クール系魔女っ娘師匠を愛でたり、愛でられたり   作:まさきたま(サンキューカッス)

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第四話「腹黒輪唱曲」

「アンジェ、楽しくやってるかね」

「わざわざ旅費をカンパしてやったんです。この旅行でアイツの事はスッパリと吹っ切ってもらわないと」

「……ほとんど俺が稼いだ金だけどな、カンパ」

「貴方に割の良いバイト先を見つけ出してあげたのは私です、アレク」

 

 二人の男女が小さな町の酒場で向かい合い、しっとりと黄昏ていた。端から見ればずいぶんと親密な関係を想起するだろう。

 

 だが別に彼らは恋仲と言う訳ではない。

 

 幼馴染であり、腐れ縁であり、戦友である、そんな関係だ。その奇妙な関係の二人は、恋愛などを超越した深い信頼関係で結ばれていた。

 

「ミカ、ちょっと相談があるんだけどいいか? お前に人を愛する心とか理解できなそうだし、本当に相談していいか分からないんだけど」

「喧嘩売ってるのか相談事をしたいのかはっきりしてください。恋バナならおまかせあれ、私ほど愛深き女はいないと自負していますよ」

「……まぁ、良いか。アンジェが旅行から帰ってきたタイミングで、俺からアタックするのアリだと思う?」

「うわぁ……それは無いわぁ」

 

 その言葉を聞いたミカはドンヨリと目を濁らせ、目線で男を侮蔑する。二人が親密だからこそ、直球で見下すことが出来るのだろう。

 

「傷心に付け込んで……、純粋なアンジェを……? さすがに引くわぁ……」

「だ、ダメか!? 今まではアンジェの気持ち知ってたから我慢してたけど、こうなったら流石にもうモーションかけても良くないか?」 

「アンジェの友人的な意見として、『傷心につけこもう』的な下心がスケスケすぎてダメです。アレク、貴方の友人的な意見としては、下心見透かされてアンジェの心証が悪くなるだけだと思うのでやめといた方が良いです」

「……下心って、随分と失礼なこと言うな。俺は前から純粋に、」

「純粋にアンジェのオッパイをよく見てましたね」

「男に下心があって何が悪い」

「開き直りましたねこのクズが。アンジェ自身気付いてますよ、胸ばっか見てるの。この前サシで飲んだ時『アレクが胸見て話してくる』って愚痴ってましたし」

「……猛烈に死にたくなってきたから今の相談打ち切っていいか?」

「どうぞどうぞ」

 

 男はガックリと肩を落とし。女はそんな彼を、つまらなそうに眺める。

 

 これが、彼らにとっていつも通りの日常だ。小柄な毒舌少女が男を罵倒し、男は下種な本性をチラつかせながら項垂れて。最後にもう一人、それらすべてを笑い飛ばす快活な美女が加われば完璧である。

 

 年に1,2回ほどしか顔を見せない稀代の魔女にほれ込んで追っかけまわしているバカを含め、彼らは家族のように親密な関係を築き上げていた。それぞれ孤児で身寄りがなかった彼らにとって、お互いに家族の代わりになる存在と言える。

 

「……お。あれ、アンジェじゃないか?」

「あ、本当ですね。もう帰って来たんですね」

 

 そんな彼等は、愛すべき家族が街の入り口付近に出現したのを見咎めた。アンジェはもう傷心旅行から帰ってきたらしい。

 

 早速に二人はアンジェに近付いた。どんな旅だったのか、もう踏ん切りはついたのか。聞きたいことは山ほどあった。

 

 ────そして。

 

「…………おーい、アンジェ!」

「お帰りなさいアンジェ、旅はいかがでしたか?」

 

 二人が声をかけると、アンジェは二人へ振り向いて。

 

「う、うあああああああん……」

 

 

 

 そして、泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「涙声で何言ってるか良く聞こえんけど……」

「話をまとめると、つまり。アンジェは傷心旅行の筈がアイツに死体蹴りされた上に、公然で下着姿にされて辱しめられたと」

「あうあうあー!! うぇぇぇぇん!!」

「一方でアイツは、アンジェの眼前でオルメア様と抱き合いイチャイチャと乳操りあって、声をかけられるまでアンジェの存在を忘れきっていたと」

「うああああああああああん!!!」

「そりゃ泣きますわ」

 

 二人が企画した傷心旅行は、結果として大裏目を引いたらしい。旅行先でバッタリ失恋相手に再会し、そこで想い人のラブシーンを見せつけられ、その想い人から存在すら忘れ去られる。

 

 今のアンジェに出来うる限り最悪の「傷口に塩を塗る」を、アイツはやってのけたそうだ。

 

「……な、なんとまぁ」

「辛かったですね、アンジェ。良ければ今日は、一緒にウチに泊まりますか?」

「うん、うん……」

「俺は一発、アイツを殴りに行ってくるわ。理由は言わず殴っとくから安心してくれアンジェ」

「許可しますアレク、派手にやりなさい。オルメア様に鍛えられてるというアイツの反撃で貴方がボロ雑巾になったら、特別に手当てをしてあげるかもしれません」

「あ、手当てをしてくれないケースもあるんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くあのバカは、いつも私達の人間関係を引っ掻き回す……」

 

 そして私はアホを殴りに行ったアレクを見送って、アンジェを自室へと案内し、たっぷり一刻は愚痴に付き合った。

 

 その後泣き疲れたらしいアンジェは、私の部屋のベッドのど真ん中を占領し寝息を立てていた。その脇には、楽しみにとっていたワインの空瓶が転がっている。

 

「確かに、孤児だった我々に居場所を作ってくれた事に恩は感じますけど。自分勝手なところとか、糞鈍感なところとか、今回のアンジェへの仕打ちとか鑑みると総合的にマイナスです、マイナス!」

 

 そして、私は残ったワインを片手に飲み直す。アンジェだけではない、私だってあのアホには散々に腹を立てているのだ。

 

「というかそもそも、アイツのお陰で私達の関係がこんなに複雑なことになってると言うのに。本人は本命のオルメア様を落としてのろけに来やがりますし」

 

 コトリ、と床に落ちた空瓶を拾い上げて。私は部屋の外へ、ゴミを纏めて置いておく。

 

「あの鈍感糞野郎に一度、天罰を下してやりましょう。私達の仕業だとばれないように、ね」

 

 私は、吐き捨てるように。魔女を追っかけて自分だけ幸せを掴みやがったにっくきアホの顔を思い浮かべ、路上に唾を吐き捨てた。

 

 

 

 

 ────私だって、被害者なのだ。間接的ではあるけれど。

 

 

 

 

 

 それは、5年前。私が、アレクから告白を受けた時だ。

 

 今までは家族の様に思っていたアレクから告げられた想いを聞いて、私は柄にもなく動揺した。その夜、私は無駄に意識し顔を真っ赤にしながら、悶々と夜通し悩んだっけ。

 

 アレクと付き合うべきかどうか。みんなとの関係が壊れるようなことはないか。……そして朝、アレクとの新たな関係も悪くないかもしれない、なんて考えたその時だった。

 

「ねぇ、ミカ。ごめん、相談したいことがあるんだけど」

 

 アンジェが柄にもなく真剣な表情で、朝一番に私の部屋に訪ねてきた。

 

「私、ミカと同じ人を好きになってるかもしれない───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私があのアホを好きになる訳無いでしょーが!!」

 

 つまり、アンジェは勘違いしていた。

 

 アレクに告白された私の柄にもなく悶々と悩んでいる姿が、アンジェには「恋煩い」に見えたらしい。

 

 そこは合ってる。ただし、私が恋の相手として悩んでいたのは、アレクである。魔女を追っかけ回しては自滅していたあのバカではない。

 

 なのに、悶々とする私を見てアンジェはアホを取られるかもしれないと危惧し、わざわざ私の気持ちを確かめに来たのだ。

 

「……で、愚かな私は強がって『好きな人とかいない』と宣言してしまい」

 

 恥ずかしかったのもある。大事なアンジェと争いたくなかったのもある。

 

 アンジェの気持ち(勘違い)を聞いて、私はアレクから身を引いた。どうせなら後腐れを無くそうと思って、その日のうちにアレクをこっぴどく振ってやった。

 

 『一日悩み抜いたけど、どうしてもアレクを恋人として見るのは不可能だった』『ザリガニかアレクのどちらかを恋人にしろと命令されたら、アレクを選ぶかもしれない』『ザリガニよりは好きですよアレク』等と、暴走した私は散々にアレクを煽った。

 

 手酷く振られたアレクは、アンジェがうまく慰めるだろうと期待して。

 

「あんな事言った手前、今さら私から告白なんて出来る訳無いじゃないですかー……」

 

 その全てが勘違いだと知ったのは、あのアホがオルメア様を追っかけて遠い旅に出た日。そしてアンジェが自らの想いを、私達に相談した時である。

 

 軽く目眩がした。と、同時に『なら私とアレクが付き合っても問題ないのでは?』と思い至った。

 

 けれども。

 

「一回振られたくらいで、アレクも諦めないでくださいよぉ……」

 

 残念なことに、私にバッサリ振られたアレクは二度と私に告白してこなかった。それどころか、恋する乙女全開なアンジェを見て彼女に気持ちが移ってしまったらしい。

 

 確かに私も悪かった。あそこまでバッサリ振る必要はなかったと思う。さぞ、アレクを傷つけてしまったのだろう。

 

 だとしても、だ。

 

「何ですか……一度はわたしを好きになった癖に。事あるごとに人を『悪魔』呼ばわりして……、私は悪魔なんかじゃありませんー」

 

 仮にも乙女を『悪魔』扱いするのはいかがなものか。

 

 『小悪魔』呼ばわりとかならまだ許容しよう。そう言う扱いをされる女性も居るだろう。

 

 だがアレクは、こっぴどいフラれ方をしたせいか私を『血も涙もない冷血人間』と思い込んでいる節がある。

 

 私といえど、事あるごとに好きな人から悪魔扱いを受けるのは流石に傷付く。

 

「アンジェだけじゃありませんよ、私も一途ですよぅ。気づいてくださいよぉ」

 

 酔い潰れて寝静まったアンジェに聞こえぬよう。路上にゴミを纏め、小さく呟いた私の愚痴は闇夜に溶けていく。

 

 今日はもう、寝よう。明日になってから、これからの事を考えよう。

 

 アレクの恋を応援するべきか。アンジェの応援を続けるべきか。

 

 あの馬鹿を罠にかけて、オルメア様と破局させる策は幾つかある。それさえ上手くいけば、きっとアンジェはヤツとくっつくだろう。

 

 そしたら、アレクは私と────

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、良かった起きてた。おーい、ミカ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな腹黒い策謀に浸っている私を、現実に引き戻す不躾で空気の読めない男の声がした。

 

 振り向いた先にいたのは、間の抜けた胡散臭い笑顔の似合う私達のリーダー。魔女オルメアを憎みすぎて、感情が一周し惚れ込んだお馬鹿。

 

 今まさに文句を言いたくて仕方がなかったその男が、プスプスと焦げたアレクを担いで私の部屋に歩いてきていた。

 

「ふぅ、久し振り。と言っても、一月ぶりくらいかな?」

「……そうですね」

 

 ヤツを殴りに行ったアレクは、無事に返り討ちにされたらしい。アレクもそこそこ強い筈なのに、無傷で完封とは……。

 

「実はさっきアレクがふざけて殴りかかってきてさ、無意識に吹っ飛ばしちゃったんだ。ねぇミカ、悪いけどアレク泊めてあげてくれない?」

「いや、何で私のところに連れてきたんですか。路上に放置するか、アレクの部屋に放り投げたら良いではないですか」

「ミカの部屋が近かったし、それにミカは回復魔法使えるじゃん」

 

 しれっと胡散臭い笑顔を私に向けたソイツは、ボロキレの様になったアレクを私の借りてる部屋の玄関に捨てた。

 

 オルメア様から、ゴミはゴミ箱に捨てなさいと習わなかったのだろうか。

 

「回復魔法くらい、貴方も使えるでしょう。オルメア様の教えを受けてるんですよね?」

「……師匠、不死身だから回復魔法は得意じゃないみたいで。師匠は使えるんだけど、僕はまだ教わってないな」

 

 まだ使えないのか、回復魔法。

 

 しかもこのアホ、アレクを昏倒させておいて後始末を私に投げるつもりらしい。

 

「お詫びにお酒奢るから、ね?」 

「貴方、酒さえ奢れば何でも命令していいと勘違いしてませんか? アンジェと一緒にしないでください、そんな事で私の機嫌を取れる等と思わないことです」

「んー……。でもさミカ、今なんか悩んでるだろ? 顔にそう書いてあるし。これからその話聞くからさ、今夜だけアレクの面倒見てやってよ」

 

 彼はそう言うと、ニカリと何も考えてなさそうな顔で私に微笑んだ。

 

 ……アホにしては妙に勘が良い。今まさに、私はアンジェに対する貴様の所業を聞いて非常に腹を立てているのだ。つまり貴様のせいで私は悩んでいるのだ。

 

 まさか悩みの元凶が、直々に愚痴を聞いてくれるとは。これ以上に良い愚痴のぶつけ先はないだろう。

 

「そーですかそーですか。では、どっぷりと聞かせてあげますよ私の負の感情を。そこまで言うからには、覚悟はいいですね」

「ふふ、僕でよければ受け止めたげる。ミカは案外、溜め込むからね」

 

 これも良い機会だ、とヤツは微笑んだ。完全に他人事だと思っていやがる。誰のお陰で溜め込んでいるのか、思い知らせてやろう。

 

 私は手早くアレクを治療して、酔っ払ったアンジェに手を出さないよう簀巻きにして押し入れに突っ込んだ。

 

 その様子を、ヤツはチラチラとおかしそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり!! 何もかも、全部全部お前が悪いんですー!!」

 

 泥酔。

 

 世界が薄くぼやけて、頭の中がぐるぐる回り始める。

 

「聞いてますか!? こっちはこんなに苦労してると言うのに! 貴方1人だけ幸せ掴んで、のろけてきて! 私達は振り回されっぱなしなのですよ!?」

「……ミカ、どうどう。あんまり大声を出すと、他のお客さんに迷惑だよ」

「やかましい、です!! そもそもおかしいでしょう、オルメアをぶっ殺す為に私達を集めたくせに、いつの間にかオルメア様に惚れ込んだって! じゃあ、私達は今まで何をやってたんだって話でしょう!!」

「あーうん……。それは、ごめんね」

 

 会話が、脳みそを通っていない。

 

 ふわふわとした心地よい高揚が、冷や汗を垂らして困り顔をしているアホを罵倒しろと命じている。

 

「挙げ句、私達をほったらかして、一人で旅に出て!! あの後みんな、スッゴく寂しかったんですからね!」

「うひー……それは本当に悪かったってば」

「それに、その他諸々と詳しく言えませんけど! 大体貴方のせいでわたしは苦しんでいるんです!! これ、本気ですよ!」

「な、なんか知らないけど謝る、謝るから声を押さえて……」

 

 だから、私は散々に騒いだ。

 

 コイツには思い知らせてやらねばならない。アンジェが傷ついた分も含めて、きっちりと言い聞かせねばならない。

 

「聞いてるんですか!!」

「聞いてる聞いてる、聞いてますよー」

 

 こうして私は、目の前が真っ暗になるまで浴びるようにお酒を飲み続けた。

 

 

 

 

 

 

 ────そして、仄かな微睡みが私の意識を奪う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うげー」

 

 そして目が覚めると、私はベッドに寝かされていた。どうやら飲みすぎて、酔い潰れてしまったらしい。

 

 頭をあげると、ズキンとした痛みが走る。寝ぼけた頭のまま、私はツラツラと解毒魔法を使って二日酔いを覚ました。

 

 ヤツが私を運んでくれたのだろうか。酒場からここに来るまでの、記憶が全くない。

 

 解毒により酔いが覚めるにつれ、吐き気や頭痛もマシになってくる。ボヤけていた視界も徐々にクリアになっていく。

 

 今は、何時だろう。窓の外を見ようと、ベッドの周囲を見渡して、私は気付いた。

 

 

 

 

 

 ────あれ? ここ、私の部屋じゃなくね?

 

 

 

 

 見覚えのない部屋の窓は、まだ暗く。どうやら時刻はまだ、夜明け前であるようだ。

 

 私が寝ていたベッドは、何やら派手な色彩が散りばめられていて。私が使っていた枕は、何だか異様に大きくて。

 

 そして、部屋の壁にはピンク色のハートマークが印字され────

 

 

「あ、ミカ。起きたのね」

「……」

 

 

 そして、その部屋の私が眠っていたベッドの隅には、忌々しいあの男が半笑いで私を見つめて腰かけていた。

 

 

 

「ここ、何処ですか?」

「ん? 逢い引き宿」

 

 

 

 どうやら酔い潰れた私は、このアホに逢い引き宿に連れ込まれたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「こんのド畜生がぁ!!」

 

 身の危険を感じ取った私は、即座に枕をアホに投げつけて警戒体制を取った。

 

 油断していた。この男、恋人もいるし今までそんな素振りを見せていなかったしで油断していた。

 

 まさか、この私の身体まで狙っていたとは。

 

「ちょ、ストップ、誤解────」 

「ヒトをこんな場所に連れ込んだ時点で誤解も糞もありませんよ!! よりによって私ですか、胸も貧相で身体もちっこい私を連れ込みますか!! そーかそうでしたね、オルメア様も小柄でしたねこのロリコン!!」

「ま、待って落ち着いてミカ!」

「これが落ち着いていられますか!! 私の身体に指一本でも触れてみなさい、貴様に生き地獄を味あわせてやりますよ!」

「いや、ホントにそう言うつもりじゃないから!」

 

 射殺さんばかりに私はヤツを睨み付け、せめて肌を隠そうとシーツで身体を覆い隠す。

 

 そう言えばこの男、この前もホイホイとアンジェの誘いに乗っていた。アレクに隠れていたが、コイツもかなり女好きの様だ。

 

「聞いてってばミカ!! そもそも、ミカはアレクが好きなんだろ!? 僕が手を出す訳ないって!!」

「貴方からしたらそんなの関係ないのでしょう!? 私を連れ込んで無理矢理関係迫って、それをネタにずっと私を脅し続けるのでしょう!?」

「ミカじゃないんだから! 僕はそんな腹黒い事、考えてすらなかったよ!」

「誰が腹黒ですか!! …………それに、私は……」

 

 目の前の男を威嚇しながら、私はふと考え込む。もし、オルメア様にこれがバレたらあの男は破滅しないか? そこまでリスクを背負って、私に手を出す意味はあるか?

 

 バレない自信があるのだろうか。でも、勇気を出して私が密告したらそれでおしまいである。

 

 

 

 

 と、言うかそもそも。

 

 

「あ、あれ? 私、アレクが好きだなんて一度も言った事……」

「いや、ミカを見てれば分かるし。アレク本人は鈍感で気付いてなさそうだけどねー」

 

 

 何で、この男に私の想い人が筒抜けになっているのか。

 

 

「えっいやっあれ!? そ、そんな筈は無いでしょう! 私、アレクとか別に何とも思ってませんし!?」

「はっはっは、気付かれないとでも思ってたの? これでも僕は、たった一人でオルメアを落とした恋愛マスターなよ。色恋沙汰には機敏なのさ!」

 

 どうだ、とヤツはどや顔で鼻息を吹き流す。この鈍感糞野郎は、なんと自分の事を察しが良いと思い込んでいるらしい。

 

 だったら早くアンジェの気持ちに気付いてあげてくださいよ!!

 

「しかも、かなり前からでしょ? 照れ隠しにアレクを振って、そのまま関係が硬直しちゃったと見た。どうだい?」

 

 本当に機敏に察してるし!! 私の事情だけ!

 

「わたっ……私は別にそんな……」

「泥酔して吐物だらけのミカを、アレクの待つ部屋に連れて帰るのがはばかられたからワザワザこの宿借りてあげたんだけど。余計なお世話だったかな?」

「いえ……。あ、私は吐物まみれだったんですか……」

「いくら何でも飲みすぎだよ、ミカ。よっぽど溜め込んでたんだね」

 

 カラカラと意味深な笑い顔で、私はアホに嘲笑を受けた。今まで生きてきた中で、これ以上のない屈辱である。

 

 とは言え、状況は飲み込んだ。

 

 そうか、ゲ◯まみれ泥酔状態だった私を介抱するためにこんな部屋を借りたのか。つまり、深夜に部屋を借りられる場所と言えば、逢い引き宿くらいしか無かったのだろう。

 

 取り敢えず、私の身は安全のようだ。

 

「なんだかすっごく色々と言いたいことがあるのですが、とりあえずはお礼を言っておきましょうか。運んでくれてありがとうございます」

「何、僕らの仲じゃないか。とはいえ、確かに逢引き宿に運び込むのは常識知らずだったかな。僕も謝るよ」

 

  相変わらず何を考えているのかよく分からない胡散臭い表情のアホは、頭を掻きながら謝ってきた。だが、本当に謝る気があるのだろうかは疑問である。

 

 何と言うか、コレでいったん場を収めようという魂胆がスケスケだ。私が文句を言いそうな空気を察したらしい。

 

 ……人の事を腹黒扱いしているが、コイツだってかなり腹黒い人間だと私は思うのだ。表立ってあれこれ行動しているから目立っていないだけで、この男はいつも腹に策謀を隠して行動している。

 

 少しは、素直で優しい私を見習ってほしい。

 

「ま、それじゃあミカも目が覚めたし、僕は師匠のところに帰らなきゃだからもう行くね。あんまり遅くなって浮気を疑われても困る」

「事実、貴方は今、女を逢引き宿に連れ込んでますもんね」

「絶対師匠に言わないでよ、それ。ヤキモチを焼いてくれるならともかく、単に悲しそうな顔するだけだからなあの人は……。あ、そうそうミカ」

「何です?」

 

 そして、彼は去り際に不快な笑顔を作って、私の耳もとに囁いた。

 

「君は素直になればいいと思うよ、それだけで全部上手くいく。これは師匠に内緒にしてほしいんだけど、僕の初恋はミカ、君さ」

「……うわ、それは」

「でも君、僕に興味なんかなかったでしょ。その上アレクと両想いっぽかったから、割かし早く諦めたんだ。だというのに、ミカは照れ隠しにアレクを振るわ、意地を張って未だにツンツンしてるわ。見ててこれ程ヤキモキする恋愛もそうそうない、僕を見習ってストレートに告白に返事すればよかったのに」

「……いや、貴方が直情的すぎるんですよ。決闘に勝ったから告白だ、なんて蛮族染みた恋愛はしたくありません。……というか、アンジェも大概ヤキモキ……おっと、何でもありません」

「ミカは頭が良いから、ゴチャゴチャ考えすぎて一周して馬鹿な事をしてると思う。お酒の力借りてでも良いからさ、自分の心に素直になってアレクに話してみたら?」

「べ、別に私はアレクの事とか」

「素直にならないと、アンジェあたりに攫われるよ? マジで」

「……む」

 

 そいつは実に楽しそうに、私に言いたい放題言ってきた。

 

 余計なお世話である。だが、さっきからコイツは無駄に的確に助言をかましている。

 

 その通りですよ、まさに失恋してフリーになったアンジェにもってかれそうで焦っているんですよ、今!!

 

「でも、以前にこっぴどく振ってしまいましたし。なんかアレクからは悪魔扱いされてますし。冗談とはいえこの間なんて、酒場にいた悪魔祓いをけしかけてきたんですよ? 浄化して貰え、だなんて言って」

「あっはっは、アレクはデリカシーがないからねぇ」

「ショックで目の前が真っ白になって、吐き気と頭痛が止まらなくなりましたよ。寒気すらしてきて、しばらく体調を崩しました」

「……悪魔祓い、効いてないかそれ」

 

 む、失礼な。ショックで寝込んだってだけなのに。

 

「ま、後はミカ次第だね。大丈夫、ミカは黙ってさえいればかわいいよ」

「それ、誉め言葉になってないって気づいていますか?」

「次にこの街に戻ってくる頃に、良い報告が聞けるのを期待してるよミカ。あ、そうそう、アレクからの告白を待つのは止めた方が良いよ? もう、向こうは完全に脈なしだと思ってるみたいだし」

「……」

「ミカから素直に一言、『好き』って言えたら上手くいくさ。頑張ってね!」

 

 そして。その男は上から目線に色々と助言を投げつけてきた挙句、颯爽と部屋から去っていった。

 

 ふざけるな、と言いたい。『好き』とそう簡単に言えないから、こんなにも私は苦しんでいるのだ。

 

 だいたい、アイツのせいで私たちの人間関係が複雑化しているのに、そこには一切気付いていない。本当に、勝手な男である。

 

 だけど。

 

「……言葉に出してみたら、少しは変わるのでしょうか」

 

 今までずっと、恋愛に関しては受け身に動いて来た。アレクから告白されるのを待って、アレクが他に靡かない様に邪魔をして。それで、何時まで経っても関係は進展しなかった。

 

 アイツの言う通り、そろそろ直情的に動いてみてもいいのかもしれない。いや、アンジェがフリーになってしまった今、私から行動していかないと間に合わないかもしれない。

 

「好き、か」

 

 いまさら、私がアレクにそんなことを言って笑われたりしないだろうか。また、悪魔呼ばわりされて冗談だろと流されたりしないだろうか。

 

 怖い。怖くて仕方がない。けれど、

 

「……勇気、出してみますか」

 

 見事、自分の恋を成就させた男の助言である。案外馬鹿にできないかもしれない。

 

 私はひそかに、一世一代人生初めての告白をする決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえりミカ」

「おや、アンジェ。起きていたんですか」

 

 日の出前の道をのんびり歩き、自分の部屋に帰り着いた私は満面の笑顔のアンジェに出迎えられた。どうやら、既にお目覚めらしい。

 

「二日酔いは大丈夫ですか? 解毒をしましょうかアンジェ」

「いや大丈夫だし!! なんかもー、おめ目ぱっちり意識はっきり、みたいな!?」

「朝っぱらからテンション高いですね、アンジェ。まだお酒が残っているんですか?」

「そんなことないし!!」

 

 ニコニコと、アンジェは快活に笑っている。昨日までの凹みっぷりが嘘の様だ。

 

 一晩愚痴を吐いて、少しは心に折り合いがつけられたのだろうか。

 

「あ、そういえばアレクはどこですか? 押し入れに転がしておいたんですけど」

「アレクはね、しょんぼりして自分の部屋に帰っちゃったよ」

「しょんぼり? あー、あのアホにボコボコにされたのが悔しいんですかね」

「違う違う、あのね? アレクってば意識が戻ったら、すぐに部屋を飛び出してあの人を追いかけたんだよ。負けたのが悔しいらしくて、絶対リベンジするって」

「ですから、悔しかったのでしょう? あれで負けず嫌いですからね、アレクは」

「そーじゃなくてね。アレクが凹んでるのは、偶然見ちゃったんだって」

 

 アンジェは相変わらず快活に、朝日も昇らぬうちからハイテンションに笑い飛ばしている。だけど、私は少し気になる事があった。

 

 あれ? アンジェ、さっきから満面の笑顔だけど、目が一切笑ってなくないか?

 

「アレクってば、ミカとあの人が二人で逢引き宿に入ってくところを見たんだって!!」

「……」

「ミカ、随分甘えてたんだってね。体重を預け切って、しっかり抱き着いてたって聞いたよ」

 

 

 

 

 

 ……いやまぁ、意識がなかったわけで。そりゃあ、体重を預け切りますとも。

 

 

 

 

 

「気付かなかったなぁ! ねぇ、いつからミカはそういう関係になってたの!? オルメア様がいるから、ミカは二番目って事なのかな? そんなただれた関係で大丈夫!?」

「……いえ、あのですね?」

「びっくりだよ。本当にびっくりだよ。アレクの悪ふざけとか冗談とかだと最初は思ったんだけどね、アレクってばガチトーンで泣き出しちゃって、これはマジなんだなーって。アレク、そういう腹芸はできないしね。本当なんでしょ、ミカ?」

「ほ、本当か嘘かというと、高度な政治的判断を要するので返答は……」

「……本当なんだね? 信じてたのにな、ミカ」

「ちょっ……ストップ!! ストップですアンジェ!! 目が怖いです、いったん冷静になってください!!」

 

 こうして。私が目に光がなくなった笑顔のアンジェを説得するのに、半日以上の長い話し合いが必要になったのでした。

 

 ……本当に。

 

 本当にあのバカは、いつも私達の人間関係を引っ掻き回す!!


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