グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ) 作:水郷アコホ
──最初に起き上がったのはカタリナだった。
──異界の座が光を放つ瞬間、無我夢中でアンナの前に躍り出て、少しでも相殺できればと、アイシクル・ネイルで応戦していた。
──そして気付けば……。
カタリナ
「ここは……屋根裏部屋か……」
──団長達が屋根へ上がるために経由した、カレーニャの父と図書館の館長が造ったと言う屋根裏部屋だった。今はその跡地だ。
──異界の座の、恐らくは光線によって、部屋の天井部分を構成していた全ては消え去り、壁も一面を失い、いつ日が差し込んでもおかしくない、青紫の空が見渡せた。
──子供用の小さなベッドが半分だけになって投げ出されている。
カタリナ
「(……これが、カレーニャの答えか)」
──部屋の家具同様に打ち転がされたカタリナも、先程の衝撃で持っていたはずのニコラの指輪を紛失してしまった。
カタリナ
「(過去の想いでは、最早届かないのか……)」
「(ならカレーニャ。君は今、何のために戦っているんだ……。自分の知らなかった家族の一面を突きつけられて、それを知っていた私達が恨めしいのか。だから命まで
──カタリナは、今のカレーニャを自分が理解してやる事に、どうしようもなく在りありと、限界を感じていた。
???
「あっ、わ……あぁあっ!?」
──耳に飛び込んだ悲鳴に我に帰るカタリナ。
──見ると、声の主はアンナだった。団長にルリア、ビィも彼女の傍らに居た。
──しかし当のアンナは、壁面を失った部屋の崖っぷちから、バランスを崩して転落せんとしていた。
カタリナ
「アンナ!」
──慌てて身を起こすカタリナだが、到底助けに入れる距離ではない。
──より近くに立つルリア達が駆け寄り、団長がギリギリまで身を乗り出して、八方に支えを失ったアンナに手を差し伸べた。
──アンナもこれに応じようと、片腕を伸ばした。もう片方の腕はカシマールを強く抱きしめている。
──しかし届かない。否、手指の先まで一杯に伸ばせば取り合えたはずだったが、アンナは突き出した手を固く握りしめ、その拳を開く事無く落ちていった。
ルリア
「アンナちゃん!!」
──堪らず、崖のその先へ躊躇なく足を踏み出そうとするルリア。
ビィ
「おぉい落ち着けルリア! お前まで落っこっちまうぞ!」
──それを押し返して止めるビィ。だがルリアの背後……上空を見て血相を変えた。
ビィ
「グ、グラ、グラ……グラスが、た、沢山……!」
──直径2mほどの、蓮の蕾のような形状のグラスが、空一面を覆い尽くさんばかりに宙に縫い付けられていた。その中心では異界の座が高々とこちらを見下ろしている。
──屋根裏部屋に隙間なく敷き詰めても間違いなく余る数だった。これを叩きつけられれば逃げ場はない。
──蕾の先端が一斉に屋根裏部屋に狙いを定めたのを認めると、カタリナが団長達に叫んだ。
カタリナ
「ここは私が何とかする! ルリアと皆はアンナを頼む!」
ビィ
「何とかって、あんなの一体何をどうするんだよ!」
カタリナ
「良いから早く行け! アンナがどうなっても良いのか!!」
──急き立てる余り脅しのような物言いになるカタリナ。
──地上8階建ては高いように見えて、落ちてみればあっという間だ。こうしている間にも既に最悪の事態が完了している事さえあり得る。
──意を決して、団長はルリアとビィを抱えて、アンナの後を追うように屋根裏部屋の縁から飛び降りた。
──それと同時、上空のグラスの蕾達が一斉に屋根裏部屋へ降り注ぐ。
カタリナ
「ライト・ウォール!」
──上空に光の筋が踊り、限りなく透明な、しかし屈折率の異なる層が形成される。
──防御の魔法がカタリナとグラスとの間に障壁を設えた。
──降り注ぐグラスは光の層に触れると、その速度を半分近く減衰させられていく。
カタリナ
「(頼むぞ……アンナ)」
──この世界で、個人で扱える防御魔法の殆どは完璧たり得ない。
──余程の伝説的な使い手でも無い限り、迫り来る干渉を軽減するのが精一杯だ。
──しかしカタリナは抑えきれぬ脅威から視線を外し、背後を向いた。
──団長達がアンアを負ったそこに、今はもう誰も居ない。
──減速しながらもグラスは光の層を抜け、未だ十分に残る慣性に重力加速度を加え、そんなカタリナを部屋一面諸共に飲み込んでいった。
──場面が切り替わる。
──アンナは全く見知らぬ空間に居た。
──幾つもの球体が数珠のように連なり、二重螺旋となって、下から上へ、あるいは上から下へ、霞んで見えなくなるほど、どこまでも遠く続いている。
──同じ様な螺旋が幾つも周囲を漂い、広さもまた果てが知れない。
──アンナはその球体の1つに立って、どこかぼんやりと、その景色を眺めている。
──振り返ると、空間に窓があるかのように一箇所だけ、この景色に似つかわしくないものが見える。
──魔導グラスに覆われた向こうに、ブラインドの降りた窓。窓枠は上下逆さまで、景色は下へスクロールしていく。
──アンナには解っている。逆さまなのは窓の方ではない。窓を見せている方だ。
──映像は時折ブレて、別の映像がチラつく。生前のお婆様の姿、カシマール、自宅を訪れた団長、グランサイファーの風景……。
──球体の螺旋へ視界を戻す。階段のように続く螺旋を少し昇った所に、小さな女の子が一人、立っている。
──何の気もなく、螺旋を登って女の子の隣に立つアンナ。
アンナ
「──……キミは……」
──その女の子の事は覚えていた。目が覚めた時には忘れてしまっていたのに、今は初めから覚えていたかのように鮮明に。夢は不確かだ。
──女の子も、景色に空いた窓を眺めていた。紙よりも薄く、しかし鮮明に浮かぶ映像は、アンナが昨夜見た、カレーニャの半生の再現だった。ただし、上下逆さまの。
──隣り合って、ぼんやりと映像を見送るアンナ。隣の女の子はアンナを気にする様子もなく、微動だにしない。
アンナ
「……ごめんね。カレーニャ……」
──握りしめた手を胸元で一層固めながら、呟くアンナ。差し伸べた団長の手に届かなかったあの瞬間から、片時も開いていない。
──聞こえているであろう女の子に反応は見られない。つば広の帽子に隠れて、顔色も伺えない。
アンナ
「カレーニャのために、ボクができる事……こんなやり方しか、考えられなくて」
「どんなに恨まれても構わなかった。けど……」
「やっぱり、ダメだった。カレーニャを追い詰めるだけだったんだね」
「死んじゃうかも知れないのに、それでも戦うのは……きっと、それくらいボク達を許せなくなっちゃったからだよね」
「生きていて欲しかったのに……死ぬまで戦わせる事になっちゃった……」
「……バカだなあ……本当に……何で、こんな……バカなんだろうね……」
──二重螺旋がゆっくりと動き出す。
アンナ
「どうしたら、こんな事にならなかったか、全然解らないや……」
「最初から、間違ってたからかな」
「最初から、何もしないで、カレーニャの思う通りにさせてた方が……きっと、ずっと良かったのかな……」
「ドリイさんに託されたのが、ボクなんかじゃ無かったら……団長さんや、ルリアだったら、良かったのにね」
「二人とも、沢山の人と出会って、誰とでも仲良くなれて、苦しんでる人を救って……」
「だったら、せめて……せめて、カレーニャに、あんな事だけはさせなくて、済んだかも……知れないのにね……」
──見上げる映像が滲む。
──事も無げに、「てへへ」で済ませたがって紡いだ言葉が、掠れていく。
──涙がみっともないほど溢れて、顎から滴り、あるいは首筋を伝って襟を濡らした。
──それはきっと、夢の中ばかりの事では無かった。
アンナ
「仕方……ないよね。ボクだって、きっとカレーニャみたいな事があったら、この空の全部、敵に見えちゃうかもしれない」
「カレーニャを守ってあげられるのは、カレーニャしか居なかったんだ」
「なのに、勝手なことして、ボク達を……憎ませて……結局……何も、変えられない……」
「……本当に、ごめんなさい。カレーニャ……こんな……出会ったのが、こんなボクで──」
──首を横に向けるアンナ。隣で一緒に映像を見ているであろう、女の子を見下ろす。
──せめてもの謝罪を伝えようとした、その少女は、同じくアンナを見上げていた。
アンナ
「……え?」
「……カレーニャ、じゃ……ない?」
──霞んだ視界越しにも確かな違和感があった。目を擦って再び確かめる。
──帽子の女の子は、アンナの心に訪れた、手記の中に生きるカレーニャ自身なのだと、そう思っていた。
──その顔には見覚えがあった。しかしカレーニャのそれでは無かった。
──帽子の下でまとめた赤髪から、束ねきれなかった遊び毛が枝葉のようなクセに任せてあちこちに跳ねている。
──そして、飽きるほど馴染みのある顔貌。日陰で暮らしてきたアンナだって、鏡くらいは生活に欠かせない。
アンナ
「キミは──……ボク?」
──常日頃から浮かぶ目の下のクマは、幼い頃はもっとマシだったと記憶しているが、女の子のそれは今現在の彼女よりも深く色を落とし、落ち窪んで見える。
──固く結んだ口元と、猜疑に歪んだ暗い瞳が、軽蔑を込めて魔女を
──もう一人の自分……。アンナはその答えを察した。夢はどんな理不尽にも軽薄なほどに答えを紡ぎあげてくれる。
──少女はカレーニャではない。カレーニャと同じ道筋を辿っていた、「もしも」の幼いアンナの姿だった。
──カレーニャの手記を読み、憤ったアンナの心は、ある事実を見落とした。否、あるいは目を逸らした。
──「これだけの事があれば、カレーニャが凶行に及んでも無理はない」。そう思っていた。
──「これだけの事があれば、自分なら同じ凶行を働いている。だからカレーニャもそうするのだろう」。それが正確な答えだった。
──人が他人の心を真に理解する事は有り得ない。同情や共感は、あくまで相手を模った自らの心の一部に対して向けられる。
──アンナの夢に立ち会ったその少女は、カレーニャの半生に感化され、同じ立場に投影された、アンナの心そのものだった。
──見も知らぬ人々へ、暴力を決断してもおかしくない……普段のアンナなら思いも寄らない、認めたくない。だからそんな自分の一面を、アンナの理性は突き放していた。「これはカレーニャの事だから」と。
幼いアンナ
「…………」
アンナ
「……うん。そうだったね」
「ボクとカレーニャは、やっと”同じ”になれたんだ」
──これまでのアンナなら、カレーニャが働いた”悪事”など、理解しようも無かった。今の今まで、まさにそうだった。
──話し合う程にカレーニャの歪みを思い知った一行は、ただ憐れむ事しか出来なかった。
──何故カレーニャにそんな世界が見えるのか、歩み寄る事をやめた。遠巻きに悪と狂気を見下すばかりだった。
──しかし今、アンナの目に見える景色は、仲間たちとは少しだけ異なる。
──カレーニャの残した文字を拾い、カレーニャが島を蹂躙する拠り所を、心で理解していた。
──心の奥に何かが見えてくる。その怒りと悲しみと、憎しみは、確かにアンナの心から生まれている。この点で、アンナとカレーニャの違いは、実際に島に報復を行ったか否か、それだけでしかない。
──他者とは「私」を疎み、全てに罪と責任を求め、恵まれれば根こそぎ奪っていく存在であり続け……そして虐げる社会しか知らない半生を生きて、それでもアンナが人に殺意を持たない等という保証はどこにもない。
──狂気は正気の延長線上にある。どんなに目を背けても、道筋は確かに繋がっている。アンナの心の届く所に、カレーニャの心は立っている。
──アンナは、小さく、か弱く、不相応に卑小な自分を抱き寄せた。突き飛ばすような抵抗が有ったかも知れない。それでも腕の中に押し込んだ。
──肌身離さず小脇に抱えているはずのカシマールは今は居ない。夢は不確かだ。
──自分と”自分”に言い聞かせる。
アンナ
「どんなに苦しくったって、離すもんか……!」
「『会いたかった人』に、やっと近づけたんだ。燃え尽きそうなら、黙って見てちゃダメなんだ」
「正しいとか、良いとか悪いとかじゃない。カレーニャを追いかける。追いついて、絶対に離さない」
「やめさせたいなんて、関係ない。忘れちゃダメだ……ボクが、カレーニャと、”こっち”に居たいんだ……!」
──上昇を続けていた螺旋が、動力を失ったようにガクンと停止した。
──幾つかの答えは、既にアンナ自身が出し終えていた。
──カレーニャが何故戦うのか。今ならその動機はアンナの中にもある。カレーニャの全てを理解できずとも、アンナに見える道筋から1つずつ、同じように考えていけばいい。
──即ちアンナ自身が、カレーニャと同じような行動に出るのは、それはどんな想いによってか。
──”ボク”が己の殺意を肯定する時。
──老人子供だろうと手にかけられる時。
──疑問を拭えないやり方でも、それでも突き進む事を選ぶ時。
──否定をぶつけられ、打ちひしがれても、意地でも諦めない時。
──限界を超えて。無茶を束ねて。本末転倒になろうとも、命を賭けてでも行動する時。
──ずっと握り続けてきた手を開くアンナ。中には、屋根裏部屋に残されていた手紙の僅かな切れ端。
──カレーニャの懸命の一撃に巻き込まれ、焼けて風に散った、文字も残っていない一欠片を、危険も顧みず拾いに走った。
──案の定、体勢を立て直せず、団長の手よりも手の中の紙片を選び、そしてこの有様だった。
──何の意味も無くなってしまっても守りたい。残しておきたい。これが目の前を泳いでいた時、咄嗟にそう思った。
──にわかに信じがたい自分の可能性を1つずつ認めていく。その先に、10年かけて手探りで先駆けた、カレーニャが居る。そして、更に目指すべき向こうが見えてくる。
──眼下に広がる螺旋の底が、橙がかった青色と、幾つかの青みがかった白とで満たされた。
アンナ
「ねえ。”ボク”は──」
「カレーニャと同じ様に生きてきた……そんなボクだったら、どうしたら諦められる?」
「ずっと戦ってきた
「言葉だけじゃ足りないなら、ボクは何を信じて……生きてても良いって、思える?」
「苦しみだけの世界を少しだけ忘れて、ボクが”こっち”側でやり直せるために……ボクは、何が欲しい?」
──胸に抱いた片割れは答えない。問いは願いとなって、静かに己が心へ打ち寄せ、反響が在り処を探る。
──やがて、アンナが少しだけ腕の力を緩めた。幼いアンナと少しだけ距離を開け、彼女の眼前にそっと差し出した。
──カシマールだ。いつの間にか、いつもの定位置に居た。夢は不確かだ。だからこれだけは、確かにしなくちゃならない。
──アンナが両手に大事に持ち直した親友を、幼いアンナがおずおずと受け取る。
──微笑みながらアンナは、もう一度、優しく自分を胸に埋めた。
アンナ
「うん……それでも、考えてるだけじゃ、ダメだよね」
「ボクは、カレーニャと同じになれても、カレーニャにはなれない」
「だから、確かめに行こう──」
「一緒に!」
──腕の中の少女諸共に、球体から飛び降りた。
──二人の魔女と一体のぬいぐるみが螺旋の間を潜るように、蒼い空間へと加速していく。
──逆さまの景色が、上へ上へと流れていた。
──下が上なら、飛び降りた灯は空へと舞い上がる。
──不確かな夢の底から、確かな現の