漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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4章 王都 罪人の武器編ー4

「ふむ──?」

 

 定時連絡も兼ねてナザリックへ戻ってきたは良いものの、どうやらアインズ様は玉座の間にも執務室にもいらっしゃらないようだ。アルベドに話を聞けば第五階層にいらっしゃるということで来てみたが、やはりいらっしゃらない。

 巨大な生命力を感じてそこへ行ってみれば、居たのはコキュートスのみ。しかもコキュートスは地に伏している。周囲には彼が得意とする六本の武器が散らばっており、地面には相応の戦闘があったのだろう、吹雪の中でもなお深く色濃く傷跡が残っていた。

 

「どうしましたか、コキュートス。随分と傷付いているようですが」

「ム──デミウルゴスカ。アインズ様ニ一戦馳走ニナッタノダ」

 

 地に伏してなお強大な生命力を感じるので、単に立てなくなるほど疲れているだけであろうとは思うものの──見れば決して小さくない傷が全身に無数にあった。

 コキュートスの話を鵜呑みにするならば、この全身の傷を作ったのはアインズ様となる。だがアインズ様が戦ったような感じはしない。周囲の空間の乱れはなく、気温の変化もない。

 

(アインズ様は魔法を使われなかったということなのか?しかし何故──)

 

 立ち上がれる程度にまで気力が戻ったのだろう、コキュートスがゆっくりと起き上がる。しかしやはりふらついており、彼が獲物としている武器の一つであるハルバード──確か断頭牙という名前でしたか──を杖代わりになんとか立っているようだ。

 

「──なんと」

「フ──フフフ──」

 

 立ち上がったからこそ見える、彼の胸に大きく付けられた傷。それは物理攻撃によってつけられたもの。コキュートスの装甲は非常に硬い。それは通常の武器など軽く弾き飛ばしてしまうほどに強固なものだ。防御性能は私達の中でもアルベドに次いで高いのである。その彼の身体をアインズ様が切り裂いたというのか。

 驚く私とは裏腹にコキュートスは非常に嬉しそうに笑っている。魔法詠唱者<マジックキャスター>に対して物理攻撃者<フィジカルアタッカー>が近接戦闘で負けたというのに。

 

「ヤハリ、アインズ様ハ素晴ラシイオ方ダ──フフフ──アインズ様ハ魔法詠唱者<マジックキャスター>ノ域ヲ超エ、我ラ物理攻撃者<フィジカルアタッカー>ニオケル奥義ヲ習得ナサレタ」

 

 魔法詠唱者<マジックキャスター>であられるアインズ様が物理系スキルを習得されたというのか。それは誰もが願い、誰もが成し得なかった偉業。恐らくは《パーフェクト・ウェーリアー/完璧なる戦士》時にのみ扱えるということなのだろう。だがそれは魔法を使えないという欠点が欠点でなくなったことを意味する。

 真の意味での《パーフェクト・ウォーリアー/完璧なる戦士》を習得なされたわけだ。

 

「我ハ本気デ相対サセテ頂イタ。本気デ防ギ、本気デ反撃シタノダ。ダガ、瞬間的ニダガ撃チ負ケタソノ一撃。我ノ時ハ通常ノ武器デアッタガ故ニ本気デハナカッタデアロウ一撃。デミウルゴス、オ前ガヤルダバオトトシテ相対スル時ハ死ナヌ武器デ攻撃サレルノダロウ。本気ノ、本気ノ一撃ヲソノ身ニ刻ムワケダ。覚悟シロ──」

 

 覚悟──

 胸に付けられた大きな傷を隠しもせずに私に見せ付ける。これを超える一撃を私はヤルダバオトとしてアインズ様に付けていただく。

 そのことに言い様のない高揚感が全身を包んでいく。ゆっくりと嚥下する唾が、まるで熱い溶岩のように喉を焼いて行く。

 

「──死ヌホド痛イゾ」

 

 

 

 

 

 

「やばいどうしよう惚れてしまいそう。もうすでにベタ惚れだけど、もう一度初恋してしまいそう。そしてそのまま妊娠してしまいそう──」

 

 早朝、まだ朝日の昇らぬほどに早い時間。モモンさんの元へと朝駆けに来たのだが部屋に居ない。どこだと窓から見下ろせば、宿屋の裏の馬屋の近くに居たのを見つけて急いでかけ付けたのだが──

 

「か──恰好良すぎるよぅ──」

 

 ゆっくりと、そう──ゆっくりと剣を振る彼の姿にまた惚れてしまったのだ。これは私は悪くない。モモンさんが恰好良すぎるからいけないのだ。

 まるで舞を踊るかの様に二本の剣を振る姿は正しく、物語に出てくる勇者か王子か。彼の舞う姿を見て惚れぬ女など女ではない。断言するためにもう一度言うが私はそんな奴を女とは認めない。

 

「はぁ──うぅぅ──」

 

 あぁ、辛い。あぁ、切ない。あぁ、全身がきゅんきゅんするぅ。どうやったらこの好きという気持ちを表せるのか。表せない私はただただ叫ぶことしかできないだろう。だがそれは彼を邪魔することにしかならない。だから私は──

 

「あぁ──モモンさまぁ──」

 

 彼の舞が終わるまで、ただただこの身を駆け巡る彼への思いを熱い吐息に変えて見つめる事しかできない。

 

「おーっす──って、アイツ何やってんだ?すげぇゆっくり動いてるんだが」

「ぐ──」

 

 居たよ非女が。

 大きい身体を利用して私の頭を腕置きにしながらモモンさんの美しすぎる舞を見ているにも関わらず──これだからガサツな女は──

 

「あれは剣舞。はるか東方に伝わると言われる舞の一つ。通常は剣を模しただけの軽い代用物で踊るもの。ゆっくり踊らなければならない分、通常よりもずっと難しい舞だと聞いて居る」

「そもそもあの動きをあの武器を使って踊るなんて普通は無理。なのにもう30分くらい踊ってる」

「私も知らないわけではないけれど、あんなに綺麗に踊っているのは初めて見たわね。今初めて『剣舞は芸術である』って言ってたあの評論家の言葉を肯定したくなったわ」

「ふーん。あいつ色んなモン知ってんだな」

 

 一体いつから居たのか。ゾロゾロと狭い戸口から皆が顔を出してくる。狭いんだから押すなと言いたい。というかティア達はもう30分以上もこれを見ていたのか。何故私に言わなかった。一人占めかくのやろう。

 

「なぁ、これの何が凄いんだ?」

「しー。耳を澄ませる」

 

 ティナの言葉に皆の声が止まる。そして気付いたのか、皆が息を飲んだのを感じた。

 そう、それは──

 

「音が──全くしねえ──」

「そう、本来剣舞は音を立てないで踊るもの。通常は音楽に乗せて踊るのが一般的だけれど、それは舞者が音を立ててしまうのを消すため」

「こ、これが本当の剣舞なのね──」

 

 鎧が擦れる音も、剣鳴りも、足音すらもない。完全に無音の踊り。

 

「元々剣舞は暗殺者の動きがまるで舞の様に見えるからという理由で出来上がったもの」

「だから、音を出すのは二流」

「そうやって聞いてると俺でもすげえって分かるぜ──」

 

 そして私達は、ため息を吐くことすら惜しいと──静かにモモンさんの剣舞を見守っているのだった。

 

 

 

 

 

「おはよう──ございま、す?」

 

 何だろう。妙に蒼の薔薇の皆の様子がおかしい。少しよそよそしいというか、何と言うか。言葉では何とも言い表せないようなそんな雰囲気がある。

 

「おはようございます、モモンさん」

 

 そういう意味では少しテンションが高めではあるものの、いつもとそう変わらないイビルアイには助けられていると言って良いだろう。

 

「そうそう、モモンさん。三日後にラナー姫を護衛して出立することが決まりましたよ」

「三日後か──随分と早いな」

 

 王族の事だから数カ月はかかるだろうと思っていたのだが、帰ってきてまだ10日程度しか経っていない。事前に準備していただろうことを留意しても、二週間で出立できるのは異例と言って良いのではないだろうか。そういえば──ん?

 マントが引っ張られる感じがして視線を向ければ、ティアさんが俺のマントを何故か掴んでいた。

 

「どうしましたか、ティアさん」

「朝の剣舞。見させてもらった。凄かった」

(え、けんぶ?肩部?ケンブ?──剣舞!?)

 

 まさか今朝のアレを見られた居たのか。どうりで妙によそよそしかったのか。

 あれは剣舞なんてそんな凄いものではない。単純に武技が使えるようになったことにテンションが上がり過ぎて何も手に仕ず、外で暴れ回るわけにもいかなかった。

 何しろ先日近所の森で暴れ回りすぎたせいで、ハムスケに森の獣たちから嘆願書が届いたらしいのだ。『絶対服従するので環境破壊と絶滅だけはやめてください』と。事態を重く見たハムスケが土下座しながら嘆願してきたくらいだ。テンションが上がり過ぎてどれだけ殺戮したかすら覚えていなかったので本当に何も言えなかった。まるではしゃぎ暴れてしまったら近所の女の子を泣かせてしまった小さな男の子になった気分だった。

 だから皆にばれない様に、音を立てない様にそっと踊っていただけだというのに──まさかあの恥ずかしい踊りを見られていたとは。

 しかもそれを剣舞ということにしてくれたわけだ。『あれは恥ずかしい踊りじゃないよ、剣舞だよ。私達以外見てないから安心してね?』と、言外に言ってくれているわけだ。

 こういう時は皆の優しさに甘える他ないだろう。『そうですか、ハハハ』と恥ずかしそうに──実際に叫びたくなる位に恥ずかしいのだが──言葉を濁す。これで誰も追及しなくなる。四方丸く収まる事になるのだ。

 そう私の望みどおりに、ティアさんは少しだけ笑って私のマントから手を離してくれる。ありがとうという意味を込めて頭を撫でると、少し恥ずかしそうに席へと戻って行った。ほぼ無意識にやってしまったが、いくら小柄とはいえ頭を撫でるのは流石に彼女に失礼だったか。

 

「──三日後の出立については了解しました。では、ラナー姫様との顔合わせはいつになるのでしょうか」

「それなのですが──」

 

 イビルアイが珍しく口を濁す。何か問題でもあるのだろうか。そう思うが早いか、腕を引かれて半ば無理矢理テーブルにつかされる。どうやら内密の話になるようだ。

 

「ラナー姫はモモンさんを招いて会食を行いたいと──」

「会食──ですか」

 

 なるほど。と頷く。俺はアンデッドであり、何より食事のできない骨だ。王族の会食に招かれたとなれば選択肢は三つしかない。

 一つは食事の取れぬアンデッドであると明かす事。しかし如何せんアンデッドというだけで相当嫌悪されるのは身に染みて分かっているから出来ればこれは避けたい。

 一つは無理にでも会食に参加する方法。蒼の薔薇達には幻術を使っているとして、代わりに食事のできるパンドラズ・アクターと交代する方法である。これならば問題なく会食に参加できるだろうが、最近は蒼の薔薇メンバーと頻繁に会っている。大概は問題ないとは思うが、些細な事で俺ではないとばれる可能性もあるのだ。何よりラナー姫様は非常に聡明であると聞いて居る。替え玉を使ったとバレでもしたらどういう印象を持たれるか。少なくとも良い印象はないだろう。

 一つは会食を辞退する事。何か用事を作って先にエ・ランテルに行けば済む話だ。だがそれは問題の先送りでしかない。何れは会食に参加せざるを得ない事になるだろう。

 どれも一長一短である。どれもハイリスクローリターンである。どれもが正解であり、同時に不正解であると言えるだろう。

 

「やはりここは辞退した方が──」

 

 事情を理解している蒼の薔薇の皆が頷く。それは、俺がアンデッドであっても受け入れてくれているということ。ならば、それに賭けるしかないだろう。

 願わくば、ラナー姫が短絡的な行動を起こさないことを願って。

 

「──いえ、参加しましょう。嘘はいずればれるものです。味方になって欲しい相手に嘘はつきたくない」

 

 それは言外に蒼の薔薇は味方になってほしいと言っていない事になる。それは仕方ないだろう。あのリグリットとかいう英雄。白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>とかいう謎の上位ドラゴン。そして俺を追い落とそうと裏で暗躍している貴族。それらと彼女たちが繋がっている可能性が非常に高い現状としては、味方に入れる事はとても危険であると言わざるを得ないのだから。

 

「モモンさんがそう言うのであれば、そうしましょう。私達も全力でフォローします」

「まぁ大丈夫でしょう。ラナー姫は私の正体も知っていますし」

 

 それでも彼女たちは俺が嘘をついているとは思っていない。疑い無き信頼が無い心臓に突き刺さってくる気がした。

 いずれ──彼女たちが他よりも俺を取ってくれると言うならば──

 いや、それは栓無き事か。

 彼女たちに悪意はない。言われたことをこなしているに過ぎない。言う相手が俺に悪意を持っているかもしれない、敵対するかもしれないと言うだけだ。

 そしてそれらと明確に敵対した時、彼女たちは俺の味方となるのか。それとも──

 

(今はイビルアイも含めて一切脅威にはならない。だがそれは今だけの話だ。これから数十年──いや、100年過ぎた後にあのリグリットとかいう英雄に匹敵──凌駕する冒険者になる可能性だってある)

 

 あのリグリットとかいう冒険者。あれは決して強くはない。だが強者である。言うなれば、かつて敵対したクレマンティーヌとかいう女。奴の様な存在だ。であれば、油断はできない。決して弱者ではないのだ。

 あれよりも強くなるとするならば、間違いなく俺に──ナザリック地下大墳墓にとって脅威となることは間違いない。

 遅かれ早かれ、敵となるか味方となるのか。それを明確にしなければならない日が来るだろう。

 だがそれは今ではない。今はまだ、この英雄という仮面を被りながら、嘘をついて、取り繕って行く他ないのだ。

 

「皆さん、よろしくお願いします」

 

 だから、俺は彼女たちに頭を下げる。細心の注意を払いながら。


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