漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 2

「ありゃあ──なんの冗談なんですかね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの執事を名乗る人物──セバスだったか?──に案内されて早二日。こちらは多頭馬車だというのに前方を歩く執事に追いつく気配はない。

 周囲の他国の馬車も同じようで、中の顔は見えないが恐らく皆驚愕した表情を張り付けている事だろう。

 我らが向かう先は、恐らく戦場。各国の重鎮を戦場に向かわせることを愚行と誹るか、それともその戦場を余興の場と言わしめる奴の在り方を褒めるべきか。

 二日ほど何もない荒野を走り続けた。このままあと二日ほど走らせればアベリオン丘陵が見えてくるはずだ。そう思った時だった。我が帝国四騎士の一人であり、雷光の異名を持つバジウッド・ペシュメルがぽつりと漏らした。

 釣られる様に外を何気に見れば、明らかに異様なモノが行く先に広がっていたのである。

 

「あれは──劇場か──?」

「荒野のど真ん中に劇場ですかい?あれもあのアインズ・ウール・ゴウン伯爵殿のお力というやつなんですかね」

 

 荒野に劇場というのは異様であるが、それ以前に劇場と言うには異様すぎた。

 

「舞台が無いですね」

「──戦場が舞台、というつもりなのか」

 

 そう、舞台が──演者が躍るべき場が無いのだ。あるのはただただ巨大な観覧席のみ。

 しかもその席が全て特一級と言える優雅さを放っており、それを遠目に見ただけでもはっきりと感じられるほどである。

 

「アインズ・ウール・ゴウン伯爵は一体あれにどれだけの金をかけたのか──」

 

 いや、それ以前にいつから予兆していた?

 これだけのものを設置するのにどれだけの時間がかかる?

 そもそも資材はどこからもってきたのだ?

 我が帝国でも同じように行った場合、どれだけの時間と金と人が必要なのかを算出していく。そして、出した結論は一つ。

 

「アインズ・ウール・ゴウン伯爵は──全てを予見していたということなのか」

「まさか──ローブル聖王国が攻め入ることもですか?」

「それだけではない。あの用意周到な観覧席を見ろ。恐らく参加者の人数すら把握していたのだろうな」

 

 馬車がゆっくりと止まる。迎えたのは先を歩いていた執事と、20名ほどのメイドたちだった。

 まるで劇場のように半円に、弧を描くように並べられたテーブル。その一つ一つが大人10人でも持ち上げられるかというほどに巨大で、それぞれに一目見ただけで金貨数百枚は下らないであろう豪奢な花瓶が──そして見たことも無いほどに美しい色とりどりな花が植えられている。

 しかし一番異彩を放っていたのは『埃一つない』絨毯であろう。

 私ですら靴のままに踏むことを一瞬躊躇してしまうほどに美しい。赤という単色であるというのに、まるで初めて見たかのような感覚が生まれて来る。赤と形容するしかないというのに、赤ではない。鮮やかな赤ではない。濃い赤ではない。直視して目の痛む赤でもなく、暗い赤でもない。無理矢理言うのであれば、まるで見た人を吸い込むかのような魅惑の赤とでもなるだろうか。

 ゆっくりと踏み入れる。まるで別世界だ。空気すら清廉されているように感じる。

 

「こ、これは──《天候操作/コントロール・ウェザー》?いや、もっと上位の──」

 

 後ろから聞こえる見知った者の驚きの声に振り向くと、居たのは予想通りじい──帝国主席宮廷魔術士フールーダ・パラダインだった。まるで楽しいものを初めて見た幼子の様にきらきらと目を輝かせている様は、栄えある主席宮廷魔術師とは思えない所業であった。しかしその主席宮廷魔術師にそこまでさせるものがこの空間にあるという事なのだろう。

 

「へいかぁ!気付いておられますかな。この魔法は──この空間そのものを支配しておりますぞぉ!!」

「──そうか」

 

 なるほど、わからん。ただ私に分かるのは空気が澄んでいるということくらいなものだ。こんな魔法があるのであれば、宮殿に常時かけてもらいたいと思う程度であり、それがどれほどのものなのか。そしてそれがどれほど非常識なのかは分かるはずもない。

 ただ一つ分かるのは──

 

「ほ──ほほほ!!素晴らしい!これが!アインズ・ウール・ゴウン伯爵の魔法なのかっ!!」

 

 傍から見ればただの奇行に走り続けている──あの主席宮廷魔術師であるじいが奇行に走るほどに異常な事態なのだということだけだった。

 

「バハルス帝国皇帝ジルニクス・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様。並びにお連れ様の方々。こちらの席へどうぞ」

 

 そう、美しいメイドに連れられたテーブルには既に先客がいるようだ。

 どこに行ったのかと、帝国を出るときには行方不明になっており心──気になっていた者──ダークエルフのアウラ・ベラ・フィオーラだ。

 

「こんなところに居たのか」

「そりゃもちろん。アタシはアインズ様の配下だからね」

 

 何の悪びれも無く、奴は隣の席を叩く。ここに座れと言うのか。皇帝を隣に座らせることに何も感じないのかこいつは。いや、そういう奴だったか。

 

「それで、そのアインズ様の配下様はこんなところに居ていいのかな」

「んー?ジルが一人ぼっちで寂しいんじゃないかなーって」

 

 くりくりとした大きな瞳で、まるでいたずらっ子のように私を見つめて来る。相変わらず、吸い込まれそうな程に綺麗な瞳である。

 私が隣に座ったことに気分を良くしたのだろう。嬉しそうにメイドに何かを注文している。

 まるで既に準備していたかのように間髪入れずに配られていく。恐らくは何かの果実水だろう。鮮やかな黄色をしている。

 

「──んなっ!?」

「──うまい」

「でしょー?」

 

 三者三様である。躊躇なく差し出されたジュースを飲んだ俺を見て驚く四騎士達。思わず美味いと口を零した私に、まるで自分の事のように喜ぶ奴だ。

 奴の好みのジュースらしい。確かにこの味ならば毎日飲んでも飽きることなく飲み続けることができるだろう。いやむしろ、喉が渇いたら毎回これが欲しいと思える味である。

 ゆっくりと舌で転がし、味と香りを楽しむも良し。

 一気に飲み、喉で爽やかな酸味と甘みを直接感じるも良し。

 素晴らしい味である。

 周囲をちらりと見れば、他国の重鎮達もこの飲み物に驚いているようでそれぞれのテーブルが少しばかり騒がしくなっている。

 何より面白かったのが、竜王国の若作りババアだ。まるで幼子のように目を白黒させて驚き、一気飲みしてお替りまで要求している。品位の欠片もない。

 

「失礼します。バハルス帝国皇帝陛下。こちらが本日のコースとなります。それと──」

 

 突如声を掛けられて正面を見ると、いつの間に来たのだろうか先ほどまで先導していたあの執事だ。渡されたのは羊皮紙ではなく、手触りすら素晴らしい紙に書かれた一覧──コースの品書きである。そしてテーブルの前に置かれる巨大な鏡。なぜ鏡なのか。と、一般の者は思うだろう。しかし私は違う。これが何かの魔法がかかっているという程度ならば看破することができるのだ。

 そしてこの観覧席にあるテーブルの前に置く必要があるもの。それはつまり──

 

「これは──戦場を映す鏡なのだな?」

「ご慧眼でございますな。その通りでございます。我が主より、遠くに起こる事を遠目で見ても味気ないだろうとのことで《遠隔視/リモート・ビューイング》のかかった鏡を設置させていただきました」

 

 なるほど、確かに遠目で見るよりも近くで見られた方が臨場感があるだろう。本当にアインズ・ウール・ゴウン伯爵は戦場を余興とするつもりなのだろう。しかし良いものだ。出来うるならば交渉して──

 

「《遠隔視/リモート・ビューイング》!それは第八位階魔法の《遠隔視/リモート・ビューイング》ですかな!!素晴らしい!なんと素晴らしいぃ!!」

「ははは。お気に召したのであれば、どうぞ持って帰って頂いても構わないと我が主も言っておりました」

「なんとっ?!アインズ・ウール・ゴウン伯爵殿──いや、ゴウン伯爵様にはくれぐれも!くれぐれも良しなにお伝え下さいっ!!」

 

 そんなに良いものなのか。確かに使いようによっては戦局すらも変えうるものなのだろうと思うものの、余興として安易に設置されてしまったため、然程凄いものであると思わなかった。いや、思わせなかったのか。『この程度』はそう大したものではない、と。どれほどの力が、財があるというのか。

 各テーブルの周りで忙しなく、しかし優雅に可憐に動き続けるメイド達は誰一人として欠ける事無く皆美しい。あのセバスという執事だってそうだ。人、物、金。全てを持つ存在。そんな存在が何故王国に頭を垂れたのか。建国しても全く問題ない程の力を持ちながら、何故。

 

「よくぞ来てくれた、皆々方!私がアインズ・ウール・ゴウン伯爵である!!」

 

 腹の奥底に響く、重い声。まるで魂を揺さぶられるような錯覚に陥ってしまう。

 視線を向けた。これほどに驚くことが続くと人というのはその事実を案外すんなりと受け入れられるものなのか。

 

「──なるほど。アンデッドだったのか」

「案外びっくりしないんだね」

「本当に、意外なほどにな。そのこと自体に私自身驚いているよ、アウラ」

 

 アンデッドであった。人ではなかったことに、不思議とどこか安心している自分が居た。人でありながらここまでの力を有していたわけではないと。そう、『アンデッドで良かった』と思って居る自分が居たのだ。

 

「しかし意図が読めぬ。己が存在を世に知らしめるにしても、聖戦を謳う相手を倒すとなれば悪評にしかならないと思うのだが」

「悪評になるわけないじゃん」

 

 私の疑問を真っ向から否定してくるアウラ。なぜそこまで断言できるのか。あれに心酔しているということなのかとも思ったが、恐らく違うだろう。では何故だ。何故断言できる。新たな疑問を胸に留めながらアウラの顔を見ると、いつもとは違う真面目な顔をしている。

 

「アインズ様がそんなことを、想定しない筈がないんだよね」

「なるほどな──」

 

 アウラは心酔しているのではなく、能力を信じているわけだ。でなければ、アンデッドなどの配下にはならない、か。

 配られてくる食事に舌鼓を打ちながら鏡に視線を移す。そこに亜人と人が並ぶという異様な光景が広がっている。

 一体ローブルで何があったのか。価値観が人のそれとは全く違う亜人と手を取るのは至難の業だろう。だからこそローブルでは長年亜人との諍いが絶えなかったのだから。

 では一体誰がそれを治めたというのか。

 

「それもまたアインズ・ウール・ゴウンが一枚噛んでいる──いや、まさかな」

 

 今から敵として相打つ者に手を貸すはずもないだろう。それではただの茶番でしかない。世界全てを巻き込む、壮大な茶番に成り下がってしまう。

 もしそんなことが出来るとするならば、それこそ奴が神であるという証左となる。しかし、神は居ない。居るはずがない。あれは心の拠り所であり、象徴であり、偶像なのだ。

 鏡に映るは20万の亜人と15万を超える人間。総勢35万を超す大軍勢である。それに相対するは強大な力を持つであろう数百のアンデッドと、アインズ・ウール・ゴウン伯爵の配下数名。そして──

 

「さぁ、刮目せよ。我が力を──!」

 

 強大な、恐らく最強クラスの力を持つアンデッド──アインズ・ウール・ゴウン伯爵である。

 

「そういえば、アウラは行かなくて良いのか?『アインズ様』の元に」

「アタシが向こう行っちゃうと、ジルが寂しがっちゃうからなぁー」

 

 そう嘯くアウラの顔に不安の色はない。それは絶大なる信頼をアインズ・ウール・ゴウン伯爵に持って居るという事なのか。それとも──

 ローブルの進行が始まる。それを見計らったかのように周囲を埋めるほどの巨大な魔法陣を展開する、アインズ・ウール・ゴウンを見つめながら呟く。

 

「さぁ見せてもらおう、アインズ・ウール・ゴウン伯爵。お前の強さというものを──」

 

 




さぁ戦争が始ま──りませんでした。
次話より始まります、戦争です。大戦争です。
さぁ、読者様方、どこまで予想できますでしょうか。
数多の予想を良い意味で裏切っていきたいと思います。

さぁ、次話ではあの子達が大活躍します。お楽しみにっ!


そうそう、この話の投稿後に投稿される活動報告にて7章終了後に書きますお題目を募集いたします。
当選者様は漏れなく私のお気に入りに参加でき、限定作品の閲覧が可能となります。
奮ってご参加くださいませ。

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