漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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3章 ナザリック 襲撃編ー2

 ナーベと──バハルス帝国のワーカーチーム『フォーサイト』のメンバーとの初邂逅から二日。次の日にすぐ来るかと思っていたが、どうも酒が残っていたらしく一日置いての会談となっていた。会談と言っても仰々しいものではなく、俺が泊るエ・ランテルの黄金の輝き亭の俺の部屋でのものであってそこまで緊張する必要のないもののはずなのだが。

 

「──あ──う──」

 

 正面に座る少女──アル…シェ…だったか?──は顔を赤くし青くし、そして血の気が一切ないのかと思う程に白くしている。まるで信号機の様にころころと変わる様は、恐らく頭の中でかなり様々な事を考えてはいると思うのだが。そこまで恐れられるような者はここには居ないはずである。

 現状俺の部屋に居るのは漆黒の英雄モモンである俺に、パートナーとなっているナーベことナーベラルと──

 

「随分と緊張しているようでありんすね」

 

 先ほどからにこやかな笑みを浮かべて俺の隣に座るシャルティアだけである。

 怖がらせてはいけないと思って人間に近い姿をしているシャルティアを選抜したのだが、先ほどから彼女の視線はシャルティアに固定されている。アルベドからの報告によればシャルティアとは初対面の筈なのだが。

 

「──あ、あのあのあの──あ、あああ貴方──さまは──いったい」

 

 恐ろしい程の噛み方である。シャルティアは威圧しているわけでも何でもないのだから、彼女の──いやまてよ。そう思い留まる。俺とナーベ、それとシャルティアの差は何だ。確かにナーベはシャルティアよりも弱いが俺は同等の強さを持っている。だというのにシャルティアだけ異様に警戒する意味。つまり、俺達がプレイヤー等から強さを隠すために使っているマジックアイテムをシャルティアが装備していないからではないか。そう思ったのだ。

 

「シャルティア様、お手を──」

「おやモモン、私にプレゼントかぇ。良きに計らいなんし」

 

 にこやかに右手を差し出すシャルティアの顔はいつもと違いとても優雅だ。流石に外用の顔を確りと作ってくれている。俺は彼女の右手を取り、掌を見せる彼女の手を翻して人差し指に件のマジックアイテムをつけた。

 するとどうだろう。効果覿面だったようだ。今にも倒れそうだった彼女は正しく驚天動地とばかりに目を見開き、頬に血色が戻ったのだ。よし、と俺は内心ガッツポーズをした。

 

「アルシェ──さん? 私の勘ですが、貴方は──」

「──ありがとう、ございます。モモンさんの考える通りです。私は元師匠であるフールーダ様と同じタレント──相手の魔法力を探知する目を持っています」

 

 なるほどと頷いた。恐らくは常時《マナエッセンス/魔力の精髄》を常時発動しているものなのだろう。面白いタレントだがその程度では──そう考えた俺が甘かった。

 

「──この方──えっと」

「ご挨拶が遅れたようでありんすね。私はかのアインズ・ウール・ゴウンの妻!! ──たる、シャルティア・ブラッドフォールンでありんす。よろしくしておくんなんし」

「──あ、ありがとうございます。ブラッドフォールン様は魔力系マジックキャスターではありませんので魔法力しか分かりませんでしたが──」

 

 そう言い、彼女はちらりとナーベの方に視線を向けた。

 

「──魔力系マジックキャスターの方であれば、どの程度の位階魔法を扱えるかが分かります」

「なんと──」

 

 小さく『ごめんなさい』という声が聞こえた。恐らくだが、初めてナーベに会ったときからナーベが第八位階魔法まで扱えることを知っていたのだろう。だが第三位階魔法までしか扱わないのは何か理由があったからだとして、元とはいえ師匠にも話さないでくれていたのか。

 今の俺は《パーフェクト・ウォーリアー/完全なる戦士》を使用しているため俺が超位魔法まで扱えることは分からなかったようだが、これは逃がすわけにはいかなくなったわけである。

 

「──いま、わかりました。ナーベさん、と──恐らくモモンさんも、先ほどブラッドフォールン様に付けられたマジックアイテムと同様な物を身に付けられているのですね」

「あ、あぁ。強すぎる力は要らぬ誤解を招くからな」

 

 咄嗟にでた言葉だったが、上手く行ったようだ。『ありがとうございます』と小さく礼の言葉とともに頭を下げる彼女に悪意はない。これならば上手く取り込めさえすれば大事になることもなさそうだ。

 シャルティアに視線を送る。前もって言っていた事を実行に移すということ。つまり、彼女をどうするかが決定したことを意味している。それに気付いたシャルティアは少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルシェ──で、良かったでありんすかえ?」

「──は、はい。アルシェ・イーブ・リイル・フルトです。あの、アイ──」

 

 妹のことを、私を対価に助けてもらわねばと立ち上がりながら嘆願しようとする私に、ブラッドフォールン様は嫋やかな視線を送り、小さな手で制してくる。なんという優雅さだろうか。小さい頃に貴族のパーティーに親に連れられて行った経験はあるが、ここまで美しい所作は見たことがない。

 

「言わずとも良いでありんすぇ。至高の御方であるアインズ様──アインズ・ウール・ゴウン様にはすべてを見通せる力がありんす。アルシェと言いんしたかぇ。そなたの思いは既にアインズ様は酌んでいんす」

「──そう、なの──ですか」

 

 ブラッドフォールン様の夫である(らしい)アインズ・ウール・ゴウン様は既に私の情報を入手していたらしい。確かに私はこの面倒な身の上話をフォーサイトの仲間にすら話したのはつい最近だ。全てを見通すというのは流石に眉唾かもしれないが、少なくとも私に関しては十分に知っているということなのかもしれない。何しろ私がモモンさんに嘆願に来たのは今回が初めてだというのに、モモンさんに繋ぎをつけてもらう筈であったアインズ・ウール・ゴウン様の奥方様が直接その場に来られたというのは、事前に私の情報を知り得なければあり得ないのだから。

 

「──では、妹たちは助けて頂けるのですか?」

「無論でありんす。そなたの親が作った借金、悪い奴らに追い回されていること、使用人たちの退職金──」

 

 嘘だ、ありえない。身体が震える。誰にも言ってない話まで含まれていたのだ。ただの一度。たった一回だけ帝国から出る前に親に妹たちや使用人たちと話した事。全てが含まれていたのだ。

 もしかして、という思いが芽生える。ブラッドフォールン様は言っていた。『至高の御方』と。普通夫に対してそこまで言うだろうか。そこまでの絶対なる信頼を向ける程の相手だということ。それも普通の女ではない。見た瞬間に、濃密な死の気配に支配されてしまう程の強者である彼女の言だ。強さだけではない事は間違いない。もしかすると私はとんでもない相手に取引を持ち掛けてしまったのかもしれない。

 いや、それでもいい。いやいや、それだからいい。私で払えるならば全てをもって払おう。もう私では絶対に対応できない所まで来てしまっているのだ。私で払えるもので済むならば、例え悪魔でも契約しよう。

 

「全て──そう、全て解決してあげられるでありんす。勿論、対価を頂くでありんすぇ」

「──はい、分かっています」

 

 きた。目を細めて笑みを浮かべる彼女はまるで捕食者のようにも見えた。若く美しい見た目とは裏腹に、どれほどの深謀を持っているのか。からからになった喉を潤すかのように『ごくり』と唾を飲み込む。

 

「全て──そう、全てでありんす。アルシェ。貴方の全てを頂くでありんすぇ」

「──ありがとうございます。私の身体、命を対価にして行って頂けるのであれば喜んで全てを捧げます」

 

 私の言葉に満足したのか、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。よかったと、安堵する。恐らく一瞬でも躊躇したらいけなかった。覚悟を決めてきてよかった、そう思えた瞬間だった。

 

「そなたの覚悟、見させてもらったでありんす。では、こちらも誠意をもって行うでありんすぇ」

 

 そう言う彼女は、両手を豊満なその胸元まで持ちあげて『パンパン』と鳴らした。すると──

 

「お姉さま!」

 

 もう聞くことはないと思っていた声と『ドンッ』と胸に二つの衝撃が来る。忘れられない。忘れるわけがない。

 

「クーデ!ウレイ!」

 

 流れる涙を拭かないままに二人の顔を確認する。白い頬にほのかな朱色。まるでそっくりなその天使と見紛う相貌は間違いなかった。

 

「お姉さまここどこー?黒いうにゅうにゅしてるのに入ったらお姉さまが居たの!」

「びっくりだよね、クーデ!」

「うん、ウレイ!ここがお引越しするところなの?」

「──ちが、──違うの。今から向かうところがお引越し先だから、ね」

 

 『泣いちゃダメ』と二人が私の顔を拭ってくる。まさかまた二人を抱きしめられる時が来るなんて。

 

「言った筈でありんす。そなたの覚悟に誠意を見せたと。もう、全部終わっているでありんす」

「──ぜん、ぶ?」

 

 ぜんぶって何だろう。ぜんぶ。頭が回らない。妹二人を抱きしめながらブラッドフォールン様を見上げると、笑みを浮かべてこちらを見ている。その顔はまるで女神を彷彿とさせる慈悲深いものだった。

 

「そう、全部。金貸しをしていた悪い所は粛清して借金は帳消し。使用人たちには全員に要望以上のお金を渡して全員解雇。妹たちはこうやって連れて来たでありんす」

「──かみ、さま」

 

 そう、それは神の如き所業。人の身で出来るようなものではない。窓から入る陽光が彼女を照らす。その姿は正しく神のように見えたとしても仕方の無い話だった。だが彼女はそれをあっさりと否定してしまう。

 

「私はそんな大それた存在などではありんせん。でも、我が夫であるアインズ・ウール・ゴウン──アインズ様は至高の御方。そう言われても全く問題ない存在でありんすね」

「──絶対なる御方」

 

 椅子から降りて平伏する。教会の神父達が碌な理解も示さないでも口をそろえて言う『神は偉大な御方である』その意味が理解できた。なんという存在か。圧倒などという言葉が陳腐に感じてしまう程の凄まじき存在。これが、神というもの。だとすればブラッドフォールン様があれ程の力を持っていたというのも納得だ。神の妻なのだから。普通の存在であるはずがない。

 床に頭を付ける事になんの抵抗も無い。身体が震える。最初とは違う。感動による震えだ。人は偉大なる存在を前にただただ平伏し、感謝の涙を流す。そんなものが現実にあるはずがないと思っていた。だが、今まさにここにあるのだ。何も知らぬ妹たちですら、私の両隣で同じく平伏している。そう、今、私たちは救われたのだ。

 

「──全てを、忠誠を捧げます」

「うむ、この私──シャルティア・ブラッドフォールンが、至高の御方であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様への忠誠、代わりに受けたでありんす。さぁ面を上げなんし」

「はい、ブラッドフォールン様」

「アインズ様はとても慈悲深き御方。そなたの胸にその忠誠ある限り、決して無下にしないことを誓うでありんす。まずはナザリックにて部屋を用意するでありんす。そこで3人ナザリックについて学んで行くと良いでありんすぇ」

 

 私は死ななくて良くなった。いや、元よりアインズ・ウール・ゴウン様が欲していたのは私の命などでは無かったのかもしれない。何を欲しているのかは分からない。でも御方の信に報いるのだ。

 

「今夜そなた達をナザリックに送らせるでありんす。今生の別れ──等という事も無いでありんすが、最低でも数年は会えなくなるでありんすから、しっかりと話してくると良いでありんすぇ」

「──はい、ありがとうございます。ブラ──」

「私は下の名前で呼ばれるのはあまり好きではありんせん。そなた達は私たちの仲間。以後はシャルティアと呼ぶと良いでありんす」

「──は、はい。ありがとうございます、シャルティア様!」

 

 

 

 

 

 

 嬉しそうにパタパタと足音を立てながら部屋を出て行く3人を見送り、ドアが閉まった瞬間に思わずため息が出てしまった。

 

(え、なにあれ。なんで忠誠心が爆上がりしてるの? しかもあれ、ガチなやつだよ…)

 

 何がどうなってそうなったのか。なんでアインズ・ウール・ゴウンが神様扱いされているのか全く理解できない。シャルティアの方に視線を向けると、ドヤ顔でこちらに笑みを向けている。やり切った良い顔だ。わけがわからないよ。

 にしても、今回は皆いい仕事をしてくれた。アウラがドラゴンを操って悪徳業者の居るエリアへ上空からのボディプレスからのマーレの土魔法の範囲攻撃で周囲を中身諸共更地に。当然周囲に一般市民が居ない事は確認済みである。そして街中が混乱している間にアルシェの家に行き、アウラに事情を説明させて使用人にお金を渡して全員解雇。そしてパンドラズアクターが《ゲート/転移門》を開いて妹二人を救出。まさしく流れるような素晴らしい作戦だ。かなり適当で杜撰な作戦で、もしかしてダメかもしれないと思っていたが皆の協力によって完璧なタイミングで終わってくれたようだ。余りにも出来過ぎたタイミングで終わったお蔭か所為か。アルシェから『神様!』とまで言われるほどの忠誠を貰ってしまうことになったが、誤差の範囲という事にしておこう。まず間違いなくアルベドやデミウルゴスが手伝ってくれたお蔭だろうから。

 

「シャルティア、予定通り今夜あの3人はナザリックへと運ぶ。今から帰還してアルベドに連絡を取り、受け入れ態勢を整えるようにしておけ」

「部屋はどうするでありんす?」

「第六階層にアウラたちにロッジを作らせろ。間取りは一間で良いが、曲がりなりにも元貴族だ。それなりの大きさで作っておくように伝えろ。それと、アルシェにはニニャと同じく《テレポーテーション/転移》を含む魔法の習得をさせる。呼ぶたびに迎えに行かねばならぬのでは面倒だからな」

「了解でありんす。では、これで失礼しんす」

 

 優雅にお辞儀するシャルティアに鷹揚に頷き、見送る。さぁこれから蒼の薔薇と会ってナザリック襲撃メンバーについて話し合わないといけない。

 

「行くぞ、ナーベ。冒険者達に出来るだけ襲撃に参加してもらわなければならないからな」

「はっ!」

 

 

 

 

 

「だから何が起きたと言っている!貴様、夢でも見ていたとでも言いたいのか!!」

 

 一体何が起きた。ほんの数刻前に起きた巨大な地響き。直接見た者によれば、ドラゴンの襲来らしいが私が外を見た時にあったのは、倉庫区画が更地になったという結果だけで、ドラゴンなど見えもしない。だからこそこの王城に呼んで直接話を聞いてみたはものの、埒が明かないのだ。

 『出ていけ』と叫び、そのまま玉座へと座る。未だに興奮が収まらない。理解できない事がここまで恐ろしいとは。

 私が落ち着くのを見計らうようにじいが近づいてくる。俺の恨みがましい視線をものともせずに。じいはじいで自分なりの調査を行ったのだろうから咎めるわけにもいかない。

 

「じいはどう思う」

「恐らく魔法であることはまず間違いないでしょうな。魔力系魔法というよりも、どちらかと言うとドルイドの魔法の様に感じました」

「ドルイド──あれの言っていたドラゴンは使えるのか」

「はい、大地竜<ランド・ドラゴン>であれば大地系のドルイド魔法を扱うことも可能でしょう。ですが、飛来したとなれば別ですな。アレは空を飛べませんので」

「では何が来たと思う。忌憚なく言え」

「まぁ、普通に考えればドラゴンロードクラスですな。あれ程の強大かつ濃密な魔力。その辺りのドラゴンが操れるとは到底思えません」

「では何か。突然ドラゴンロードクラスが現れて倉庫区画『だけ』を破壊し尽して突然居なくなったとでも言うつもりか!?」

 

 嘘だろう。あり得ない。ドラゴンロードたちの殆どはかつて八欲王が滅ぼしてしまったはずだ。今残っているドラゴンロードたちは積極的人間への攻撃は行っていないはず。じゃあなんだ。突然ドラゴンロードクラスのドラゴンが生まれ、突然そのドラゴンが帝都に現れ、帝都で破壊行動を行った後、突然消え失せたと。笑えない冗談としか、夢物語にしても吹きすぎている馬鹿話としかいえないというのに。

 

「はい、その通りです、陛下」

 

 じいの──バハルス帝国主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインの言葉は、それが夢物語でも絵空事でもなく事実だと突き付けていた。


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