仕舞いでしたわねぇ」
──アンナの背後で魔法陣が展開する。
──周囲を取り巻く炎が、解放の時をねだって一層激しく踊り狂う。
──呼応するように異界の座からスポットライトのような光がアンナに照射される。
──光自体に害は無い。単なる照準合わせか、あるいは最終警告か。
カタリナ
「アンナ伏せろぉ!」
──両者の力がぶつかり合うその直前、追いついたカタリナがアンナに飛びかかった。
──自分が割り込んでどうなるか、確証はない。伏せたからアンナへのダメージが防げるとも信じきれない。
──それでも自然とそうせざるを得なかった。叫ばざるを得なかった。
──アンナの方が先手を打ち、炎を座へと飛び込ませた直後、カタリナの体が覆いかぶさりながらアンナを突き飛ばした。
──同時に座の一つ一つから光が溢れ出し、混ざり合って、真っ白に図書館を染めた。