グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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60「決着」

 ──カレーニャは異界の座をゆったりと上昇させ、さながら憂鬱な雨空を窓から眺めるような姿勢で座の底面に座り込み、虚ろな目でイフリートを見下ろしていた。

 ──ルリア達がグラスに飲み込まれ、団長が転倒するのを見届けたカレーニャ。

 ──勝利を確信して、戦闘に回していた座の幾つかを体内に回収し、肉体の修復に専念していた。

 ──眼下では団長が今しがた、頭までグラスに浸かった所だ。

 ──既にグラスに飲まれたルリアは団長達に何事か呼びかけ、ビィは内側からグラスを破れないかと体当たりを繰り返している。

 ──戦闘に割いていたリソースを延命に宛て直した分、残るアンナに迫るグラスの侵食は緩慢になっている。

 ──ルリア達をプラトニア市民と同じ地獄に取り込むか否かは、全てがグラスの内に収まってから考えればいい。

 

 

 

カレーニャ

「ホント……バッカみたい……」

 

 

 

 ──座を介した音声伝達も解除し、静寂に包まれた座の中で独り言つカレーニャ。

 ──およそ生命的と言える全ての熱量を限りなくゼロに傾け、そうまでして抗った相手もこれから消え去ろうとしている今、カレーニャの緊張の糸は緩み、とにかく全てが億劫になっていた。

 ──呼吸も手足の痺れも落ち着いてきたが、寒気だけが全身の末端から背骨へジクジクと滲み続けている。

 ──アンナはまだ食い入るように座を……カレーニャを見上げ、意思とは無関係に下がる頭を持ち上げ直し、這うように手足をモゾモゾと動かし、それでも一歩進む事も、僅かに体を起こす事さえも出来ない。

 

 

 

カレーニャ

「このまま……騎空艇に投げ込んで、叩き出して──でも、諦めないんでしょうね」

「……勿体ない……」

「……」

「……アナタが、悪いんだから……」

 

 

 

 ──仮にこの後、地獄に取り込みはしないとしても、始末だけは付けねばならないと結論した。

 ──「悪魔」となった今、カレーニャの行為を良しとしない組織など幾らでも出てくるだろう。逃した団長達が味方を募ったとして、そういった連中が押し寄せる時期が早まるだけで大した違いはない。

 ──しかし、これからアンナの座の欠片を奪還したとて、ここで鎬を削り合った彼らは万一にも、思いも寄らない魔導グラス攻略の糸口を掴んでいるかも知れない。

 ──座の大半を焼き尽くされ、当面は修復と再構築に専念する必要がある。どんなに僅かな危険でも、活劇の悪役みたいに軽んじたりはしない。

 ──だが、彼らの艇に控える連中なら魔導グラスの実態までは知らないはず。このまま放置して、島を発つなら見逃し、挑みかかるなら返り討ちにしよう。

 ──考えをまとめながら、アンナを見下ろすカレーニャ。アンナの足首を捉えたグラスが、そのまま膝まで至ろうとしている。

 ──意識がまだ残っているなら、迫りくるグラスの感触が伝わっているはずだが、アンナは遠目にわかるような抵抗も見せず、すっかり大人しくなってしまっている。

 

 

 

カレーニャ

「フッ……そうなさいな。おねむの時間くらいは与えてあげますわ」

「けったいな根性論は最後まで気に入りませんでしたけど、アナタは──」

「……ん?」

 

 

 

 ──手のひらに収まるほど小さく離れたアンナの体がまだ微かに動いている。

 ──拡大して確認するのも億劫だった。目を凝らすとどうやら俯せのまま、懐の辺りをまさぐっているようだ。

 

 

 

カレーニャ

「寝相……なわけないですわね」

「今更あの炎を出した所で、溶けた分を埋め直すだけだと解らない人でも無いでしょう、し……?」

 

 

 

 ──アンナの体が、少し横にずれた。

 ──それ自体は奇妙な事ではない。足場としているイフリートの腕は、大雑把に捉えれば円筒形だ。バランスを崩せば、今アンナがそうなっているようにずり落ちる。

 ──アンナは既にグラスに足を取られて固定されている。動いた距離は僅かで、イフリートの腕の脇から自らの腕をダラリと垂れ下がらせて止まった。

 ──そして、力なく揺れるその手に何か握っている。どこか見慣れたシルエット。

 ──シルエットが動き出す。ソレが何かを理解すると同時に気付いた。アンナが握っているのではない。ソレがアンナの手にしがみついている。

 ──アンナの腕は、残り幾ばくもも無い力を込めてゆっくりと腿の辺りまで引き絞られ、そして振り子運動を加えて前方へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──僅かに時を遡る。

 ──敗北を悟り、泥のような夢に沈みかけたアンナの意識は、何故か再び現実へと浮上していた。

 

 

 

アンナ

「(ボク……まだ、起きてる……?)」

「(誰かに呼ばれた気がするけど……)」

「(……ダメだ。頭も体も、石で出来てるみたいで、何も解らないや)」

「(まだ、諦めたくなくて、だから目だけ覚めちゃったのかな……?)」

「(でも、もう、これ以上は……)」

 

 

 

 ──再び瞼を伏せようとした矢先、今度はハッキリと聞こえた。

 

 

 

カシマール

ネボケテンジャネーゾ!

 

アンナ

「んぇ……カ、カシマー、ル……?」

 

 

 

 ──お守り(サシェ)を握る腕に抱えられ、今は伏せるアンナの小脇で押しつぶされているカシマールが藻掻いている。

 ──この親友の声に呼び戻されたのだと理解するアンナ。

 

 

 

アンナ

「あり、がと……カシマール。でも……ボクも……みん、なも……もう……」

 

 

 

 ──親友の激励に辛うじて応じるアンナ。

 ──しかし、もう舌を動かすだけでも苦痛だった。感謝に続く言葉には謝罪しか引き出せそうにない。

 

 

 

カシマール

「マダオレサマガイルダローガ!」

 

アンナ

「え……?」

 

カシマール

「サンザンヒトノナマエマチガエテクレヤガッテ──」

「アキラメルナラ、オレサマガイッパツブンナグッテカラニシロッテンダ」

 

アンナ

「……」

 

 

 

 ──動機はどうあれ、カシマールだけはまだ諦めていない。諦めざるを得ない理由も無い。

 

 

 

アンナ

「で、でも……カシマール1人じゃあ……」

 

カシマール

「ヒトリジャネーダロ」

「アンナノオモイハ、オレサマノオモイダ!」

 

アンナ

「……!」

 

 

 

 ──体に僅かに、熱が戻ってくるのを感じる。胸元の、ただその形に固まっただけの拳に力が蘇る。

 

 

 

アンナ

「じゃあ、さ。カシマール」

「カシマールも、このケンカが終わったら──」

「カレーニャと、仲良くしてくれる?」

 

カシマール

「アタボーヨ!」

 

アンナ

「フフ……ありがとう、カシマール」

 

 

 

 ──今度の「ありがとう」に続きは要らなかった。

 ──拳を解き、お守り(サシェ)から座の欠片を取り出す。

 ──幾らかの香料を溢しながら、手に取った欠片をカシマールに近づけると、カシマールの口の縫い目がひとりでに解け、欠片をパクリと飲み込んだ。

 ──身を捩って反対の腕を宙に垂らす。その手の先をカシマールが()()()と掴んでいる。腕を後方に引き絞り……。

 

 

 

アンナ

「ボクの……団長さんの……ルリアの、ビィくんの、カタリナの……ドリイさんの想い……」

お願い、カシマール!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時間軸が合流し、カレーニャの眼は投げ出されるカシマールの姿を捉えた。

 

 

 

カシマール

ワッショーイ!!

 

 

 

 ──宙を舞うカシマールが一声かけると、その体を虹色の炎が包む。

 

 

 

カレーニャ

「異界の座を、捨てた!?」

「いや……座の力を、他人に寄越すなんて……!」

 

 

 

 ──来る事は想定していたはずの七色の閃光に、しかし竦むように身を強張らせるカレーニャ。

 ──眼下に輝く光景は、それはカレーニャには到底理解し難い光景だった。

 ──登録されているのがアンナだろうと、異界の座からエネルギーを引き出そうと、カシマールが何者だろうと、座の欠片は今アンナの手を離れ、別人のカシマールが所持している事になる。登録者の特権は働かない。

 ──ならばカシマールに操れる機能は、カレーニャが登録したグラスへ働きかける事。異界のエネルギーを単に抽出させる事。この二点。

 ──意のままにグラスを操る事も、エネルギーを別の姿へ転換させる事も、然るべき技術を心得なければ特権なくして実現たり得ない。そのはずだった。

 ──だのに虹色の炎は柱となって今も際限なく膨れ上がり、図書館の全高にまで迫りつつある。それはつまり……。

 

 

 

カレーニャ

「何で……何でアンナさんじゃなくアナタが……アナタがそれだけの『想いの力』を……」

「何でアナタに、そんな真似ができるのよ……カシ……ヒィッ!?」

 

 

 

 ──炎の塊がドオンと激しく爆ぜ、思わず眼を背けるカレーニャ。

 ──恐る恐る視線を戻すと、そこには図書館より高く、異界の座より更に上空からカレーニャを見下ろす、巨大な虹色のカシマールが立ちはだかっていた。

 

 

 

カレーニャ

「な……何よ、コレ……ふ、ふざ……ふざけて……」

「ッ! ア、アア、アンナさん!!?」

 

 

 

 ──しばらく唖然と見上げていたカレーニャは我に返り、再び座の全てを戦闘に配分させ、音声伝達を再開し、拡声器のように響かせてアンナに呼びかけた。

 

 

 

カレーニャ

「今度も何か……何か、仕掛けてるんでしょう!?」

「有り得ませんわよ! あなたがどれだけ必死こいてても、あなただけの想いを、他所に手放すなんて出来る訳が……ちょっと、聞いてま……な、なんかッ、なんか言いなさいよ!?」

 

 

 

 ──アンナの答えは無かった。

 ──再び戦闘に特化した座の影響でグラスの侵食は再び急速に進み、既にアンナは顔を残して全身をグラスに包まれ、死体ともつかぬほど脱力しきった姿勢のまま固まっていた。

 ──意識を失ったのではない。少なくとも、今はまだ。

 ──ただ祈っていた。カレーニャの声を聞き届けて応じたい気持ちよりも、一層強く祈っていた。

 ──この祈りが力となって異界の座に届く事を。この想いが強いほど、仲間たちが同じだけの想いをカシマールに託してくれている事を。

 ──何より、この瞬間が、決して夢ではない事を。ここまで追い縋って来た自分が、心に見出した自分が、全てカレーニャと同じ現実を生きている事を。

 

 ──弓を引き絞るように振りかぶった巨大カシマールの腕から、虹炎(プロミネンス)が舞い踊る。

 ──カシマールの体表を構成する炎達が流動し、美しい波紋を彩りながら腕へと集約していく。

 ──プロミネンスから光冠の如く、熱とも呼べない温もりを伴った光の波動が辺りを照らしていく。

 ──グラスから異状を共有するカレーニャが困惑の声を漏らした。

 

 

 

カレーニャ

「溶けてる……魔導グラスが、こんな、簡単に……修復が追いつかない……!」

 

 

 

 ──光の波動が、周囲の魔導グラスを洗い流すように溶かしていく。

 ──図書館は厚いグラスの外殻を脱ぎ去り、内外の魔導グラスが窓一枚まで残らず液状化して溢れ、路面へ流れ広がった。

 ──イフリートを覆うグラスも溶け落ちていく。ルリアとビィが這い出して水面から上がるように息を吐き、星晶獣の腕から落下しかけたアンナを団長が抱き上げた。

 

 

 

カレーニャ

「う、ウ、うゥう、うぅ……」

「う嘘よッ! こんなの嘘よッ! 何で、何でこんな、ここまで来て……せめてっ!」

「せめてアンナさんがスジってもんでしょォッ!?」

 

 

 

 ──叫び散らす内にも再び黒いグラスを生成するカレーニャだったが、作るそばから魔力の塵となって消えていく。

 ──何故こんな力が出せるのか。カレーニャの中に仮説はあった。至ってご都合主義な仮説が。ずばり「想いの力は共有され、合算される」。現実に起きている以上、嫌でも考えついてしまう。

 ──異界のエネルギーが自ら役目を求め、在り方を変えるほどにまで感化させる……それほどの想いがあれば技術は不要と、アンナの虹の炎が既に実証している。

 ──アンナが座を手放す直前になら、同じくグラスである座自身の機能を、座の力で書き換える事だって不可能ではない。

 ──アンナの最後の火種を頼りに、グラスが想いの供給先を拡張。仲間達の想いを座に集約したか。

 ──さもなくば、元より想いの力は、個体を超えて集結し合えるのか。

 ──それともよもや、カレーニャが見くびっていただけで、カシマールの身一つの赤心が、これほどの形となったとでも言うのか。

 ──在り来たりな言葉に直せば、あるいは「絆」。あるいは「愛」か。虫唾が走る。断じて認めない。論拠など無い。私見だ。精神論を感情論で断じて何が悪い。

 

 

 

カレーニャ

「(そんな結末、あってたまるもんか! そんな生ぬるい理屈があるなら、こんな事になんてなるもんか!)」

「(だってそうじゃないの……気持ち1つで無限に力が出せるのなら……そんな奇跡が起こせるなら……!!)」

私達の夢が、一度だって敗ける訳無いじゃないのォッ!!

 

ギガント・カシマール

メェサマシテヤンヨ!

 

 

 

 ──カシマールの腕が、異界の座めがけて突き出される。

 ──プラトニア全土から轟音が鳴り響き、各所の地盤が広く深く陥没した。

 ──カレーニャの要請に応じ、掛け値なしに島中の魔導グラスが集結し、座の防壁となった。

 ──上下水道を始め地下に敷設された魔導グラスまでも引きずり出され、穴だらけになった地面が相互に潰れ合ったのだ。

 

 ──質量でも硬度でも、導き出せる限り最高の守りを顕現させた異界の座だったが、カシマールの拳は砂の城を進むが如く易々と突き進んでいく。

 ──そも、相手は魔導グラスの根幹を溶かす炎だ。対抗するなら、溶かされながら新しくグラスを造るより他ない。であれば、後は造る事と壊す事。どちらが容易いかに尽きる。

 ──見る間に即席の防御は貫かれ、座をも溶かしてカシマールの手が迫りくる。

 

 

 

カレーニャ

(ワタシ)が……私が、負ける訳、無い……のよぉ……!」

「守るんだから……私だけが……私の夢、オブロンスカヤの……」

「夢を……夢……だけは……絶対に、私……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が……至らない、ばかりに……」

 

 

 

 ──その視界に虹色のうねりしか見えなくなった時、少女は喉を掠れさせながら自らの顔を両手で覆った。

 ──間を置かずに炎の腕がカレーニャを包み込み、異界の座は内側から虹色の滝となって、プラトニアに降り注いだ。




※ここからあとがき

 ギガントカシマールに「デイスター・ブレイズ」なんて技名も考えてあったのですが、名乗らせる機会を見失いました。
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