漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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2章 王都 漆黒の英雄と蒼の薔薇編ー終

 ゆっくりと部屋が明るくなっていく。少し視線をずらせば朝日が昇ってきているのだろう、窓際から少しづつ陽光が部屋を照らし始めているところのようだ。

 ゆっくりと視線を戻す。美しい白き曲線が視界一杯に映る。それに私は指を絡ませる。人では出来ない行為だ。人でなければ出来ないこともあるが、人でないが故にこうやって愛おしき人の曲線──肋骨へと指を絡ませることが出来る。彼はくすぐったいのか、少しだけ身じろぎすると同時に頭上から視線を感じた。

 眠らぬ二人の眠らぬ一夜が終わりを告げたのだ。

 

「おはよう。キーノ」

「おはよう…ございます。モモン──ガ…さん」

 

 互いに名を──本当の名を呼び合う。二人だけの共有。なんと心地良いものか。心臓など動いてないはずなのに、彼に名を呼ばれただけで顔がカッと熱くなった気がしていた。

 たくさん──本当に沢山の事を話した。私がなぜ吸血鬼になったのか。十三英雄としてのこと。そしてモモン──モモンガさんのこと。そして、モモンガさんを生き返らせ、こんな──アンデッドにしてしまったアインズ・ウール・ゴウンのこと。

 確かに彼は力を求めたかもしれない。人ならざる力を。奴を──ヤルダバオトを倒すだけの力を。お蔭でヤルダバオトを圧倒できる力を手にすることが出来たかもしれない。けれど、それで良いのだろうか。この人は私と違う。弱かった私と。弱さから逃げた私と。泣いて逃げた私と。

 力を持ち、己が弱さを認識し。逃げないために力を求めた人。そのために全てを──そう、愛する人も、名すらも捨てて。

 私に何が出来るだろうか。何もできないかもしれない。実際長く傍に居た彼女──ナーベも何もできなかった。何もしなかったかもしれない。でもきっと、こんな復讐をずっと続けてほしいなんて誰も思っていなかったはずだ。

 でも、彼の想いは根が深い。何せ千年だ。高々数百年程度の小娘(ここが大事だ)には思いも依らぬ苦悩と、苦痛と、怨嗟と、怒りと。様々な思いが彼の中に渦巻いているのだろう。

 

「もう朝か。こんなにもベッドに長く入っていたのは久しぶりだな」

「私も、かもしれません」

 

 互いに人非ざる身。寝るどころか休憩する必要もない。それでも彼は私の儚い望みを叶えてくれた。

 彼と一緒に起き上る。ずれた毛布に肌を晒し、『あっ』というなんとも言えぬ彼の照れた──上擦った声に再び頬に朱が差す。一晩中肌を重ね続けたというのに、彼の視線に気恥ずかしさをかんじてしまい視線を合わせられず背中を向けたまま服を着始める。

 

(恥ずかしいけど、なんか嬉しいな…)

 

 恥ずかしいから後ろは向いて居るものの、何も隠さず人前で──いや、異性の前で着替えるなどこれが初めてなのだ。

 彼の視線をお尻に感じる。背中に感じる。微かに胸辺りに感じる。見てほしいと彼の方を向きそうになってしまう。なんとはしたない女なのだ、私は。朝になっても昨夜の興奮を抑えられぬとは。

 しかし私が気付いてないと思っているのだろう、彼の視線が段々大胆になって…

 

「起きたか、イビルアイ」

「うひゃあっ!? が、ガガーランか!!」

 

 無遠慮な声と同じく遠慮も無くドアが開かれ、ひょいとガガーランが部屋に顔だけ突っ込んできた。私は半裸のまま、彼女と目が合ってしまう。恥ずかしいなんてものじゃなかった。

 

「ンだよ。今の今まで乳繰り合ってたのか。ガキみてぇな事しやがって。後ろ見ろよ」

「え、うし…あぁっ!!もも──あれ?」

 

 ガガーランに後ろと言われ、そう言えばモモンガさんは裸──骨の姿のままだったのを思い出し、急いで振り返るも。

 

「何かあったのだろう。急げ、イビルアイ」

「は、はい。ひゃあっ!?」

 

 既に全身鎧を着こんでおり、その鎧の感触を確かめているのだろう。彼はガントレットを微調整しながらこちらに視線を向けていたのだ。いつの間に着替えたのか。いや、『こういう奴』が居るから着替えるのも自然と早くなったのだろう。年季と言うものが違うというわけだ。

 冷静な彼の声に急いで着替えを続けようとするも、無理な体勢で振りむいたせいでバランスを崩してしまいそのまま尻餅をついてしまった。

 

「ったく。色ボケしてんじゃねーぞ」

「だっ──誰が色ボケだーーーー!!!」

 

 『早くしろよ』という捨て台詞と共にドアが閉められる。私の抗議の叫びは空しく無人のドアに響くだけだった。

 

 

 

 

 

「どうだったの?」

 

 二人を置いて階段を下りていくと、既に集まっていたメンバーの中から声を掛けられる。確認せずともわかる。少し興奮した声。男に一切縁のないうちのリーダー様だ。

 

「どうもこうもないぜ。ありゃ間違いなくやったな」

「えぇうっそ本当なの!? うわぁ、イビルアイもとうとうしちゃったんだー」

 

 投げ出すように椅子に座れば『ギシリ』と椅子が鳴る。しかしゆがむ素振りも無い。流石は高級宿屋の椅子だ。『きゃあきゃあ』と黄色い声を上げるラキュースに辟易しながらウェイターにエールを頼む。

 

「ちょっと朝から飲まないでよ。大事な話があるって言ってるでしょう」

「あぁ?こんなモン水だ水」

 

 どこから用意したのかティーセットを使って茶を飲んでるラキュースがこちらを睨んでくる。しかし日課なのだからいい加減慣れてほしいものだ。そもそも俺はこんな水もどきで酔う程やわじゃない事くらい知っているだろうに。

 

「ンぐっ…ンぐっ…ッハァ!しっかし、奥手そうな顔して早かったなあ。やっぱモモンが押し倒したんだろうな」

「そうかしら。意外とイビルアイみたいなタイプは自分から行きそうな気がするけれど」

「戦闘では率先して動くタイプ」

「きっと六大神が広めたとされるシージュハーテを実践してる」

「しかも二週」

 

 意外とティア、ティナの二人も乗ってくる。小さいがこいつらも女という事か。意外とああいうタイプは二人とも興味はないと思っていたが。意外や意外、なのか。単純に絆されたのか。

 

 

 

 

 

 

「貴様ら随分と好き勝手言ってくれてるな」

 

 朝早くから呼び出されるのはただ事ではないと急いで着替えて降りて来たは良いものの、やっているのは人の恋路の下世話な話だけだった。何がシージュハーテだ。彼は無いんだよ。知ってるのは私だけだがな、フフン。

 

「お前が発情期の猫みてえな事やってるからだろ」

「出来た?」

「たぷたぷ?」

 

 しかし私の威圧もどこ吹く風か。飄々と躱すガガーランはいつものようにエールをジョッキで飲み──いやこいつはいい。何をやっているんだこの双子は。興味津々な顔で目をキラキラさせながら私の下腹をつんつんと突いていた。無いぞ。欠片も無いぞ。言う気も無いが。

 『はい、始めるからそろそろやめなさい』とラキュースが手を叩くが、私には分かっているぞ。お前の顔がひくついているのが。お前が一番興味津々なのがな。だがグダグダとこんな事をやっている場合でもないのだろう。全員揃い踏みという自体普通ではないのだから。

 

「ラナー──王女様からとある情報を入手したわ。そして、それについて私達で動いてほしいとの依頼も来てるの」

「王女から情報と──依頼だと?」

 

 それは珍しい。どちらかならば懇意の二人だ。良くある話で終わる。だが両方纏めてというのは非常に珍しい。王女からの情報となると、余程隠蔽されたものか他国のもの。そして依頼──この国有数のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』への依頼となるとかなりの難度であることが予想される。私達で入手できなかった情報から依頼。確かに全員が集まらなければならない案件だろう。と、隣に立つ彼──モモンガさ──じゃなくて、モモンさんの方を見る。そうだ。モモンガさんと呼んでいいのは二人きりの時だけなのだ。

 

「私も相席しても良いですか?」

 

 まず間違いなくかなりの厄介事だというのは分かり切っているというのに。彼は無関係なのに。なのに、彼はそんな事も気にせず話を聞こうとしてくれていた。これは、そうか。そう思っていいのだろうか。『彼女は俺の身内だからな』とかそんな感じで思ってしまっていいのだろうか。いやまだ早いだろう。早計だ。たった一晩閨を共にしただけなのに、重い女だとは思われたくはない。でも、思ってくれたのなら嬉しい。

 

「モモンさんも手伝ってくれるのは助かるわ。イビル──あ、えぇ…」

「変な妄想してクネクネ踊ってないで、さっさと──座れ!」

 

 何が起きたのだろうか。額が痛い。気付けば私は彼の隣に座って居る。そして、周りの皆の視線が痛い。私が何をしたというのか。あぁ、そうか嫉妬か。それは仕方ないな。彼氏がいるのは私だけなのだから。仕方ないな、今夜はこいつらと飲みながら幸せの御裾分けを──いや、今日は正式に閨を共にして朝を迎えた日だ。今夜位は──いやあと十日位は彼の元に足繁く通うのが女と言うも──

 

「──いたい」

「仮面越しでもきめえくらいニヤニヤしてんのがモロバレなんだよ!!」

 

 再び額が痛くなった。仮面越しなのにピンポイントで額だけにダメージを与えるとは。中々器用な奴だ。

 

「話──続けていいかしら」

 

 流石に苛ついてきたのだろう。ラキュースの声に余裕が無くなってきている。いい加減真面目に聞こうか。

 

 

 

 

 

 

「──というわけなの」

 

 運が向いている。というのはこういうのを言うのだろう。思わず『よしっ!』とガッツポーズをしてしまうところだった。実はこっそりとデミウルゴス辺りがラナー姫に情報をリークしたのではないかと思う程のタイミングだ。

 そう、ラナー姫は帝国のナザリック地下大墳墓への襲撃の情報を入手していた。そして彼女はアインズ・ウール・ゴウンへ助勢をしてほしいと蒼の薔薇へと依頼を出していたのだ。

 なんだろう、良い子だ。思わず泣けてくる。他人の善意ってこんなに温かいものだったのだろうか。思わず出ない涙が頬を伝った気がしてしまった。よし、彼女が困っていたらなんとか手助け位するべきだろう。例えば彼女が『帝国やっちゃってください』ってお願いされたら…やっても良いかもしれない。どうせナザリック地下大墳墓へと敵対行動を起こそうとしているのだ。滅んだとしても自業自得だ。

 そうだ。上手く帝国を煽ってこちらへ進撃させて、殲滅するのはどうだろうか。それを彼女の戦果として渡せば彼女は王になれたりするのではないか。彼女──ラキュースさんの話では王宮内では立位置が難しい所にあり、結構不便しているそうだ。ならば意外と良いかもしれない。だとするなら、結構派手な魔法をぶっ放して一気に殲滅し、帝国に『こいつはやべえ!』って思わせた方が良いだろう。そしてこちらから沸き起こる拍手喝采。スタンディングオベーション。ならばとっておきの奴をやった方がいいだろう。

 

「私も参加しよう。アインズ・ウール・ゴウンとは知己の関係だからな」

「そうなの!?」

 

 ラナー姫のことでテンションが上がってしまい、思わず知己って言ってしまった。左手に感触を感じて視線を向けると、心配そうな顔をしたイビルアイがこちらを見つめてきている。ヤバい。そういえば彼女には『意図せずこの姿にされた』って言ったのだった。思わず話がノってしまって、苦悩と苦痛と絶望に苛まれた悲哀の王子になっているんだった。どうしようと思ったが、とりあえず誤魔化すように彼女の頭を撫でる。この子、頭を撫でられるのが好きみたいだから一晩中話をしながら撫でていたが、今回もどうやらうまくごまかせたようだ。

 

「それなら助かるわね。良ければ彼の──当のアインズ・ウール・ゴウンについて教えてもらえないかしら」

「えぇ、構いませんとも。恐らく、私ほど彼を良く知る人物は居ないでしょうからね」

 

 嬉しそうに聞いてくるラキュースさんに『やっぱ無し!』なんていう事も出来ず。出来るだけぼかしながら話すしかない。自分の事なので逆に難しいとは。『なんでこんなことまで知っているの』と言われはしないかと思わず出ない冷や汗が出てしまいそうだ。出来るだけ慈悲深き支配者という姿を印象付けないと。怖くないよ。良い──とは言い切れないけど、悪い人じゃないんだよ。ホワイトな支配を目指してる人なんだよ、と。

 

「出来れば、まずは彼の人となりから聞かせてもらえるかしら。そうすれば直接応対して連携を取ったり出来ると思うの」

「いいですとも。彼はですね──」

 

 兎に角慈悲深いこと。礼を尽くせば決して無下にしないこと。徹底して『味方になれば彼ほど心強い味方はいない』という印象を作り、話し続けた。

 

(頑張れ、俺。俺自身を──アインズ・ウール・ゴウンをプレゼンテーションするんだ。そしてリ・エスティーゼ王国にとって利のある関係を築ける相手だと思って貰わないと)

 

 ラナー姫が──恐らく前に救ったガゼフから、その話を聞いたらしいクライムという男から話を聞いたのだろう姫が──襲われるという情報だけで動かせぬ軍ではなく早急に動ける冒険者を──しかも最高ランクであるアダマンタイト級冒険者のチームである蒼の薔薇を動かしてくれたのだ。それだけアインズ・ウール・ゴウンを──ナザリックを高く評価してくれたのだ。それに報いなければ、アインズ・ウール・ゴウンの名が廃るというものだ。

 恩には恩を。仇には仇を。信には信を。敵対するものには──等しき死を。

 

(バハルス帝国、お前たちにはナザリックの──アインズ・ウール・ゴウンの踏み台となって貰おう)

 

 熱く語る俺とは裏腹に、少しだけ顔が引き攣りだす彼女たちに小さな疑問を浮かべつつも、俺はアインズ・ウール・ゴウンを、ナザリックをプレゼンしていく。より良きナザリックの未来のために。


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