漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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1章 王都 ヤルダバオト編ー3

「う…あ…」

 

 何が起きたのだろう。ぼうっとする頭のままゆっくりと目を開ける。 夢。そう、夢か。私は今ベッドにもぐりこんで夢を見ているのか。温かい毛布に包まれ、夢の中でモモン様に抱かれる。そんな夢を。

 

「気が付いたようですね。気絶したようで、心配しましたよ」

「わたし…きぜ…気絶っ!?」

 

 まるで弾かれたように私は跳び起きた。夢ではなかったのだ。私は気絶して彼に介抱されていたわけだ。

 背中に感じたあの硬い感触は彼のフルプレートメイルだったということか。離れたことで彼の温もりが消えた気がして少し寂しい感じもあるが、そんなものは消し飛んでしまう程に気恥ずかしかった。

 何せ…

 

「す、すみませっ…! あの、わたっ…私、貴方の様な素敵な方に抱かれるなんて経験が無くて…」

 

 って何を口走っているのだ私は!?

 だって仕方ないじゃないか。彼は強く──そう、私よりもずっと強大で格好良くて、素敵な人なのだから!

 そんな私の気持ちなど知らぬとばかりに、舞い上がる私とは真逆に。彼は冷静に口にする。

 私にとって、絶対に知られたくなかった事を。

 

「その、イビルアイさんは、異形の者──ヴァンパイアだったのですね」

「っ!? な、なん…って…え、指輪!?」

 

 急いで指にはめているはずのマジックアイテム──私がアンデッドであることを隠すためのアイテムを探す。だが、無い。あるはずの者は指にはまっていなかった。

 

「あ、あぁ…か、仮面も!」

 

 何とか身を隠そうと顔を触るも、そこにあるのは慣れ親しんだ仮面ではなく皮膚の感触。顔を見られたのだ。彼に。私がアンデッドであることが…

 

「い、いや…いやぁ…なんっ…なんでぇ!!」

「落ち着いてください、イビルアイさん」

 

 いやだ。いやだいやだ。逃げたい離れたい。王国を飛び出して遠くへ行きたい。何もかも捨てて世界の隅で小さく縮こまってそのまま消え去りたい。彼に嫌われるくらいなら今この場でこの身を消し去ってやりたい。

 そう思いながら逃げようとするのに一向に彼との距離は離れない。逃げれない。逃げれるわけがない。

 彼の腕が、私を離してくれないのだ。

 

「イビルアイさん、私は貴方がアンデッドだとしても何も悪感情は──いえむしろ、貴方のことが知れてうれしく思っているのですよ」

「ほん…とう…?」

 

 彼は私がアンデッドでも拒絶しない?私の正体が知れて嬉しい?何故?そんな沢山の疑問が嬉しいという感情に押し流されていく。

 ゆっくりと彼の鎧に指を這わせる。彼は拒絶しない。それどころか私の顔に手を添え、優しく涙をぬぐってくれた。

 

「えぇ、勿論です。だって私は…」

「あー、やっと見つけたわ! こんなところに居たのね!」

「え、り…リーダー?」

 

 彼は何と言おうとしたのだろうか。しかし招かざる闖入者のせいで、もう聞く術はない。なぜラキュースはこんなところに空気を読まずに来たのだ。そう思いながら、今の瞬間までガガーラン達が死んでいたことを忘れている自分に気付いてしまった。

 

(私は、蒼の薔薇の皆よりも、彼のことが大事──ということなのか)

 

 ラキュースが居るのは彼の後ろ。私は彼の影に隠れている。さて仮面は、と探す間も無く彼から仮面が渡される。やばい惚れそう。あ、いやもう惚れていた。ベタ惚れと言う奴なのだろう。そして一緒に渡される指輪。──え、指輪?

 

(こ、これって婚約指輪と言う奴なのではーーーー!!!)

 

 教会関係とは真逆の位置に居るはずなのに、私の頭上から祝福の鐘の音が聞こえた気がした。

 あぁ、神の使徒たちよ。今この瞬間だけでも私は神を信じよう。私は闇と影の中に生きる自分を捨てて、光輝く道へと…

 

「どうやらヤルダバオトと戦ったときに壊れたようです。代わりにこれを使って下さい。今まであなたが使っていたものと同じく、アンデッドであることを誤魔化すことが出来るはずです」

「は、はい。ありがとうございます、モモン様っ」

 

 ありがとう、蟲のメイド。ありがとう、ヤルダバオト。あぁ、緩む。顔が緩む。仮面を付けられてよかった。今の顔を彼に見られたら一瞬で冷められただろう事は確実だ。しかし手馴れ過ぎではないだろうか。当然の様に私の左手を取り、当然の様に薬指に指輪をはめてくれたのだ。

 あ、因みにだが──ラキュースの声が聞こえてから彼に指輪を嵌められ、私が立ち上がるまでに1分もかかっていない。本来ならば何時間もかけてやりたいところなのだが、気持ちを切り替えなくては。彼との距離を縮めてくれた感謝すべき相手とはいえ、倒さなくてはならないのだから。

 

「モモンさん、あちらを」

「む、あれは──ゲヘナの炎か」

 

 モモン様は既に気持ちを切り替えられたのだろう。仲間──というより御付きのナーベさんに促され、指す方を見て呟いた。ゲヘナの炎というのは何なのだろうか。彼女が指さした方向には、巨大な炎の壁が立ち昇っていた。だが町が燃えている様子は無く、遠いとはいえ悲鳴も一切聞こえない。面妖極まりないと言う他ないだろう。

 

「モモン様、ゲヘナの炎というのは何なのでしょう?」

「え? あ、うむ。私も詳しくは知らないのだが、確か…」

 

 こちらをジト目で睨みながらも確りとガガーラン達を生き返らせているラキュースを完全に無視しながらモモン様の後に立ち、尋ねる。『あの吟遊詩人たちを鼻で笑っていたイビルアイが恋して変わった』だと?うるさい。恋して変わって何が悪い。数百年ぶりの胸のときめきなんだぞ。

 

「無限に…悪魔を呼び出す…だと…」

「えぇ、恐らくあの炎の外に出ることはないと思いますが──正しくあの中は地獄と化しているでしょうね」

 

 彼から得た情報は想像を絶するものだった。下位とはいえ悪魔を無尽蔵に呼び出す──しかも超巨大超広範囲の結界など聞いたことがない。だが今見ている場景だって見たことがないものだ。当然モモン様が嘘をついているはずもない。とすれば、あの炎を見たのは…

 

「モモン様の居た国でも、あれを使われたのですか…?」

「え、あ…あー…そう!そう、なのだ…」

 

 その時の陰惨な光景が頭に浮かんだのだろうか。彼は明らかに動揺していた。最悪と言うべき光景だろう。一体一体は大したことのない下位の悪魔でも無尽蔵に来られたらどうしようもない。牽き殺されるだけだ。むしろ圧倒的ではない分じわじわと絶望が広がっていく様は、正しく地獄と言うべきだったのだろう。

 

「あの、モモン様…?」

 

 私が考え事をする暇すらなく、彼は一歩踏み出していた。まさか彼は行こうというのか。あの地獄へと。私は彼を止めることは出来ない。恐らく私が居ては彼は全力を出せないのだ。

 まって、行かないで。そう言葉が出そうになる。彼はそれでも止まってくれないだろう。国の、皆の仇が目の前に居るのだ。止まれるはずもない。その先に、死が待っていようとも。

 そんな思いが届いたか、彼はゆっくりとこちらを振り返る。だが、違う。彼は行くために振り返ったのだ。

 

「アダマンタイト級冒険者、モモンが要請する! アダマンタイト級冒険者、青の薔薇の者達よ!」

「は、はい!」

 

 凛とした大きな声。心に、お腹の奥底に響いてくる気持ちのいい声。思わず背筋がピンと伸びてしまうのは彼の覚悟が透けたからだろうか。声は出さずとも、ラキュースの《レイズデッド/復活》によって生き返ったのだろうガガーラン達も息を飲むように彼を見つめている。

 

「民を──罪なき者達を、頼む。守ってやってくれ」

 

 消えゆくほどに小さな声。その声には正しく万感の思いが込められていた。守れなかったモモン様の国の人々と同じ道を決してたどらせない。そんな強い思いが。

 

「アダマンタイト級冒険者。蒼の薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。その要請、承ったわ」

「同じく蒼の薔薇メンバー、ガガーラン。受けたぜ」

「同じく、ティア。承った」

 

 彼女たちも彼の──モモン様の思いが伝わったのだろう。はっきりとした強い意志が声に込められている。

 大丈夫。大丈夫だよ。モモン様。私が──私達が民を守るから。

 

「同じく、蒼の薔薇所属。イビルアイ──我が名を賭して誓おう」

「ならば後顧の憂いなし! ゆくぞナーベ!」

「はっ!」

 

 がんばれ、ももんさま──って、ちょっと待てぇ!!

 

「え、ちょ! ナーベさん、貴方も行くのか!?」

 

 雰囲気ぶち壊してごめんなさい。だが聞きたい。声を大にして聞きたい。確かにあの蟲のメイドは仇だろうけれど、私と大差ない能力しかない貴方が行ってどうするのだ。

 少し混乱している私を見ながら、恐らく『何言ってんだコイツ』みたいな物凄く冷たい視線を投げつけてくる。それは私がアンデッドだからなのだろうか、雰囲気をぶち壊したからなのだろうか。

 

「貴方が行っても──」

「意味がないわけがないだろう。私が仕えるべき方の傍を離れる等と言う無価値な事をするとでも思っているのか、この大虫<ガガンボ>は」

 

 やばいちょっと泣きそう。私、彼女に何かしたのだろうか。必死に思い返すもほぼ初対面と言う状態ではあまり思いつかないが、無思慮に過去をほじくり返したせいなのだろうか。

 

「私には出来る。貴方には出来ない。それだけよ」

 

 言葉で叩きのめされるというのはここまで気落ちするものなのだろうか。国堕としの名が聞いて呆れる。彼からの希望という名のフォローを求めるも、完全に心が戦闘モードになっているのだろう。『行くぞ』と短い言葉と共に走り去るのを、ただ見送ることしかできなかった。

 

「なにショボくれてんだ。戦いはまだ終わっちゃいねえんだぜ?」

「ガガーラン、もう大丈夫なのか?」

 

 動けぬ私の肩を叩いてくれたのはガガーランだった。今は彼女の気軽さが凄い助かる。 そうだ。私は彼から要請を受けたのだ。民を守ってほしいと。憂いなく全力で戦うために。

 

「とはいえ、私達だけでやるにはちょーっと荷が重いわね。ティアもガガーランもまともに動けないんだし」

「どうするのだ、リーダー」

 

 こういう事態でのリーダーはとても頼りになる。戦う事しか出来ない私には出来ないことだ。

 

「まずはあの炎の壁、及び内部の威力調査ね。漆黒の英雄を疑うわけじゃないけれど、あんなものそうそう見られるものじゃないわ。彼の知り得なかったことも何かわかるかもしれないし」

「了解した。ならば内部は私が探って来よう」

 

 私は彼ほど強くない。だが下位悪魔如きに遅れを取るほど弱くはない。この中で一番強いのは私なのだ。そう思いながら立ち上がるも彼女たちのニヤついた顔が気になり、憮然たる面持ちで彼女達をにらむ。

 

「イビルアイ! 愛しのカレを追っかけるんじゃねえぞ!」

「わ、分かっている! 私は守るとモモン様に誓ったのだ! それを違う事など絶対にあるものか!」

 

 彼を追いかけたいという気持ちが無いわけがない。だが彼と約束したのだ。誓ったのだ。守ると。ならばやる。やれる。国堕としの名が伊達じゃないという事を悪魔たちに思い知らせてやろう。

 

「さぁ、忙しくなるわよ! 王都奪還のため、ヤルダバオト撃退のため、何より民を助けるために。情報を集められるだけ集めて、ラナー達と合流しなくちゃ!」

 

 気合の入ったラキュースの声に私たちは呼応する。

 

 モモン様──がんばって、なんてもう言いません。私は姫じゃないのだから。

 守られるだけの姫なんてもうこりごり。

 私は戦う。モモン様と一緒に。

 

「見てろヤルダバオト! 次に会ったときには目に物を見せてくれる!!」

「だから偵察だっていってんだろ! 突っ込みすぎるんじゃねーぞ!」

「い、言われずともわかっている!!」

 

 だから、貴方の傍に居させてください。


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