漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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4章 王都 罪人の武器編ー3

「はぁ……」

 

 ゆっくりとため息を付く。力のないそれは竜の吐息<ブレス>になることなく、この白亜の神殿の中にゆったりと散っていく。

 この地に我が身を縛って幾星霜。しかしこうやってため息を吐かなくなってもはや久しい。それだけ人々が、様々な生き物たちがこの世界で頑張ってくれているという証左であった。

 だが、本当に久しぶりにため息が出てしまう。

 もしかして、と数多の意識が逡巡していく。

 ちらりと立てかけてある、いかにも『斬れなさそうな』剣に目をやる。相変わらず斬ろうとする行為を徹底的に侮辱しているかのようなフォルム。だが手に持てば分かるその凄まじい切れ味の良さは重々理解している。その威力たるや、未だに居座るあの眷属達ですらも不用意に近づいて来ない程である。

 主無きあの地を守り続ける奴らにとって『これ』はとても重要な物であるらしい。それはひとたび振るえばわかるその威力もあるのだろうが、恐らく何某かの特殊な能力を有していると思って良いだろう。

 そもそも『これ』が、リグリットの言う罪人<ギルティ>武器なのか。恐らく違うだろう。そのような禍々しい感じはしない。むしろ間逆の神聖な気配すら感じるのだから。

 ギルド武器と罪人<ギルティ>武器。どちらが本物なのか。いや、それならば良いだろう。どちらも本物である可能性もある。

 

「ギルド武器は祭事のもの。強い訳ではない、か──」

 

 リグリットが会ったという漆黒の英雄なる冒険者。その名声は住まう王国だけに留まらず、各国も一目置くほどだと聞いて居る。

 英雄を自ら名乗る者が簡単に嘘を吐くだろうか。いや、ないだろう。そこまで人々は愚かではないはずだ。

 では、嘘を吐かねばならぬ理由があるとしたら──?

 いや、嘘ではないとしたら──

 ならば、嘘を吐かせているのは誰だ──?

 漆黒の英雄が嘘をついてないとしたら、誰かが嘘をつかせている。いや、嘘を吐かせているのではなく、元々嘘の情報を与えているのだろう。英雄に嘘を吐かせられる黒幕の存在。

 

──アインズ・ウール・ゴウン

 

 何かと話題に上がる正体不明の魔導士。

 

──曰く、ナザリック地下大墳墓なるダンジョンの主をやっている

──曰く、強大な魔力を有しており見たこともない魔法を行使できる

──曰く、通常考えられないほどの上位のアンデッドを意のままに操る

 

 

──曰く、かの者は不死である

 

 

 不死と聞いて最初に頭に浮かぶのはアンデッドである。だがアンデッドは決して不死などではなく、単純に死ににくいだけ。言うならば『死んでいない』というだけに過ぎない。

 最初は漆黒の英雄がぷれいやーなのかと思ったが、どうやらこの世界で生まれたらしいというのは既に裏付けが取れているらしい。

 とすれば、そのアインズ・ウール・ゴウンという者がぷれいやーである可能性が出てくる。

 そして、同じく不死であるらしいヤルダバオトも──

 悪魔ヤルダバオト。奴は恐らくぷれいやーだと思って間違いないだろう。不遜な態度。世界は我が物であると言わんばかりの大それた行動。単独では存在しえない悪魔達を使役することからも疑う余地はない。

 だとすれば不死であるというのも、あの漆黒の英雄が持っている罪人<ギルティ>武器でなければ斃せないというのも頷ける。

 八欲王にもそういった特殊な方法でしか倒せない奴が居たのだ。ありえないと考えることこそがありえない。

 ならばこう考えるのはどうか。アインズ・ウール・ゴウンとヤルダバオトはお互いにぷれいやーであることを知っており、互いに不死であるため互いを斃す事はできない。だからアインズ・ウール・ゴウンは漆黒の英雄を立ててヤルダバオトに対抗しようとしているとしたら──

 

「罪人<ギルティ>武器を漆黒の英雄に与えたのはアインズ・ウール・ゴウン──ということなのかな」

 

 だとするならばヤルダバオトも同じことをしようとしているのではないか。

 英雄と謳われる男に組する者と世界を滅ぼさんとする者。どちらがこちらの言を聞いてくれるかといえば前者だろう。

 だが本当にヤルダバオトを悪と断じて良いのか。本当は英雄は騙されているだけで、アインズ・ウール・ゴウンの方が悪なのではないか。

 今割って入るわけにはいかない。二人ともぷれいやーだとするならば、今いがみ合っているとしても第三者の介入があれば、かつての八欲王の如く瞬く間に連携を取って第三者を倒そうとするだろうことは想像に難くない。

 確実に味方に入れてよいと分かるまでは手出しが出来ないのだ。

 頭に過るのはかつて八欲王に成す術なく斃された我が同胞たちのこと。

 たった一王を倒すだけですら百に届くほどの同胞が殺された。だが八欲王は──

 

「今回の件は、かなり慎重に行かないといけないみたいだね──」

 

 気温は変わらない筈なのに、全身がまるで氷水でも浴びたかのように『ガタガタ』と震えてしまう。

 八欲王の再来など考えるだけでも恐ろしい。

 そんなことには決してしてはならぬと、その為には細心の注意が必要なのだと。

 震える身体に力を込めて、なけなしの勇気を振り絞りながらそう決意する他無かった。

 

 

 

 

 

「ぜぇっ──ぜぇっ──くそっ!一発も当たりゃしねえ!!」

「っはぁ──限界が見えない。どんどん早くなってる」

 

 姫さんの準備が出来るまで暇だからと、外でちょっと運動しようぜとモモンを誘ったのは良いがこの有様だ。

 運動というのは建前。出来ればあのスカした奴に一発ぶちこまなければ気が済まないとさっきから本気でやっているのに、一発も当たるどころかかすりもしない。

 俺よりも素早いティアですら当てられないのだから相当だ。

 だというのに、ティアの言葉を鵜呑みにするならばまだまだ早くなりそうな感じがするらしい。

 

「まったく──常識ってモンを──」

「──ふぅ。ガガーランから常識なんて言葉が出るなんて意外」

 

 もう息は整えたのか、油断なく構えるティアがそんな軽口を叩いて来る。

 俺も奴を逃がさんと、今度こそ捉えてやると睨むが当の本人は一向にこちらを気にした様子もなく、一見すれば隙だらけの恰好で立っている。

 いつものような二刀流ではなく一刀。だというのに防がれることすらないとは、これでも俺はアダマンタイト級なのか。

 いや、逆か。奴は──モモンはこれほどの力があるからこそあのヤルダバオトとかいう悪魔と堂々戦えるのだ。俺達はその舞台にすらまだ上がらせて貰ってないだけなのだ。

 

「もう少し──こう──」

 

 なんだ。何を考えているのか。普段なら『ふざけるな』と殴りかかっている所だが、何かを感じる。嫌な感じではない。だがあのババアの時のような──

 

「──隙あり!」

「おいバカやめろ!!」

 

 それに気付けなかったティアを未熟と言って良いのか、それとも気付けた俺が運が良かったと言って良いのか。

 

「──なるほど、こうか」

「え──」

 

 すっと奴は避ける事無くティアの方へと手を向けた。

 

「要塞<フォートレス>」

 

 それは武技。奴が使ったのを見たのは初めてかもしれない。だがその威力は普通の物とは全く違うものだった。

 通常の要塞<フォートレス>は相手の攻撃の瞬間に発動させる事で攻撃を跳ね返すというものだ。タイミングは非常にシビアで、忍者であるティアの攻撃を要塞<フォートレス>で返すなど至難の業と言って良い。

 だが奴の要塞<フォートレス>は違った。

 

「やばい。なにあれやばい。何がとはいえないけれど、兎に角やばい」

「語彙がすげえことになっているが言いたいことは分かるぜ」

 

 あれは本当に要塞<フォートレス>だったのか。

 一瞬──ほんの一瞬だが、奴が難攻不落の要塞のように──絶対に壊れない巨大な壁のようなものに見えたのだ。

 

「あ、怪我!お前怪我は!?かなり本気で突っ込んだだろう!!」

「なし、泣きたくなるくらい全くない。全く威力がない部分で跳ね返された。身体の代わりにプライドとか自尊心とかそういったものがズタズタにされた」

 

 あれだけ凄まじい要塞<フォートレス>で跳ね返されて俺の所まで──凡そ数十メートルは──跳ね返されたというのに一切怪我を負っていない様だ。ほっと安堵の息を吐くも束の間。奴の技量の凄まじさをまざまざと見せられた事に寒気すら感じてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「──つーわけなんだよ」

「本気なの、それ。本当に要塞<フォートレス>なの?不落要塞<ハイ・フォートレス>じゃなくて?」

 

 それから暫くして切り上げて王都に帰ってくると、丁度ラキュース達が王城から返ってきた所だった。なのでさっきの話を聞かせてやったのだが、やはり相当想定外だったのだろう。ラキュースの顔はいつになく歪み、引き攣っている。

 

「不落要塞<ハイ・フォートレス>は見たことあるが、あんな感じじゃねえな。つうか、あれに比べたら不落要塞<ハイ・フォートレス>が餓鬼のお遊戯に見えるぜ」

 

 いつもの酒場に入り、いつものジョッキを頼む。気付けばラキュースはいつものティーセットを準備している。一体どこから取りだしているのか未だに分からない。

 何時ものように椅子に座れば『勘弁してくれ』とばかりに『ミシリ』と椅子が鳴る。何時もの『ギシリ』ではない。そろそろ壊れるかもしれないな、と思いながらも体重を預けることをやめない。壊れるまでは今まで通りにつかってやろう。それが道具に対する思いやりと言うものだ。

 

「能力が高いのは分かっていたつもりだったけど、そこまで彼の武技は凄まじいのね」

「むしろお前らがモモンさんに武技を使わせたことを喜べばいいだろう」

 

 そう言いながら入ってきたのはイビルアイだ。どこへ行っていたのだろうか。彼女が座った椅子は『キシ』とも音がしない。食いが足りないのではないか。だから相変わらず──

 

「──なんだ?」

「睨むな睨むな」

 

 俺の思考を読んだかのようにイビルアイが睨んでくる。仮面越しでも変わらぬ凄みは、恋に呆けてもなお相変わらずの様だ。

 しかし、発動させた、か。そう言われれば、俺たちは今まで一度も奴に武技を使われたことは無かった。それを発動させたという事は──

 

「少しは、認めてくれたって──思っていいのかねぇ」

「出来れば、攻撃系の武技も使われるくらいに強くなりたい」

 

 あれは別に使わなくてもいいタイミングだった。それでも『使ってくれた』のだ。それは俺を、ティアを少しでも認めてくれたと思うのは自惚れなのだろうか。

 ジョッキをぐぃと呷る。それは不思議と、いつもより旨く──感じた。

 

 

 

 

 一方その頃──

 

「要塞<フォートレス>!要塞<フォートレス>!!要塞<フォートレス>!!!ふははははは!!!!──使える!私にも武技が使えるぞぉぉぉ!!!!」

 

 とある森では数百という魔物達を反射技だけで倒し続ける黒い悪魔が暴れていたという。


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