漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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2章 王都 漆黒の英雄と蒼の薔薇編ー3

「そら! そらそらそらぁぁ!!」

 

 王都から半日ほどで来れる広い広い草原。ガガーランさんの両手持ちハンマーの連続攻撃による打撃音が鳴り響く。とはいえ俺もただ立っているわけでもただ殴られているわけでもなく、全ての攻撃を二本のグレートソードで捌いていた。

 会った冒険者の中では指折りの力の様だが、それでも強いとは思わない。攻撃速度こそ両手武器を使ってる割にはそれなりではあるものの、単純な力で言うならデスナイトとそこまで変わらないのではないかと思ってしまう。恐らくハムスケの方が力が強いだろう。技術という意味ではあのクレマンティーヌの方が歴然と上だ。

 

(この辺りが人間の限界なんだろうか? いや、俺の様にユグドラシルから来た人間ならば間違いなく桁一つは高い力を持っているはず。でも──)

 

 言い方は悪いが『この程度』で人類最高峰なのだろうか。英雄に匹敵すると自負していたクレマンティーヌですら俺が魔法を使う必要すらない程度の強さしかなかった。確かに技術は凄い。素人丸出しで能力任せな攻撃では掠りもしなかった程だ。だが慣れてきた今ならあんな倒し方ではなく、普通に冒険者モモンとして戦えるだろう。それは俺が強くなってきているからなのか、それともこの身体に慣れて十全な力が出せるようになってきているという事なのか。

 

「隙ありっ」

(無いんだけどなぁ…)

 

 恐らく死角と思われる──そもそもアンデッドに死角なんて無いけれど──位置からティアが攻撃を仕掛けてくる。そのタイミングを見計らってハンマーを強く弾いてバランスを崩させ、剣で──やったら両断してしまう。剣を放してナイフを持った方の手を掴んで大きく投げた。

 流石は忍者ということか、空中でバランスを取って軽く着地してしまう。叩き付けでもしない限り投げても効果は無さそうだ。

 

「あぁクソ。隙がねえ崩せねえ。自慢の力も足元にも及ばねえと来てる。こっちはガチだってのにさ」

「さっきから手加減ばかりされてる。今だって剣で防いだら私が危ないからってわざわざ剣を手放して投げてた」

 

 流石に自分たちが何をされているか位は理解してくれているのか。しかし、よくこれでエントマに勝てたものだ。やはり『あの魔法』のお蔭という事か。アルベドが纏めて送ってくれたエントマからの報告書によれば、イビルアイが来るまで一方的に蹂躙出来ていたらしい。そしてシズからの報告書では、イビルアイ自体もそこまで強くはないとのことだった。恐らくはレベル50を超えては居るものの、レベル70までは行かないのだろう。デミウルゴスの報告書によれば彼女たちは《ヘルフレイム/獄炎》で即死したらしいからレベル40すら怪しそうだ。下手をすればデスナイト以下か。

 やはりクレマンティーヌが言っていた『英雄』。そしてニグンの言っていた『魔神』。決しておとぎ話などではなく確実に存在していた──いや、一部は今なお存在しているだろう者達。

 

(その中にシャルティアを洗脳した奴らが居る。そういうことなのだろう)

 

 ワールドアイテムを有し、シャルティアを洗脳し己が意のままに操ろうとした者がいる。決して許せる所業ではない。それに比べればこいつらがした事など大したものではないと言える。小事に目を瞑り、大事に対抗するのだ。

 

(その為にはこいつらのコネに名声、情報網は欠かせない)

 

 息が上がってきたのだろう。俺が考え事をしながら弾いていたら、いつの間にかペースが乱れてきている。アンデッドは疲れないから、そういった機微を感じる事は出来ない。ナザリックとて同じ事だ。クリーンでホワイトな会社ナザリックを目指すならば、休息はかかせない。そういう意味でもこいつらで練習しておいた方が良いだろう。

 同時に攻撃してきた二人の攻撃を大きく弾き、『終わりだ』と一言告げてからイビルアイの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まだ──ぐぅっ──」

 

 モモンが離れたことで緊張していた身体が緩んだのだろう。一気に疲労が吹き出してくる。ほんのついさっきまで羽のように軽かった愛用のハンマーが『疲れた』と言わんばかりに地面から離れてくれなくなってしまっていた。

 ティアの方を見ればいつもの涼しい顔は見る影もなく、まるで服を着たまま行水をしたかのように全身がぐっしょりと濡れたまま地面に突っ伏していた。仰向けになる元気すら残っていないのだろうティアの肩を掴み、少し乱暴にひっくり返した。

 

「感謝。あのまま窒息死するかと思った」

「ズタボロだなぁ、お互い」

 

 奴は一度も攻撃していない。俺達が一方的に攻撃していただけだ。だというのにただの一度も攻撃は当たらず、全て弾かれるか避けられるかしてしまっている。これが同じアダマンタイト級だと言えるのだろうか。奴をアダマンタイト級の基準とするなら、俺もティア達も等しくカッパ―なのかもしれない。

 

「あぁクソ。高ぇなぁ…」

「リグリットとどっちが強いと思う?」

 

 向こうを見れば、どこの村娘だと言いたくなるほど甲高い声を上げながらイビルアイは奴に引っ付いている。あれだけやったというのに息一つ乱れている感じがしない。まさしく化け物と言えるタフさ、強さだ。

 ふとティアから聞かれたババア──リグリット・ベルスー・カウラウの事を思い浮かべる。アレとどちらが強いかと。

 息一つ乱すことなくこちらに悪影響が出ない程度に手加減し続ける漆黒の英雄モモンと、ゲラゲラと笑いながら『やめてくれ』と泣くイビルアイをボコボコにした元十三英雄の一人。自分と強さの次元が違いすぎる二人。どちらが強いかと聞かれたら『どちらも強い』と言う他ない。

 

「分かるわけねぇだろ。次元が違いすぎらぁな」

「うん、そだね」

 

 一緒に蒼の薔薇に居た時には時々件の十三英雄についての逸話──実体験をよく聞かされていたせいか、親近感が強い。近くに居たから気付かなかった。いや、気付く力すら無かった。それで強くなったと勘違いしていた。アダマンタイト級だからと。

 

「俺ら、弱ぇな」

「うん、でも強くなれる」

 

 ティアの言葉は漠然としたものではなく、はっきりとしたものだ。今はまだ雲の上かもしれない。だがそこへの道程はある。イビルアイの様に人であることを捨てるのではなく、人であるが故に強くなれる事もあるだろう。

 

「良い顔しているな、二人とも」

「発情期が何の用だよ。愛しのももんさまーの所に居れば良いじゃないか」

 

 『誰が発情期だ!』と憤慨するイビルアイにニヤリと笑う。お前だよと。ヤることを覚えたガキの様な顔していると気付かないのだろうか。しかし憤慨していたイビルアイはあっさりと矛を収め、ドヤっと良い顔──いやムカつく顔をした。

 

「惚気はいらねえぞ」

「そういうのは酒の席で思う存分聞かせてやる。あのな、モモンさんの言葉だよ。よく聞いて心に刻め」

 

 だるい身体を起こしながら、イビルアイを軽く睨む。何なんだ一体。ティアも何事かと起き上っている。大分力が戻ってきている証拠か。

 

「モモンさんは数多の強者を見てきたそうだ。その前提で聞け」

「ンだよ。勿体振らずにさっさと言えよ」

 

 

 俺はバタリと倒れ込む。身体が震えていた。空が滲む。あぁ、そうか嬉しいからか。なんだろうな。良くある普通の言葉だって言うのに。その言葉が一番欲しかったという事なのだろうか。

 

「ガガーランでも泣くんだね、驚き」

「うるせえよ。俺は女なんだ。泣きもするさ」

 

 乱暴に涙を拭けば、視界に涙でぐしゃぐしゃになった顔を必死に拭いているティアが見えた。俺と同じくコイツにも『効いた』のか。それだけ渇望し、同じだけ諦めようとしていたのかもしれない。

 

 

 

──お前ら、今よりずっと強くなれるってさ。

 

 

 

 

 

 

「ももんさーん、寝てますかー?」

 

 時は深夜を回った所。場所は宿屋。だたの宿屋ではない。モモンさんが止まっている宿屋だ。そこに抜き足指し足とこっそりやってきたわけだ。もう寝ているだろうか。どんな寝顔しているのだろうか。仲良くなってきた感じがする今こそ、ステップアップする時期なのだと一世一代の決心をして来たは良いものの…

 

(えっと、湯浴みはしたけど…も、求められたらどうしよう…こう、もうちょっとこっち方面も勉強しておいた方が良かったなぁ…)

 

 小さな声で、起きないでと言わんばかりにドア越しにモモンさんが泊っている部屋の様子を伺うが、中で動いている気配はない。やはり寝ているのだろう。

 

(よ、夜這い朝駆けは女の嗜みって本にも書いてあったしな。よ、よし…行くぞ)

「お、おじゃましま──」

「ん? イビルアイさんですか。どうしました、こんな夜更けに」

 

 今は深夜を回ったところ。意を決して部屋に入ると、椅子に座っているモモンさんが居た。

 起きているとかそんな次元の話では無い。昼間見たフルプレートのまま。フルフェイスメットすら脱がない、一分の隙すら無い姿で椅子に座っていたのだ。

 一瞬で脱力してしまった。胸のときめきを返してほしい。けど大丈夫。わたし、今ときめいている。現金なものである。止まって久しい癖に。

 

「お、起きていたんですね…」

「ん、あぁ。私も寝る必要が無いですからね」

 

 そっかー。モモンさんも寝る必要が無いのかー。じゃあ起きて座ってても──

 

「え、『私も』って──え、モモンさん『も』?」

 

 そっと後ろ手でドアを閉め、鍵をかける。逃がさないとかそういう話では無い。この話は他人に聞かせていいものではないからだ。

 沸騰した頭が一瞬で冷める。この辺りはアンデッドで良かったと思える。私は無言で部屋に添えつけられた椅子──テーブルをはさんでモモンさんの真向かいに座った。

 私が準備出来たと分かったのだろう。何かアイテムを空中に投げると、空気が揺れた。違う。遮断系のものだ。恐らくだが外に音が漏れないようにするためのものなのだろう。

 

「モモンさん──モモンさんも『アンデッド』なんですか?」

「驚かないでとは言いませんが、いきなり攻撃したりしないで下さいね」

 

 しつこいくらいの念の押し様だ。それは私が信用できないとかそんな話ではないのだろう。恐らく今まで顔を見られた瞬間に攻撃されてきたからだ。私だってそうだ。それが怖いからこうして仮面をつけているのだから。だから、私は仮面をテーブルに置いた。信用の証として。

 

「紅く、綺麗な目ですね」

 

 本当に気障なヒトだ。でも躊躇しているのは見て明らかだった。言葉で濁し、出来ればこのまま有耶無耶にしたいという気持ちも分かる。けど、見たい。彼の──モモンさんの本当の姿を。

 

「見せてください、モモンさん。私に──貴方の顔を」

「見たら──戻れなくなりますよ」

 

 ここが分水嶺。ここを過ぎればもう戻れない。今まで通りにはいかなくなる。そう警告してくれている。

 優しすぎるのだ、彼は。例え自分が傷ついても、私が傷つかない様に。

 

「良いんです。もう、覚悟は決めました。全部、見せてください。私は、貴方の全てが知りたい。例え──」

 

 もう、傷つかなくていいんです。私が居ます。私が傍に居ますから。

 

「例え、世界が貴方を敵だと言っても。例え誰にも理解されないとしても。私は、貴方と共にあります。その結果──彼女達を傷つけることになろうとも」

 

 私の想いを分かってくれたのだろうか。暫く考えて、もう私が引かないと思ったのだろう。彼は『分かりました』と小さく頷いた。

 彼がヘルメットに手をやりゆっくりと持ち上げる。するりと抵抗なくヘルメットが上がっていく。尖った顎が見えた。白いものが見えた。白いものが肌ではない事に、歯が直接見えた事で気付いた。もう、分かった。半分も脱がないうちに。

 

「モモンさんはスケルトン、だったのですね」

 

 そう、モモンさんはアンデッド──スケルトンだったのだ。


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