漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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小説、アニメ版オーバーロードのヤルダバオト編
エントマが敗退し、ヤルダバオトが来た辺りからの開始となります
そこまでの話はweb小説版とは少し違いますので、web小説版のみ知っておられる方はご注意ください


1章 ヤルダバオト編
1章 王都 ヤルダバオト編-1


「良い夜だな」

 

 仰ぎ見る夜空は澄み渡り、雲一つない様相だ。思わず出たこの言葉に不信を抱くものなど皆無だろう。だが寒暖など感じないこの不死の身体が少しだけ肌寒く感じるのは、この城下町──リ・エスティーゼ王国城下町──に漂う不穏な空気のせいだろうか。

 レエブンなる貴族に呼び出され、それから荷物よろしくナーベことプレアデスのナーベラル・ガンマと共に空を運ばれ手持無沙汰にしている私ことモモンは、城下で行われているであろう家臣たちの対八本指への報復を少しばかり心配していた。

いくら人間達が八本指への攻勢を行う場に乗じているとはいえ、だ。

 

(セバスは大丈夫だろうか)

 

 確かツアレといったか、人間のメイド。それを助けるためにセバスは一人で行動を起こしているはずだ。デミウルゴス達は『メイドを助けるのは二の次』だと言及していた。いくらセバスが強いとはいえ、プレイヤーを含む強敵が隠れているかもしれない現状での単独行動は避けて貰いたかったものの、皆の主人たる行動を行わなくてはならない今ではそういった行動をせよと言うわけにもいかず。結局一人でセバスを行かせてしまったのだ。

 

(あれは…?)

 

 ふと夜空に場違いなものが見えた気がした。いや、人間ではない今『見えた』ということは『間違いなく見えている』ということ。偶然でも幻覚でも空想でもなく。

 あれはエントマの移動用の蟲だ。間違いない。

 だがあんな目立つ大型の蟲をデミウルゴスが不用意に使わせるとは思えず目を凝らせば、どうやらエントマはぐったりとしているようで蟲に運ばれて撤退しているようだった。

 

(エントマが死んだ?いや、死んだのであれば蟲使いとしての能力が発揮されるわけはないだろう)

 

だとすれば、何者かの強敵との戦闘を行って敗退したという事なのだろう。だがあの大型の蟲で移動するなどただの的でしかない。それでもなおそれで移動しているという事は、転移阻害系の魔法なりスキルなりで妨害されているという事。そして的にされていないという事は…

 

「どうされました、モモンさ──ん」

 

相変わらず妙な癖(まず間違いなく様付けしようとしてしまい、無理矢理修正したのだろう)のある呼び方で隣に座っているナーベが話しかけてくる。

 

「……どうやらあそこで戦闘が行われているようだ」

 

 フローティングボードで自分たちを運んでいる二人の魔法使い達がいるため、『重症のエントマが見えた』とは言えず、飛び立ったであろう付近を指さし立ち上がった。完全に偶然だったのだが、指を指した瞬間に眩い魔法の光が上がるのが見えた。

 恐らくそこにエントマを撃退させた強敵が居るということなのか。ならばここで始末しておくべきかどうかを決めなくてはならない。

 

「先に行く。ナーベは彼らを安全な場所へ誘導した後に来るんだ」

「はっ!」

 

 レエブンという貴族の息のかかった二人の魔法使いに始末する様を見せるわけにはいかない。今の私はアインズ・ウール・ゴウンではなく、漆黒の英雄モモンなのだ。

 英雄に必要なのは醜聞ではない。弱者を助け、悪者を倒す必要がある。故に見せられない。

 それを感じ取ってくれた──の、かは分からないがナーベの短い了承の言葉と同時にエントマが戦闘を行ったであろう場所へ向かって大きく跳んだ。英雄らしく、格好良くを信条に。

 

(……あれは、デミウルゴスか?)

 

 飛行の魔法を使えない故に跳んだら最後、自由落下する他ない故に重力に身を任せながら落ちているときに特徴的な赤いタキシードのような服と尻尾が見えた。仮面を被ってはいるものの、無二の友たちが作った『子たち』を見間違えるはずもない。

 相対しているのは小さい子供のようだ。恐らく13,4歳くらいだろうか。赤い襤褸のようなフード付きマントを目深に被り、仮面を付けているが故に表情は伺えない。だが仮面を付けたデミウルゴスと相対していること、そして周囲がかなり破壊されていることから察するに、奴がエントマをやったのだろうことは間違いないはずだ。

 とすれば転移系を阻害しているのはデミウルゴスなのだろう。エントマを撃退した奴を逃さないために。

で、あればここでデミウルゴスと共闘し奴を倒すのがアインズ・ウール・ゴウンとして正しいのであろう。で、あろうが……

 

(今の私は漆黒の英雄。モモンだ!)

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 ドーン!!!!!と、巨大な音と共に『なにか』が空から降ってきた。奴──ヤルダバオトの魔法やスキルかとも思ったが、どうやら違う。それならば無意識にでも身体は動いてくれただろう。避けられずとも、致命傷を避けるために。

 だが口から出た声はあんまりといえばあんまりなものだった。緊張走る戦闘中に出るはずのない声だった。それもそのはずだ。何せ降った場所には『フルプレートに包まれた人』が立っていたのだから。

 

「私はアダマンタイト級冒険者、モモンだ。そちらは同じくアダマンタイト級冒険者。蒼の薔薇所属のイビルアイ殿とお見受けする。相違ないか?」

「は、はいっ!まちっ…間違いないです!」

 

 なんという大きな背中だろう。通常であれば両手で持たなくてはならないだろう巨大な2本の剣をそれぞれ片手で軽々と持ち、ヤルダバオトに相対するその後ろ姿。なんと頼もしいことか。

 彼ならば奴をなんとかしてくれるのではないかと夢想してしまい、思わず今まで何百年も出したことのないような──まるで恋する生娘のような上擦った声が出てしまっていた。しかも少し噛んでいる。

 

(な、なにをやっているんだ私はぁっ!!)

 

 緊張走る戦場であるというのに思わず両手が仮面で隠れている顔へと伸びてふさいでしまう。恥ずかしいという気持ちが制御できないほどに溢れ出してくる。冷静でないといけないというのに。

 

「お初にお目に掛かります。私はヤルダバオトと申します」

「ヤルダバオト…? そうか」

 

 思わず悶え、のた打ち回りたい私の気持ちなど周囲が待ってくれるはずもなく、漆黒の英雄モモン様と奴──ヤルダバオトは、まるで往年の知り合いであるかのように話していた。とはいえ、友達ではないだろうことは確実だ。彼の剣は常に奴の方を向いており、一瞬でも隙を見せれば一瞬の元に切り伏せるだろうことはまず間違いない。

 

「我々を召喚、使役するマジックアイテムがこの国に流れ着いたと情報を入手しましてね…」

「ほう…」

 

 緊張の走る最中の会話。ああやって奴の情報を入手しているのだろう。流石は超一流冒険者、ということか。馬鹿の一つ覚え宜しく、行き成り切りかかった私達とは大違いだ。

 

「ではどうあっても、我々は敵対するしかないのだな」

「はい、その通りでございます。無論、負けるわけにはいきませんので全力で対応させていただきます」

 

 やはり彼ほどの冒険者でも奴は荷が重いのだろうか。何とか敵対──いや、戦わずに済む方法を模索していたのだろう、だが奴の一言で一気に空気が変わっていった。

 そうだ、荷が重いのは彼ではなく私たちだったのだ。その証拠に彼の気迫は衰えるどころかさらに激しさを増している。

 私達を守るために、だから全力で戦えない。だから戦いを避けようとしてくれたのだ。

 

「はぁっ!!」

 

 私の目を以てしても見えぬほどの高速移動からの斬撃。強いと自負していた自身が一瞬で砕け散ってしまう程に恐ろしく、美しく、何より芸術的ともいえる一撃がヤルダバオトを襲った。

 彼の武技なのだろうか。ただの斬撃のはずなのに、真後ろに居る私にも衝撃波が届くほどに鋭い一撃。奴は流石に私達と戦っていた時のような余裕ぶった雰囲気は一切ない。全力の防御と受け流しでなんとか持ちこたえているといった風だった。

 だが当然その一撃で終わるはずもない。人はここまで逸した動きが出来るのだろうか。そう思う程の連撃をモモン様は続けて行っていく。よくある足を止めての連撃ではない。常に高速に動き回り、常に死角からの一撃。それを連続で、まるで連撃のように放っている。

 正しく、これが英雄たる存在の力というものなのか。そう思えてくるほどに。

 

(がんばって、ももんさま…)

 

 とうに動かなくなったはずの私の心臓から鼓動が聞こえる。錯覚でも良い。私を背に、守りながら戦う彼の姿に、英雄に守られる姫のような思いが溢れてきたとして誰が責めようか。

 

「これはどうですか!悪魔の諸相:触腕の翼」

 

 まるで神人ともいうべき彼の攻撃に、地上では勝てないと思ったのだろう奴は空中へと飛び上がり──

 

「しまっ…!!」

 

 それが奴の攻撃だと気付けなかった。避けることも防ぐことも出来ず、ただ身を丸くするほかなかった。死んだ。そう思った。

 だが、違ったのだ。そう、彼が、英雄たる彼が居てくれた。守ってくれたのだ。

 触手のようにうねるというのに彼の高速の剣戟に弾き飛ばされていくそれらは、まるで金属の様な音と共に弾き飛ばされていく。

 ただの一発もこちらに来ない。まるでスコールのように降り注いでいるというのに。

 

「怪我はないようだな。安心した」

「あのっ、肩に!大丈夫ですかっ!!」

 

 やはり全ては防ぎきれなかったのだろう彼の方には一本の触手がうねりながら突き刺さっていた。だがそれを気にした様子も無く、『問題ない』と容易に抜き、捨てる。

 全て。そう、全てだ。彼の全てが素敵過ぎた。

 

「お見事です。彼女たちを無傷で守り切るとは……このヤルダバオト。惜しみない称賛を送らせていただきます」

 

 思わず顔に手をやると、まるでファイアボールの直撃でも受けたかのように顔を覆う仮面が熱くなっている。止まっているはずの心臓がドクンと高鳴る。

 

「ひゃうっ!?」

 

 さっきから自分の声がおかしい。身体がおかしい。まるで自分のものではないかのように自由に、十全に動けない。今だってそうだ。ただ彼に抱きしめられただけ──抱きしめられた?

 

(あぁ、世界中の吟遊詩人たちよ!恋する乙女たちよ!私はただの夢物語だと笑っていた!)

 

片手で軽々と抱き上げられたその様は、正しく。そう、正しく

 

(本当の騎士様って、こうやってお姫様を抱き守りながら戦うんだぁ…)

 

 私は今、騎士に守られる姫であった。

 そしてさらに戦闘は苛烈を極めていく、そう思ったときだった。

 

「さて、私はそろそろお暇させて頂きます」

「逃げるのか?」

 

 奴は逃げ始めたのだ。流石の彼でも私を守りながらでは追えないのだろう、奴との距離はどんどん開いていく。

 

「えぇ、貴方程の方に勝つには少々手が込みそうですし、私の目的とは違いますからね。今から私の探すマジックアイテムがあるであろう場所を中心として炎で包み込みます。その中に入ってくるというのであれば、煉獄の炎が貴方がたをあの世に送ることを約束しましょう」

 

そう奴が言うが早いか、既に奴の姿は月の光の中に消えて行っていた。


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