漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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こちらは先行公開されたものと同じ内容となっております。
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6章 世界 それぞれの思惑と戦争の足音-5

「ふぅー──」

 

 ソファへと座り、大きくため息を付く。これほど大きなため息を付いたのはいつ以来だろうか、と脳裏に浮かべようとするもそう思い出せない。

 ゆっくりと背もたれに身体を預け、カーテンから漏れる朝日に目をやる。もう、朝なのか、と。

 結局昨晩は一睡もしていない。緊張して眠れなかった、というほど若いわけではない。興奮して眠れなかった、というほど若いわけでもない。

 ただただ、怖かったのだ。

 未知というものは人に恐怖を与える。故に、人は知ろうとする。しかし知ることはイコール恐怖がなくなるというわけではない。未知を既知とすることは新たな未知を産み、さらなる恐怖を生み出すだけである。しかし人は知ろうとする。未知が恐ろしいから。その先に想像も絶する恐怖が待っていたとしても。

 

「想像を絶する、か──」

 

 脳裏に浮かぶは、生を拒絶した不死なる者の姿。死を体現する者。圧倒的な知と、絶対なる武力を持つ者。名は、アインズ・ウール・ゴウンと言ったか。

 見た目こそ普通のアンデッドとそう変わらないらしいが、雰囲気は正しく神に等しきものということらしい。

 

「何故だ──」

 

 何故、受けた。何故、承諾した。圧倒的武力があるのであれば、我がリ・エスティーゼ王国など泉に浮く木の葉の如き運命しかなかっただろう。正直に言ってしまうならば、娘であるラナー──ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフが五体満足で帰ってくるなど思って居なかった。ラナーが奴の所へ行くと言った時は、これが今生最後の会話になると思って居たほどだ。普通に考えれば、あのバハルス帝国のワーカーを皆殺しに出来るような力を持つアンデッドの所に行って帰れるはずがない。運が良ければ首が返ってくるだろう。運が悪ければ、アンデッドの大群が我が国に攻めて来るのではないか、そう思って居た。

しかし結果はどうだ。こちらの要求を飲むどころか、ラナーは奴と友好を結んできたと言うではないか。

 

「鬼才だとは思っておったが──知でアンデッドを攻略出来るほどの能力を持つ、か」

 

 周囲に『化け物』と呼ばれる我が娘であった。時折、何を考えているのか──いや、どこを向いて誰と話しているのかと思う程に奇抜すぎる考えを幼いころから持っていた。それがこんなところで生きるとは。

 

「次代の王はバルブロをと思っておったが──時代はラナーを選んだのやもしれぬな」

 

 ふぅ。背もたれから身体を起こすと、無意識にため息が出た。もう何度目なのか数える気すら起きない。

 もう数刻も無く謁見がある。アインズ・ウール・ゴウンに伯爵位を授けるために。我が国の貴族として迎え入れるために。

 

「アンデッドを貴族として迎える、か。ふふ──健国王様が聞いたら何と言うだろうな──む?」

 

 不意のノックに顔を上げる。朝日は上ったが、まだ誰もが寝ているような時間だ。

 一瞬気のせいか、と思う。しかしもう一度ノックされ、ドアの前に誰かが居るのだろうと腰を上げようとすると、扉が開かれた。

 

「ラナー、どうしたのだ。こんな早くに」

「おはようございます、お父様」

 

 こちらの反応を待たずに開ける者など数えるほどしかいないのは分かってはいるが、ラナーの姿を見て少なからずほっとしている自分に少しだけ嫌気が差す。

 いつからだろうか。こんなにも他者を警戒するようになったのは。もう心を許せるものなど数えるほどしかいない。

 ラナーが淀みのない足取りで私の向かいに座る。

 娘の目を見る。ここまで大人びていただろうか。そう思った。いつまでも子ども扱いしていたのは親心と言っていいのか、ただ目を背けていただけなのか。

 

「やはり、眠っていないのですね、お父様」

「この状況で眠れる者など居らんだろう」

 

 笑顔を浮かべる娘に──そう、ため息交じりに愚痴が溢れる。そんな自分が腹立たしい。王が愚痴を零すなど。父が娘に愚痴を零すなど。良き王に、良き父になろうと思い生き続けてきた自分自身を粉々に砕かれた気分だ。

 

「まぁ、それはいけませんわ。クライム」

 

 コトリ。白い鎧を着た少年──確かラナーが拾ってきて自分の騎士に仕立てた少年だったか──が私の前にグラスを置く。

 『ごくり』と喉が鳴った。グラスになみなみと注がれた赤い液体。ワインだ。

 叫ばなかった自分を褒めたい。いや──怒りに任せ、グラスを投げ捨てるほどの激情すら持てない年になったという事か。

 

「ラナーよ。あれをどう思う」

「まぁ、お父様。アインズ様を『あれ』だなんて──この国を滅ぼしたいのですか?」

 

 ぞくりと身体が震えた。娘を恐ろしいと思う日が来るとは。しかし本当に娘が怖いわけではない。その後ろに居るアインズ・ウール・ゴウンというアンデッドが怖いのだ。

 身体が震える。未知の恐怖に。嘘や冗談を言わぬ娘が言った歴然たる事実に。

 あれ──いや、アインズ・ウール・ゴウンをただのアンデッドなどと侮れば──いや、見下す事があればこの国が滅ぶ。そう、ラナーは言ったのだ。

 

「まぁ、そんなに震えて。お父様、お可哀そう」

 

 目の前に置かれたワインにくぎ付けとなる視線を、なんとかラナーに向ける。欠片ほども私を『可哀そう』などとは思って居ない目だ。いつもの作られた笑顔の裏にある恐ろしい程に冷たい視線が私を貫き続ける。その視線が物語っている。

 

「あのね、お父様。わたし、アインズ様にこの国の王になるように──なんて言われましたの」

 

 ぐちゃり。

 そう形容する他ない。

 ラナーの顔が崩れたのだ。作り続けたラナーの顔が。仮面が。皆が化け物と呼ぶモノが。

 嗚呼。と、心で叫ぶ。そうか、と。合点が入った。娘は取引したのだ。自らの命のため、国を差し出したのだ。

 

これに対する回答は二つ

 

──地獄という名の恭順か

──絶望という名の死か

 

 ゆっくりとグラスに手を伸ばす。

 

「お父様のため、わざわざアインズ様から頂いてきたワインなのですよ」

 

 水面が揺れる。平静を装って居るつもりなのに、身体の震えが止まらない。

 

「ゆっくりと味わってください。そうすれば、気持ちの良い眠りに付けますわ、お父様」

 

 もう、ラナーに視線を向けられない。震える手をもう片方の手で掴み、ゆっくりとグラスを口元へと運ぶ。

 

「ラナーよ。我が娘よ──この国の民を──この国の未来を──頼む──」

「勿論ですわ、お父様。そのために、邪魔な者たちの排除は──もう、始まっていますの」

 

 嗚呼。恐ろしい。アインズ・ウール・ゴウンが。我が娘が。未知が。他者が。ありとあらゆるものが恐ろしい。

 ゆっくりと流し込む。味などわからないと思って居たが、ゆっくりと嚥下していく赤い液体はまさしく天上の味と形容したいほどの味だった。こんな時でなければ、ゆっくりと味と香りを楽しみたいと思う程に。

 

「あぁ──美味い──」

 

 まるで喉が渇いた子供が水を飲むように、一気に飲んでしまった。

 苦しみはない。辛さもない。ただただ身体に訪れるのは緩やかな──

 

 

 

 

「クライム、お父様をベッドへ」

「はっ!」

 

 ここまで安らかに眠る父を見たのはいつ以来だろうか。

 国が疲弊し、腐ってきた一番の原因は父であった。

 良い父だった。だが、良い王ではなかった。それを、アインズ様は見抜かれていた。内情は恐らくモモン様として見て居たのだろう。

 

「ご安心ください、お父様──この国は私が治めますわ」

 

 ベッドに横たわる父に向け、笑みを作り直す。これから会うのがアインズ様だけならばこんなことをしなくても良いのだけれど、任命式では数多の貴族も来る。

 急ぎクライムを連れ、父の部屋から謁見の前と足を向ける。

 さて、何人の首を切らねばならないだろうか。と、思いながら。

 

「ラナー様!おはようございます」

「おはよう、ガゼフ」

 

 まだかなり早いというのに、ガゼフ様はすでに玉座の間に待機なされていた。近衛兵や騎士たちも彼に倣って待機している。あとは貴族とアインズ様がいらっしゃれば任命式は始められそうだ。

 

「陛下は──」

「先ほどお眠りになりました」

 

 躊躇なく玉座への階段を上る。誰も私を止めない。唯一声をかけてきたのはガゼフ様だけ。

 玉座の前に立ち、ゆっくりと振り返る。視線を巡らせれば、近くに住む貴族やアインズ様に対して思う事があるだろう貴族がちらほらと玉座の間へと入って来ていた。

 私が玉座の前に立つことに余程驚いているのか、目を見開き見つめる者が数人居る。

 

「本日は父に代わり、私が取り仕切ります。異論のある者はあるか!」

 

 私は意外と人望があるのだろうか。まさか誰一人として異論を挟まないとは思いも拠らなかった。

 ゆっくりと玉座に座る。

 この調子ならば問題なくアインズ様を迎え──

 

「お前がそこに座るとは何事だ!」

「あら、バルブロお兄様。それに──ザナックお兄様も。おはようございます」

 

 ──招かざる客が来た。

 

「答えろ、ラナー!貴様──」

「時間がないのですよ、お兄様方」

 

 近寄ってくる兄二人を邪魔するように、クライムとガゼフ様が立ち塞がってくれる。

 クライムは躊躇なく剣を抜いてくれている。しかしガゼフ様は抜剣しない。それでも守ってくれるというのは、父から何かを聞いているのだろうか。

 

「ううぬ、どけ!平民!ラナー!答えろ!父上はどうした!!」

「ら、ラナー!冗談はやめるんだ!」

 

 武に長けるバルブロお兄様でもガゼフ様を超えることはできない。ザナックお兄様はクライムに剣を向けられ、顔を青くしている。

 

「これが答えですわ、お兄様方」

 

 『ぱん』と柏手を打つ。ゆっくりと、まるで地面から染み出すように私の隣に現れる。それは騎士。それは死の尖兵。それは、絶対なる者<オーバーロード>の配下。それは──

 

「なんだ──こいつは──」

「ひぃ──ひぃぃ!?」

「デス──ナイト──」

「そういえば、ガゼフは一度見たことがあったそうですね」

 

 驚く者。恐怖する者。察する者。知る者。四者四様のあり様だ。

 さぁ、始まりを告げよう。

 死を支配する者を迎え入れるために。

 

「ま、まて──お前は何をしているのか、分かっているのか!!」

「えぇ、もちろん。この国のために、ですわ」

 

 私の言葉に反応するかのように死の騎士<デス・ナイト>は剣をゆっくりと振り上げる。

 

「ちぃっ!!」

「死にたくない──しにたくないぃ!!」

 

 流石はバルブロお兄様というところか。即座に反応し、剣を抜いた。ザナックお兄様は腰が抜けたのか、立てずにいる。しかし同じだ。何も変わらない。

 

 圧倒的強者の前では、抵抗など無意味なのだから。

 

「──刎ねよ」

 

 

 

 

 

「──む?」

 

 玉座の間に入ってから──いや、玉座の間に近づくにつれ、か──異様な雰囲気に包まれていた。皆が一様に青い顔をし、まるで死人の様に呆然としている。

 悠然としているのは玉座に座るラナーと、隣に立つクライム君位だ。反対側に立つガゼフも、と言いたいところだが動揺を隠しきれていない。

 一体何があったのだろうか、と思いながら玉座の間に足を踏み入れて気付く。濃密な死の匂いがあったのだ。それも一つ二つではない。軽く十は超えているだろう。

 ちらりと視線を巡らせれば、掃除はされているものの血痕があちらこちらに残っている。

 

「────」

 

 『がちがち』と、まるで凍えるように歯を鳴らす者も居る。今にも泣きそうな者も居る。隅の方で顔を背けられるとは。そんなに俺が怖いのだろうか。

 王に会うためにとアルベドたちに任せてコーディネートされた、純白に金の刺繍をあしらったローブなど普段は全く身に着けない服を身に纏っているせいなのだろうか。

 ゆっくりと歩みを進める。ラナーにあげた死の騎士は上手くラナーの言う事を聞いてくれているようで、ラナーに向けて傅いている。俺に向けて傅かれたらどうしようかと少し不安だったが上手くいっているようだ。

 ラナーが『クパッ』と口を三日月状に開けながら笑顔を向けて来る。このラナーの笑顔はアルベドの笑顔に通じるものがあるように感じる。そういえばこの前ナザリックに来た時も、妙にアルベドと仲良くなっていた気がする。二人にしか分からない何か通じるものがあるのかもしれない。

 

「ようこそいらっしゃいました、アインズ様」

 




黒々しいラナー回でございました。
あまり深い事は書きませんが、色々考えてもらえると面白いかもしれません?

お題募集の方はあと1話(予定では週末かな?)投稿するまで募集しています。
まだあと1名様決まっておりません。
私のお気に入りに入ってみたいと思って居らっしゃる方。
要望通して思い描くオーバーロードの外伝が読みたい方。

狙ってみると良いですよ!

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