漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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3章 ナザリック 襲撃編ー4

 ゆっくりと玉座に身を沈める。ここ数時間は興奮が冷めてくれず、気を抜けば鼻歌を歌ってしまいそうになる。この世界に来て初めての高揚感とでも言えば良いのだろうか。身体がうずうずとしてきて、思わず雄叫びを上げそうにもなってしまう。表面上は何とか繕っているつもりなのだが、隣に佇むアルベドには気付かれているのだろう。優し気な笑みをずっとこちらに向けている。

 

「とても──えぇ、とても楽しそうですね、アインズ様」

 

 取り繕うが故に『あぁ』と曖昧な返事が口から出る。それすらも理解しているとばかりに、アルベドの笑みは深くなる。

 高揚している理由はいくつかある。まず、ここは我が家と言えるナザリックであること。そしてあの面倒臭い蒼の薔薇が近くにいないので気を使う必要がない事。そして何より──

 

「アルベド。襲撃者の様子はどうだ」

「はい。現在襲撃者たちは愚かにも、このナザリックの入口より凡そ1kmの所に陣地を張り、待機しているようです。それ以外にカルネ村付近を除き人間の気配はありません」

 

 『ふむ』とアルベドの言葉を咀嚼する。現在午前の3時。昔の言葉で言えば丑三つ時を過ぎたところ。予定通りだとすれば明日の日の出と共にこのナザリックに襲撃を開始するだろう。

 あぁ、なんと素敵な言葉か。襲撃。するのも好きだが、されるのも好きだ。どうやって相手を出し抜き、こちらの被害を最小限に抑えながら相手を撃退するかを考えるだけで心が躍る。特に今回はただの一人も逃すつもりはない。一度入ったら最後。二度と日の目を見る事無く、我らに捕まり、殺される運命を辿ってもらうのだ。

 アルベド達が呼ぶ至高の41人。俺の無二の友たちと作り上げたこのナザリック地下大墳墓。それをたった一人になっても、皆が返る場所を守る。その一心でやってきた。一人で考えるもの悪くはなかったが──

 

「どうされました、アインズ様?」

「いや──お前たちが居ることの、なんと心強いことか。と思ってな」

 

 そう、今は──いや、これからは友たちがその心血を注ぎ作り上げた子供たちが居る。一人ではないのだ。そう思えただけでなんと心強いことか。

 無意識に。そう、無意識に彼女の手を取り引き寄せる。一切の抵抗無く、彼女は俺の胸の中にすっぽりと納まる。彼女から感じる体温。それは正しく生きているという証左。この温もりの為ならば、俺は──

 

「アインズ様、今からなさるのでしょうか。恐らく襲撃にはあと3時間ほどかかると思われますが、私は早い方だと自負しております。アインズ様がお望みとあれば3回──いえ、5回は──」

「ま、まてアルベド!そういう意味ではなくてだな!!」

 

 感慨深くなって、思わず無意識に彼女を抱きしめてしまったが、別にそういう事を致したいからではない。鼻血を吹き出しそうになるほど興奮し始めている彼女を慌てて放すと、少しだけ寂しそうな顔をしながら元の位置に戻ってくれた。

 

「これからもずっと──頼むぞ、アルベド」

「はい、アインズ様!」

 

 もう友たちは居ない。この世界のどこかに生きているかもしれないという淡い思いはあるものの、それはこの子たちを見捨てるという選択肢を生むことは絶対にない。親というべき存在が居なくなってしまっている現状、この子たちの心労は計り知れないだろう。

 それを慮ることは難しいかもしれない。一人でいることに慣れてしまっている俺などでは、どんなに言葉を積み重ねたところでこの子たちの思いの万分の一ほどにもならないだろう。だから俺は俺なりのやり方と思いを以て、この子たちと共に生きよう。その結果、友たちの窮地を、結果見て見ぬふりすることになったとしても。

 

(それだけの覚悟を、持たないといけないよな)

 

 この子たちはもうNPCとは呼べないのだから。

 

 

 

 

 

「ラキュース、本当にいいのだな」

「あら、私を甘く見るのね、イビルアイ。貴族の方がこういうことは徹底的にやるものよ」

 

 モモンさんがナザリックと呼ぶダンジョンからほど近い場所に作られたバハルス帝国冒険者達の陣地。そこから少しだけ離れた場所に私たちは隠れるようにして待機していた。

 何をしに来たのか。決まっている。モモンさんの手伝いだ。モモンさんは恐らくナザリック内部で冒険者たちを待ち受け撃退する準備をしているだろう。ならばと、その事にいち早く気づいた後方の冒険者が逃げ出さないように私は入り口を塞ぎ、逃げようとする者達を殺すためにきたのだ。

 流石にラキュース達を連れて行くわけには──冒険者に人殺しをさせるわけにはと思ったのだが、ラキュース達の言葉は私の予想をはるかに上回るものだった。

 

「ラナーもこの事態は想定済みよ。冒険者チーム蒼の薔薇としてやることは終わったけれど、貴族ラキュースとしてはこの事態を看過することはできないわ」

「私たちは元々暗殺者」

「何も問題なし」

「悪ぃ奴ぶっ殺すなんざ今更だろ。ヒトのモン盗むやつは俺のハンマーの餌食ってな」

「お前ら──」

 

 そうして私達蒼の薔薇は誰一人欠ける事無く、こうやって現地に到着したわけだが──

 

「多いわね」

 

 一人一人の強さは大したことはない、あの爺さんや天武ですら撫で斬りに出来る自信がある。だが如何せん数が多すぎる。これを一人残さず捕縛、ないし殺害しなければならないのはかなりの労力だ。いや、だからこそだ。

 

「来てよかったよ。これならなんとかなる」

 

 そうだ。私の戦闘は対多数も可能だし、何より全てを相手する必要はない。出口へと逃げてくるもの、出口を確保するもの、退却の準備をする後方支援の奴らだけを狙えばいい。奥に進む者達はモモンさんたちがやってくれるのだから。

 本当に来てよかった。これを全て相手取るにはいくら漆黒の英雄といえど無理だっただろうから。

 

「一応モモンさんに連絡を取っておいた方が良いか。《メッセージ/伝言》──ん?」

 

 もうあと3時間足らずで朝日が昇る程度の真夜中。もしかして寝ているかもしれないと一瞬思ってしまったが、そういえばモモンさんはアンデッドだった。寝ないのだ。そう思いだしてクスリと笑ってしまった笑みが一瞬にして消える。

 通信魔法が効かない。そう思った時だった。

 

「襲撃者の仲間──にしては、少し離れているでありんすね。皆仲良くおトイレでありんすかぇ?」

「──っ!?」

 

 驚きと恐怖で身体が跳ね上がりそうになるのを必死に堪える。赤い服を着た少女はいつの間にか私のすぐ隣に居たのだ。

 強さを感じない。だが強くないわけがない。ということは強さを隠しているということ。なによりヴァンパイア特有の赤い瞳を持ちながら、アンデッドとしての感覚を感じない。恐ろしい。下手をするとあのヤルダバオトに匹敵するのではないか。蟲のメイドなど足元にも及ばないほどの底知れぬ強さが滲み出すその顔には、優雅な笑みが浮かんでいる。

 

「ふむ、弱いがそれなりの能力はあるようでありんすね。正しくは理解できなくとも、己を遥かに超越する強者であるとは認識できる程度には」

 

 『ぷらすいち、でありんす』と黒い何かに座りながら人差し指を立てる少女。何者なのだ。上位吸血鬼<エルダー・ヴァンパイア>などではない。伝承にあるザ・ワンや始祖<オリジン・ヴァンパイア>か。

 

「っ!!」

「ふむ、それなりの顔はしているようでありんすね。吸血姫<ヴァンパイア・プリンセス>でありんすか。モモンが選ぶのも分からないでもないではありんすが──」

 

 何時の間に仮面を取られたのだ。彼女の右手には私の身に着けていた仮面があり、彼女の顔は吐息がかかるほどに近い。そして悟る。理解してしまう。これは──否。この方は私とは比べ物にならないほどの上位の存在であると。

 

「この真祖<トゥルー・ヴァンパイア>であり、かの至高なる御方。アインズ・ウール・ゴウン様の妻であるシャルティア・ブラッドフォールンほどではありんせんね」

「と──真祖<トゥルー・ヴァンパイア>──」

 

 吸血鬼<ヴァンパイア>には絶対な階級が存在する。その種に在するというだけで上位者とされるものがいる。

 その中でも絶対的強者と言われるのが始祖<オリジン・ヴァンパイア>と真祖<トゥルー・ヴァンパイア>の二種。あまりの強さ故に、たった一匹でその他全ての吸血鬼<ヴァンパイア>を皆殺しに出来る程の圧倒的な強さを持っているのだ。

 しかも、真祖<トゥルー・ヴァンパイア>の特徴的な化け物染みた姿をしていない。一見すれば吸血姫<ヴァンパイア・プリンセス>や吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>のような愛らしい外見。それは真祖<トゥルー・ヴァンパイア>が本来の姿を曝さずとも強者である事つまり──かの中でも上位であることを意味する。

 

「お、おいイビルア──」

「全員武器を捨て、平伏せ!絶対に逆らうな!!」

 

 同族──否、末席に居るからこそわかる圧倒的な存在。この方にとって私など木の葉一枚ほどの価値もないだろう。この方がアインズ・ウール・ゴウンの妻だと名乗っていたのが幸いした。血の気の多いガガーラン辺りが武器を振り上げていたら、今頃この辺りは血の海になっていただろうことは想像に難くない。

 敵対するつもりはない。そう思ってもらうために両方の掌を上に向けて甲を地面につけ、相手に差し出したまま額を地面に付ける。絶対服従を意味するその姿。あまりの出来事に動けなかった他の皆もなんとか理解してきたようで、武器を捨て──流石に土下座しているかは分からないが──座っているようだ。

 

「ふむ、驚かせたようでありんすね。私はそなたたちと敵対するつもりはありんせん。面を上げなんし」

 

 気分一つで視線に映る全ての生きとし生けるものを殺す吸血鬼の王たる真祖<トゥルー・ヴァンパイア>。血の狂乱というスキルにより、血を浴びれば浴びる程力を増すという能力のために暴虐の主ともいうべき存在だというのに、なんという風格か。

 それは血の狂乱など使わずとも強者を屠れるという圧倒的な自信と、操作することなど出来ないと言われる血の狂乱を完全に抑えているという強烈な精神力を持つということに他ない。これほどの強者を妻に持つアインズ・ウール・ゴウンとはどれ程の存在なのか。

 

「そなた──確か、イビルアイだったでありんすね。そなたがモモンに対して《メッセージ/伝言》を使ったでありんしょう」

「は、はい。ですが発動せず──まさか──」

 

 私の言葉にニコリとまるで少女のような笑みを浮かべる。この方は魔法を相手に気取られることなく封じることもできるということなのか。しかも使った後に来たという事は、恐らく一定範囲内全ての通信魔法を封じるだけでなく、使用者を割り出す事すらも可能という事なのだろう。

 

「モモンに何か伝えたいことがあったのでありんしょう。もう使えるでありんすから、気にせず使っておくんなんし」

 

 そういうとブラッドフォールン様は闇に溶けるように見えなくなってしまう。周囲を確認するも、本当に居なくなったようだ。

 『はぁ』とため息が出た。生きた心地がしなかった。あれ程の存在からすれば、ヤルダバオトなど子供に過ぎないのではないだろう。

 

「な、なぁイビルアイ。『あれ』──何なんだ」

「『あれ』ね──本人の前では絶対に言うなよ。血の狂乱を持つ破壊の権化にして吸血鬼<ヴァンパイア>最高位の一つである真祖<トゥルー・ヴァンパイア>だ」

「イビルアイよりもつよい?」

「馬鹿を言え。私などあの方に比べれば生まれたての子ネズミ程の価値もないさ」

 

 抜ける力のままに『どさり』と仰向けに倒れれば、全員が引き攣った顔をしている。笑え、皆。こういうときは笑う方が良い。敵ではなかったと喜んだ方が良い。そして、如何に敵に回らせないか。それだけに思考を巡らせればいいのだ。

 

「『国堕とし』でもそこまで力の差があるの?」

「私がグラス一つ壊す程度の時間で、あの方は城を跡形もなく消し飛ばせるだろうな。良かったな、喜べ、皆。あの方は味方だ」

 

 良かった。本当に良かった。姫さまの知略にここまで感謝したのは初めてだろう。

 

「例えば──例えばなんだけど、あのシャルティア・ブラッドフォールンがリ・エスティーゼ王国に敵対したとするならばあなたは──」

「諦めろ」

 

 甘い。甘いぞラキュース。私があの方の味方をするのか、それとも人の味方になってくれるのかという話だろう。

 

「諦めろって──」

「さっきも言ったが、あの方と私の差は比べるべくもない。まともに戦うには神人をダース単位で連れてくるしかないだろうな。私が敵に回るか味方に回るかなど、あの方にとってはただの誤差という事だ。中途半端に強い奴をぶつけてみろ。全員吸血鬼<ヴァンパイア>にされて敵に回るぞ。特にドラゴンクラスをぶつけたら最悪だな。間違いなく世界が滅ぶ時間が短くなる」

「そこまでなの──」

 

 無理無理。あの方と戦えと言われたら、とりあえず土下座して最低でも苦しまない様に殺されるのを待つしかない。攻撃などしてみろ。欠片ほどもダメージを負わせることが出来ずに捕らえられて、向こう数百年は殺されないままに絶望を味わい続けることになるだろう。心も精神も魂すらも壊れてなお治されて。狂う事すら許されぬ地獄の日々が待っているだけだ。どうしようもない。

 

「モモンさんが対処する意味も理解できたし、連絡を取らないとな」

 

 消沈する彼女たちは無視する。自分で乗り越えてもらう他ない。そもそも伝承にある真祖<トゥルー・ヴァンパイア>とは国堕としとして書かれることはない。現れた時は国のではなく、世界の危機──世界の敵<ワールドエネミー>としてなのだから。それが味方で居てくれるのだ。諸手を上げて喜んでおこう。

 《メッセージ/伝言》を使えば、今度は普通に繋がった。今ほど彼の声が救いなのかわかる。彼の温かい声が私の心に染みて仕方なかった。


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