漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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5章 ナザリック 善意の会談編-4

「どうした、ブレイン」

 

 ナザリックなる、アインズ・ウール・ゴウン殿が統治されるらしいダンジョンに向けて進む俺たち一行。蒼の薔薇に漆黒の英雄モモン殿、そして俺やブレインが姫様を守って進んでいる筈の道程。なのだが、まるで見えざる何者かに守られているかのように何も──モンスターの一匹にも会うことなく進み続けていた。モモン殿の話によれば、あと一刻程度で到着する予定である。

 国の用事であるが故に、門外漢である俺やブレインにとって最も緊張すべきは道程ではあるが、どうもナザリックが近付くにつれて、俺にはブレインの雰囲気が変わってきているような気がしていた。

 御者である俺の隣に座るブレインに声をかけると、明らかに普段の雰囲気とは違うブレインは何か言いたそうに口を開ける。が、そこまでで少し落ち込んだ雰囲気のまま口を閉じた。

 

「なぁ──何があった、ブレイン。俺には話せないか?」

「いや、そうじゃない──そうじゃないんだが──」

「うん?」

 

 珍しく煮え切らない態度を取っている。本当に何があったのだろうか。

 

「俺は、ひとつやらなきゃならないことがある──」

「やらないと、いけないことだと?」

「あぁ──」

 

 そういうと、ブレインはそのまま口を閉じてしまう。だが俺にはこの先を聞かねばならない。そう思えてならない。何をするのかはわからないが、それがどういう結果を齎すのか──それを何となく察してしまったからだ。

 

「それは、ナザリックでやることだな」

「あぁ」

「そして、それは俺たちに迷惑がかかるかもしれないこと、というわけか」

「あぁ」

「そして──それを止めるわけにはいかないんだな」

「──あぁ」

 

 不安そうな顔。煮え切らない顔。落ち込む顔。だというのに、ブレインの瞳は熱く、決意の炎に満ちていた。

 

「──勝てるのか?」

「まさか。一撃入れるのすら無理だろうさ」

「それでも──やるのか?」

「あぁ」

 

 『カチャリ』とブレインの武器──カタナが鳴る。ちらりと視線を送ると、彼はさみしそうに己が武器を撫で握っていた。微かにだが、ブレインの身体が震えている様に見えるのは俺の錯覚なのだろうか。

 

「もし、俺の勘違いだったら遠慮なく俺を斬れ、ガゼフ」

「おいおい、随分と物騒な話だな」

 

 おどけたように彼に返すも、その返事が返ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

「見えてきましたよ」

 

 そうモモンさんに言われて私たちの視線が一斉に、彼の差した方に向けられた。そこにあるのは小高い丘。それしかない。──いや、それは。

 

「まさか、偽装されている──?」

「規模が大きすぎ」

 

 早速気付いたのだろう忍者の二人が似つかわしくない唸り声を上げた。それも仕方ないだろう。傍目から見たらただの小高い丘である。だが、近づくにつれて気付く。長年の経験が気付かされるのだ。『この付近一帯が不自然だ』と。いや、そうではない。

 

「自然すぎて逆に違和感がすごいな──」

「正しく理想的な地形ね──」

 

 そう、この付近一帯だけが『綺麗すぎる』のだ。まるで作為的に自然に対して『そうあるべし』と指示を出したかのように。

 それがどれだけ凄まじいことかなど、想像すらつかない。

 

「これが──アインズ・ウール・ゴウンの力ということか」

「──様、を付けていただけますか、ヴァンパイア」

 

 自然。そう、自然すぎた。あまりに異様な光景なのに、誰も気づけない程に。今全員馬か馬車に乗って走っている。つまり歩いて並ぶことは不可能な状況だというのに、まるで散歩でもするかのようにとなりを歩いている人が居たのだ。

 

「メイド?アインズ・ウール・ゴウン殿の──」

「──様、です」

「あ、アインズ・ウール・ゴウン様の──」

 

 あまりにも異様。あまりにも異質。徒歩なら走らねばならぬ速度だというのに、何食わぬ顔で歩いているかのように並走するメイドが居たのだ。己が主を余程尊敬しているのだろう、私の敬称をしつこく訂正してくる。しかも間違える度に、首筋にひりつく様な殺気が纏わり着いてくる。武器を持っている様子もないというのに──相当な手練れなのだろう。

 

「貴方達がモモン様の知人であること、そして我らが主様──アインズ様が招かれた客人であること、そして──」

 

 静かで、小さな声だというのにはっきりと耳に届く。そして、平坦で無機質な声だというのに底冷えする恐怖を感じるのは、彼女が相当怒っているという証左だろう。

 トン、と彼女が軽くジャンプした。すると、魔法を使っている感じはしないというのに彼女はふわりと宙に浮いていた。

 

「私が比較的温厚であるが故に、あなた方は存在を許されているのです」

 

 彼女はまるで空間に映る映像のように、髪の毛一本も靡かせることなく馬を走らせる私たちの前に浮いていた。

 

「これ以上の不敬は、このプレアデスが長──」

 

 くいっと彼女は眼鏡を正す。

 

「ユリ・アルファが許しません」

 

 その瞳には有無を言わさぬ凄味があった。

 

 

 

 

 

「────」

 

 絶句。言葉が出ないとはこの事を言うのだろう。そう思わず考えてしまうほどの事である。

 いや確かに彼女たちの忠誠心は、ちょっとおかしくない?って思うほどに高すぎる気がするなぁとか、もう少し気軽に接することのできるステキナカンケイを構築していきたいなぁとか、まぁ今後の課題でいいかなとか思ってしまうこともないことも──

 ──いかん、少し混乱していた。まさかユリがここまで敵意バリバリでくるなんて夢にも思わなかったからだ。俺は寛大だから『さん』付けで十分なんだよ。とか言うつもりすらない。むしろ呼び捨てでもいいかなと思っているくらいである。

 まぁ公的な場で呼び捨てにされるのは、大概下に見られているせいなのでどうかとも思う。しかしそれくらいである。そもそも本人が居ない場所なのだ。アインズ・ウール・ゴウンと呼び捨てどころか、あっくんとかあーちゃんとか呼んでも全く問題ないのだ。いや流石に『骨』とか言われたら、ちょっと寂しい気もするが──

 

「ユリ──」

 

 さて何と言おうかと逡巡している内に口からぽつりと彼女の名を呼んでしまっていた。しかしそれは相当効いたのだろうか。明らかに彼女の雰囲気が変わっている。それはそうだろう。先ほどユリが言ったのはあくまで個人的な感情である。かくあるべしという行動はとっているかもしれないが、俺が『そうしろ』と言っていることではない。もう一つ言うなら今俺はモモンである。アインズ・ウール・ゴウンではない。ちょっと口の開いた感じから察するに、ユリは思わず『アインズ様』と言いそうになっていた。それほどに切羽詰まっている状態なのである。

 そこで続けて俺の口から出たのは──

 

「──姉さん」

 

 そう、設定だ。彼女──ユリ・アルファは英雄であり故国の王子であるモモンガの乳母の娘の一人という設定で、幼少の頃は姉と慕って暮らしていた相手というものである。

 因みにだが、姉さんと言うまでにかかった時間は1秒にも満たない。ユリの挙動不審な姿に気付いたのは俺くらいだろう。姉さんと言った瞬間にユリの雰囲気が戻ったのだから。

 

「モモン様、私はユリではなくユリ・アルファです」

「それでも、俺にとってはユリ姉さんだよ。──この人たちはアインズの客人だって姉さん自身が言ったじゃないか。いま危害を加えて怒られるのは彼らじゃなく姉さんの方だよ」

「あ、あま───────こほん。ふぁかりまひた、モモンはま。──んん。此度の事は私の胸の内に仕舞う事にしましょう」

「うん、ありがとう。姉さん」

 

 俺の演技が余程下手だったのだろうか。ユリは口元を抑えながら飛んで行ってしまった。

 

(そんなに笑わなくてもいいだろ──こっちだって恥ずかしいんだよ)

 

 配下というよりもむしろ、友達の娘の様に接していきたい相手を『姉』呼ばわりである。恥ずかしくて貌から火が出てしまいそうだったのである。穴があったら入りたい。今の俺の心境を体現している諺が脳裏に浮かんで、すぐに消えて行った。

 

 

 

 

 

「今のメイド、鼻血吹いてた」

「モモンの奴は気づいてないみたいだがな」

 

 顔を真っ赤にしながら鼻を抑えていれば誰でも気付きそうなものなのだが、その辺り鈍感なのだろう。モモンは落ち込んでいるようで、気付かぬままに肩を落としていた。

 

「放置?」

「当然だろ」

 

 他人の色恋ほど面白いものはない。しかも簡単にくっつかない方がより面白いというもの。

 イビルアイの呆けた表情もまた格別だ。最近調子に乗っていたからな、アイツは。

 

「も、モモンさん!今のメイドは──」

「あ、ああ。あのメイドは──」

 

 流石に只ならぬ関係であると気付いたのだろうイビルアイが、モモンの馬に並走させて今のメイド──確かユリなんとかとかいったか──の事を根掘り葉掘り聞こうと躍起になっている。

 全く──リ・エスティーゼ王国の今後が決まるかもしれない会談だというのにお気楽なものだ。

 

「ガガーラン、あの男は止めた方がいいと思う?」

「分かんねえ。だけどガゼフと喋ってる感じからすると止めねえ方が良い気がするけどな」

 

 ティアが言う男というのはモモンの事ではない。さっき馬車でガゼフとやたらと物騒なことを喋っていたブレイン・アングラウスのことだろう。

 何をするかは分からないが、止めない方が良いと俺のカンも言っている。それが何を意味するのかは分からない。分かる頭もない。ただはっきりしていることは──

 

「止めた方が良いときはラキュースが何か言ってくるだろ」

「ん」

 

 本当はもっと頭を使った方が良いのかもしれないが、適材適所というものだ。俺はカンで動く。細かいことはリーダーであるラキュースが考えればいい。

 

「ただ──何かあったら姫さんとラキュースだけでも逃がせるようにしとけよ」

「──りょうかい」

 

 最悪姫さんとラキュースだけでも逃がすことができればどうにかなるだろう。逃がしてくれるかは分からない。が──

 

「──で、ですねっ!」

「いやそれは──」

 

 ちらりと二人に目をやった。積極的に迫るイビルアイと、慌てふためくモモン。案外いい感じの二人を。

 そうすると不思議と胸のざわつきが収まってくる。案外こいつらならなんとかしてくれるのではないか、そう思えてさえくる。

 それではいけないと思いながらも。その思いを否定することはできなかった。




まだ──ナザリックに到着できなかった──だとっ!!

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