グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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58「夢ともしてや夜明け星」

 ──ビクリと体を跳ねさせたアンナの視界は、図書館上空にあった。

 ──ほんの少しだけ、自分はこれから空の向こうへ逝くからだろうかなどとも思ったが、すぐに現実に返った。

 ──その感触を知っている事が、少しだけ誇りでさえある。そんな腕に抱かれたアンナは、星晶獣の肩の上で、団長、ルリア、ビィと共に異界の座と対峙していた。

 

 

 

ルリア

「アンナちゃん、気が付きました!?」

 

アンナ

「ルリ、ア……みんな……」

 

 

 

 ──辛うじて意識を保っている状態のアンナだったが、周囲の状況からすぐさまここまでの経緯を把握した。

 ──アンナを追って飛び降りた一行は、落ちて行くアンナを見定めるや、ルリアの力で星晶獣を召喚。アンナと自分たちを受け止めさせたのだ。

 ──魔導グラスに対抗すべく呼び出した、紅蓮の炎と陽炎を漂わせた竜人を思わせるその巨体の名は「イフリート」。

 ──プラトニア随一の全高を誇る図書館よりもその威容は更に大きく、立って並べば頂上より上に肩口が飛び出す。

 ──その背から、地平線を越えた陽光がいよいよもって溢れ出し、イフリートの姿を、正義たれと言わんほどに輝かしいものにしていた。

 ──イフリートの目線やや下、陽光の陰に入って浮遊する異界の座は、周囲に数限りなくグラスの砲弾を生み出し続けている。

 ──眼下の図書館頂上、屋根裏部屋のあった箇所は先のグラスの蕾達が隙間なく敷き詰められていた。そのどこかにカタリナが居るのだろうが、影も形も見当たらない……。

 

 

 

ルリア

「カタリナ! カタリナー!」

「カタリナ……きっと、無事ですよね……」

 

主人公(選択)

・「カタリナが簡単に負ける訳がないよ」

・「今は戦いに集中しよう……」

 

→「カタリナが簡単に負ける訳がないよ」

 

ビィ

「まあアンナだけでも助けられたのは良かったけどよォ。こっからどうすりゃいいんだァ?」

「このまま戦っちまったらカレーニャが……その、マズイんだろ……?」

 

 

 

 ──異界の座の中では、カレーニャが安楽椅子に腰掛けるような姿勢で頬杖をついている。

 ──怨敵を前にしているのだろうに、口元はボンヤリと開かれ、遠い目でこちらを眺めている。

 ──失われる体力と生命力に意識も朧げなのか、あるいはその生命力を維持するために努めて余計な消耗を避けているのか。

 ──つまらなそうな目がイフリートを上から下へと流し見て、口元がだらしなく緩んだ。

 

 

 

カレーニャ

「フフフ……指一本動かすのも惜しいって時になって、ようやく寄越して来るなんて……」

「でも、約束ですものねえ……ワクワクしますわよ、ルリアさん……!」

 

 

 

 ──座を取り巻くグラス達が一斉にイフリートへ飛びかかる。

 ──取り分け、図書館頂上から更に突き出した頭と、イフリートを足場とする一行へと砲撃は集中している。

 

 

 

ビィ

「や、やっぱり来やがったぁ!」

 

ルリア

「カレーニャちゃん、もう──止めてくださいッ!」

 

 

 

 ──ルリアが呼びかけると同時、イフリートが自らの眼前で片腕を横薙ぎに払うと、グラス弾はその腕に触れる間もなく、巻き上がる炎に煽られたちまち蒸発した。

 

 

 

カレーニャ

「座から生み出したグラスでも、こうもあっさり……流石の星晶獣って事ですのね」

「でもねえ……!」

 

 

 

 ──ルリアの声など聞き入れる様子もない。

 ──カレーニャが座の中で、気怠そうにゆったりと椅子から立ち上がるような動作を取ると、座の直前に黒いグラスの塊が音を立てて広がる。

 ──黒銀に鈍く光るグラスは、その径をイフリートの頭部と同等まで膨れ上がらせた。更にその周囲に白く霧のような物が立ち込めている。

 

 

 

カレーニャ

「約束は違えない! オブロンスカヤの誇りたる魔導グラス……この私が自ら泥を塗るような結果は、絶対に有り得ません事よ!」

 

 

 

 ──質量を感じさせる若干鈍い初速と共に、黒いグラスが打ち出される。

 ──自ら纏わせた霧を払い除け、尾を引かせながら迫る姿は、天体の墜ちるが如き威容を伴っている。

 ──眼前に迫る闇が徐々に大きくなる中、それでもルリアは、闇の向こうのカレーニャへと説得を続けた。

 

 

 

ルリア

「カレーニャちゃん、お願いです! これ以上続けたら、カレーニャちゃんの体が──」

 

ビィ

「ダメだルリア、こっちも防御くらいしねぇと身が持たねぇ!」

 

ルリア

「カレーニャちゃん……こんな……こんな戦いなんて……」

 

 

 

 ──やり切れない思いに苛まれながらも、ルリアはイフリートを操作し、黒いグラスを受け止めた。

 ──しかし、イフリートがグラスを完全に捕まえたその瞬間から、ルリア達を大きな振動が襲う。

 ──団長が、まだ満足に体を動かせないアンナを強く抱き支える。

 

 

 

ルリア

「キャアッ!」

 

ビィ

「な、何だ何だ!?」

「……って、見ろ! イフリートのヤツ、急にどんどん押されてるぞ!」

 

 

 

 ──辛うじてイフリートにしがみつき、体勢を立て直した一行は、振動の正体を直ちに理解した。

 ──どうやら黒いグラスは急加速を始めているようだ。イフリートは増大した運動エネルギーを受け止めきれず、地面を削りながら後退を始めていた。図書館周辺の建造物がイフリートの踵にこそぎ取られていく。

 

 

 

ビィ

「な、なぁ……何か、急にちょっと肌寒くなって来てねぇか?」

 

ルリア

「そういえば、何だか霧も出てきて……まさか!」

 

 

 

 ──グラスを押さえているイフリートの両腕に、背後の陽光に輝きを返すほどの夥しい霜が降りている。その腕から巻き上がっているはずの炎も、消えかけの焚き火のように燻っていた。

 

 

 

ルリア

「この魔導グラスさん、周りの……イフリートの熱を、吸い取ってます!」

 

ビィ

「んなっ!? そんなんアリかよぉ! 魔導グラスは火に弱いんじゃ無かったのか!」

 

カレーニャ

「フーーー……フフフフゥ……」

「アンナさんの炎を跳ね返した時と同じですわよ……燃え上がるより早く転換すればいい。単純な馬力の違いですわ」

 

 

 

 ──ゆっくりと一呼吸置いてから得意げに語るカレーニャだが、座の中で尻もち突いて座り込み、そして宙に浮くような挙動でフワッとその身を起こした。

 ──足先は力無くブラリと伸び、先程座り込んでいた高さには靴の先端ほどしか触れていない。明らかに座の力の補助頼みで立ち上がっている状態だった。

 ──そしてその姿は、黒いグラスに遮られて手一杯のルリア達には見えていない。

 

 

 

ルリア

「もっと……もっと力を上げないと、このままじゃ……!」

 

 

 

 ──霜に包まれたイフリートの指先にヒビが走った。このままでは腕が凍てつき砕け、イフリート諸共に小蝿の如く叩き潰されるのは想像に難くない。

 ──ルリアがイフリートの力を更に開放した。黒いグラスの丁度上下の空間に魔法陣が広がる。2つの魔法陣から放出される無色のエネルギーは、両者がぶつかり合った一点で渦巻き、膨れ上がり、太陽の如き紅蓮の球を形成する。

 ──火球は黒いグラスの内から噴き上がるように形作られ、黒いグラスを飲み込んだ。熱波を受けてイフリートを覆う冷気も融けていく。

 ──しかし、黒いグラスはそれでも止まらない。否、ますます質量を増したように、最早イフリートなど障害足り得ないとばかりに押し出していく。

 

 

 

ルリア

「だ、ダメです……魔導グラスさん、イフリートの熱を自分の力に換えてるみたいで……」

 

ビィ

「抵抗するほどドツボって事かよ! こんなのどうすりゃ良いんだぁ!!」

 

 

 

 ──慌てふためくルリアとビィ。

 ──団長も、諦める事無く何か手は有るはずだと精一杯に思考を巡らせる。

 

 

 

???

「──……ん、……、……」

 

 

 

 ──その時、団長は服の袖を引かれる感触を覚え、腕の中の魔女を見た。

 ──熱波に薫ぜられたお守り(サシェ)が、微かに団長の鼻腔をくすぐった。

 ──まるで余命幾ばくかも無いような光の乏しい瞳で、しかしアンナは懸命に意識を繋ぎ止めながら、団長を呼んだ。

 

 

 

アンナ

「団、長さん……立たせて……」

 

 

 

 ──既に図書館から伸びる大通りの三分の一が、イフリートの足元に消えていった。

 ──遠く発着場では、グランサイファーの他は船員不在で取り残された幾つかの艇が残るだけだった。

 ──人々の避難を終えた仲間たちも、既に異常を察知して図書館へ向かっているのだろうか。だがこのままでは明らかに一行が限界を迎える方が先だ。

 ──よしんば駆けつける仲間が居たとて、立ち向かうべき相手は遥か上空。避難者を匿っているであろうグランサイファーごと駆けつける事はできない。グラスを止めるもカレーニャを止めるも、地上から一手二手で打開するのは高望みが過ぎる。

 ──程なく、イフリートが力を抑制し、呼び出した火球と魔法陣が立ち消えた。星晶獣の炎をも凌ぐ冷気が、反動とばかりに空気を瞬時に濃霧とダイヤモンドダストに変え、イフリートを覆い隠す。

 

 

 

カレーニャ

「ま~あ、おキレイですこと」

「島から落っこちるまでフィーバーなさるか、街への被害を避けて元栓締めるか、どっちかだとは思ってましたけども」

「自重した所で(グラス)の方が力は上。後はチマチマ足掻くなり、潔くジャイアント顔面キャッチするなりお好きな──」

「……んん?」

 

 

 

 ──勝利を確信したカレーニャだが、視界に違和感を覚え言葉を呑み込んだ。

 ──ベタに目を擦って確かめようとして、もう指先がそこまで精密に動かせない事に気付き、とにかく座の内壁にへばりつくように近づいて確かめた。

 ──死が迫ってのブラックアウトやかすみ目では断じて無かった。そうであったとて、「あんなモノ」は見えない。

 ──湖1つ蒸発させたような水蒸気と氷の細粒。その煙幕を見透かせたとして、団長達の姿は黒いグラスにほぼほぼ遮られている。そのはずだった。しかし……。

 

 

 

カレーニャ

「……やっぱり見えた!」

「グラスの……向こう? 何か光っ、──」

 

 

 

 ──カレーニャの視界が七色に染まった。

 ──理不尽に重たい腕を、反射的に振り上げ眼前を遮るカレーニャ。

 

 

 

カレーニャ

「ぬっ、ぎっぃ……!」

「グラスの光──まさか、あの子まだ……!?」

 

 

 

 ──生身の名残で半ば錯覚で押し寄せる目の痛みが落ち着いてから、改めて光の正体を確かめるカレーニャ。

 ──黒銀の意地が鎮座していたはずのそこに、虹色の星が輝いていた。

 ──立ち込める冷気をも呑み込み、暁よりもなお明く(あかく)、空の青さえ塗り替えんとばかりに。

 

 

 

カレーニャ

「何よ……あれ……」

「グラスの炎……でも、熱くない……」

「熱くもないのに、溶けてる……グラスの結合だけが……!」

「何よ……何なのよそのムチャクチャぁ!」

 

 

 

 ──グラスを通して事態を観測できても、それでも何が起きているか理解しきれない。

 ──虹の星の底から、卵を割ったように透明な塊がデロリと落ちた。

 ──効力も色も失った、かつて黒かったそれは、図書館を包むグラスにぶつかると、バシャリと弾けて光の粒へと消えた。

 ──読み取れた端的な事実は、「人肌程度の火で、とっておきのグラスが溶かされている」。そしてもう一つ。

 ──グラスが成れ果てるまでを我が身の如く観測したカレーニャだけが知り得た事だった。

 ──それは強いて言葉にするなら、「グラスに役目と形を一時的に忘れさせる」。そのような機序だった。

 ──座から生み出されたグラスは、既成品のように安定した形を与えられていない。一時でも形を失えば、そのままただの魔力へと還る。

 ──単に力と熱で焼き払っていた今までのそれとは根本的に異なる。炎は、グラスの在り方それのみに立ち向かっている。

 ──燃焼の種を失った虹色の炎がかき消え、掻き消えた冷気の向こうには、未だ健在のイフリート。

 ──透明なオペラグラスを生成し、イフリートの操り手達も無傷である事を確かめたカレーニャが、座を通して大音量でがなり立てた。

 

 

 

カレーニャ

アンナさんッ!

「聞こえてるんでしょう! 答えなさい! 今のは何!? どんなカラクリ使いましたの!」

「グラスの組成に直接干渉するなんて、あなたにそんな知恵あるわ、け……う゛……」

 

 

 

 ──語尾を失速させよろめくカレーニャ。頭に血を昇らせようにも届けるモノが足りない。

 ──問われたアンナも、虹色の炎の代償に天地を見失い、団長に支えられながら片手で口元を押さえて吐き気に耐えていた。

 ──絞り出せる限りを絞って、後は身を千切る他になく、五臓六腑がうたた寝から叩き起こされるように前触れ無く戦慄(わなな)き続けた。

 

 ──既に全神経が昏睡を決議し、強制執行を始めている。

 ──中枢だけが辛うじて抗い、夢の大海からどうにか顔だけを(うつつ)に漂わせていた。

 ──手足は浮いているようにも鉛になったようにも感じられ、目は霞み、水底からは暖かな夢が優しい光と共に纏わりついてくる。

 ──それでもアンナはまだ沈むものかと喘いでいた。現の(おか)に引き上げたいのは、己が身一つだけでは無いからだ。

 

 

 

アンナ

「ッ……ッハァ……ハァ……」

「だ……って……いつもの炎じゃ……カレーニャ、また真っ赤になっちゃって……傍にいてあげられないって、思って……」

 

 

 

 ──臨界の波をどうにか凌いだアンナが応じる。

 ──震える呼吸に辛うじて乗せたように声はか細く、つい今しがた喉元まで迫ったモノを押し下したばかりで些か焼けている。

 ──そんな声が確かに届いていると、理屈に合わない確信を持ってアンナは言葉を紡ぐ。

 ──そして実際に、カレーニャの食い気味の返答が飛んできた。

 

 

 

カレーニャ

「ンなクッサイ台詞なんざ誰も求めてませんのよ!」

「魔導グラス一つ形にするのにどれだけ技術が居ると思ってますの。やろうと思って出来るモンじゃござあませんのよ!」

「それを何で……何でアナタなんかが……!」

 

アンナ

「ううん。今のが、ボクの答えの全部だよ」

「ただ、精一杯想いを込めて……それで後は、全部このコが手伝ってくれたから」

 

 

 

 ──ずっと胸元で握っていた片手を開くと周囲の仲間たちが思わず小さな悲鳴と主に目を細めた。

 ──先の虹色の星にも負けんばかりに、手の中のお守りが……アンナの座の欠片が光を放っていた。

 

 

 

カレーニャ

「ふ……ざけんじゃ……」

「座が……異界の座まで、私に、楯突いて……!?」

 

 

 

 ──ただカレーニャが認めたがらないだけで、何ら不可解な事では無かった。

 ──魔導グラスを、元々の機能をも超えて遠隔操作するのが異界の座の機能。本人が図書館でアンナに説いた通りだ。

 ──実際にカレーニャは、島を支えるグラス全てを凶器に変貌せしめた。持ち主の望む通りの機能を与える仕組みが、既に座には備わっている。

 ──ここまでカレーニャが魔導グラスで一行に応戦してきた通り、新たなグラス製造を補助する事も座の管轄。

 ──後はグラスを造れる人間が持ち主であれば。要求に見合う程の異界のエネルギーを同調させられる想いがあれば。例えそれがアンナでもカレーニャでも無くとも、必然として同じ結果が導き出される。

 

 ──愕然とするカレーニャの言葉を座が拾い、一行に届けたのを最後に異界の座の動きが止まり、しばしの静寂が挟まれた。

 ──完全に沈黙した訳では無いが、攻撃するような素振りは無い。

 ──座の欠片を再び握りしめたアンナはルリアに呼びかけた。

 

 

 

アンナ

「ルリア。星晶獣を異界の座に近づけて。できるだけ──うんと近くに」

 

ルリア

「は、はい!」

 

 

 

 ──促されるままにイフリートを進軍させるルリア。

 ──その足音に反応するように、座の内部で微かに虹色の光が泳いだ。

 ──黙りこくっていたカレーニャはまだ無事なようだ。すかさずルリアが叫んだ。

 

 

 

ルリア

「カレーニャちゃん! お願いです! もう止めてください!」

「こんなに離れてたって、解ります……今のカレーニャちゃん、もう……ホントに危ないんです!」

 

ビィ

「そうだそうだ! 意地張るのも無茶すんのも人の事言えねえけどよォ、それでも死んじまったらどうにもならねェだろうが!」

 

 

 

 ──愚直に説得を続けるルリアとビィ。

 ──座から返ってきた声は、消え入りそうな気怠い嘲笑だった。

 

 

 

カレーニャ

「フフ……フフ、フフフ……違うでしょう?」

「『貴方たちが』……『ヒロイックに助け出す前に』……死んだらどうにもならない……」

「貴方たちの目の前で、得にもならず死なれるのが……見苦しくて、汚らしくて、不愉快だから止めるんでしょうが……!」

 

ルリア

「そんな事、思ったことなんてありません! ただカレーニャちゃんが苦しそうだから──」

 

カレーニャ

「私の命もッ! 苦しみもッ! 貴方たちに口出しされるためにあるんじゃござあませんのよ!!」

 

ルリア

「そんな……そんなの、お……おかしいです!」

「辛くて重たい心なんて、抱え込んでも良い事なんてありません。皆で分け合って、少しでも軽く──」

 

カレーニャ

「そうやって見向きもせず捨ててきたからそんな事が言えるんですのねぇ!」

「都合の悪い事~~~んぶ!!」

 

ビィ

「ダメだァ……やっぱり何言ってんのか全然わかんねェ」

 

 

 

 ──問答の合間にも黒いグラスが生成される。今度はイフリートの手のひらに収まる程度の大きさの物が複数。

 

 

 

カレーニャ

「人が殺すのは命ばかりじゃござあませんのよ。私はもう何一つ殺させやしませんわ……」

「本当に私のタメになりたいなら、何度も言ってる通りですわ。貴方がたが私のために死ねば良い!」

 

 

 

 ──黒いグラスの群れにルリアが気圧され、操るイフリートの歩みも鈍る。

 ──小さくなった所で、相手は抗うほどに力を増すグラス。複数で来られては対抗策など思いつかない。

 ──アンナの炎に頼る事もルリアの性分が許さなかった。アンナの消耗ぶりは、気絶を通り越してこのままカレーニャのように息絶えてしまうのではと真に思わせるものだった。

 ──しかし、そのアンナがルリアを促した。

 

 

 

アンナ

「止まっちゃ、ダメ……だ、大丈夫だから……お願い!」

 

ルリア

「アンナちゃん!? で、でも……」

 

アンナ

「まだ、造りかけの黒いグラスも、幾つかあるから……カレーニャも、すぐには仕掛けてこない……と、思う」

「それでも襲ってきたら……ボ、ボクが何とかするから……」

 

ビィ

「いや、それよりもアンナがヤバそうだから困ってんだって……」

 

アンナ

「なら……尚更、お願い……」

「ボクが、大丈夫じゃ無くなる前に……ボクをカレーニャのすぐ近くまで……」

「ボクがカレーニャを、助けるから……!」

 

 

 

 ──団長が、最早完全にアンナを抱き抱えた状態で、ルリアの手を取った。

 ──幾つもの冒険の中ですっかり見慣れた、決意の瞳がルリアを真っ直ぐに見つめていた。

 ──言葉はいらない。どの道、アンナの狙いに託す他に打開策も無い。ルリアは強く頷き、イフリートを再び踏み出させた。

 ──大声を挙げた事で目眩を起こしていたカレーニャが、早められない呼吸で意識を繋ぎ直しながらニヤリとほくそ笑んだ。

 

 

 

カレーニャ

「ほォらねェ……結局ヤる事は変わらないんですのよ」

 

アンナ

けど……違うよ……

 

カレーニャ

「あン?」

 

 

 

 ──か細すぎて正確に聞き取れなかった。座の集音機能の精度を上げるカレーニャ。

 ──弱々しく口を挟んできたアンナが今は深呼吸している。その音さえも拾って耳を傾けた

 

 

 

アンナ

「スーー……ハァ……スゥッ……」

カレーニャ! 同じなんかじゃないよ」

 

 

 

 ──両足をイフリートの上に乗せ、胸を張って呼びかけるアンナ。

 ──殆ど、団長が等身大の人形を立たせているような状態だが、それでも懸命に震える足に力を込めている。

 ──カレーニャが反射的に顔を顰めて、即座に集音の精度を下げ直した事は誰も知る由もない。

 

 

 

アンナ

「結局、戦う事になるのは、変わらないかもしれない……」

「でも、カレーニャが思っているような戦いじゃない」

「ボクは、死んでもカレーニャを助ける。でも……ボクが死ぬのは、カレーニャを助けてからだ」

「命の瀬戸際に立ったって、そこに諦めたくない希望があるなら……ボクだって、絶対に戦うのをやめたりしないから……!」

 

 

 

 ──仲間たちがこの世の終わりのような顔を向けてくるのも構わず「死」を口にするアンナ。

 ──聞き届けたカレーニャはと言えば、動じる様子もなく鼻で笑って返した。

 

 

 

カレーニャ

「勿体つけて何を言うかと思えば……」

「それの何が違うってんですのよ。結局、綺麗事で自分の得ばかり押し通そうってハラじゃあござあませんの」

 

 

 

 ──カレーニャはアンナの意図を取り違えている。しかし訂正する気は無かった。

 ──アンナ自身、カレーニャの指摘するような意図が自分に無いとは言い切れないと、そう自覚していた。

 

 

 

カレーニャ

「私、言いましたわよねぇ? 貴方がたのドコに私を邪魔する権利がお有りですのって」

「この島のキレイ好きとどこまでもご一緒の、その思いつきばっかりの正義感ってのは、人の夢に好き勝手狼藉働いてでも叶えたいほど大切で仕方ありませんの? 貴方がた”清い一般人”ってのは!」

 

ビィ

「ムチャクチャ言ってんじゃねェ! どんなにゴタク並べたって、こんな事やって良いわけ無ェだろ──」

 

アンナ

「ビィくん、ゴメン。そうじゃないんだ」

 

 

 

 ──ビィの眼前に手を差し出して遮るアンナ。

 ──その手首から先に力は届ききっておらず、腕自体も老人のように上下に揺れているのを見て、大人しく黙らざるを得ないビィ。

 ──二度三度、呼吸を整えてからアンナが口を開く。

 

 

 

アンナ

「カレーニャ。今までは、ボクが間違ってた」

「カレーニャの想いを、もう絶対に否定しない。正しいとか悪いとか、そんな事は二度と言わない」

 

ルリア

「……えっ、ア、アンナちゃん!?」

 

 

 

 ──思わず耳を疑う一行。ビィだけでなく、この場にいる仲間たち全員の、ここまで来た目的を根底から否定しうる発言だった。

 

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