グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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54「本当の味方と敵」

 ──ルリアの介抱を受け、持ち直した団長は、慌ててこちらへ逃げてくるビィに事情を聞くなり、逆にその最前線へと駆け出していた。

 ──至近距離で座に対峙するアンナと、アンナへ身を飛び込ませるカタリナを見た次の瞬間、図書館の輪郭さえ消し去る光の塊が押し寄せ、反射的に目を庇った。

 ──光が止んだ後、ルリアとビィも団長に追いついた。

 

 

 

ビィ

「おーい、大丈夫かー?」

 

ルリア

「ど、どうしたんですか? ぼーっとして……」

 

 

 

 ──団長は光に思わず立ち止まったその地点で立ち尽くし、呆然と目の前の光景を眺めていた。

 ──その視線の先を追ったルリアとビィもまた息を呑んだ。

 ──アンナとカレーニャが互いの力をぶつけ合い、カタリナがそこに割り込んだ……はずだった。

 ──しかし、光に遮られた僅かな間に何があったのか。異界の座が屋根に墜落していた。

 ──全体から色も光も抜け落ち透明な塊と化して、カレーニャが座の中から内側を叩くような動作を繰り返し、何やらてんてこ舞いになっている。

 ──その傍らで、運良く座に押し潰される事無く、アンナとカタリナが横たわっていた。見た所、2人に目立ったダメージは無い。

 

 

 

ビィ

「何だこりゃぁ? アンナがカレーニャを撃ち落としたのか?」

 

ルリア

「それにしては、異界の座はどこも溶けたりしてませんし……カレーニャちゃんの様子も何だか、上手く動けないみたいな……?」

 

 

 

 ──アンナ達の元へ駆け付けたいが、これは迂闊に動いて問題ない状態なのか。

 ──団長達が手を拱いている間に、カタリナがゆっくりと起き上がった。

 

 

 

カタリナ

「う……無事、だったか。直撃を覚悟していたが……」

 

 

 

 ──少し前にアンナに指摘された『何か』を取り出し見つめるカタリナ。

 ──そしてカレーニャを見やる。グラスの中から何かこちらに叫んでいるカレーニャだが、声は全く届いていない。そしてそんなカレーニャを、何故か状況を理解しているかのように冷静に見つめるカタリナ。

 

 

 

カタリナ

「勝利──とは、ならないだろうな。時間を稼げれば充分か」

「アンナ、怪我はないか。……アンナ?」

 

 

 

 ──隣で未だ倒れているアンナを揺するカタリナだが、返事がない。

 ──不安に駆られて抱き起こし、頬を軽く叩いていると、ビクッと体を揺すってアンナが目を開いた。

 

 

 

アンナ

「──ハッ! ……あ、カ、カタリナ……?」

 

カタリナ

「大丈夫か。気を失っていたようだが、どこか痛む所は?」

 

アンナ

「あ、だ、大丈夫。その……一気に魔力を使っちゃったから……横になった拍子に、フラッてしちゃって……」

 

 

 

 ──大丈夫とは言いつつも、その口調は今ひとつ呂律が回っていない。

 ──いよいよ限界が近いようだ。むしろ、日頃から体力がある方でないアンナが、自力でここまでやってこれただけでも奇跡に近い。

 

 

 

カタリナ

「無理はするなと言いたいが、こんな状況だ。もう少しだけ、堪えてくれ」

 

アンナ

「大丈夫、だから……あっ、カレーニャは!?」

 

 

 

 ──ようやく頭が現在に追いつくと、全力をぶつけ合った相手を探すアンナ。

 ──すぐ近くに傷一つなく転がる異界の座と、その中で右往左往するカレーニャに、アンナも少しの間、呆気に取られた。

 

 

 

アンナ

「これ、何が起きて……?」

「でも……ボクの力じゃ、無いよね。やっぱり……」

 

カタリナ

「やっぱり?」

 

アンナ

「ボク、ちゃんと見てたんだ。カタリナが助けてくれた瞬間に、ボクの魔法が、カレーニャの光にかき消される所……」

「やっぱり、ボクじゃ……ダメなのかな……」

 

 

 

 ──アンナの落ち込み様は、単に異界の座にダメージを与えられなかった事とは別の意味を含んで見えた。

 ──競り勝ったはずのカレーニャの奇妙な醜態を余り気に留める余裕も無いようだ。

 ──カタリナがアンナの肩を取り、向かい合わせた。

 

 

 

カタリナ

「確かに、カレーニャの想い──それが愛であれ執念であれ──築き上げてきたそれを、私達が打ち破るのは容易ではないかもしれない」

「だが、そんな時のために、私達が居るんだ」

 

アンナ

「皆が……」

 

カタリナ

「そうだ。戦っているのはアンナ1人じゃない。私が居るし、ビィくんもルリアも、そして私達の団長が付いている」

「そして、私達の想いは1つだ。『カレーニャを止める』。そのためにここまで来たんだろう?」

 

アンナ

「そうだけど……」

「でも……ここまでだって、皆で、沢山頑張ったのに……なのに……」

 

カタリナ

「いや。ここからは違う。実は──助っ人は私1人だけじゃないんだ」

 

アンナ

「え……?」

 

 

 

 ──アンナの疑問には答えず、優しく笑みを浮かべていた顔を急に引き締めるカタリナ。アンナの両肩に置いた手にも少し力が入る。

 

 

 

カタリナ

「アンナ。こんな時だが、少し個人的な話をしたい。大切な事だ。聞いて欲しい」

 

アンナ

「う、うん……?」

 

カタリナ

「私が何故、ルリア達と旅をする事になったか。その切っ掛けは聞いているか」

 

アンナ

「うん。確か、えっと……ルリアが、エルステの悪い人に捕まってて、カタリナはそれを助けるために……」

 

カタリナ

「そうだ。私はビィくん達が住む島の上空で謀反を起こし、ルリアを連れて逃げた」

「だが──ここからは、ルリア達には秘密にして欲しい」

「実は私は……あの時の事を今でも時々、後悔している」

 

アンナ

「それは、あの……そのせいで、団長さんが──」

 

カタリナ

「違う。それもあるが、今言いたいのはそこじゃない。そもそも私がエルステに反旗を翻した、それ自体に対してだ」

 

アンナ

「え……? でも、ルリアを助ける為にやった事なんだよね。それに、その後は色々あっても、今はこうして皆で……」

 

カタリナ

「ああ。ルリアの為に、躊躇いなんて持たなかった。ルリアの笑顔を見る度に私も『これで良かったのだ』と思う日もある」

「だが、それは私の都合の話だ」

 

アンナ

「カタリナの都合……?」

 

カタリナ

「確かにエルステ帝国の所業は見過ごせなかった。だが同時に、あの時に居合わせた全ての兵士が、従事する作戦の真相を知っていた訳でない事も、私は知っていた」

「騒動に巻き込まれて負傷した者も居る。私の行動の責任を取らされた者も少なくないはずだ。そしてその一人一人に、生活と、夢と……私にとってのルリアと同じ、大切な人達が在ったはずなんだ」

 

アンナ

「あ……」

 

カタリナ

「アンナ。よく聞いてくれ──」

「私には……カレーニャを止める資格が無い」

「私は、帝国から出奔したあの時、自分の中の正義と、自分の守りたい物のために、取り返しのつかない迷惑を働き、その事を疑問にも思わなかった」

「私は、この島の人間と同じ側に居る。故に力ずくで蹂躙する以外、カレーニャを止める術を持てないんだ。どんなに理想を求めてもだ……」

「そして今、その力で到底適わない差を見せつけられている」

 

アンナ

「でも、さっき『カタリナ達が居る』って……」

 

カタリナ

「手助けなら出来る。だが、本当の意味でカレーニャに立ち向かえるのは──私じゃない」

 

 

 

 ──空から来るものとは異なる光が、2人の頬を照らした。異界の座が魔力を充填し、その身を僅かに浮かせ始めた事を摩擦音で示している。

 ──眩さに細めた視界の向こうでは、カレーニャが座の内壁(?)に手と額を貼り付け「待ってやがれ」と言わんばかりの面持ちでこちらを睨んでいた。

 

 

 

カタリナ

「時間が無いな……。アンナ。改めて聞かせて欲しい。君は、”何としても”カレーニャを止めたいか?」

「カレーニャのために立ち上がった”私達”の中で、今、君だけなんだ。身も心も、最も彼女の近くにあるのは」

「君の手をカレーニャの元へ届けるためには、手段は選べない。仮に私のやり方が功を奏しても、その先に何が出来るかはアンナ次第だ」

「それでも…………託せるか──?」

 

 

 

 ──カタリナの瞳は、強い覚悟を促すのと同時に、縋るようでもあった。

 ──これからカタリナは、カタリナにとって決して許されない、そして極めて気の進まない手段を取ろうとしている。勝機の見えぬ相手から仲間を守り、戦うために。

 ──かつて「ルリアの為」にそうしたように、最後の決意を固めるための大義を、そしてその是非を、アンナに委ねようとしている。ともすれば身勝手極まりない要求である事を、痛いほど承知の上で。

 

 ──全てを察したアンナが、力強く頷いた。

 

 

 

カタリナ

「……良いんだな……」

「私にも、どうする事が正解なのか解らない。そもそも正解など無いのかも──」

 

アンナ

「お願い……!」

 

 

 

 ──カタリナの、瀬戸際の弱気を押し倒した。

 

 

 

アンナ

「弱くたって……立派になれなくたって、何も出来なくたって……ボクは、行かなきゃならないから……!」

 

カタリナ

「……ありがとう」

 

 

 

 ──いよいよ異界の座が本調子を取り戻し、極彩色の華を咲かせた。

 

 

 

ビィ

「おーーい、姐さん達も早く逃げろー! もう座が動き出してるぞぉー!」

 

カタリナ

「ビィくん達は一旦、下がっていてくれ。ここからが正念場なんだ!」

 

 

 

 ──ビィ達に退避を促しながら、団長に目配せするカタリナ。

 ──アイコンタクトの答えは先程と変わらず「私がやる」。

 ──カタリナの作戦は……その本命は、まだ終わっていないのだ。

 ──僅かに躊躇した団長だったが、すぐさま了承してルリア達を座から遠ざけた。極力、2人が巻き込まれないよう。それでいてすぐにでも自分が前線に飛び込めるよう慎重に。

 ──団長達が移動を始めた矢先、機能を回復した座から大音量でカレーニャの怒号が響き渡った。

 

 

 

カレーニャ

アンナさん!! カタリナさん!!

どっちの仕業ですの! 今……今ぁ、何をなさあましたの!!

 

 

 

 ──怒鳴り散らす息は荒く、明らかに取り乱している。

 ──魔導グラスを誰より理解しているカレーニャ自身にも、何が起きたのか全く理解できていない。

 ──余りの爆音に耳を抑えて蹲るアンナ。その肩を軽く叩いてカタリナが立ち上がり、前に歩み出る。

 

 

 

カタリナ

「はしたないぞカレーニャ。そんなに大声を上げずとも聞こえている」

「私だ。私が仕掛けた。どういう仕組みかも理解している」

「嘘だと思うなら──もう一度やってみろ」

 

 

 

 ──バッと両手を広げるカタリナ。剣も鞘にしまって完全に丸腰だ。

 

 

 

カレーニャ

「カタリナさんがぁ……?」

「……んにゃ、どっちがやったにしても到底信じられないのは同じでしたわね」

「それでも──如何にも頭も体もカタそうな騎士様に、本当にそんな知恵が働くとはやっぱり思えませんけれどねぇ!」

 

 

 

 ──律儀にボリュームを抑えて返すカレーニャ。

 ──憎まれ口を忘れないが、座が一時停止する以前の小馬鹿にした言い回しではなく、警戒と苛立ちが如実に現れている。

 ──単なる挑発と言うより、カレーニャなりに相手の出方を伺っている様子だった。

 

 

 

カタリナ

「(やり方はどうあれ、まずは一枚、引き剥がせたか……)」

「だったら確かめてみろと言っている。それとも怖気づいたか。君だけの得意分野で、その堅物に出し抜かれて」

 

カレーニャ

「っ……!」

「っあぁ~~~ら、やっっっすい挑発ですこと……!」

 

 

 

 ──見え透いていると言いたげに振る舞っているが、見るからに乗せられている。

 ──拡声器を通したようによく響いているカレーニャと、演説の如く真っ直ぐに声を張り上げるカタリナの会話は、距離を置いた団長達の耳にも届いていた。

 

 

 

ビィ

「おい、何考えてんだよ姐さん!?」

 

ルリア

「カタリナ、普段はあんな言葉……」

 

 

 

 ──心配するルリア達を他所に、座の花弁の輝きが増す。余剰したエネルギーが迸っているのか、時折、電気が弾けるような音もしている。

 

 

 

カレーニャ

「どうせ確かめるつもりですもの……お望み通りにしてあげますわ!」

 

 

 

 ──座の中でカレーニャが手を振り上げた。同時に座のすぐ前方にエネルギーが集束する。

 ──先程の光線とは攻撃方法が異なる。再び本体が墜落するのを避けるためだろう。

 ──束ねられたエネルギーは巨大な杭の形に変じ、高純度の金属を思わせる質感と光沢を纏った。

 ──狙いはカタリナ。避けなければ心臓を貫くどころか、鎧ごと胴体が真っ二つに千切れる太さだ。

 

 

 

ビィ

「オイオイオイ、シャレにならねぇって!」

 

ルリア

「カタリナ、避けて! 死んじゃう!」

 

 

 

 ──矢も楯も堪らず駆け寄ろうとするルリアとビィを取り押さえる団長。

 ──この状況では間に合わないばかりか、不用意に座に近づいて攻撃の余波を受けかねない。

 

 ──カレーニャの手が槍投げのように振り下ろされると共に、射出されるグラスの鉄杭。

 ──ルリア達に悲鳴を上げる時間も目を覆う時間も与えず、体積に似つかわしくない弾丸の如き速さでカタリナの胸元に肉薄する。

 ──だが……ほんの一秒にも満たない時間の後、カタリナ以外全員があんぐりと口を開けてその光景に目を奪われた。

 

 

 

カレーニャ

「……な……な……にが?」

 

 

 

 ──杭が、カタリナに突き刺さる直前で停止していた。

 ──鎧が弾いたと言う事は無い。証拠に金属音の1つも無い。

 ──只々、杭が止まっているのだ。ブレーキなど到底期待できないスピードで撃ち出された巨大な物体が、空中で。

 ──誰もが呆気に取られている前で杭はズゥンと屋根の上に落ち、ゆっくりと光の粒となってかき消えていく。

 

 

 

カタリナ

「先程も言ったな……君の夢には大きな勘違いがある、と」

 

 

 

 ──杭の向こうのカタリナは、当然無傷だった。その表情は険しい。怒りのような哀しみのような、何とも言えない感情が伺える。

 ──そして、いつもよりその姿が眩しい。印象がどうとかでなく、実際に光に照らされている。胸元で何かが光を放ち、しばらく明滅して、消えた。

 

 

 

カタリナ

「これがその証拠だ」

 

アンナ

「……指輪?」

 

 

 

 ──首に提げていた光の正体……ピンキーリングを手に取り見せつけるカタリナ。

 ──その場の誰もが見覚えの薄い物だった。立ち寄った服屋の店員の、その1人が身に着けていたアクセサリーのデザインを、いちいち覚えていられる人間の方が珍しい。

 

 

 

カタリナ

「アンナ。この指輪、何で出来ているか解るか」

 

アンナ

「え、ボ、ボク? えっと……」

「……あれ? これ……石の所が、魔導グラス?」

 

カレーニャ

「ま、魔導グラスぅ!? そんなおバカな!」

 

 

 

 ──露骨に狼狽えるカレーニャ。

 ──カレーニャの認識では、この島の全ての魔導グラスはカレーニャの支配下にあり、どこでどうしているかを確かめる事も容易いはずだった。

 ──しかし今、カタリナが手にしている指輪は、完全にカレーニャの観測外にあった。全く情報を感知できない。

 

 

 

カレーニャ

「アンナさん、デタラメ抜かしてんじゃござあませんわよ! この島で私に操れないグラスが──」

 

カタリナ

「ある。君がグラスを造る以前から、グラスはこの島に存在していた」

 

カレーニャ

「お祖母様がたの作だと……?」

「それだったら尚更ですわ。この島のあらゆるグラスは、私がより便利で丈夫で美しい、大衆が買い換えずに居られない上位互換に置き換えて──」

 

カタリナ

「そんな事では決して手放さない物だってある!」

「これは君のお祖母様が、オブロンスカヤの家を去らざるを得なくなった者達へ贈った品だ。持ち主に危害を加える魔導グラスを感知し、弾き返し、無力化させるよう造られている」

 

 

 

 ──指輪を吊っていた糸を引きちぎり、手に納めてツカツカと座に歩み寄るカタリナ。

 ──カレーニャは目を丸くして、全身をギクリと硬直させながら、わなわなと細かく震えている。

 ──何故こんな場面で、敬愛する家族の名が余所者の口から出てくるのか。思考が滑稽なほどに乱されていく。

 

 

 

カレーニャ

「お…………お、お、おお……お祖母……様が……?」

 

カタリナ

「(……済まない。カレーニャ……)」

「私はこれを手にした時から、君を私達の理屈で説き伏せるのは無理だろうと考えていた」

「だから、君の聡明さと、家族を想う良心に託して、君自身から己の夢に疑問を持つよう仕向けようとした」

「だが、悟ったよ……長年に渡って君を支えてきた思いは、真摯な言葉をぶつけるだけでは決して揺るがせない」

 

 

 

 ──至近距離にまで歩み寄ったカタリナが、地上スレスレで浮遊を続ける異界の座へ、指輪を握った方の手で拳骨を見舞った。

 ──座に小さなヒビが入り、細かな破片が散る。

 

 

 

カタリナ

「だからもう私も腹を決めた。ハッキリ言わせてもらうぞ」

「君のお祖母様が作ったこの指輪。その仕組みを考えれば、オブロンスカヤでない一般人にどんな思いで贈られたか、君にも解るだろう!」

「この指輪が必要になる時とはどんな事態だ! 君のお祖母様がこれを造るほどに恐れたのはどんな輩だ!」

「今ッ、君はッ、ソレになっているんだ!!」

 

カレーニャ

「ヒッ……!!?」

 

 

 

 ──カタリナの拳から生まれた座のヒビが、ひとりでに深く、大きく広がった。

 ──この瞬間に、カタリナは理解した。

 ──魔導グラスは……正確には異界の座は、その全てが想いの力だ。逆に言えば、想いを強く保ち続けられ無ければ維持できないのだ。

 ──やはりカレーニャは、妄執に捕われるには賢すぎた。

 

 ──阿鼻叫喚の街中で浮ついた所信表明を聞いた時に思った通り、彼女は彼女自身、心の何処かで自分のやっている事に間違いを感じている。

 ──しかし自らを壊されないための威勢と、押し迫る必要とに煽られ続け、追われる小動物のようにカレーニャは人生の大半を生きてきた。

 ──考える時間も無く、埋め合わせる大義も定まらないまま、間違いも弱さも、減らず口とハッタリで塗り込め、絶対の自信と力があると言い聞かせて突き進む。

 ──彼女の生き方はそれしか残らなかった。二度と止まれないのだ。

 

 ──そして今、彼女は自覚へと辿り着いてしまった。座の自壊が全てを明け透けにしている。それはカタリナ自身、非道を覚悟した甲斐が十二分にあると思える程、効果的だった。

 

 

 

カレーニャ

「な……フヘッ、ナニ……言って……だって……お祖母様は……お祖母様の夢は……」

 

 

 

 ──引きつった笑みは虚勢か、混乱によるものか。

 ──親に真上から怒鳴りつけられた子供のように声が震えている。

 

 

 

ビィ

「あ、姐さん、何もそんな言い方しなくても……」

 

主人公(選択)

・「でも、似たような話を聞いたような……」

・「そういえばこの下も……」

 

→「でも、似たような話を聞いたような……」

 

ルリア

「あっ! 屋根裏部屋も確か……!」

 

 

 

 ──言いかけて、自分の口を両手で抑えるルリア。

 ──この状況で持ち出せば、カタリナの言葉を補強する事になる。今のカタリナは、何だか少し怖かった。

 ──何より、今のカレーニャの狼狽えようは、背後から見ても異常で、何だか哀れだった。追い打つような真似はルリアには出来ない。

 

 

 

カタリナ

「ルリア!」

 

ルリア

「は、はい!?」

 

カタリナ

「もう、近くに来ても大丈夫だ」

「気付いた事があるなら……話してやってくれ」

 

 

 

 ──声はやはり、どこかルリアには怖い調子に聞こえた。

 ──しかし、それ以上にルリアの胸を打ったのは、カタリナが今にも逃げ出したいような、悲痛に満ちた顔で自分達を呼んだ事だった。

 ──こんな場で思い出すのもおかしいと思いながらも、ゲームブックで姫君を助けられなかった、あの時のカタリナと、どこか被って見えた。

 ──カタリナが苦しんで選んだ選択に、自分はどう応えられるのか。一転して、ルリアは今のカタリナと並び立つ決意を固めた。

 

 

 

ルリア

「──はい」

 

カレーニャ

「ふ、ふざけんじゃござあませんわよ! 異界の座はこんくらいのヒビじゃあビクとも──」

 

 

 

 ──気付けばルリアが先頭を切って座に……否、カタリナの元へ歩み寄っていた。

 ──迎撃してやろうと旋回する異界の座。いつの間にか高度が落ちて底部が屋根を擦っているが、カレーニャは気付いていない。

 ──加えて言えば、動作には支障無いようだが、先程のヒビも全く塞がっていない。

 ──カレーニャとルリアが完全に向き合うと、座が何度目かの光をチャージし始めた。

 ──すると、ルリアがその場で立ち止まり、先程のカタリナのように両腕を広げて構えた。背後の団長達を止めるように、庇うように。

 

 

 

カレーニャ

「何ですの。あなたまで一芝居打つおつもり?」

 

ルリア

「違います。でも、こうすればカレーニャちゃん、驚いて話しかけてくれるかなって!」

 

カレーニャ

「ぐぬ……!?」

 

ルリア

「カレーニャちゃん、聞いて下さい。この下の屋根裏部屋は──」

 

カレーニャ

「お黙り! もうこちとら堪忍袋がズタ切れてんですのよ!!」

 

 

 

 ──放たれた座の光が、今度は虹色の激流となってルリア達に押し寄せる。グラスの無力化を警戒してか、光さえ飲み込まんばかりの大洪水だ。

 ──それでもルリアは一歩も怯まない。カタリナが今、心を擦り減らしてカレーニャを苛んでいるのなら、せめてカタリナの力になりたい。愚直で無垢な勇気が、決然と喉を駆け抜ける。

 

 

 

ルリア

「屋根裏部屋は、小さい頃のカレーニャちゃんのために、カレーニャちゃんのお父さんが作ってくれてたんです!」

 

 

 

 ──虹の濁流が、ルリアたちを押し流す直前で消え去った。より細かく表現すれば、全てが光の粒となって、宙に撒いた白粉のように、力もなく拡散していった。

 ──虹色の靄が晴れた向こうで、異界の座がピキパキと鱗のように破片を散らしていた。歯を食いしばり、道理に合わぬ物を見るようなカレーニャの目がルリアに釘付けになっている。

 

 

 

カレーニャ

「何……なのよ……」

「何でッ、そこでぇッ、お父様が出てくるんですのよッ! どこまで私を侮辱する気ですの!?」

 

ビィ

「いや、本当なんだって。ベッドとか机とか、どれも子供用だったしよ」

「嘘だと思うんなら降りて見てみろよ。何か、手紙とかも有ったぜ?」

 

ルリア

「図書館の館長さんが言ってたんです。カレーニャちゃんのお父さんに頼まれて、2人だけで作ったって」

「カレーニャちゃんにもしもの事があった時、誰にも気づかれない場所に匿えるように、ずっと秘密にしてきたって……」

「お星様とか、いっぱい飾ってありました。退屈しないように、絵本も!」

 

ビィ

「こういう事、言っちまうのもなんだけどよぉ……」

「あのじーさん言ってたぜ。カレーニャを守るために作ったのに、カレーニャから逃げるのに使う事になるなんて”ヒニク”だーとかって」

 

 

 

 ──カタリナの側から見て、カレーニャは座の内面にベッタリと貼り付いていた。

 ──ルリアが真摯な気持ちを表すかのように、語りながら座へと詰め寄るほどに、無意識に後ずさりを始め、今も笑いだした膝で健気に背後へと踏ん張っている。

 ──その背中へ、ストレスで重たくなる眉間をどうにか支えながら、カタリナも畳み掛ける。

 

 

 

カタリナ

「これでもまだ、『都合の良い真反対の例え』と切り捨てるのか?」

 

 

 

 ──振り向いたカレーニャの顔色は、グラス越しにも明らかに青ざめていた。

 ──自分の血が滝のように流れ落ちていくのを見つめているかのように目は見開かれ、何もしてやいないのに息は吐き気のピークのように荒く、両の手はドレスの適当な箇所を全力で握り締めてシワを作っていた。

 

 

 

カレーニャ

「ぐ……ぅぁ……たち、に……アンタ達にオブロンスカヤの何が解るって言うんですのよ!」

「私の何を、この島の何を知ってンなご大層な口利いてんですの!? 勝手な思い込みで、私を──」

 

アンナ

「……知ってるよ」

 

 

 

 ──いつの間にか、カタリナの隣にアンナが立っていた。口は一文字に結ばれ、目元は髪で隠れ、表情が伺えない。

 

 

 

アンナ

「……知ってるよ。カレーニャが、沢山……沢山がんばって来たこと。全部」

 

カレーニャ

「あなたまで適当な事を!」

 

アンナ

「これ……カレーニャのだよね」

 

 

 

 ──カレーニャの前に、手を開いて差し出した。

 ──隣に立つカタリナが覗き込むと、それはビー玉ほどの大きさの、紅い石の欠片のように見えた。

 ──アンナの手の中身を見たカレーニャは数秒ほど停止し……。

 

 ──座を内から叩き破って、手の中のソレを奪い取ろうとした。

 ──が、アンナの方が早く手を引っ込めて回避した。欠片を首に提げたサシェにしまうアンナ。

 ──割れた座の中に空間は無く、カレーニャのおおよそ腿からした辺りがグラスの中に埋まって転倒を免れている。グラスの中を回遊できるのは、あくまでグラスと同化したカレーニャだけのようだ。

 ──紅い物体を奪い損ねたカレーニャは、座の中に引っ込むのも忘れて、「ギィィ」とでも表現したものか、言葉にならない呻きと共に頭を滅茶苦茶に掻き回している。ただ悔しがっているだけと見るには、余りに過剰な荒れ様だった。

 

 

 

カレーニャ

何で!? 何でよ!? 何でアンタがそれを!!?

 

アンナ

「やっぱり……そうだったんだね」

 

 

 

 ──カレーニャは座から完全に出ないようにしながらも、尚もアンナからソレを奪い取ろうとするが、リーチが足りない。アンナのスカートの腰部分を辛うじて掴むのがやっとだった。

 

 

 

カタリナ

「アンナ。それは一体……?」

 

アンナ

「…………”異界の座”……だよね、カレーニャ」

 

カレーニャ

「……何であなたが持ってんのかって、聞いてんですのよ……」

 

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