漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!) 作:疑似ほにょぺにょこ
「しかし解せません。モモン殿、貴方は何故倒したモンスターが操られていたかどうかなどということを調べられていたのですか?」
スレイン法国の最重要地点。各最高位たる神官長らが居るこの間に場違いな存在が居る。
死者──つまりアンデッドとなってもなお英雄を目指し、英雄となった男。そう、目の前に居るモモン殿だ。しかし英雄とはいえ、実際に英雄だと称えられているのはあくまで彼の所属するリ・エスティーゼ王国に限る。後は精々隣国のバハルス帝国くらいだろう。確かにここスレイン法国にまで彼の名は轟いている。しかしそれはあくまで名だけだ。実際に英雄としてこの国に迎えられるかと言えば否と言う他ない。
この国には秘密が多い。幾ら英雄と呼ばれようとも他国に所属する者に対し、そう易々と見せられる物は決して多くない。特にここ大神殿においては機密の塊と言っていいだろう。だというのにこの男はここに居る。ここに立っている。一体どれほどの信用が彼にあるというのか。
そもそも今回の訪問に対してもそうだ。治癒のためにこの国を訪れたと言っていたが、あくまでそれは建前だろう。でなければここに居るはずが無いのだ。ではその理由は。そう聞かれたら、我らが神より賜りし『ケイ・セケ・コゥク』についてだろうことはまず間違いないだろう。しかも王国は回りくどい事をしてくれる。実際にあの未知のアンデッド──ホニョペニョコなる上位ヴァンパイアを倒した男を送ってきたのだから。これでは門前払いすることも出来ない。
だが王国は見通しが甘かった。確かに我らが『ケイ・セケ・コゥク』を使用した事については推論だとしても掴んでいただろう。しかし『なぜ利用したのか』を彼らは知らない。そして、先ほど私が話した言葉に嘘偽りはない。
「そのホニョペニョコが我らの言う事を聞き、我らの命により貴方を害したというならば問題でしょう。しかし我らは操るのに失敗しました。無論、元々の目的である足止めは出来ましたが。それとも、我らがあそこにホニョペニョコを放置したことに対して遺憾の意でも表しに来たのですか」
一気にまくし立てていく。王国の命令でここに来たのであればそれを引き出しすればいい。個人的興味であればこれ以上踏み込まない様にすればいい。そう思って居た。
だが、そのどちらとも違ったようだ。
「フ──フフフフ──」
「──何がおかしいのですか、モモン殿。突然笑いだすなど失礼ではありませんか」
「フフフ──いや、失礼。私はあくまでホニョペニョコに対し傾城──いえ、ケイ・セケ・コゥクを使用したのか、その事実と──」
笑い、肩を揺らしながら彼は途中で言葉切り、ゆっくりと私の方を指さした。
「──当事者を探していたのですよ」
「当事者?」
あの現場に誰が居たのかを探していた?何のために?
疑問が浮かぶ。しかしてその答えは、唐突に振ってきたのだった。我らしかいないはずのこの空間に。『誰も入って来れないはずの場所』に。
「それは──」
「それは、私が探させたからでありんす」
凛とした少女のような声が耳に届く。否、まるで頭の中に直接差し込まれたようなそんな感覚。だというのに一切違和感がなく、不快感も無い。むしろ頭の中が熔けそうになる不思議な声だ。
明らかに動揺する我らとは裏腹に、彼は数歩後退り傅く。それは当然我らに対してではない。英雄たる彼をも傅かせる存在。その存在など思い浮かぶのは一つしかない。
「アインズ・ウール・ゴウン伯爵が奥方である、シャルティア・ブラッドフォールン様ですか。少々不──」
「おや、私の事を知っていたでありんすかえ」
頭に響く声つまりこれは《メッセージ/伝言》だと思った。が、違う。いや、確かに頭に響かせたのは魔法だっただろう。だが目の前に居る彼女はどうだ。何もない空間から突然現れた彼女をどう説明する。何より──
「あ、ありえん──ここは転移阻害の結界が貼ってあるはずだ!!」
「あぁ、確かに貼ってあったでありんすね。欠伸が出るほどに欠陥と穴だらけのものが」
「あり──えない──」
不敵に笑うその雰囲気は忘れようもない。顔等は違うものの纏う雰囲気は同じ。あの時に居た未確認のアンデッドそのものだったのだから。
「モモン殿、これはどういうことですか!そうか──シャルティア・ブラッドフォールンがホニョペニョコだと貴方は知っていたのですね。いえ、そもそもホニョペニョコなどという名前そのものが偽名。それ──ガァッ!!」
激昂。それ以外に例える言葉は無い。この男は騙していたのだ。シャルティア・ブラッドフォールンをホニョペニョコと偽り、殺したと偽装していたのだ。
ならばこの男が英雄ということ自体が真っ赤な嘘である。ただの詐欺師に成り下がる。そう思い、口から漏れ出す言葉に遠慮は無い。しかしそれも長くは続かない。瞬く間に私は取り押さえられていたからだ。ホニョペニョコ改めシャルティア・ブラッドフォールンに──
「残念だけど、それ以上は不敬になるわよ。隊長サマ?」
「ぜっ──絶死絶命!なぜ貴方が!?」
──そう思って居たというのに、私の予想は大きく外れていた。私を取り押さえたのは仲間であるはずの番外席次『絶死絶命』だったのだから。
強さとしての土台が違う彼女に抑えられた私は指一本動かすことはできない。しかし何故だ。
「とても簡単な事よ。前に貴方は言ったわよね。『未知のアンデッドは私よりも弱い』って」
「ええ、言いましたよ!それが──ぐぅっ!!」
「全く──貴方はとんでもない勘違いをしているもの」
「勘違い──ですって?」
「ええ、彼女──シャルティア・ブラッドフォールン様は私より強いわ。ずっとね」
そう言いながら彼女は私の拘束を緩めて来る。私が冷静になったと判断したからだろう。
痛む腕を少し回しながら立ち上がる。立ち上がり、再び見る。ホニョ──いや、シャルティア・ブラッドフォールンを。
確かに隙の無い立ち居振る舞いである。斬り込もうとすれば問答無用で切り刻まれる。そんな錯覚すら起きる程に。それ程の隔絶した力ではある。しかしそれだけだ。『それだけ』なのだ。絶死絶命のような理不尽な強さは感じない。なのに彼女は自分よりも強いと言い放ったのだ。あの自信の塊のような彼女が。自身の力がどれほど凄まじいのかを理解し切っている彼女が。
「モモン、許す。で、ありんす」
「は──お手を」
私の疑惑の視線が気になったのだろうか。手をモモンの方へと向けた。不思議な行動、ではない。しかし不可解な行動。それは、彼に指輪を外させたのだ。それだけだ。
そう、それだけだった。
「おや、おやおや──随分脆弱でありんすね」
『パリン』という、まるで硝子が割れるような音がした。それが結界が破壊された音だと気付けたのはそれから数分後だった。なぜそこまでかかったのか。いや、かかってしまったのか。それは──
「あ──あ──」
見えたから。見えてしまったから。恐らく外した指輪は偽装するためのモノだったのか。抑えるための封印だったのか。それは分からない。ただ言えるのは、一瞬で私の腰が抜けたという事だけだ。
その、あまりの存在感に。あまりの魔力に。あまりの威圧に。
あまりの──死の気配に。
まるで直接心臓を鷲掴みにされているような。生きたままに血を抜かれているかのような。ただただ眼前に迫ってくる明確なる死というものにただただ恐怖するしかなかった。
「ぶ、ブラッドフォールン様!お願い致します!お力を!お力をお抑え下さいませ!貴方様のお力を近くで感じるのは、我らには辛うございます!!」
「ふむ、モモン」
「はっ──」
声も無く音も無く。迫りくる死と、ただただ理解できぬ存在に恐怖するしかなかった私の後ろから声が上がった。まるで救いの福音の様に感じた声は忘れるはずもない。闇の神官長であるマクシミリアン・オライオ・ラギエ様だった。
先の一件以来狂人だ廃人だと揶揄されていた彼だったが、未だ後任が決まらず今日もここに居たのだが。まさか彼が一番に声を上げるとはここに居る誰も思わなかっただろう。
「はっ──はぁっ!──はぁっ──」
「どう、これでもまだ戯言を続けるのかしら、隊長サマ?」
流石は最強の神人ということなのか。それとも先の一件で一度見たからなのか。恐らく後者なのだろう。まるで滝にでも打たれたように全身がぐっしょりと濡れ、這いつくばりながら浅く荒い呼吸を続ける私をあざ笑うかのように言ってくる。
確かに納得がいく。絶死絶命ですらまともに戦うのが難しいという亜神を、いとも簡単に倒したという魔人。それらと真正面から戦い、退けたという存在。眉唾ものだと思ってはいたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。
「まぁ私がホニョペニョコではないと分かって貰えたようで良かったでありんす。しかしその行動で分かったでありんすが──それほど迄に似ていたでありんすかえ」
「は──まるで鏡写しの様でした」
「やはり、ヤルダバオトに操られていた時に残照が残っていたのでありんすね」
「残照が意思を持つ。しかし確かたる存在ではないため、無作為に暴れていたのでしょう」
シャルティア・ブラッドフォールン──様が操られていたという情報はこちらも手に入れている。そして、前に王都がヤルダバオトに襲われたときに夫であるアインズ・ウール・ゴウン伯爵によって救出されたと。
「あ、あれほどの強さを持つ残照が安易に生まれてしまうのですか?」
「そんなこと、あるわけないでありんす。あれは恐らくヤルダバオトが手駒を増やそうとして失敗した。その失敗作でありんす。モモンに聞く限り強さも能力も、ただの出来損ないだったみたいでありんすえ」
「出来──損ない──あれで──」
「精神攻撃に対して完全に耐性のあるヴァンパイアを操ったらしいという特別なアイテムがあると聞いて居たでありんすが、とんだ眉唾物だったみたいでありんすねぇ。あんな外側しかない出来損ない程度すら操れないのでは。そうでありんしょう、モモン」
あれほどの犠牲を出した存在がただの出来損ないであると。そう彼女は──シャルティア・ブラッドフォールン様は言っていた。だとするならば、必死の覚悟で戦っていた私たちは一体何だったのか。死んでしまったカイレ様は。
しかも彼女はとんでもない事を言い放ったのだ。あの神より賜りし『ケイ・セケ・コゥク』が眉唾であったと。ただの欠陥品であったと。上位のアンデッドを操る力など元々持ってなど居なかったと。
確かにおいそれと扱えるものではない。国宝などというにも烏滸がましい程の超一級のものなのだから。そもそも扱える人すら滅多にいない。カイレ様が死なれてから次代を何とか選出し、やっと扱える程度になったばかり。アイテムもさながら使うものすら中々見つからない。それだけのものが欠陥品だった。そんなことになればこの法国の根幹から揺るぎかねない事実となることは間違いない。
「ブラッドフォールン様、確かに貴方様のお力は凄まじく、そして素晴らしいものであること。それはここに居る皆が重々承知しております。しかし『ケイ・セケ・コゥク』は神より賜りしものでございます。それを欠陥品などと──」
「欠陥品を欠陥品と呼んで何が悪いでありんすかえ。何だったら、私に使ってみるがいいでありんす」
ざわり、と空気が揺らいだ。あれほどの強力な力を持つシャルティア・ブラッドフォールン様が自らを操っても良いと言い放ったのだ。これはこちらにとっても大きな利点がある。いやむしろデメリットを補ってもなお余るほどのメリットだ。
彼女に『ケイ・セケ・コゥク』が通用した場合、今回は即解くのは当然だ。しかしそれは彼女──いや、アンデッドであるアインズ・ウール・ゴウン伯爵が人間に反旗を翻した時に最強の切り札として使えることを意味する。こっそりと解いた『ふり』をしておいて、反旗を翻した時点でアインズ・ウール・ゴウン伯爵の敵に回るようにしても良いだろう。
また効かなかった場合、彼女ほどの上位には効かないという実証にもなる。では一体どれだけの存在にならば聞くのか。それともそもそも精神攻撃に対して完全耐性を持つアンデッドだけが効かないのか。それらを調べる一因にもなるだろう。
つまり──
「よ、よろしいのですか──ブラッドフォールン様」
私たちに断るという選択肢は無いのだ。
恐る恐るといった体を保ちながら神官長の一人が彼女に聞く。本当にいいのかと。しかし表情の裏に隠しきれないドス黒い欲望のようなものが微かに見て取れる。私以上に何か打算的な事を考えているのだろう。
「えぇ、勿論でありんす。もし、私を操ることが出来たのであれば──」
そう、彼女は一旦切る。しんと静まる。彼女が一体何を言うのか。期待と不安の入り混じったこの空間に、彼女のくすりと笑う声が微かに響いて居た。
まるで年端も行かぬ少女のような顔を蕩けさせ、まるで歴戦の娼婦の如き熱さを持て余すかのように己が身を抱く彼女。その姿に誰のものか、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた気がした。
「お望みとあらば、この染み一つ無きこの躰──見せてあげても良いでありんすえ──フフフ」
その雰囲気は年齢関係なく──いや、同性すら魅了するのか。火の神官長であるベレニス・ナグア・サンティニ様ですらも頬を染めて口をぽかんと開けてしまう程。その姿は正しく魔性というべき艶やかさである。
そのような時間がどれほど経ったのだろうか。数秒か数分か。それとも数時間なのか。誰かが小さく『こほん』と咳一つしたとき、一気に空気が緩んだ。まるでこちらが操られていたかのように錯覚するほどの時間だった。
「フフ──フフフ──」
まるで悪戯が成功したと喜ぶ少女のように笑う彼女に先ほどの雰囲気は無い。アンデッドである彼女に相応しい言葉ではないが、見た目相応の笑顔だった。
「巫女と『あれ』をこれへ──」
最高神官長の一言が伝えられる。ここへ『ケイ・セケ・コゥク』を持ってくるようにと。それも巫女と共に。つまりそれは、彼女に力を使うという事。それを、最高神官長が決めたということになる。
(彼女は操られるのか、それとも──)
どうなるのか、一切想像がつかない。彼女の言う通りであるならば操られることは無いだろう。しかし、あれは──『ケイ・セケ・コゥク』は神の持ち物だ。アンデッドに効かないというのも考えづらい。遥か昔は強大な力を持つドラゴンを操ったとされるあれが。
そんな時、私の脳裏に映ったのは──
「ふぅん、案外貴方も人間種以外の方が良いのかもしれないわね」
まるで見透かすように、にやけながら私を見つめる彼女に気付いた。しかし、不思議と頬の熱さに私が気付くことはまだないようだ。
シャルティア様頑張った回でした
パンドラズ・アクターがこそっと開けた穴をあの子の力を利用して現れたシャルティア様
きっと内心冷や汗ダラダラだったことでしょう
──ん?
むしろあの子が頑張った回でしたね!