漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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5章 善意の会談編
5章 ナザリック 善意の会談編-1


 少しだけ足早に廊下を歩いていく。騎士鎧靴<ソルレット>がコツコツと鳴る音も、まるで私の内情を表しているかの如く荒々しく感じる。

 理由はいくつかある。まず一番大きいのが、あのヤルダバオトなる悪魔の存在。敵であれば我が聖剣サファルリシアで両断してやるというのに、不覚にも聖王女様に──カルカ・ベサーレス様に取り入られてしまっている。

 優しく、我が親友でもあるカルカ様の御心に付け入るとは──あの悪魔め。ギリと歯噛むが事態を好転させる方法が思いつかない。それとなく妹──ケラルト・カストディオに奴の弱点を探らせてはいるものの──

 

「ちっ──」

 

 忌々しい奴の仮面の上からでも感じる澄まし顔に苛立ちが積り、誰も居ない廊下に私の舌打ちが響く。静かすぎる故に城内に響き木霊しているようだ。何故あの悪魔などという存在を、カルカ様はこの城内に置き留まらせるなどという愚行を続けているのか全く理解できない。何よりも理解できないのが──

 

 「おや、こんな所をぶらぶらしているとは。聖騎士団団長というのは余程暇なようですね」

 

 そう、こいつ。まるで殺人者のような眼つきをした女──ネイア・バラハだ。まるで全てを憎み、破壊し尽くしたいとその眼は口よりも饒舌に語っている。元々は騎士見習いだったが、今ではあの悪魔の従者などをやっている。背にあるのは見たこともない材質で作られた蒼い弓。あのような武器で懐柔されたのか、それとももとより悪魔崇拝者なのかはわからない。が、あの悪魔に頭を垂れるなど──少なくともまともな思考をしているとは思えない。

 

「あのアンデッド──アインズ・ウール・ゴウンを殺す計画はちゃんと進めているのですか?無能はこの国に要りませんよ。」

「貴様などに言われずとも!」

 

 元々アインズ・ウール・ゴウンなるアンデッドを倒すという計画はカルカ様が発案されたものだ。そして私たち姉妹が主体となって聖騎士団、神官団をまとめ上げている最中である。後々は南部の貴族たちも賛同させて一大軍団を作り上げてあのアンデッドに支配されている哀れな市民を助けなければならないのだ。

 

「ヤルダバオト様はおっしゃっていました。あの者は国落としすらも倒す強大な力を持つと。だからこそヤルダバオト様は獣人を纏め上げて──」

「獣人の力など必要なはずがないだろう!!」

 

 カルカ様主導のもと、今ではあの憎き獣人達も我らが国の貴重な労働力にはなっている。だがそれは聖王女たるカルカ様の御威光のお陰であって、決して悪魔のお陰などではない。

 だが激高し叫ぶ私とは真逆にこの女は、まるであの悪魔を彷彿とさせる笑みを浮かべ続けている。

 

「全く──現実が見えていない愚か者がこれほど醜いとは思いませんでした。聖王女も大変ですね。このような中途半端に弱い者を縁故採用しなければならないのですから」

「貴様──我が正義を愚弄するか!!」

 

 奴の物言いに、一瞬で視界が赤くなる。短気はいけないと常日頃妹に言われ続けてはいるが、ここで下がっては私の正義が終わることになる。そう思って剣を抜いた時だった。

 

「な──」

 

 思わずたじろいでしまう。一体奴はいつ弓を手にしたのだ。ただ弓をとっただけならばここまで驚かない。だが奴の武器は一体何なのだ。弓から漏れ出す冷気は白い霧となって廊下に流れ出ている。未だ奴とは数メートル離れているというのに、まるで今が真冬であると錯覚するほどに気温が下がっている。キリキリと音を立てて透明な──氷の矢が作り出されていく。これが悪魔の武器なのか。思わず恐怖してしまう私の心が私の足を下げようとする。それを必死に押しとめようと踏ん張り、抜いた剣を両手で持って構えた。

 しかしその剣のなんと頼りないものか。この剣はただの剣だ。いや、正確には聖騎士団のみが帯剣することを許される特別なものなのだが、私が有する聖剣と比べてあまりにも心許ない。聖剣に頼りすぎるのはいけないと、普段から帯剣していないことを歯噛むが今更遅いのだ。

 

「やはり──弱さは悪ですね。強さこそ正義。絶対的な強さこそが全てを救う真理です」

「悪魔に魅入られた背信者が──」

「そこまでです。二人とも、武器を収めなさい」

 

 一触即発。私が奴を両断するが早いか、奴の凍てつく矢が私を氷漬けにするが早いか。どちらにせよ間違いなくどちらかが死ぬと思ったその時だった。廊下に凛とした声が響き渡ったのだ。聞きなれた優しい口調ではない。一国の王たる資質を十分に含んだ声である。

 既に奴は武器を収めている。ついこの前まで騎士見習いだったというのに全く動きが見えないのは、やはり悪魔の力なのだろう。

 

「レメディオス。私の声が聞こえませんでしたか」

「はっ!申し訳ありません、カルカ様」

 

 もう一度響く──少し怒気を含んだカルカ様の声に、急いで納刀し、彼女の方を向く。しかしそこにあるのは私の望む彼女の優しい笑みではない。熱く、そして冷たい怒りの表情だった。

 

「聖騎士団団長たる貴女が、一体ここで何をしているのですか。私から伝えるように頼んだ仕事はもう終わったのでしょうね、レメディオス」

「いえ、まだ──」

「子供のお使いもできないのですか、あなたは。無能な者は我が国には必要ありませんよ」

「も、申し訳ありません!直ちに!」

 

 カルカ様に命ぜられた仕事を全うできないなどあろうはずもない。時間を食ったのはこの悪魔の信望者のせいだというのに、なぜ私が怒られなければならないのか。その怒りを籠めて奴を睨むが、まるで私が居ないかのように奴の視線はカルカ様の方を向いたままだった。

 

「レメディオス──」

「い、行きます!!」

 

 足を止めようとした瞬間に後ろからカルカ様の叱咤が飛んできた。なぜだ。なぜ私がここまで怒られなければならないのだ。カルカ様は少し前までとてもお優しかったというのに。

 全て──そう、全てあの悪魔のせいだ。

 

「見て居ろヤルダバオトめ──あのアインズ・ウール・ゴウンとかいうアンデッド諸共、我が聖剣の錆にしてくれる──」

 

 

 

 

 

「──暇だ」

 

 思わずぽつりと口から零れてしまったその言葉は、俺の内情をそのまま反映したものである。

 そう、暇だ。暇なのだ。暇すぎるのだ。本来であればもっと緊張感のあるもののはずなのに。

 ちらりと後ろを追従している馬車に視線を移すと、御者をしているガゼフさんは緊張感を持った顔のままである。それは当然だ。今彼が御者をしている馬車には一国の──リ・エスティーゼ王国の王女たるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ様──ラナー王女様が腹心と共に乗っているのだから。

 だが、暇だ。本来であれば俺もガゼフさんのように緊張感を持って居るべきなのだろうが──

 

「終わった」

「この先、敵影なし」

「あぁ、お疲れ様。ティア、ティナ」

 

 この有能すぎる蒼の薔薇の忍者姉妹が露払いをし『過ぎて』いるせいなのである。お陰で俺にやることは何一つなく。

 

「ん──」

「ん~──」

 

 露払いが終わって戻ってきた彼女たちを労うことくらいである。

 俺が裏切らないか、まだ信用しきれないというのもあるのだろう。戻ってくるたびに俺の乗る首なし馬に乗ってくるのである。

 俺は悪くないよ。良い英雄だよ。信頼しちゃって大丈夫だよー。そう願いを込めつつ、彼女たちの頭をなでる。目を細めて身を委ねてくる彼女たちからは俺に対する警戒心など微塵も感じないのだが、彼女たちはプロである。素人に毛の生えた俺程度では感じられないレベルの隠した警戒を行っているのだろう。とはいえ、二人掛りどころか今ここにいる全員に襲われたところで鼻歌交じりに殺すことはできる。しかし勝負は力だけで決まるわけではないことを俺は知っている。

 何の物理的にも魔法的にも力のないいち貴族が、確証はもてなかっただろうにしても俺の正体を看破し、それを流布しようとしたくらいである。プロである蒼の薔薇が本気になれば俺程度の知名度など、吹けば飛ぶような小さな紙きれほどもないだろう。

 その証拠に、普段はまるで発情した猫の様にしているイビルアイですら──こいつは最初から演技が下手なので分かりやすいが──今はまるで親を殺した仇を見るような目で、それでいて俺に気付かれない様にしているのだろう、後ろから俺を睨んでいるのだから。

 そしてそれに呼応するように俺と一緒に乗っているこの姉妹も同じく、俺に気付かれないようにこっそりと時折イビルアイたちに意味ありげな視線を送っている。

 本当に、全く油断できない。というのに、現状を打破する方法が全く思いつかないが故に行動を起こすこともできない。まるで見えないロープのように太い糸で少しづつ絡めとられている気分だった。

 

「んっ」

「ん~」

 

 俺の手が止まっていることに不満を感じたのだろう。まるで言葉になっていないままに彼女たちが『撫でろ』と催促してくる。なるほど。こうやって俺に撫でさせることで、俺の気を逸らしているわけか。何の変哲もない行為ではあるが、確かにやっているときは他に対する注意が少しだけ削がれている気がする。しかしそれは人間的な部分だけである。この世界に来て新たに得たアンデッドとしての感覚は一切減衰していない。本当にアンデッド様様である。

 

「──何かあったか、イビルアイ」

「へあっ!?い、いいいえ。な、ななにもないですよ、モモンさん!」

 

 何故か一層殺気が深まって来ていたので、視線を移さないままにイビルアイに話しかけると明らかに動揺していた。まさかアレで俺が気付かないとでも思っていたのだろうか。もしかすると──確証はないものの、エントマと俺が繋がっているという情報を得たのかもしれない。それはいけない。非常にいけない。次のヤルダバオト戦でアインズ・ウール・ゴウンとしてヤルダバオトから奪い取るという設定で行こうとしているのだ。それがただの茶番などと看破されているとしたら。

 

(──やはり、アルベドの言う通り殺すべきか?)

 

 いや、それは駄目だ。最もやってはいけない愚行である。まず間違いなく死んだ後の情報伝達は行っているはずだ。最低でもあの白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>は出てくる。竜王であるなら最低でもレベル80は堅いだろう。野良ではないのだから90は超えているとみていい。何やら特殊なこの世界の魔法が扱えるというので、レベル100として換算したほうがいいかもしれない。そのクラスがたった一体だけということはないだろう。おそらく奴は単に矢面に立っているだけだ。その後ろに奴より強い竜王の軍団と、それを指揮するさらに強い王が居るはずだ。八竜クラスの世界の敵<ワールド・エネミー>がいると思って行動したほうがいいだろう。

 だとするなら白金の竜王などただの前哨戦にすらならない雑魚敵だと思った方がいい。何しろゲームのユグドラシルですら32体も居たのだ。現実は小説より奇なりって死獣天朱雀さんも言っていたのだし、最低でもその3倍──100体は居る前提で行動したほうがいいだろう。単純な強さでいえばプレイヤーよりも上である世界の敵<ワールド・エネミー>。ゲームでは共闘しなかったが、この世界でもそうだとは限らない。俺たちが脅威と感じたら、手を組む可能性などいくらでもある。そうなればナザリックの被害は決して小さくはないだろう。

 

(俺はこの世界のことを知らなすぎる。不用意な行動は出来るだけ避けなければ──)

 

「なんだありゃあ──」

 

 ガガーランの驚きを隠せない呟きに、膨れ上がる思考を一旦やめて彼女の見る──カルネ村があるはずの──方向を見た。見てしまった。

 

「なんだ──あれは──」

 

 そこにあったのは、遠目でもはっきり分かるほどの──巨大な城塞の壁だったのだ。




5章3話投降後(来週土曜日に投稿予定です)の活動報告にて、次に書く外章(5章終了後に投稿予定です)のお題を募集します。詳しくは活動報告を見てくださいね。

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