漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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1章 王都 ヤルダバオト編ー2

(やってしまった……)

 

 思わずノリと勢いだけでデミウル──じゃない、ヤルダバオトと戦ってしまった。なんとか怪我はさせていないし、彼女──イビルアイさんにも不審がられていないのは僥倖といえよう。

 ヤルダバオトが王国を炎で包み込む『らしい』がそんな話は当然私、アインズ・ウール・ゴウンの耳には入ってない。まぁ当然と言えば当然か。全てデミウルゴスに一任すると言って丸投げしてしまったのだから。

 デミウルゴスとほんの少しだが話せた。悪魔系モンスターを大量に召喚するマジックアイテム(恐らくデミウルゴスが用意したものだろう)を探しに来たこと。それを探すために王都を炎(恐らく本当の炎ではなくフィールドエフェクトの類だろう)で包み込むこと。

 デミウ──ヤルダバオトが撤退してもう一時間は経つというのに、なんとか無い頭を絞って分かったのはそれだけだった。

 魔法使い二人は避難させたのだろうナーベは何も言わずに俺の隣で待機したまま微動だにせず、イビルアイさんは死んだ仲間二人を抱えて近くで並べ寝かせていた。

 

(これからどうしよう…)

 

 まず間違いなくデミウルゴスの主目的はマジックアイテムを手に入れる事ではない。『あの』ウルベルトさんに作られたデミウルゴスがそんな簡単に見通せるレベルの頭であるはずがない。自分では理解できない大掛かりな主目的があるはずなのだ。漆黒の英雄であるモモンの名声を高めると同時に『なにか』をしているはずなのだ。

 だがそれが分からない。そしてそれを聞くことが『できない』。何故だか全くわからないけど、デミウルゴスは俺のことを『千里を見通すほどの智謀の持ち主』だと思っているのだ。つまり、当然自分の考えなど100%御見通しだと、その前提で動いているのだ。

 

(無茶振りが過ぎるよ、まったく…)

 

 なら同じくよく分かってないだろう隣に居るナーベに間接的に聞いてもらってサポートに回ってもらうほかないわけで。そう考えながらイビルアイさんと情報のすり合わせを俺達は行っていた。

 

 

 

 

「──それで、蟲のメイドを何とか倒そうとしていた所に奴が、ヤルダバオトが来たんです」

「くきっ──」

 

…今、出てはいけない声(音?)がナーベの方から聞こえた。俺は事前にエントマの状態を見ていたのでそうなかったが──そうだ、ナーベにまだ伝えていなかった。急いで伝えなければ、折角生かしておいた彼女がミンチになりかねない。

 

「それで、その──蟲のメイドは倒せたのですか?」

「いえ、あと一歩のところで取り逃がしてしまいました…」

 

 死んで無いと言及させたところで『ゴホン』と咳を一つ。これで何とか気付いてくれたのだろう、ナーベの怒気が萎む。全く、危ない所である。エントマは家族とも言うべき存在だが、漆黒の英雄モモンのパーティにとってそれは違う。殺したいほど憎い相手にも殺気を包み隠して笑顔を見せねばならぬのだ。

 

「必要以上に追い詰めたが故にヤルダバオトは本気になったのではないですか?」

「要らぬ虎の尻尾を踏んだ、ということですか。ですが、私は──私達の行動は間違ってないはずです」

 

 それとなく次にメイドたちを見ても見逃してねって誘導しようとするも、頑なに首を縦に振ってくれない。中々に頑固である。食べたのは善人でも街人でも冒険者でもなく悪人だろうに。

 悪は断ずると切り殺す存在である冒険者が悪人を食うものを断ずる。この意識の齟齬は如何ともし難い。いずれ叶えようと思っていた目的のためにも。

 

「それで、その──ナーベさんはどうかしましたか?」

「っ!──あぁ、我々の恥部とも言うべき話なのであまり話せないのですが、貴方になら少しは話しても良いでしょう」

 

 『あ?ふざけんなよ、コラ?』という殺気ガン増しで放っている──流石にイビルアイさんに向けてではないが──ナーベを不審に思ったのだろう彼女は、少し頭を傾げて聞いてきた。

間違いなく疑っている。この不信を払拭するには…

 

 

 

 

「あの蟲のメイドに家族をっ!?」

「えぇ…」

 

 彼、モモン様が重い口をあけて、それでもかなりゆっくりと話してくれたものは想像を絶するものだった。それは、彼女──ナーベさんの母親と姉があの蟲のメイドに目の前で喰い殺されたというもの、それはつまり…

 

「やはり少し不思議に思っていましたが…モモン様はあのヤルダバオトと会ったことがあったのですね」

「え!? あ、はい。そうなんです」

 

 今までの余裕のある雰囲気がほんの一瞬だけ霧散し、素の彼が見えた気がする。そう、やはり彼は一度ヤルダバオトと対峙していたのだ。でも、あの素っ頓狂な上擦った声が可愛いと思えてしまうのは、彼に懸想しているからなのだろうか。恋する乙女は盲目だという話はよく聞くが、まさか自分にまでそれが起こるとは思いもよらないものである。

 余程話しづらいことなのだろう、拙い──本当に拙い、間違いなく彼の心の声だと思える話。

 モモン様の生まれた国にヤルダバオトが現れ、何もできずに滅ぼされた話。確かにそれは、おいそれと他人に話せるような軽い話では無かった。その話を私は無理矢理聞き出してしまったのだ。

 だというのに、私の心は軽くなる。彼の姿がよりはっきりと映り、心に触れることが出来たのだから。

 

「すみません、ナーベと話がありますので少し離れます」

「あ、はい…」

 

少し…いや、初対面の人が見ても分かるほどに気落ちした彼。それを引き出してしまったことに強い罪悪感があるはずなのに…

 

(あぁ、なんて私は醜いのだ…)

 

それを遥かに勝る優越感が私の心を支配していた。

 

 

 

 

 

 

「ここまで離れればいいか。念の為に…よし…」

 

 こちらの会話が聞こえない様に離れ、マジックアイテムを使って声が漏れないように対策を行う。思わず気が抜けてため息が漏れそうになるのをぐっと堪えた。

 不審に思った彼女に必死に話を作ったのだが、成功したのだろうか。遠くから見る彼女は物凄く嬉しそうだ。そんなに嬉しくなる話だったのだろうか、それともあまりにも稚拙で滑稽な作り話だったと笑っているのだろうか。今は存在しない胃がキリキリと痛む。

 ナーベも流石に自分の失態に気付いたのだろう、辛そうに下を向いている。

 

「申し訳ありません、モモン様。あのような失態を…」

「よい。お前にエントマが怪我したことを伝えきれなかった私の失態でもある。故にお前の失態を許そう」

 

 そう、あの場でナーベが怒りを抑えきれなかったのは俺が伝えられなかったせいなのだから。

 

「しかし、なぜあのような話を作られたのですか? かなり壮大だったようですが」

「えっ!? あ…ゴホン! なに、少しばかり予想も入っているが故に話せんが、計画通りなのだ」

 

 まさか土壇場で作りましたなんて言えるはずもなく、あるはずもない計画の一部となってしまった。杜撰で壮大過ぎるあの話が。アルベドやデミウルゴスに丸投げしたらどうにかしてくれるだろうか、なんて会社の上司としては最低最悪な現実逃避をしながら『流石は至高の御君です!』と目をキラッキラッさせるナーベに『うむ』と鷹揚に頷いた。時が経てば忘れてくれるといいな、と思いながら。

 

「ではナーベよ、デミウルゴスと情報のすり合わせを行うのだ。全ては私の手の内にあるが、精密機械というものは小さな歯車一つで狂い、全てがご破算となるもの。密に情報を手に入れた方がこちらも大胆に動けるからな」

「はっ!では直ちに」

 

 デミウルゴスのことだモモンとして敵対したことで計画を止められる可能性を考えただろう。だからあのマジックアイテムの話をしたはずだ。あれは好きに止めていいですよという意味なのだろう。たぶん。止めないでねってことではないはずだ、きっと。

 

「お待たせしました──それは?」

「あ、これは腐敗を抑制するマジックアイテムなんです。私達のリーダーであるラキュースが復活魔法──信仰系第五位階魔法《レイズデッド/復活》を扱えますので保護しているんです」

 

 デミウルゴスと話しているナーベを置いて(流石に《メッセージ/伝言》で話している所を見られるわけにはいかないので、背中を向けて屈んで貰っている。これで悲しんでいる風に見えるだろう)イビルアイさんの所に戻れば、死んだ仲間を白い布で巻いているようだった。そもそも腐るという概念の無いユグドラシルでは無かったアイテムだ。しかし信仰系第五位階の魔法を使える人物か。第三階位魔法が最大と聞いていたがやはり『一般的には』という前置詞がついたわけだ。確かセバス達の情報ではイビルアイは第四だか第五だか辺りまで使えるはずだし。ナーベも第五位階魔法まで使えるという設定の方が良かっただろうか。

 

「なるほど、そのリーダー──ラキュースさんと話せますか」

「なんでぇっ!?」

 

 軽い気持ちで聞いたつもりだったのに、まるで天地がひっくり返ったような驚いた叫びが彼女の口から噴き出した。やはり復活魔法を使える人物ともなればおいそれと余所者を近づかせたくないのだろうか。

 突然後ろを振り向いてぶつぶつ言いだした彼女になぜだか少し寒気がする。何を喋っているのかは小さすぎて分からないが、もしかするとこれは彼女のスキルで、そのラキュースという人に注意喚起をしているとすれば…

 

「イビルアイさん! そういえばですね!」

「ひゃいっ!? え、近っ! 顔近っ!? え、わたっ──わたっ──」

 

 まずはスキルを止める必要があると彼女の肩を掴み、軽く持ち上げて一気に半回転させてこちらを向かせた。一瞬の事なので、いきなり視界いっぱいに俺の顔──じゃなくて、ヘルムが映って驚いたのだろう。軽いパニックを起こしていた。だが、それが狙いなのだ。ここで話の転換をし、一気に有耶無耶にするのだ。

 

「そう…そう! 気になったのですが、あの蟲のメイドはどうやって撃退したのですか」

「あの、私も──へ? あ、あぁ!! それはですね、私のオリジナル魔法なんです」

 

 ほう、と思わず感心した声が漏れた。ユグドラシルでは決まった魔法しかなかったのだ。いくら世界が違うとはいえ、ユグドラシルの魔法を使っているこの世界でオリジナル魔法を作り出すなどそうそうできるものではないだろう。難度的には瞬間的に第九、いや第十位階魔法に匹敵する魔法なのだろうか。この情報だけでも彼女を殺さずにおいた価値が大きいというものだ。

 この世界にある武技というスキル。そしてオリジナル魔法。どちらもユグドラシルには無い物。いずれは彼女をナザリック地下大墳墓に『味方として』招待できるようにしたいものだ。

 しかし彼女は人間。どうにか異形の者に対する偏見を削ってもらう事が第一か。

 

「大したものですね。やはりかなり高位の魔法なんですか?」

「え? あぁ、いえいえ! 位階に合わせるなら第四位ですよ。見ていてください 《ヴァーミンベイン/蟲殺し》!」

 

 彼女の魔法が発動する。すると天割き地を割り…なんてことも起こること無く、隕石が降ってくることも無い。なんだこれは。ただ白い霧を発生させるだけなのか。視界を奪うだけ?え?

 触ってみても何も変化が無い。無効化した感じもないので状態異常系でもないだろう。

 

「すみません──これは一体?」

「あ、あは…これは蟲を殺すだけの魔法です」

「──蟲を殺す?」

 

 流石に俺の落胆ぶりに気落ちしたのか、口早に効果を教えてくれる。なるほど、である。蟲専用の魔法だったわけだ。つまるところ殺虫剤を噴射する魔法なのだ。

 

「二百年前の魔神の中に蟲の魔神が居まして、その時に取り巻きの蟲を殺すために作りだしたんです。杜撰な魔法故に心苦しいのですが、蟲のみに特化し、それ以外の生物には一切効果が無いんです。ちょっと臭く感じるくらいでしょうか」

「なるほど。特化故に使い所によっては凄まじい効果を発揮してくれるわけですね。杜撰なんてとんでもない。素晴らしい魔法ですよ、えぇ」

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、といったとこである。がっかりも甚だしい。だが、敵に回せば凄まじく面倒くさい。エントマや恐怖公ならば一方的に蹂躙できるのだ。それも第四位階魔法で。第四であるが故に連射も効くだろう。無限に呼び出せる恐怖公の利点も一切効かない。

 殺すか、引き込むか。出来れば引き込みたいものだ。プレイヤーの中にも蟲が居るだろうから。

 そう思ってそっと彼女の両手を包み込むように握ったら、痛かったのだろうか『あばばば』とよくわからない声を出して震えている。すぐ手を離したらまたくるりと後ろを向かれてしまった。

 『ふひょひょへうぇひひひ』と、何かのスキルか詠唱なのだろうか。それとも何かの暗号か。使わせるわけには。

 

「はっひょう!?」

 

もう一度こちらを向かせたつもりだったのだが、勢い余ったせいで彼女はバランスを崩し思い切り俺のプレートメイルに顔面──いや、仮面を打ち付けていた。だが逃がすわけにはいかない。とりあえず逃がさず落ち着かせるために腕を回して、さてどうするか。

 

「モモンさ──ん、その大虫<ガガンボ>を気絶させてどうされるのですか?」

「ん? ナーベか。もう大丈夫か?これはだな──え、気絶?」

 

 『きゅう…』と小さい声を出しながら俺の腕の中で気絶しているようだ。余程打ちどころが悪かったのだろう。激しい動きでも外れなかった仮面が外れて素顔が少し見えている。

 幼さの強く残る少女の顔。しかしここまで本当に幼いとは思わなかった。精々小さい熟女程度なのかと思っていたのだが、若くして第四位階のオリジナル魔法を使えるように──いやまて。先ほど彼女は何と言った。

 

「ナーベよ、もしや彼女は人間ではないのではないか」

 


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