悪役令嬢プロデュース   作:ななせせせ

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 会場の片隅。

 誰の目にも留まらないように壁際で静かに過ごす。

 踊るのは好きだけど、踊りにかこつけて身体を触ろうという魂胆が見え見えでは踊る気も失せる。

 流石に何もしないで立っているというのは目立つため、少しばかりの食事とお酒を手にとってはいるけれど。

 

 

(でも、あの子は……)

 

 

 私には一人、妹がいる。

 フラウ・ユークリウッド。野に咲く一輪の花のようにたおやかで可愛らしい、最愛の妹。こんな生意気そうな顔の私とは違って、見るものの心を温かくする優しい顔の子。

 だからこそ、あの子が誰かと接触することが出来ないように幽閉されていることが辛い。きっとあの子なら、すぐにたくさんの友達に囲まれるはずなのに。冷たく暗い灰色の塔の中で私か侍女くらいにしか会えないだなんて。

 

 フラウの髪は新雪のように真白だった。肌は血の気が感じられないくらい白く、瞳はルビーのように真赤。身体がとても弱くて、日光に当たるのも気をつけなければいけない。目だって近くのものしかはっきりと見えないから、小さな塔の中ですら補助する者が必要になる。まるで触れれば壊れてしまいそうな、妖精を思わせる子だった。

 両親は、そんなあの子を嫌悪した。

 身体を守るためだと言って離れの小さな塔に閉じ込め、身体に障るかもしれないと人が彼女に会うことを禁止した。唯一の例外は長いことうちで働いている老侍女。それから目を盗んで会いに行く私。あの子の世界はそれだけだった。

 

 それでも、あの子が成長して身体も大丈夫になったら言い訳もつかなくなって外に出さざるを得ないはず、と甘く考えていたのが悪かった。

 

 恐らく、父はあの子を売ろうとしている。

 愛玩用か、それとももっと別のおぞましい目的か。

 その特異な容姿は確実にその手の輩に人気が出ることは想像に難くない。

 

 

(それに……まさかユークリウッド家が人身売買をしていただなんて)

 

 

 父が筆頭使用人と話しているのを聞いてしまったのだ。父の、『帝国の方で需要が高まっている。特に今は、愛玩用が高値で取引されているようだ。いつも通り、国境警備隊に金を握らせて黙らせておけ』という言葉。それに対して当然のことだと言わんばかりに肯定した使用人。

 

 吐き気がこみ上げた。

 

 母は知っているのだろうか。使用人たちは? 歳の離れた兄は?

 少なくとも父とその周辺人物、それから懇意の貴族家は信用できない。疑いたくはないけれど……母と兄と使用人全員がグルだと考えるべきだ。

 どうにかしてこの事実を誰かに伝えなければならない。そして我が家の『商売』を辞めさせなければ。

 

 でもどうやって? 誰に頼れば?

 

 

「きゃあ!?」

「っと、すまない。怪我は?」

「え、ええ。ごめんなさい、少しぼうっとしていて……」

 

 

 ワインを取りに行こうとした所で軽い衝撃。

 どうやら誰かにぶつかってしまったらしいと気付いたのは相手が謝ってから。

 自分からぶつかっておいて謝りもせず呆けていたなんて恥知らずにもほどがある。いくら家の悪行のことで気が参っているとはいえ……今は舞踏会にいるのに。

 

 

「って、ヴァーミリオン様!? あっ、もっ、申し訳ございません! ああ、お召し物に染みが……どうしましょう……!!」

「お気になさらず、ユークリウッド嬢。こんな安物の服はどうにだってなりますし。それよりも貴女に怪我があるかどうかの方が問題だ」

 

 

 ――眩しい。

 その銀色を間近で見るのは初めてだったけど、なるほど確かにこれは王子の親友と呼ばれるに相応しいお方だ。

 

 誰よりも貴族らしく、弱きを助け強きを挫き、正義のために身を粉にしているという噂だけが社交界に広まっていた。……そう、噂だけだったのだ。

 実家は騎士の家系で、しかもあの“D”だ。早々招待できるような家もなく、パーティーなどにはほとんど姿を見せない。そんな時間があれば御父上の代わりに政務をこなしたり時に龍の討伐に向かうなど、民のために自らの身を犠牲にしているという話だった。それでも王子がよく『人生で最高の友』とか『私が最も信頼する男』とお話になることもあってかなり注目を集めていた存在。

 

 こうして実際に会ってみればそれが本当なのだとよく分かる。

 この方は……直視するには眩しすぎるくらいに『善』だ。

 

 でも、何故今夜の舞踏会に? いつもならば色々と理由をつけて断っていたはずなのに。

 

 

「ヘクセンさまぁ? どちらにいらっしゃるのですか~? わたくし、ヘクセン様のお話をお聞きしたくてぇ」 

 

 

 ぱたぱたと軽い足音がいくつか近づいてきた。

 間延びした甘え声でしきりにヴァーミリオン様のお名前を呼んでいる。

 

 

「おっと……もう追い付かれるか。彼女らには私があちらに行ったと伝えてくださいませんか。ダンスは苦手としているのですが、女性の誘いを断るわけにもいかずに逃げてきた所だったので」

 

 

 困ったように笑いつつ、彼はそう言って立ち去ろうとする。

 ――待って、と。

 そう言う前に身体が動いていた。スーツの袖を掴んで、その動きを止めさせる。

 

 

「それでは、こちらに。そのスーツでは人前に出るわけにも行きませんでしょう?」

「その、私には……」

「大丈夫です。少し話しただけで妊娠した、などと触れ回るつもりはありませんから。それともユークリウッドの女は信じられませんか?」

「……分かりました。匿っていただけるのであれば、ありがたく」

 

 

 きっとこの人なら、何とかしてくれる。

 そんな根拠のない信頼感に突き動かされての行動だった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 奥の控室にまで来てしまえば、流石にあの貴族娘たちもやってはこないようだった。相当しつこかったのだろう、彼の顔には微妙な表情が浮かんでいた。

 ワインの染みがついてしまった彼のスーツはうちで預かり、後日綺麗にしてから返すということで解決。

 家格を考えればありえないほどの恩情だった。

 歴史ではユークリウッドに敵うところはないけれど、この国では実績が第一だから家格という点ではうちは低い方に入る。

 元々しがない貿易商だった初代が運よく流れに乗って商会を大きくした後、二十年ほどはほぼ全ての物資をユークリウッドが供給していたらしいとか。あまりにも大きな商会になったため、その頃につけられたのが“G”の称号。グレートとかジャイアントとか、そういう意味合いらしい。

 ……今ではその面影もなくなって久しいけれど。

 

 

「……そういえば、ユークリウッド家は最近どうですか?」

「え……?」

 

 

 不意に、そんな声が掛けられた。

 

 

(どういうこと……? そんな聞くようなほどのことなんてうちには……いえ、まさか)

 

 

 ――気付いて、いる?

 ユークリウッドの悪行に、勘づいているということなの?

 もしそうなら……私を通じて情報を引き出そうとしている、とか。

 

 ちらりとドア付近に目をやる。

 人払いはしたけれど、ヴァーミリオン家の使用人とうちの使用人はついているはず。

 ユークリウッドの関係者が信用できない以上、どうにか気付かれないようにしなければ……そうだ、あの子。あの子のことをどうにか助けてもらわないと……!

 

 

「……そう、ですね。最近は帝国のお方との取引が増えていると、父が言っていましたわ」

「なるほど。そういえば、アンドリュー殿下も帝国とは“仲良くしたい”と仰っていました」

 

 

 な、仲良く?

 いえ、これは暗号……だとすると、今の言葉は。

 

 

『アンドリュー殿下は帝国と開戦する用意がある』

 

 

 こうかしら……?

 まさか、そんなことはな――いえ。

 確かこの前見た国内の物流では国境沿いの砦に物資が流れていたような。期限切れのものとの入れ替え作業がどうとかあったけれど、そうではない?

 そしてそれを私に伝えたということは。

 

 内通しているユークリウッドを潰す用意しているということ……!

 

 

「ええ、ええ。それは良いことだと思います。私の家でも積極的に人材をあちらに派遣していますし、私の兄妹も帝国に行くかもしれないと話しておりましたの。ただ……」

「なにか?」

「向こうに馴染めるかが不安でして。周りとよい関係を築けると良いのですが……何分あまり外に出たこともありませんから」

 

 

 これで、気付いてもらえたかしら。

 かなりギリギリだけど、危険を冒してでもどうにかあの子を助けたい。

 最悪私はどうなってもいい。

 

 

「それはそれは……確かに不安ですね。でしたら、どこかで一度経験を積んでおくのもよいかと思いますよ。例えば、侍女として王宮で働いてみるとかもいいと思いますし」

「へっ!? ……失礼しました。それはつまり、王宮の方で準備されていると捉えてもよろしいのですか?」

「? ええ、まあ」

 

 

 流石は『あの』ヴァーミリオン家最高とうたわれた頭脳を持つお方。

 どこまでが関わっているか分かっていて、関わっていない者たちを保護するための根回しまですでに済ませておいでだった、と。

 アンドリュー殿下が最も信を置くだけはある。

 

 このお方は、あまりにも優しくて強い。

 

 知らず緊張で強張っていた全身から力が抜けた。

 もうあの子が苦しむ必要はないのだと、そう理解できたから。

 

 

「ヴァーミリオン様は、私に妹がいることをご存知だったのですか?」

「……え、ええ」

 

 

 恐らくは、知っていながら手出しすることが出来なかったこれまでを悔やんでいるのでしょう。その顔が僅かに歪んでいます。

 なんて優しいのかしら。彼のせいではないというのに。

 

 

「……そうですか。出来れば、ヴァーミリオン様の所へ行かせていただきたく存じます。こうして実際に話してくださった、貴方の所がいいのです」

「……も、もちろん」

「ありがとうございます。では、私はこれで。出来るだけ早く家につかなければなりませんから」

 

 

 返事も待たずにそのまま逃げるようにして部屋を出てしまう。

 失礼にもほどがあるけれど、仕方が無かった。

 隣にいるだけで胸が苦しくなって仕方がなかった。

 あれほどのカリスマと、強さを見せつけられたら、それだけでもう。

 

 

「っ、やだ……もう」

 

 

 着替えはあっただろうか。

 と、そんなことが脳裏をよぎる。

 

 のしかかるような不安は全て消えていた。




一応言っておくと外の人たちに会話は聞かれていません。
ですので使用人たち的には何があったのか分からないけど突然令嬢が飛び出してきたという感じのあれです。
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