グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ)   作:水郷アコホ

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エンディング2「明けても暮れても」

 ──グランサイファーがプラトニア発着場から錨を上げて、数分も経たぬ頃。

 ──先程、ルリア達がカレーニャの茶を味わっていた部屋にカタリナが居た。

 ──周囲にはルリア、団長、ビィ。そしてカレーニャ。

 

 

 

カタリナ

「ハァー……一気に疲れた。今日はよく眠れそうだよ」

 

 

 

 ──上ずった声色の混ざるため息と共に、カタリナが手近な席に腰を下ろした。

 

 

 

ルリア

「カタリナ、お疲れさまです!」

 

ビィ

「何だか全然よく解かんなかったけど、とにかくカッコ良かったぜ姐さん!」

 

カタリナ

「やっぱり見られていたか。改めて思い返すと気恥ずかしいな」

「済まないが、誰かお茶を一杯頼めないか。慣れない事をしたら、緊張で口の中がカラカラで──」

 

 

 

 ──言い終わる前に、カレーニャが宝石のように澄んだ一杯を差し出した。

 ──目の前で勝手にミルクを注いで宝石を濁らせ、一方的に味を整えていくカレーニャ。

 

 

 

カレーニャ

「言っときますけど、寝しなにお茶は余りよろしいモンじゃござあません事よ」

 

カタリナ

「ありがとう。実を言えば、さっきこの部屋に入った時のお茶の香りがずっと気になっていてな」

「君の一杯が飲めるのを期待して、自室に戻る前にこっちに来たのが本音なんだ」

 

ルリア

「あ、あの、カレーニャちゃん……私も、もう一杯だけ、良いですか……!」

 

カレーニャ

「はいはい、そこの天然タラシさんと一杯引っ掛けたかったんですものねえ。ちょっとくらい待ってなさいな」

 

カタリナ

「てん、ねんた……?」

 

 

 

 ──ルリアの分のお茶を淹れ始めたカレーニャを見ながら、とりあえず目の前のカップに口を付けるカタリナ。

 ──思わず舌諸共に顔中の筋肉が緩みそうになるカタリナ。艇に積み置きの茶葉にミルクにその他諸々。どれもカレーニャの屋敷で味わった物とは格が違うはずだが、全く引けを取らない。より正確に言えば、高級品とは異なる、別の代えがたい良さが活かされているような印象を受けた。あくまで茶に疎いカタリナの主観ではあるが。

 ──ところで、カレーニャの声には何やら不機嫌そうな気色が感じられ、時折カタリナに怪訝そうな、どこか刺々しい視線を向けている。

 

 

 

カタリナ

「あー……と。お嬢様に気安くお茶など淹れさせるのは、些か礼に欠けたかな?」

 

カレーニャ

「別に。プラトニアと縁を切った時点で私なんざ1人の小娘ですもの。お茶汲みくらいドンと来いですわ」

 

カタリナ

「なら、その……何だか、怒ってないかカレーニャ?」

 

カレーニャ

「バカおっしゃいな。理解に苦しんでるだけですわ」

 

 

 

 ──答えながら、ルリアに差し出したお茶に『また甘くして欲しい』と頼まれるカレーニャ。

 ──律儀に応じ終えると、カレーニャはカタリナの向かいの席に腰を下ろした。

 ──余談だが、ルリアはカタリナの隣で、ほくほく顔で茶を啜っている。

 

 

 

カレーニャ

「なかなかエキサイティングな見世物でしたけども……結局、何のためにあんなマネやらかしましたの?」

 

ビィ

「おいおい、今更ナニ言ってんだよ。何してたかは全然だったけど、カレーニャのためにやってた事くらいオイラにだって解るぜ?」

 

ルリア

「ハイ。何だかいつものカタリナじゃないみたいっていうか、いつも大人っぽくて素敵なカタリナが、もっと大人っぽかったっていうか──」

 

カタリナ

「あー……済まない。先にルリア達に言っておきたいんだが──」

「あのやり取りはほぼ全部、私と新聞やら何やら買いに出てくれた仲間達が台本を練ってくれたものなんだ。だから、褒めてくれるなら後で皆に頼むよ」

 

ビィ

「じゃあ、あれぶっつけ本番で演技してたって事か!? それはそれでスゲエじゃねぇか!」

 

カタリナ

「自分でも驚いてるよ。まだドリイ殿の『おまじない』が効いてたみたいだ。だが流石に二度は絶対に──」

 

カレーニャ

「まっすます解りませんわ」

 

 

 

 ──すんなりと話が逸れかけたのを、カレーニャが割り込んで引き戻した。

 

 

 

カレーニャ

「私絡みで何かしでかそうとしてたって事ぐらいは当然(とぅぉ~ぜん)、察しがついてますわよ」

「じゃあそれで、私との面識そこそこなお艇の皆さんまで駆り出して、私がどんな反応するのを期待してたってんですの?」

 

カタリナ

「ふむ……強いて言えば、君が面白がってくれる事……かな」

 

カレーニャ

「は……?」

 

ルリア

「あ、それなら大丈夫です! カレーニャちゃんも『続きが楽しみ』みたいな事言ってました」

 

カレーニャ

「お黙りゃ! 私が話してんですのよ、余計なコメント禁止!」

 

ルリア

「はうぅ……」

 

カタリナ

「まあまあ」

「何というかな……君のためというのもあるが、それ以上に私のためでもあったんだ」

「私なりに、カレーニャのためになれたと思える物が欲しかったと言うか……」

「私達が期待するような幸福とまではいかなくても、せめて少しくらい、溜飲を下げてやれるような、そんな何かが私にも出来ないか……とな」

「買い出しの直前に、そんな事を皆に話したら、誰からだったかな。『じゃあこんなのはどうだろう』って。そこからはもう、あれよあれよと……」

 

 

 

 ──つい吹き出した苦笑が収まらず、茶を飲もうと持ち上げたカップを一旦戻すカタリナ。

 

 

 

カタリナ

「まあ、それだけだ。カレーニャ」

「何しろ、気軽に友達になろうと言うには、流石に歳も離れているしな。少し回りくどくなってしまった」

 

カレーニャ

「ハァ……どいつもこいつも甘ったるい事がしたかった、と」

「正直、それを知ったら却って楽しんで差し上げられませんわね。プラマイゼロ突き抜けてマイナスですわ」

 

ビィ

「オイオイ何だよ急に! せっかく姐さんがお前のためにって言ってんのに、文句つけるトコなんか全然ねぇだろが」

 

ルリア

「そうです! カタリナはこう言ってますけど、きっと凄く悩んだと思うんです!」

「カレーニャちゃんとプラトニアの事、きっと、大人のカタリナが一番悩んできたはずです。それなのに──」

 

カタリナ

「二人とも落ち着け。私の事は私の事、カレーニャの事はカレーニャの事だ」

「受けが悪かったのは残念だが、私なりにやりたい事はやった。悔いはないさ」

 

カレーニャ

「あなたに悔いが無くっても、トンでもないトコにリスク丸投げじゃござあませんのよ。流石に神経疑いますわ」

 

カタリナ

「とんでもないとこ?」

「……はて。別に、この艇の皆以外に特段の迷惑をかけたつもりは──」

 

カレーニャ

「エルステですわよ。あなたの祖国」

 

ビィ

「ん? エルステだぁ……?」

 

カレーニャ

「わざわざ使いっ走り1人のクビ飛ばして、ついでにプラトニアの面子も潰したまでは良いとしてもですわよ?」

「エルステにあなたの大芝居のしわ寄せ任せて、この後どうする気なんですの」

「プラトニアは絶対あなたを目の敵にするでしょうし、エルステもプラトニアの追求からあなたを庇い立てする義理なんざ無いでしょうに」

「下っ端の吠え面で私を楽しませたくて、そのお釣りであなた方はプラトニアに追い回されて、エルステからも煙たがられて板挟み──」

「それで何をどう喜べと?」

 

 

 

 ──3秒、4秒と静寂が流れる。

 ──最初に声を上げた、というか、吹き出したのがカタリナだった。

 

 

 

カタリナ

「プッ……クク、ハハハ……なるほど。それは確かに割に合わない」

 

ルリア

「えっと……カレーニャちゃんのためにカタリナが頑張ったけど、そのせいでプラトニアにすっごく怒られちゃった……って、事ですか?」

 

カタリナ

「少し違うな。カレーニャは心配してくれているんだ。『カタリナ中尉がエルステから”仲間外れ”にされてしまわないか』とな」

「ルリア達に説明するとすれば、そんな所だろう?」

 

カレーニャ

「心配だのどうこうでなく、私のためとか責任おっ被せてわざわざ要らぬ苦労買うとかオふざけんじゃねぇと言ってんですの!」

 

ビィ

「な……仲間外れだぁ? 今更何言ってんだ?」

 

カレーニャ

「今更……って、何よ?」

「それにそもそも、お仕事絡みでしょうから詮索しなかったですけども、このお艇もあなた方も、カタリナさん以外明らかに軍属で無い見てくればっかりなのもどう言うことですの?」

「軍規みたいなものの一片も感じ取れないし、どんだけひた隠しかと思えばカタリナさんは大っぴらに身分見せつけなすってるし……」

「つーか本当にココ、私みたいな民間人が内情知って良いような──」

 

ビィ

「いや、ちょっと待てって。難しくって相変わらず何言ってるかさっぱりだしよぉ。それに──」

オイラたちは軍隊じゃねぇし、姐さんだって仲間外れも何も、今はエルステの軍人でも何でもねぇぞ?

 

カレーニャ

「だぁから、エル……」

「ん……ん…………?」

ンン!??」

 

 

 

 ──声がひっくり返るカレーニャ。その声に再び盛大に吹き出しかけるのを、口を押さえて体を震わせながら堪えるカタリナ。

 

 

 

カレーニャ

「ちょ……ちょっと、何よ。全然話が見えてこないし……」

 

ビィ

「いや、だからぁ──」

 

カタリナ

「まッ……ま、待ってくれ。私が、クク……私が、説明する……!」

「……ハァ……いや、済まない。誤解させたのは、多分私のせいだ」

 

カレーニャ

「誤解って……どっから、どこまでが?」

 

カタリナ

「私は、エルステを抜けた身なんだよ」

「どうしても譲れない理由があってな。エルステの最高機密を持ち出し、軍を出奔。晴れてエルステから追われる身となったのさ」

 

 

 

 ──言いながら、ルリアに目配せするカタリナ。

 ──団長達が冒険を始めて、もう随分経った。辛い過去にも、団長たちへの罪悪感にも向き合い続けた蒼の少女は、今はもうこのような話題に心痛める事もない。

 ──それはそれとして、カレーニャの『誤解』の意味を察し、何だかちょっと気まずそうに、はにかみながら目を泳がせてはいた。

 

 

 

カレーニャ

「しゅっぽん……オワレ……」

「は? ちょ、ハァ!?

 

 

 

 ──テーブルに両手を叩きつけて立ち上がり、カタリナに詰め寄るカレーニャ。

 

 

 

カレーニャ

「だ、だってあーた、『軍人である前に騎士だー』とかナントカ……!」

 

カタリナ

「ああ。言った。軍人である自分も騎士である自分も完全に捨てたつもりはない」

「ただ、軍人として、騎士として。己の誇りに従って生きたら、いつの間にか国に立ち向かう事になっていただけさ」

「ついでに言うと、私は城塞都市アルビオンを出てエルステに所属した身であって、エルステは別に祖国ではない」

 

カレーニャ

「そ、ガ……ぬ、ガ、ナ、kaッ……!!?」

 

 

 

 ──何か言ってやりたくて堪らないようだが、頭がこんがらがって言葉が出てこないようだ。

 ──とりあえずカタリナを指差した手がブルブルと震えるが何も変わりはしない。

 ──その手もガクリとテーブルに落とし直し、深呼吸1つ挟んで、「カタリナ達が見てきたもの」を理解し始めた。

 

 

カレーニャ

「……つまり……最初っから……反逆した国の鎧、着たきりスズメの……大バカ・グランデ空域で……」

「エルステに問い合わせたって、勘当した身内の責任なんて引っ被りに行く訳ないし……私達の所在も解る訳なし……」

「自分から国に見限り付けといて……あんな偉そうに『自分はエルステの騎士だ』なんて……」

 

カタリナ

「何を言ってるんだ。君も聞いていたなら覚えているだろう」

「頼もしい仲間達の知恵でな。私がエルステ関係で認めたのは、『エルステの鎧を来た女とは私の事』、これだけのはずだ」

 

カレーニャ

「ヌグッ……!」

「あ、ああああなた! 本性はどっちですの!?」

「軍人も騎士も捨ててないだの、誇りがどうだの言っといて……言質ゴマかしたってねぇ、気安く捨てた国の身分詐称したのは事実でござあましょうが!」

 

カタリナ

「私はいつだって私だ。私は私の信条に背いたつもりは一片も無い。それはハッキリ言っておく」

「それに……人聞きの悪い事を言わないでくれ。昔捨てたものを、ちょっと拾い直しただけだ」

 

 

 

 ──カレーニャへ意味深げに、いたずら混じりに微笑み、ウィンクなど飛ばしてみせるカタリナ。そして茶の残りをあおり、満たされる味覚と嗅覚に感無量と言わんばかり顔を緩ませた。

 

 

 

カレーニャ

「ひ、ろ……ハ、……ハハ……ハヘハ……」

 

 

 

 ──宙を仰ぎながら、フニャフニャと椅子に崩れ落ちるカレーニャ。

 

 

 

ルリア

「カ、カレーニャちゃん!? 大丈夫ですか!?」

 

カレーニャ

「ハハ……フフ、フ、フ……」

「クク……アッハハハハ……!」

「アハッハッハッハッハッハ! アーッハハハハハハハハッ!」

 

 

 

 ──爆笑し始めるカレーニャ。一方の手で顔を抱えて身悶え、もう一方の手で手すりをテシテシ叩き、時折脚をバタつかせている。

 ──後から後から、腹を抱えて、息を整え、また笑い転げた。

 ──老婦人の説教を受けた時とも、ましてや団長達との戦いで見せたそれとも、全く違う声で。

 

 

 

ビィ

「オ、オイ……これ、放っといて大丈夫かぁ?」

「姐さんの事カン違いしてて、それが解ったと思ったら急に笑いだして、さっきっからもうワケわかんねぇ……」

 

主人公(選択)

・「そっとしておこう」

・「でも、何だか楽しそうだよ」

 

→「そっとしておこう」

 

カレーニャ

「アハハハハ……アハッ、アハハハハ……」

「……ハァ……可っ笑し……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そしてしばらく後。グランサイファーの甲板。どこまでも続く空には茜が差している。

 

 

 

アンナ

「ふあぁ~……」

 

 

 

 ──出入り口の戸を開いて、寝ぼけ眼のアンナが出てきた。ぼんやりした身振りだが、どちらかと言うと寝起きのそれである。体力はすっかり回復したようだ。

 ──あるいはむしろ少し眠り過ぎて、頭が回りきって無いのかも知れない。

 ──無論、腕の中にはカシマールも一緒だった。

 

 

 

カレーニャ

「あら、ごきげんよう」

 

アンナ

「あ、カレーニャ。おは……」

「あれ? カカ、カレーニャ? ど、ど、どうしてグランサイファーに!?」

 

 

 

 ──甲板ではカレーニャが、テーブルに肘をついてぼんやり空を眺めていた。甲板に他に人の気配は無い。

 ──よく見るとテーブルも、腰掛けている椅子も、魔導グラス製だ。体に残る異界の座で拵えた物だろう。

 ──この程度の備品を作るくらいなら何ら支障は無いようだ。

 

 

 

カレーニャ

「ここ以外にどこに行き場があるってんですのよ」

「どっか適当な島で降ろしてもらって、バカンスがてら少し頭でも冷やそうと思ってましてね」

 

アンナ

「そうなんだ……」

「あ……。じゃ、じゃあ……それまでは一緒だね」

 

カレーニャ

「まあ、そうなりますわね」

「折角ですし座んなさいな。どうせする事なくて目の保養にでも来たってクチでござあましょ」

 

アンナ

「あ……うん」

「あ、ありがとう。カレーニャ」

 

 

 

 ──言うなり、カレーニャの席の向かいで液状の物体が膨張し、見る見る椅子の形を作り上げた。

 ──遠慮なく腰掛けるアンナ。見た目は硬質なガラスの光沢を湛えているが、触れてみると上等のクッションのようにフワリと沈み込む。

 

 

 

アンナ

「わあ……何だかちょっとポカポカしてる。気持ちいい……」

「まだ朝早くてちょっと冷えるから、嬉しいなぁ」

「それに……カ、カレーニャも一緒だし……」

 

カレーニャ

「あっらぁ~? ぬぁ~にを言ってんのかしらこの子ったら」

 

アンナ

「へ……?」

 

カレーニャ

「私、『おはようございますわごきげんよ~』なんて一言でも言ったかしらぁ?」

「いやー、丸一日通り越して夕方までグッスリ。そこまで無理させてしまったなんて私も思わず痛々タタしすぎていたたタタタまれなくって……」

 

 

 

 ──悲しみの欠片も無い顔を「ううっ」と伏せて目元にハンカチを当てるカレーニャ。

 

 

 

アンナ

「え、あ、あれ? い、今って、日の出じゃなかったの?」

「でで、で、でも、夕方にしては、みんな静かすぎるし、時計ちゃんと見たし……そ、それに、誰も居なかったから、お、起こさないようにって、静かに甲板に来たんだし……」

 

カレーニャ

「まことに~? 100%(ヒャクパー)断言できますのぉ~?」

「じゃあ今このお艇がどっちの方角飛んでるかお解り? あの太陽は西に沈んでますの? 東に沈んでますの? あ、ホラ今ちょっと動きましたわよホォ~んのちょっぴり下ぁにぃ──」

 

カシマール

「アンナデアソンデンジャネーーー!!」

 

 

 

 ──カシマールが腕をワチャワチャと荒ぶらせて威嚇している。

 

 

 

カレーニャ

「あぁら怖い怖い」

 

カシマール

「アンナモ、アサデモヨルデモドッチデモイーダローガ!」

 

アンナ

「そ、そうかなぁ……」

 

 

 

 ──アンナはしかし、今はきっと朝なのだろうと思った。

 ──カレーニャの冗談が、プラトニアで見知ったそれよりも間髪無く畳み掛けてきている。

 ──カレーニャも、艇の殆どが寝静まった今、グラスの体では眠気も訪れず、暇を持て余してここに来たのだろう。

 ──明るいのに誰も居ない、こんな珍しい時間も他にない。

 

 

 

カレーニャ

「はい、出来ましたわ」

 

 

 

 ──等と思いを馳せていると、いつの間にか目の前にティーカップが置かれていた。

 ──カレーニャは椅子に座ったまま屈み、足元からもう1つカップを取り出し、同じく手に持ったポッドからお茶を注いでいる。

 ──呆気にとられながらテーブル下を覗き込むと、カレーニャの椅子の足元に茶を煮出すためと思われる道具一式がズラリ並んでいる。

 

 

 

アンナ

「い、いつの間に……」

 

カレーニャ

「最初っからですわよ。あなたが来なんだら1人で嗜むつもりでしたわ」

「グラス作りを一気に簡略化できるようになっちゃって、本も手元に無し。後、時間つぶしになるものなんてこれだけですもの」

 

アンナ

「あ……」

「……え、えっと……!」

「ボッ……ボク、が、来て……よ、良かった、ね……!」

 

カレーニャ

「フッ……似っっっ合わないセリフ」

 

 

 

 ──アンナが「えへへ」と照れたりしながら、しばし静かにお茶を飲む2人。

 ──少し辺りを意味もなくキョロキョロしてから、アンナが呟いた。

 

 

 

アンナ

「そのぉ……ド、ドリイさん……どうしてるかな」

 

カレーニャ

「どこぞの島でよろしくやってますわよ」

「『まずは”マトモな国”ってものを肌で感じて、帰ってくるのはそれからね』って言っときましたから、多分本当に当分はどっかの国に入り浸ってますわね」

 

アンナ

「ドリイさんも勉強熱心なんだね」

 

カレーニャ

「ジョークのセンスはまだまだか、天才過ぎてついていけませんけどね」

「図書館に『石の上にも三年』を物理的に研究したあの子の論文があるし、今でも大真面目でその時の事話すんですもの」

 

アンナ

「フフ……うっそだぁ……!」

 

カレーニャ

「ホントよ。今度本人に聞いてみれば良いですわ」

 

アンナ

「うん……きっと……すぐ、会えるよね」

 

カレーニャ

「……『すぐ会える』……か」

 

アンナ

「? ど、どうかした?」

 

カレーニャ

「いいえ。こっちの話」

 

アンナ

「そ、そっか……」

 

 

 

 ──また暫し静寂。

 ──何度目か、アンナが飲み干したティーカップの底を見つめ直した頃。

 

 

 

アンナ

「カッ……カレーニャ……」

 

カレーニャ

「何?」

 

アンナ

「う、うん。えっと……」

「えっと……お、おかわり、良いかな……?」

 

カレーニャ

「……」

 

 

 

 ──黙ってティーカップを受け取るカレーニャ。

 ──紅茶が注がれるまでを黙って見守るアンナ。

 

 

 

カレーニャ

「別に、今更何聞かれたって、怒りもはぐらかしもしませんわよ」

 

アンナ

「ぅえっ!?」

 

カレーニャ

「コミュ障のクセに、話したがってるのを誤魔化そうだなんて器用なマネ出来るとでも思ってますの?」

 

アンナ

「ぅ……」

 

カシマール

「ウルセー、ワリーカ!」

 

カレーニャ

「別に悪いなんて言っとらんでござあましょうがよ。……で?」

 

アンナ

「う、うん……その……えっと……」

 

 

 

 ──茶を淹れるカレーニャの慣れた手付きに眼が吸い寄せられる。

 ──少し視線が泳いで、また戻る。タップダンスのように踊る指先。ビロードのように滑らかな手のひら。ドレスの袖口……。

 

 

 

アンナ

「ボク……の……ボク、ね……」

「カレーニャ……と、一緒に……魔法の、勉強……し、たい……なっ、て……」

 

カレーニャ

「今から……?」

 

アンナ

「あ、い、いや、そうじゃなくって……だ、だから……あの……ぅぅ……」

 

カレーニャ

「……フゥ」

「ハイハイ、覚えてますわよ。私とお勉強したいって、そのためだけに私の異界の座コンガリトロトロブチ砕いてくださりやがっていただきましたんですものね」

 

カシマール

「ナニゴシャベッテンダオメーハ」

 

カレーニャ

「ハイソ語でしてよ、カシマール」

「ホント、まさかあなたが真打ちだったなんて──」

 

カシマール

「ダカラ”カシマール”ダッテノ!!」

 

アンナ

「あ、えっと……そ、それであの……でも、さっきの……その……カレーニャ、は……」

「ま……また、しばらく……一人ぼっちになっちゃ──」

「…………あれ?」

 

カレーニャ

「だからその前にお約束を果たそうって?」

「杓子定規ですのねぇ全く。まあ、状況が状況でしたから大目に見ますけど──」

 

カシマール

「…………アレ?」

 

アンナ

「…………」

 

アンナ&カシマール

アレェッ!?

 

 

 

 ──あまりの大声にカレーニャがアンナのカップを取り落しかける。

 

 

 

カレーニャ

「とわっ、たっ!? な、何ですの急に!?」

 

アンナ

「だ、だだ、だ、だだだ、だ、だ、だってい、い、いい、今、今……」

 

カシマール

「オ、オ、オマエイマナンツッタ!?」

 

カレーニャ

「いやだから、本気で言葉通りに、早速一緒にお勉強でないとダメってんなら、杓子じょ──」

 

カシマール

「ソッチジャネー!!」

 

アンナ

「い、い、い今、カカ、カシマールの……」

 

カレーニャ

「は……? ”パラセール”が何だってんですのよ」

 

アンナ&カシマール

「……──」

 

カシマール

「オレサマハ”カシマール”ダ!!」

 

カレーニャ

「んっもー、あーだのこーだの理不尽ったらありませんわ……」

 

アンナ

「えっと……ゴメン。や、やっぱり、つ、続き、お願い……」

 

カレーニャ

「ハァ……わっけがわかりませんわねぇ、むぁったく……」

「オッホン。とにかく──」

 

 

 

 ──お茶のおかわりを差し出すカレーニャ。

 ──今度は何かスパイスの香りが効いている。香りだけで何だか体が温まっていく気がする。

 

 

 

カレーニャ

「あなたがどれだけ必死で『あんな事』言ったのか。まあ私なりに真面目に受け取りはしますけども──」

「さっきも言った通り。今は遊びたい気分なんですの。バカンスして、大暴れした頭も冷やして……今はそんな期待だけで”胸が一杯”なんですの」

 

アンナ

「あ……そう、だよね」

「ゴメン……ボク、まだちょっと心配で……」

 

カレーニャ

「あなたのお望み通り、どうせこの空の下でドンブラやっていきますわよ。あなたもまずはお勉強のネタでも見つけて、それから私を見つければよろしいんでなくって?」

 

アンナ

「……うん」

「うん。そうする。な……何だか、ちょっとラクになった気がする」

 

 

 

 ──言葉1つごとに、表情が軽くなっていくアンナ。その気持ちに嘘は無かった。

 

 

 

アンナ

「ボク、今よりもっと魔法を覚えて、カレーニャに教えに行くね」

「だから……カレーニャも、また魔導グラスの事、いっぱい教えて」

 

カレーニャ

「それは素直に賛成ですわ。魔導グラスの製造元が増えれば、効率も可能性も倍々。魔導グラスの未来も明るいってモンですわね」

 

アンナ

「あ……で……でも……えっと……」

「魔導グラスの事……その……辛くなったり、しない……」

 

カレーニャ

「そりゃあ……」

「これ1つあるだけで、お祖母様方の夢から外れてしまったのかも──とか、少しくらいは思いますわ」

「でも、カタリナさんの言った事だって全部が全部確かとは限りませんでしょ」

「それに結局、”一生”を共にした魔導グラスと、今更スッパリ離れられもしませんわ」

「今は、それくらいの希望で良しとしてくださいな。夢なんて、眠る度に見られるんですもの」

 

アンナ

「……うん」

「……また、会おうね。カレーニャ」

 

カレーニャ

「私が艇から降りる時に言いなさいな」

「それに、言うほど長いお別れにならない気がしますわよ。何となくですけど」

 

 

 

 ──三度、言葉無く、同じ空を見つめる。

 ──太陽からの光は赤い。だが、それももう間もなく。

 ──もう間もなくで、赤みは全て消え失せ、いつもの朝。早起きな仲間達も朝練や艇の庶務を始めるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にそれだけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンナ

「……え?」

 

カレーニャ

「ん?」

 

アンナ

「カレーニャ、今……何か、言った……?」

 

カレーニャ

「何かって──」

「……何を?」

 

アンナ

「それ、は……」

「……ううん。何も言ってないなら……た、多分、気のせいだから……」

 

カレーニャ

「まあ、他にしゃべくるようなモノも他にござあませんものねぇ……ふあっぁ……んむ」

 

 

 

 ──大口あけて欠伸するカレーニャ

 

 

 

アンナ

「あ……カレーニャはそろそろ眠る時間?」

 

カレーニャ

「えぇま……オホン」

「やることなさすぎて眠いだけですわ。これでも元は人間ですもの」

 

アンナ

「い、今も人間で良いと思うよ」

 

 

 

 ──笑みを漏らしながら、アンナなりに咄嗟のツッコミを披露する。

 ──頑張ってビィ達のように振る舞おうとしたのか、一度やってみたかったのか。

 ──いずれにせよ恐らく、無難すぎて通じていない。

 

 

 

カレーニャ

「どの道、朝っぱらは暇でしょうがありませフハァ~~ア……」

「~~ダメね。ちょっくらお布団借りて来ますわ」

 

アンナ

「あ、うん。カレーニャ、おやす──」

 

 

 

 ──言いかけて、ふと空を仰ぐ。

 ──暁の赤は間もなく消え失せて、白よ青よと染まる営み。

 ──いつもなら、もう少しした頃に目覚めている。もう少しして、ベッドから起きて、いつも通り……。

 

 

 

アンナ

「カ……カレーニャ」

 

カレーニャ

「んお?」

 

 

 

 ──半ば無意識に、カレーニャの手首をそっと取っていた。

 ──僅かな間に露骨に垂れ落ちている瞼がアンナを見返す。

 

 

 

アンナ

「も……もう少しだけ、い、良いかな」

「魔法の前に、1つだけ、教えたかった事があるんだ」

 

カレーニャ

「……?」

 

 

 

 ──グランサイファーの一室に移動した2人。

 

 

 

アンナ

「えっと……ちょっと……だ、だいぶ散らかってるかも……と、とにかく、ぶつからないように気をつけて」

 

カレーニャ

「ま、危なくなけりゃそれも風情ってやつ……って、何かこの部屋、匂いがカラくありませんこと?」

 

アンナ

「そ、そうだった……!? ゴ、ゴメン。何かの香草だと思うけど、ボク、もう慣れちゃって……」

 

カレーニャ

「まあ細かい事は結構ですから。それで何ですの。朝っぱらだってのに締め切ってらっしゃるし」

 

 

 

 ──ここはアンナの部屋。

 ──カレーニャの手記を読んだ時のまま、誰も手を付けず、部屋の主は眠り続けていたので、雨戸まで締め切って真っ暗である。

 

 

 

アンナ

「教えたかったのは……ボクの事」

「明日が良い天気だって解ると、夜の内に暗くしとくんだ」

 

カレーニャ

「何でまたわざわざそんな辛気臭く……」

 

アンナ

「えへへ……こうしておくと、思い出せるんだ……」

「団長さん達と旅をして、初めて知った事……」

「ボク……ずっと森の奥で暮らしてたから、知らなかった事があるんだ」

 

カレーニャ

「それが、窓を閉め切る事?」

 

アンナ

「ううん。その逆……」

 

 

 

 ──窓を開け放った。

 ──少し見ない内に、赤の抜けた視界は、胸を締め付けるほどに濃く、厚く、深い世界に雲を溶かしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンナ

「夢から覚めて見る空は……とっても……とっても綺麗なんだ」

 

 

 

 ──fin.

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