クール系魔女っ娘師匠を愛でたり、愛でられたり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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第一話「復讐ラプソディー」

「どうした。早くついてこい」

 

 小さな魔女は、呆れたように僕へ振り向き、ため息混じりに叱責した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────魔女っ娘と言えば、とんがり帽子である。

 

 黒いとんがり帽子を深く頭に被り、真っ黒な装飾の無いローブを羽織り、ローブの狭間からちょこんと出た手で古めかしい木の杖を握りしめている、ジト目の女の子。

 

 そんな彼女こそ、僕の保護者であり希代の大魔法使いである、「永明の魔女」ことオルメアだ。

 

 その髪は金色に輝き、ショートボブに小さく纏まっている。目は大海原のように蒼く、肌は人形のごとく白い。落ち着いた所作で杖を微かに揺らしながら、彼女は僕の一歩前をスタスタと歩いている。

 

 一見すると、オルメアは年端もいかぬあどけない少女である。もしオルメアが杖を手放し村娘の服を着てしまえば、彼女を怖がる人間などいなくなるだろう。少し眠たい顔をした、どこにでもいる少女にしか見えまい。

 

 だが。僕は、知っていた。彼女の恐ろしさをよくよく知っていた。

 

「何をのんびり歩いている。私は先を急いでるんだが」

「し、師匠……。無理です、ごめんなさい、ちょっとそろそろ休みを頂けないと僕は、」 

「……ふぅん?」

 

 そんな情けない泣き言を言う僕を、師匠(オルメア)は静かに見下ろす。

 

 僕の背には、自分の体重より重たい山積みの荷物。僕の両手には、腕が引きちぎれないのが不思議なくらい詰め込まれた貴金属入りの袋。

 

 師匠(オルメア)は自分の杖以外の全ての荷物を僕に押し付けて、悠々と歩いている。そんな彼女と同じペースで歩き続けるなんて、常識的に不可能だろう。

 

「そうか。残念だ」

「師匠、分かってくれましたか。ここらで一丁、小休止を────」

「君はもうバテてしまったんだな。なら、今日の稽古も中止にしようか」

「まさか僕がバテる訳無いじゃないですか馬鹿言わないでくださいよ師匠さぁ先を急ぎましょう」

「君のそう言う素直なところ、嫌いじゃないよ。じゃ、早く行こう」

 

 泣き言を言う僕を、師匠は小悪魔じみた笑顔で脅す。僕は、2秒でその脅しに屈する。これが、僕と師匠の力関係。

 

「そら、頑張れ。目的地まで後、たった50㎞程だ」

「……それ、夜までに着きますか?」

「今から走ればなんとかなるだろう」

「……お、鬼だ」

 

 そこまで言うと、師匠は足取り軽やかに駆け出した。僕は残った気力を振り絞り、路傍に汗を撒き散らしながら必死に逃げる師匠を追いすがった。

 

 やがて。身体が限界に達したのか僕の意識はブラックアウトし、バタリと倒れこんでしまう。だが、すぐさま僕は目を覚まし、笑顔のオルメアに尻を蹴飛ばされた。たとえ僕が道中気を失ったとして、即座に師匠の魔術で全快させられるのだ。

 

 精神拷問の様なしごきを耐え、僕は歩む。今日こそ、今日こそ師匠に思い知らせてやるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その日、少年は孤児となった。

 

 

 小さな村を領地として任されているそこそこ名門の貴族だった少年の父は、ある日賊が領地への襲撃を計画していると察知した。その対策として、少年の父は高名な魔術師を雇い、賊どもを殲滅するよう依頼する。だが、その魔術師は依頼者である父を含め、少年の家族を誰一人守りきることが出来なかった。

 

 それは、彼女の油断だったのだろうか。否、必然だった。

 

 その魔術師は迷ったのだ。悪政を敷くことで有名だったその貴族を、救うべきか否かを。食うに困り蜂起するに至った民衆を、依頼だからといって殺して良いかどうかを。

 

 結局、民の声を聴いたその魔術師は依頼を放棄した。重税を課し贈賄を受け取り民を苦しめたその悪徳貴族は、蜂起した民衆により処刑された。

 

 暴徒と化した民衆は怒りのまま彼の貴族屋敷へと殴り込み、その家族を殺して回る。民から搾り上げた税で贅沢三昧に暮らしていた彼の一家は、それはそれは残酷な方法で殺されたと言う。

 

 その怒りは、子供にも向いた。齢4つ、右も左も分からぬその貴族の嫡子は、暴徒に囲まれ煮えた油に放り込まれそうになり、魔術師に向けて叫んだ。

 

 

『お前は依頼を失敗した! お前のせいでこうなった!』

 

 

 魔術師は耳を塞ぐ。その幼い叫び声は、聞くに耐えなかった。例え親が悪人であったとして、その子供にまで罪はない。

 

 その少年の怒りはもっともだった。彼は社会の仕組みを知らぬ。彼にとって魔術師は、父親を見捨てた裏切り者なのだ。魔術師は、恨まれるのも仕方の無いことだと割り切って、その屋敷から出ていこうとして。

 

『悪いと思うなら! せめて、僕を助けろ!』

 

 そう、がむしゃらに泣き叫ぶ幼い男の子の声に、思わず振り向いてしまった。

 

『僕はまだ、死にたくない!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。うん、今日はここで野宿にしようか」

「い、いえっさー」

 

 師匠のその言葉を聞き、僕は荷物を全て地面に下ろし、グッタリと座り込んだ。彼女は愉快そうに満身創痍の僕を見つめ、そしてゴニョゴニョと怪しげな呪文を唱え始める。いつもの様に土が盛り上がり、やがて小さな小屋が出来上がった。

 

 この師匠は野宿をする際、毎回わざわざ呪文で小屋を作る。こんな使い道のない呪文を知っているのは、世界広しと言え師匠くらいだろう。雨に濡れるのが嫌で、小屋で寝たいというそれだけの為に、長い時間をかけ小屋を作る呪文を編み出したというのだから、やはり師匠はどこかおかしい。

 

「さて。じゃあ、もう寝ようか」

「何か忘れてないですか、師匠?」

「……はいはい。またやるんだね、懲りないな」

 

 そそくさと寝袋を広げ寝る準備を始めた師匠の肩を、僕はジト目で掴み寄せる。今日、僕が何のためにこれだけ頑張ったと思っているんだ。それは全て、寝る前のこの時間の為である。

 

 

「今日は、肉体強化の続きを教えてほしいです、師匠」

「ん、分かった。じゃあ講義を始めようか」

 

 

 そしていつもの様に、オルメアの魔術講義が始まった。

 

 稀代の天才魔女オルメアが、僕の為だけに時間を使い、その永い人生で培った魔術の秘奥を教えてくれる、純金にも代えがたいこの時間。僕は、この時のために生きているといっても過言ではない。

 

 一言一句聞き漏らさぬよう、僕は若干前のめりに師匠を見つめながら、彼女の指示した通りに魔術の行使を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何で、なんで死なないんだお前は!!』

 

 血に濡れた凶器(ナイフ)を握り締めた幼い子供は、空虚な目で魔術師を見つめる。

 

『何度も刺したのに。毒だって塗ったのに。なのに何でお前は生きてるんだ!』

『ふう。君は、私の事を何も知らないんだな。私は永明の魔女、永遠に明い女』

 

 一方で。血塗れにされたその魔女は、服の汚れを魔術で落としながら、呆れ声で少年に答えた。

 

『私は不死身なんだよ。永遠を生きる、人の域を超えた存在』

『ふざけるな、だったら僕はどうやってお前を殺せばいい! どうやって僕は、お前に復讐すればいい!!』

『さぁ? ……確かに私は依頼に失敗した、だからせめての贖罪をと思い、君の命を助けてやった。それどころか、君にナイフで滅多刺しにされてさえ、許してやる。これでもう、私は十分義理を果たしただろう』

 

 その魔女の言葉を聞き、少年は慟哭した。その慟哭を聞き、魔女は大きく嘆息した。

 

 そして魔女は、自己嫌悪に陥る。この童の命を助けたはいいが、彼はまだ4歳だ。この先一人で生き延びることなどできないだろう。

 

 このまま彼を待つ運命は、食料を見つけられず餓死するか、獣に襲われて食われるか、奴隷商に捕まり売られるか。あのまま、殺されていた方が彼にとって幸せだったかもしれない。この魔女は、自身の罪悪感を軽くするためだけに、少年の命を助けたのだと自覚していた。

 

 次は、割り切って見捨てよう。こんなに後味の悪い結末はもう御免だ。魔女は自省し、少年に背を向けて歩き出したその時。

 

『……待て。お前、僕と勝負しろ。正々堂々、1対1で決闘しろ!』

『決闘?』

 

 少年は慟哭を止め、再び魔女に言葉をかけた。

 

『もし僕が決闘に勝てば! お前は僕の言うとおりに死ね!』

『……はぁ』

『知らないがきっと、お前は自分の魔術で不死身になってるんだろ!? だったらお前と決闘して勝って、お前に自殺させれば良いんだ!』

『ああ、そう考えたのか』

 

 少年は魔女に追い縋り、そのローブの裾を掴んで喚き散らす。絶対に、親の敵を逃がさないように。

 

『正解だよ、私はその気になれば自殺できる。いや、というか自殺以外で私が死ぬことはないだろうな』

 

 幼い少年の、身勝手な挑戦状をたたきつけられた魔術師は、少し頬を緩めた。

 

 無茶苦茶な言い分だが、成程、彼のその言葉は紛れもなく正解なのだ。不死身である魔術師を殺す方法があるとすれば、魔術師自身に自殺させるしかない。負ければ自殺しろと約束させ、決闘を挑む彼の行動は正しい。幼い少年は、見事その魔術師を感服させた。

 

『……良いだろう。その勝負、受けてやる』 

『……っ! ならばよし、行くぞ!!』

 

 そして、その幼い少年はナイフを持って魔女に飛びかかり、そのまま魔法に迎撃され数メートルは吹っ飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、集中しろ。ん、そうだ、そのまま」

「……」

「良いぞ、サマになってきた。その状態を維持したまま、左右に飛んで動いてみろ」

 

 師匠の指示通り、僕は師匠に教わったばかりの肉体強化魔法を維持し、左右へと飛び回った。風を切る音が煩いくらいに耳に響く。気づけば僕は、尋常ではない距離を一息に飛び超えてしまっていた。慌てて元の師匠のいる場所まで戻るべく地面を蹴り、再び超長距離を跳躍する。

 

「……む、まぁよかろう。合格だ」

「よっしゃー!!」

 

 師匠の目の前に着地した僕を見て、師匠は手で丸を作って合格と言い渡した。どうやら、師匠のお眼鏡にかなう魔法の行使だったらしい。

 

 喜びで両手を突き上げた僕を、少し寂しそうな目で師匠は眺めていた。

 

「さて、じゃあ締めにいつものをやるかい?」

「勿論ですよ。何のために、ここまで自分を虐めてると思ってるんですか?」

 

 

 師匠に声を掛けられ、僕は喜びのポーズを終了する。これからの時間が、本番だ。

 

 ふ、と僕はわざと皮肉気な笑い声をあげて、師匠に向かいあい、体術の構えを取る。

 

 師匠は、いつも通りに平然と杖を掴み、眠そうな表情で僕と相対した。

 

 

「師匠。今日こそ両親の仇、取らせてもらう」

「ん。良いよ、来い」

 

 

 その言葉を皮切りに。僕は教わったばかりの身体強化魔法を身に纏い、師匠へと肉薄した。

 

 

 

 

 

 いつからだろう。

 

 何度も何度も僕はオルメアに挑み続け、その都度敗北した。やがて、オルメアは気まぐれに僕にアドバイスをするようになる。

 

 最初は『体捌きがなってない』程度の助言だったが、少しずつ彼女のアドバイスは具体的になっていき、それに伴って僕は彼女の助言通りに強くなっていった。不倶戴天の敵の助言ではあるが、その内容が的を射ていることを僕は本能的に察していた。

 

 彼女の教えを受ければ受けるほどに強くなっていく実感があった。そして意を決し、オルメアを殺すために彼女に魔法の教授を頼んだのが、今から2年前の事である。彼女は僕の頼みを愉快そうに了承し、彼女の教えを受け続けた結果、いつしか僕とオルメアの間には奇妙な師弟関係が構築された。

 

 親の仇であり、人生の半分以上を共に過ごした師匠でもある、オルメア。幼いころからずっと彼女との戦いに明け暮れていた僕は、いつしか親の敵討ちではなく、彼女を倒すこと自体が目標になっていた。

 

 

 

 

 

 

「イケる……?」

 

 そして、今日。僕はかつてないほどに、彼女に善戦していた。

 

 魔法の打ち合いでは絶対にオルメアに勝てない。だから僕の取った戦術は、接近戦で師匠の防御魔法を抜いて致命の一打を与えること。

 

 今までは、彼女に近づくことすらできなかった。だが今日は、信じられないほど容易に距離が詰められる。肉体強化呪文を完成させた成果だ。

 

 彼女の詠唱速度より、強化された僕の跳躍のほうが僅かに早い。そのままスピードを乗せて彼女に殴り掛かるだけで、それは必殺の一撃になる。

 

 オルメアは、肉体面では男である僕に遠く及ばない。不死身なだけで、彼女の筋力は常人のソレである。

 

 僕は、彼女に拳をふるった。遮二無二、自身の限界すら忘れ、無数に湧き出る防御魔法に妨げられながらも愚直に彼女を殴り続けた。

 

 オルメアの頬に、汗が伝う。まだ全て打撃を防がれてはいるが、明らかに詠唱速度が追い付いていない。途中から彼女は攻撃魔法を使わず、防御一辺倒になっている。

 

 魔力を行使し続ける彼女がへばるのが先か。息すら付かず我武者羅に拳を振るう僕の体力が尽きるのが先か。精根を使い果たした方が負けとなる。僕は初めて、師匠相手に勝機が見いだせている。

 

 永劫に続くかと思われたこの打ち合いは、この勝負の結末は、実にあっけないものだった。

 

 

 

 

「大地のみゃも、守りに────」

 

 師匠が、詠唱を噛んだのだ。 

 

「……あっ」

 

 師匠が間抜けな声をあげ。僕の拳を妨げていた防壁は、音もなく消え去って。無心に振りぬいた僕のその渾身の一撃は、師匠の胴体にクリーンヒットし、ボキリと嫌な音を立てて彼女の小さな体躯を小屋へと叩き付けたのだった。

 

 師匠は、その衝撃に耐え切れず気を失う。不死身である彼女は、即座に体が癒えはじめ、数秒もたてば元の状態へと戻るだろう。だが、彼女が気を失ってしまったからには、勝敗は決したはずだ。

 

 

「……勝った」

 

 

 荒い息を整え、土に埋もれ眠っている師匠を眺めながら、呆然と僕は呟いた。

 

「か、勝ったぞおおおおおおお!!」

 

 こうして、僕は10年に渡る長い長い因縁に、決着をつけた。僕はあの永明の魔女オルメアに、1対1で勝利を得たのだ。

 

 この時の僕の感情の高ぶりは、言葉で言い表せるようなものではない。文字通り、人生をかけて取り組んできた目標を、ようやく達成したのだから。

 

 僕は、泣いた。感極まった、その言葉が一番しっくりくる。ただ、無邪気に、僕は夜空の下で嗚咽をこぼし朝が来るまで泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう、こうなったね。おめでとう」

 

 朝日が昇る頃には、師匠も目を覚ました。

 

 一晩中泣き続けたので、僕はようやく落ち着きを取り戻したころだ。僕はオルメアに祝福され、彼女に勝利したのだと再実感した。

 

「ありがとうございます、師匠。貴女のおかげです」

「ん、かなり複雑な気分だよ、その言葉」

 

 オルメアは僕の謝辞に、酷く複雑な顔をした。そりゃあ、そうか。

 

……さて。昨夜、1対1の決闘でオルメアは僕に敗れた。これで晴れて、僕は両親の仇を取ったことになる。最も、今となってはオルメアを恨んでなどいないのだが。

 

 けじめという奴だろうか。僕は前に進むために、いつか彼女を倒さなければならなかった。復讐などと言うつまらない生き方に終止符を打つためにも。

 

 これで僕は、やっと自分の人生を歩いていける。

 

「師匠、ありがとうございました。何年も何年も、僕の自己満足に付き合ってくださって」

「ああ、気にすることはない。君を弟子と認めたその日から、私には君を一人前にする責任がある」

 

 師匠は、そこまで言うと少し寂しげに微笑んだ。彼女は僕の右手を両腕に抱き、そして深く帽子を被り顔を隠してしまう。

 

「それじゃあね。君と過ごした10年間はとても楽しかったよ、馬鹿弟子」

「……師匠?」

 

 帽子しか見えない師匠の口から出てきた言葉。それは────

 

「君はもう一人前だ。昨日の君との決闘でそう実感したよ。これからは、君は一人でも生きていける」

 

 ────別れの言葉に他ならなかった。

 

 とんがり帽子を深くかぶり表情を隠したままオルメアは、今生の別れであるかのような語調で僕に語り掛ける。

 

 思い出すは、幼い日の約束。僕が師匠に勝ったあかつきには師匠に自殺して貰うという、身勝手な契約。まさか。師匠はまだ、僕に負けたら自殺しないといけないだとか、そんな馬鹿なことを考えているのだろうか?

 

 何年も前に交わした児戯の様なあの契約を、未だに履行するつもりなのだろうか?

 

「え、あ。いや、師匠、僕はもう────」

「知ってる。君は私に自殺させるつもりなんて無いんだろう? ……でも、実を言うとね。私はずっと死に場所を探していたんだよ」

 

 そこまで言うと、師匠はようやく顔を上げて。目に涙を浮かべながらも、決意に満ちた表情で僕へ微笑んでいた。

 

「私の齢は100をとっくに超えている。もう、十分過ぎるほど生きたんだ。魔術を突き詰めて不老不死なんてものに至ってしまったから、いつしか私は死ぬタイミングを見失っていた」

「……え、ちょっと待ってよ師匠」

「私の知り合いは、同郷の友人は、みな死んでしまった。私は一人だけ、時の流れに流され今に至っている。……それは、寂しくて、辛いことなんだよ」

 

 そう嘆く師匠の目は、本気だ。彼女はもう、自らの死を予定に組み込んでしまっている。

 

「幼い君に殺されてやってもよかったが、君を一人前にしてから死んだ方が有情だと考え直してね。ちょうど君の挑戦が私の命を奪うものだったから、いい機会だと思ったんだ」

 

 そしてオルメアはにこやかに、満面の笑みで僕を抱きしめた。

 

「今度こそ、義理は果たしたよ。私は、君を見捨てず、一人で生きていけるよう育て上げて見せた。これからは、君は自分の足で前へ進んでいきなさい」

「な、なに言ってるんですか。何言ってんだよ師匠!」

「……私は一度、君の父親との契約は放棄した。もう、2度と約束を違えるつもりはない。だから今、幼き日の君との約束を果たすんだ」

 

 彼女の細い腕が、僕の背中を覆う。

 

 その昔。僕が彼女に殺意を持って襲い掛かっていた頃、吹っ飛ばされていつもこの腕に抱かれて傷を癒してもらっていた記憶がある。

 

 あの時は、軽々彼女に抱き上げられて、口もきけないほど疲弊した僕をずっと温めてくれた。

 

 今は僕の背の方が高くなり、彼女の手は僕の背中を覆いきれなくなっている。こんなに大きく成長するまで、彼女は僕を育て上げてくれたのだ。

 

「最期に、私に言っておきたいことはあるかい?」

「……何だよ、それ」

 

 なんという、身勝手か。

 

 師匠は、この女は、最初から自殺するつもりだったんだ。

 

 僕を育て上げたその日に死ぬと、決意した上で今までずっと僕に付き合ってくれていたんだ。

 

「まだ、死なないでよ師匠」

「ダメだ。私のかつての友人たちの、その言葉に応えて私は悠久の時を生きた。その友人たちがみな死んだ後も、友人に託された友人の一族の為に生きて、働いた。流石にもうそろそろ、私を休ませてくれ」

「そんなに、嫌なのかよ。生きるのがそんなに苦痛なのかよ」

「ああ。苦痛さ」

 

 永明の魔女、オルメア。

 

 永遠の時を生きる、史上最高峰の魔法使い。

 

「私はもう、大事な人が死に続けるのを見るのは嫌なんだ。私は君が死ぬところを見たくないんだ」

「……」

「君はね。私にとって初めての息子だったんだよ。不老不死の魔術のせいで子供が出来ない私が、初めて育て上げた子供だったんだよ」

 

 僕を抱きしめるオルメアの声が、かすかに震えだす。

 

 彼女の顔に触れた僕の胸が、湿り気を帯びる。オルメアは、いつしか僕の胸の中で、泣いていた。

 

「君が死ぬところだけは、絶対に見たくないんだ。親が、子の死に際を見てどんな気持ちになると思う?」

「それは、でも」

「ごめんよ、甘えた親でゴメンね。君が一人前になったその日、私は君に看取られて逝こうとずっと決めていたんだ。それだけが、私の最期の望みなんだ」

 

 永遠を生きる最強の魔女、オルメアの本心。それは、酷く人間的なモノだった。

 

 不老不死に至った彼女が死を迎えるには、自ら死のタイミングを選ぶしかない。

 

 オルメアは親として、僕を育て上げた。そして僕が一人前になるその時を、彼女は死出の出立に選んだのだ。そんな彼女の望みを、子である僕は受け入れなければならないのだろうか。

 

 もう十分すぎるほどに生きたオルメアを、生から解放してあげないといけないのだろうか。

 

「……そんな訳、無いよな」

「どうした、弟子?」

 

 僕は、独り呟く。

 

 彼女は、オルメアは絶望しているだけだ。

 

 大事な人と死に別れ続けて、精神的に参ってしまっているだけだ。

 

 だったら僕が、彼女を救ってやればそれでいい。オルメアに、生きるってのは楽しいもんだと再認識させてやればそれでいい。

 

「師匠。決闘の勝者たる僕が、アンタに命令を出す。拒否は許さん」

「……はい?」

 

 僕に抱き付いて泣いている甘ったれたオルメアを引きはがし。敢えて強い表情を作って、僕はオルメアに怒鳴りつけた。

 

「一人ぼっちが寂しいなら!! 何で僕をそこに連れて行かないんだ師匠は!」

 

 その怒鳴り声に、師匠はぽかんと口を開け呆ける。

 

 だがさすがに、怒りが抑えきれない。

 

 オルメアは今まで、誰も誘わなかったのだろうか。永遠に続く孤独に耐え兼ねていたというのに、誰もオルメアについて行こうとする人間は現れなかったのだろうか。

 

「えと、君は何を言って……」

「教えろよ。僕にその、不老不死の魔法。それで、師匠は一人ぼっちじゃなくなるだろ」

 

 不老不死の人間が師匠一人だから、寂しい思いをするんだ。せっかく弟子が出来たんだから、その魔法を僕に教えてくれたらそれで済む話じゃないか。

 

 こんな簡単なことを、師匠は今の今まで実行に移していない。

 

「え、は? だ、ダメだ! こんな魔法覚えたら、君はとんでもなく辛い思いをする羽目になるし、そもそもこの魔法はそう簡単なものじゃ……」

「なぁ、師匠。言ったろ、アンタに拒否権はないって」

 

 まだ色々と勘違いしている師匠に向けて、僕は一喝した。

 

 こんなに師匠に強気に出たのはいつ以来だろうか。昔のピリピリしていた時代に戻ったみたいだ。

 

 そのあまりに普段とかけ離れた僕の剣幕に呆然としている師匠に向けて、僕はにやりと笑って諭す。

 

「師匠に助けられたあの日に、約束したでしょう。僕が決闘に勝った時、どうするんでしたっけ?」

 

 脳裏に浮かぶ、あの日の光景。

 

 

 

『もし僕が決闘に勝てば! お前は僕の言うとおりに死ね!』

 

 

 

 今でも頭に刻み込まれた、懐かしい記憶だ。

 

 僕の父親が悪人だと知らなかった幼い子供の、その殺意に満ちた約束。

 

 

「僕の言うとおりに死んでください、師匠。僕に魔法を教えるまでは、死ぬなんて許しません」

「あ、あ────」

「もう2度と約束を違えるつもりはない、先ほどそうおっしゃいましたね師匠は。まさか、まさか嘘をついたりなんかしませんよね?」

「……君は。君は何というか、屁理屈がうまいというか」

 

 そんな、僕のわりと必死な説得を受けた師匠は、呆れたような表情で笑い始めた。

 

 その眼には、先ほどまでの強い決意を感じない。いつも通りの、師匠の笑顔だった。

 

「言っとくけど、かなり先は長いからね。肉体強化呪文なんて、魔術の初歩の初歩なんだから。そこまで言い切ったからには、相応につらい修行を課すことになるよ」

「望むところです」

「うん。そっか、君が私と共に歩いてくれるのか。だったらもう少し、生きてみてもいいかもしれない」

 

 その言葉を聞いて。僕は安心しへなへなと力が抜け、その場に座り込んだ。

 

 どうやら僕は、思った以上に焦っていたらしい。まったく、何とんでもないことを言い出してるんだこの馬鹿師匠は。

 

 

「……で。師匠、初日から申し訳ないのですが、今日は休ませてくれませんか。ちょっと色々ありすぎて、今日は精神的にキャパオーバーです」

「えー? せっかく今から、本格的な修行を始めてあげようかと思ったのに……」

「いえ、その。僕、一晩泣いててロクに寝れてないんです」

「はー。そうだね、決闘勝利記念に今日だけは休んでいいことにしてあげようか。うん、小屋を立て直してあげるから君は寝てなさい。もう今後、不老不死を体得するまではゆっくり眠れる日なんてないと思うから、悔いの無いようにね」

「え、何ですかそれ。師匠、今めっちゃ不穏なこと言いませんでしたか? 師匠? 師匠!?」

 

 僕のそんな慌てた声に耳を貸さず、師匠は軽く杖を一振りして小屋を再建した。その表情から、僅かに僕への慈しみを感じる。

 

 嬉しいのだろうか、僕が師匠と共に歩むと決めたことが。だったら、誇らしい事この上ないのだが。

 

「じゃ、おやすみなさい。私はこの辺で狩りをしてくるから────」

「あ、師匠ストップです。狩りにいかないで、師匠はどっかで水浴びしてきてください」

 

 今日の師匠は優しい。どうやら、僕が寝ている間に食事を用意してくれる心算らしい。

 

 だが僕は、そそくさと食料調達へ出かけようとした師匠を呼び止めた。師匠には、まだ大事な用があるのだ。

 

 声を掛けられた師匠は意味が分からず、キョトンと小首をかしげている。うん、やはり師匠は愛くるしい。

 

「僕も近くの水場で体洗ってますので、師匠は先に寝袋広げて寝ててください」

「……」

「あ、下着は自分で脱がしたいので、つけたままの方が嬉しいです」

 

 理解が追い付いていないらしく呆然としている師匠に、僕は追い打ちをかけるかの如く指令を追加する。

 

 師匠が死ぬとか言ってすごく焦ったが、本来の僕の目的はコレなのだ。そう、僕は師匠に決闘で勝ったその日に、師匠を抱くと決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はあああああああああぁぁぁぁぁ!!?」

「師匠、うるさいです。野次馬が覗きに来たらどうするんですか」

 

 僕に誘われているという今の状況を理解したらしい師匠は、帽子を取り落とし目を丸く声を震わせて、大絶叫した。

 

 まぁ、そうなるか。だが、僕としても譲るつもりはない。さっきの話を聞いて、ますます彼女を抱かないわけにはいかなくなった。

 

 僕は彼女と共に歩むと決めたのだ。彼女に守ってもらう子供の期間は、昨日で終わったのだ。だから今日、僕は大人になる。

 

「いや、いやっ、君はなんてことを言い出してるの!? どこでそんな知識を身に着けた!?」

「前の街で滞在中、友達と集まった時いつ師匠に手を出すのかと聞かれましてね。決闘で師匠に勝ったその日に誘うと、前もって決めてました」

「うわ、そっか。そっかよく考えたら君もそういう年頃かぁ。うーん、感慨深い様なちょっと残念なような」

「良いから師匠も水浴びしてきてくださいよ」

「なんか今日は全体的に弟子が強気だ……」

 

 師匠の目がジトっと、僕の顔を睨みつける。

 

「まだ君にはそういうの早いよ。だからダメ────」

「師匠に拒否権はありませんよ。僕の言うとおりに死ねって約束ですから、裏を返せば師匠は死ぬまで僕の言いなりです」

「それは曲解が過ぎるんじゃないかな!!?」

 

 あーだこーだと、微妙に慌てながらも必死で僕に反論する師匠。だが、僕に退くつもりは毛頭ない。今日こそ、僕は一人前になる。

 

 僕は師匠を正面に見据え、そして深く頭を下げて頼み込んだ。

 

「師匠。初めては、貴女がいいんです」

「む……。いや、でも息子的なアレに手を出すのはどうなんだ私? でも、これからずっと一緒な訳で、んー」

「悩むくらいなら早く服脱いでください、師匠」

「本当に君、今日はガツガツ来るね!! あー分かった、良かろう良いだろう! 戦勝記念だ、今日だけ特別だからな」

 

 そんな、僕の熱意に根負けしたのだろうか。やや顔を赤くしながらも、師匠は肯定的な返事をしてくれた。

 

 良かった。なんだかんだ師匠は優しいから、強引に攻めたら断られないと踏んではいたのだ。

 

「つまり。明日以降も師匠に決闘で勝てさえすればエッチなことしていいんですね」

「本当に君は曲解しかしないな! ……まぁ、でもそれでいいよ」

 

 そして、師匠は僕を受け入れた。それはつまり、

 

「その代わり、君は私の恋人として扱うからな」

「勿論。光栄ですよ、師匠」

 

 今日からは僕と師匠の、新たな関係が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、師匠」

「何かな?」

 

 僕と師匠の関係が一変した、翌日。

 

 師匠による本格的な魔法講座が始まり、その初歩として教わったのは無言呪文だった。

 

「無言で呪文を出せるようになるには、すなわちその呪文の本質を理解しないといけない。本格的な魔法使いは皆、これから始めるのさ」

「……師匠も、当然使えるんですよね、これ」

「無論だ」

 

 微妙に目を泳がせながら、愛すべき師匠はそうのたまった。

 

 

 

 

「決闘の時、めっちゃ呪文詠唱してましたよね」

「……あの時はそういう気分だったというか」

「無言でやれば、呪文噛んで負けるなんて有り得なかったのに……。まさか、手加減してたのか師匠! 昨日決闘に勝ててすごく嬉しかったのに、これでやっと師匠と対等だと思ったのに、師匠は手加減してたのか!!?」

「あ、いやだってその、私一応この国最強の魔法使いだよ? 不老不死抜きでも私に勝てる人なんて世界中探しても一人いるかどうか、ってレベルな訳で。そうなると君は一生私に勝てない訳で」

「……見てろ。見てろよ師匠、すぐアンタなんか追いついて追い抜いてやるからな!! そんでもう一回抱く!!」

「素直だなぁ、君は。わかりやすいというか」

 

 昨日の決闘で、師匠はかなり手を抜いていたらしい。

 

 そこらのベテラン魔法使い程度の実力にセーブして戦ったそうな。ベテラン魔法使いを倒せるなら僕は一人前でいいだろうと、そういう事だとか。

 

 幼いころからの目標、師匠オルメアの壁は高く険しかった。悔しい気持ちもあるが、それを聞いて何処かで安心していた。

 

 師匠は強く有ってくれなきゃ困る。こんな、年端もいかないガキンチョに接近戦挑まれた程度で負けたりされた方が、期待外れで残念なのだ。

 

「あの、あの素晴らしい蜜月をもう一度! あの愛くるしい師匠をもう一度!!」

「お、弟子がかつてないくらいやる気出してる。何と言うか思春期だなぁ」

 

 だから、次こそ。僕は堂々と師匠の隣を歩くために。

 

 今日も僕は、彼女の課す拷問の様な修行に明け暮れるのであった。

 

「師匠のアレをもっかい舐めるんだぁっー!」

「そ、それ街中で言ったら絶対許さんからな!!」




本編の息抜きにラブコメ書きたくなった
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