グラブルオリジナルストーリー(主役:アンナ) 作:水郷アコホ
・267
──さあ、数多の試練を乗り越えた君の前に、とうとう魔王が現れた。
──玉座の間に広がる大穴のような暗闇から、黒き異形を這い出させている。
──君は勇気を胸に武器を握った。その傍らで、姫は祈るように君を見つめている。
──今ここで君が倒れるような事があれば、助け出したばかりの姫は再び暗い世界へと閉じ込められてしまうだろう。
──これが最後の「戦闘」だ。君の手にある力をもう一度よく計算し直し、勇者として悔い無き行動を選び給え。
──君の『戦闘』の力が300に満たないならば、
──戦うなら280へ。戦わないのなら214へ。
──君の『戦闘』の力が300以上であるならば、
──戦うなら300へ。戦わないのなら215へ。
???
「──……」
──とある、どこかの島にて。
──島の外縁に、人影が1つ立っていた。
──前方には島の終端を示す崖。そこから先は青い空。青く霞んだ眼下の先には赤き地平。
──木々と草花と共に、そよ風に煽られる人影の手には、一冊の本。
──開かれたページを、たおやかな指がスルリと読み戻す。
・215
──勇者は颯爽と姫の手を取り、玉座の間を飛び出した。
──城から逃げ去ろうとする勇者を、魔王が黙って見送るはずもない。
──扉を破り、壁を砕き、魔王は勇者をどこまでも追いかける。
──勇者の力は魔王を上回っている。それでも、勇者はその歩みを決して魔王へは向けない。
──姫を守り、逃げ、守り、逃げ。勇者はジワジワと追い詰められていく。
──いつしか勇者は、城の地下牢へと追いやられていた。
──勇者も姫も、しきりに息を切らせている。
──「何故、魔王を倒さないのですか。貴方にはそれが出来るはずなのに」
──姫の言葉に勇者は答えない。武器を取り、追ってくる魔王を待ち構えている。
──暗闇は魔王の世界だ。この地下牢には、明かりは僅かな松明しかない。
──魔王の足音が近づいてくる。勇者は姫に傷が無い事を確かめると、城門の鍵を姫に託した。
──魔王を惹きつけている間に、姫だけでも逃げて欲しい。
──しかし、姫は首を横に振った。
──「そんな事は出来ません。戦いもしないで、貴方は何のためにここへ来たのですか」
──姫の頬を涙が伝った。姫を庇い続けた勇者の体は至る所に深い傷を負っていた。
──それでも姫を案ずる君の姿は、姫にとって見るに堪えなかった。
──「全て白状します。だから、貴方はここから逃げてください」
──全ては姫が仕組んだ事だった。
──父王に、王国に定められた未来。姫の結婚相手は「この国で最も強く、勇敢な者」。
──愛する事さえ自由ならぬ未来を憂いた姫は、魔法の世界から最も強く、勇敢な存在を呼び寄せたのだ。
──「私と魔王を引き離す事は出来ません。魔王は形なき暗闇。姿を与えているのは私の影なのです」
──「貴方がこの城に訪れた時、私は死を覚悟をしました。貴方が魔王よりも強いお方だから」
──「私は姫です。貴方の物になるために生まれてきた女です。貴方に全てを奪われる女です」
──「なのに何故、貴方は戦ってはくれないのですか。何故逃がすのですか。何故、奪ってくれないのですか」
──「もう貴方に魔王を倒す力はありません。もう貴方は勇者ではありません」
──「だからもう、私に痛ましい姿を見せないでください。ここを離れ、静かに生きてください」
──姫は涙に声を震わせる。勇者は姫の言葉を黙って聞き届けた。
──そして、勇者のしなやかな指が、鋭く姫の頬を打った。
──困惑する姫の手を取り、勇者は地下牢の出口へと歩んだ。
──その先には魔王が待ち構え、勇者へ牙を向き飛びかかる。
──しかし、勇者は止まらなかった。姫の手を優しく握ったまま、まっすぐと。
──地下牢を打ち砕かんばかりの魔王の巨体は、しかし勇者を害する事無く、その身をすり抜けた。
──魔王はその勢いのまま勇者の背後に続く姫へと飛びかかり、そして姫の足元へと吸い込まれるように消えた。
──破られた地下牢の天井からは白く光が差し、魔王は姫の影へと還り、一時の眠りについた。
──いつの間にか、荒れ狂う魔王によって城は崩れ落ちていたのだ。
──廃墟と化しても、眩しく照らされた魔王城は、姫の生まれ育った王城に劣らぬ美しさを誇っていた。
──空の下に立った勇者は、姫の頬を手当してやり、そしてまた歩き出した。
──姫と共に、どこへともない方角へ。
──姫が勇者に訪ねた。
──「貴方は何故、魔王を退けられたのですか」
──「貴方は何故、このような戦い方を選んだのですか」
──「貴方は……私は、これからどこへ行くのですか」
──勇者は多くを語らなかった。しかし、微笑んで答えた。
???
「『君が姫として生まれてきたのなら、ボクは勇者として生まれてきた』──」
「『ボクは、君を助けるために、ここまで来たんだ』……」
──その後、勇者と姫の行方を知る者は誰も居ない。
──世界をも変えられる影と、世界をも変えられる光とが、手を取り合い、ありふれた空を見つめていた。
──完 216へ進め
──ページを開く。
──そこには、『ただの冒険の途中』に見せかけた後書きと、この結末を見つけた読者への賛辞が綴られていた。
???
「図書館の備品を持ち出すなんて──初めてですよ」
──木々がざわつき、一際強い風が吹き上げた。
──人影の纏う緑のローブが煽られ、フードが捲れ上がった。
──官能的なまでに弄ばれた黒髪を整えながら、本の世界のように濃く、厚く、深い空を見上げた。
ドリイ
「またすぐ、会える事を期待しています。カレーニャ」
「貴方と。笑顔で──」
──ローブの下に手を差し込み、取り出した物を光にかざした。、
──決して失ってはならぬ物のように、大事に握り直す。
──淡い色の石を、撚った干し草で繋いだ