漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!) 作:疑似ほにょぺにょこ
けど説明が生かされることは今後無いので、面倒でしたら読み飛ばしちゃっても構いませんよ
「巫女と『あれ』をこれへ──」
スレイン法国の神殿の奥地に来て数時間。そろそろ陽が落ちる頃合いの時。未だ俺たちと法国の舌戦は続いていた。
無論、結果から見れば俺たちの勝利と言うべきだろう。シャルティアに予め渡しておいたネタアイテム<我は魔王なり/I am The Demon Load>のお陰ともいえる。このアイテムは自身にレベルをプラス100したステータスを『偽装する』というものだ。このアイテムのお陰で彼等が見たであろうホニョペニョコとは隔絶された存在であると『勘違い』させることができたわけだ。
そして──
『上手く行ったな』
『お美事でございます、モモン様』
俺たちは無事『ケイ・セケ・コゥク』を引き出すことに成功したのだ。傾城傾国ではなく、すり替えたもの。ある意味本当の『ケイ・セケ・コゥク』──『傾城傾国・改』を。
思わずガッツポーズしたくなるがそれも一瞬で鎮静化される。本当にアンデッドになって良かったと思える瞬間であった。
「これは第一席次様──わざわざこちらにいらっしゃるなんて」
私は最高神官長にケイ・セケ・コゥクの巫女を、侍女を通して呼ばれるよりも前に彼女の所へと来ていた。シャルティア・ブラッドフォールン──様は確かにホニョペニョコではなかった。しかしそれはイコール操れないという意味にはならない。モモン殿らには『操れなかった』と事実をずらしたが実際は違う。操れたのだ。ただ、操った後に命令を与えなければ意味がない。完全に終わる前に、操られる瞬間にホニョペニョコは我らに投擲攻撃をしてきた。投擲ならば操られないと思ったからだろう。奴の思惑通り、ホニョペニョコは操れたものの投擲された攻撃は操ったカイレ様に直撃してしまっていた。間に入ったセドランを貫通して。
そう、あの時失敗したのはあくまで戦闘中だったから。奴が想定以上に強かったから。あの時絶死絶命が居たならば間違いなく成功していただろう。
(いえ、もしもなど意味のない考えは止めましょう)
私が入るなり嬉しそうに駆け寄ってくる巫女の頭を撫でながら、彼女に笑みを浮かべる。
そういえば、と。彼女は元々私の妻となるべく育てられた娘だった。しかし先のカイレ様の急死によって巫女に選出されることになったのだ。だが元々私の妻となるべく育てられた彼女は、変わらず私にまっすぐに好意を向けて来ていた。
「あっ──く、くすぐったいです、第一席次さまっ」
そう口では言いながらも、彼女は抵抗するそぶりすら見せない。
ケイ・セケ・コゥクの巫女に選ばれれば純潔で居なければならない。純粋であるがゆえに他の男に誑かされやすい少女が多く、そういう意味では巫女である時は非常に短い。カイレ様だけが特別だったらしい。あの方は純粋に少女でいるのではなく、巫女になったばかりの幼いころから『母』であることを選んだのだそうだ。子を産めぬ運命を受け入れるために、神殿に住まう皆を我が子として見る。それがカイレ様の心の、大きな支えとなっていたそうだ。
私も終ぞカイレ様にだけは全く頭が上がらなかった。母というものを知らない私にとって、最後まで上役ではなく母として接してくれた彼女こそが、私の唯一の母であったと言っても過言ではないだろう。
「元気にしていたかい、デメテル」
「はい!第一席次様もお変わりなく」
私に撫でられるのがくすぐったいのか、目を細めながら私に笑みを向けて来る。彼女のような純粋な娘をこのような事態に巻き込むのは少しばかり胸が痛くなる。しかし法国の今後を左右するであろうこの事態の鍵は間違いなく彼女だ。
「いけるね、デメテル」
「──はい」
デメテルと交わした約束。一つだけの約束。もう永劫私と肌を合わせることが出来なくなった彼女との約束。それは、ケイ・セケ・コゥクを纏うその時だけは私への想いの枷を外す事。その短い間だけは叶わぬ愛を表に出しても良いということ。
それは本来許されることではなかった。しかし漆黒聖典の隊長と巫女の叶わぬ愛という姿は対外的にも聞こえが良かったらしく、意外なほどに反対されることは無かったのである。
侍女に手伝われ、その素肌を露わにしていく。私の前で。何一つ隠すことなく。彼女は私の瞳を真っすぐ射抜いてくる。決して目を離すなと。どんなに近づこうとも決して触れられぬ躰となった。その全てを私に見せて来る。
私も決して目を離すことは無い。まだ幼さの強く残る彼女の躰を。まだ幼いから。そんな理由を並べて決して触れることのなかった躰を。もし一度でも肌をかわすことがあれば。いや、唇だけでも触れることがあったならば彼女にこのような重責を背負わせることは無かったのだ。私の妻として、人並みとは言えないが我が子を抱くくらいは出来たはずだった。それら全てを奪われた──否、奪ったのは誰でもない私なのだから。
「準備──出来ました、あなた様」
「あぁ、とてもよく似合って居るよ、デメテル」
ケイ・セケ・コゥクを身に纏った彼女は間違いなく美しかった。まだまだ貴族達の結婚ですら話に上がらない程度の年齢であるはずなのに、まるでケイ・セケ・コゥクを身に纏うために生まれたかのように。
「いいね、デメテル。難しい事を考える必要はない。ただ、その力を使う。それだけだ。後は私たちがやる。いいね」
「はい、大丈夫です。あなた様が傍に居て下さる、それだけで。それに前よりずっと身体が軽いのです。まるで、このケイ・セケ・コゥクが祝福してくれているみたいに」
本来ケイ・セケ・コゥクは纏う者に対して凄まじい制約と制限を掛けてくる。場合によっては瞬く間に命を散らしてしまう程に。しかし彼女は幾度となく纏っても問題なく動くことが出来ていた。いやそれだけではない。カイレ様ですら数年かかったケイ・セケ・コゥクの使用すらも半年足らずでマスターしてしまったのだ。正しく天賦の才と──いや、まるで神に愛されているかのような娘である。
──見てください、あなた様。わたし、出来ました!
ついこの前の、あの時の光景が脳裏に浮かんでくる。初めての行使でゴブリンを操るというものだった。しかし現場に行ってみればゴブリンが一匹も居ない。数日前に突如現れた、強大なモンスターであるギガントバジリスクがゴブリンどもを食い荒らしていたのだ。
ゴブリンを操るというあくまで簡単な練習が、村娘ほどの力すらもない巫女を守りながら強大なモンスターを倒すというミッションに変わっていた。
その時私は運悪く別の場所に居り、その話を聞いた私は急いで現場に向かった。彼女を守るため。彼女を助けるため。しかし人一人の力など大したことは無い。私が現場に到着したのはそれから数日後の事だったのだから。
だがそんな私を迎えたのは彼女の笑顔だった。笑顔で私に手を振っていた。彼女が操ったというギガントバジリスクの背に乗って。
カイレ様のお力──ケイ・セケ・コゥクの力は確かに知っていた。強大なモンスターですらも容易く操るという神のアイテム。しかしそれはカイレ様であるからこそのものだと思って居た。だからこそ心配していたのだが、それは杞憂だった。
彼女は憶することなく、皆に守られながらも無事ギガントバジリスクを操って見せたのだ。
──これでやっと、あなた様の隣に立てます。守られるだけではない、あなた様を守ることが出来るのです。こんなに嬉しいことはありません。
そう、きっとあの時だ。あの時私は気付いたのだ。私は──
「──こほん。第一席次様。巫女様にそのような事をなさるのはあまり良い事ではありませんよ」
「え──うわぁっ!!」
昔の事を──いや、ついこの前の事を思い出していたら私は思わず彼女を抱きしめていたらしい。
「ウェヒヒ、もっとしても大丈夫ですよ、あなた様っ」
「いいいいやいやいや、君はもう巫女なのだからね。ね!」
あれから何度も何度も。複数回にわたり彼女は強大なモンスターたちを操って見せた。私の後ろで。私に守られ。時には操ったモンスターで私を守ってくれた。そんな彼女はもう昔の様に引っ込み思案ではない。巫女としての権限を存分に振り回す少女になっていたのだ。
「ケイ・セケ・コゥクの巫女である私が命じます。私を全力で愛でなさいっ」
「却下です。巫女様に触れるなどという不埒な事は出来ません」
頬を膨らませ、不満を隠すことなく声を上げる彼女を笑う。それに釣られ彼女も同じく声を上げて笑っていた。
もう彼女は巫女として生きていける。例え私が居なくなっても──
「どうされました、あなた様」
「いや、何でもないよ。さ、行こう。皆が待っている」
何があっても私が君を守ってみせる。例えそれが、私の命を代償とするとしても。
──私は、絶対に
「お待たせしました、皆さま。巫女様をお連れしました」
そして私は彼女を連れて再び舞い戻ってきた。神官長たちの居る場へ。シャルティア・ブラッドフォールン様とモモン殿が居る場へ。スレイン法国の運命が決まるであろう場へ。
「お待たせしました、皆さん」
侍女に連れられて入ってきたのは漆黒聖典の隊長だ。一瞬彼が巫女を兼任しているのかと思ってしまったが、それも一瞬の事。その後ろに隠れ──いや、守られる様に入ってきたのが巫女なのだろう。
確かに彼女はケイ・セケ・コゥクを──いや、私が発案した『傾城傾国・改』を着ていた。
本来傾城傾国はワールドアイテムであるため、レベル100のプレイヤー以外が身に着けるとステータス等に大きなペナルティを受ける。これはワールドアイテムを安易に身に着けたり使用したりしないようにとの運営が付けた数少ない良い仕様だ。なにしろユグドラシルでは経験値を代償にするスキルや魔法が数多く存在するため、大きな戦いを経た後の大半のプレイヤーはレベル100を切ってしまうからだ。 この仕様によってユグドラシルではレベル99以下で安易に身に着けるのは良い事ではないという風潮が出来ていた。
ではこの世界ではどうか。プレイヤーならばまだしも、この世界に住まうほぼ全員と言っていい程の者たちはレベル100まで上げていない。つまり、その状態でワールドアイテムを使用するという事は使用者に対して多大な負荷をかけて居たはずなのだ。
だが目の前の少女に負荷がかかっている様子は無い。当然だ。私が発案した『傾城傾国・改』は低レベルでも扱えるような仕様に──つまり、この世界の者でも気軽に扱えるようにしてある。当然能力は大きく劣化している。まず精神耐性が強いものに対しての成功率は限りなく低い。アンデッドのように完全耐性の場合の成功率は0%である。次に自身よりも大きくレベルが離れた相手に対しての成功率も著しく減少するようになっている。つまり『誰でも問答無用に操れる』というものから『操るのスキルが付いた魔法装備』になっただけであるわけだ。
「シャルティア・ブラッドフォールン様。本当に宜しいですね」
「私に二言はありんせんえ」
我らからすれば確実に失敗すると分かっているものをやらせるという事に対して、何ら思う事が無い訳ではない。しかし、彼らは我らの敵に回ってしまった。シャルティア・ブラッドフォールンがアインズ・ウール・ゴウン伯爵の妻であることを知りながら、明言はしていないがモンスターであると言い放った。異形の者を受け入れることは無いと、我らに突き付けたのだ。
「では失礼します。──巫女様」
「はい──すぅ──はぁ──」
巫女と呼ばれた少女が大きく深呼吸をし、両手を広げながらシャルティアの方へと向ける。すると『傾城傾国・改』から金色の龍のエフェクトが浮かび上がり、シャルティアを突き抜けた。
『よく出来ているな。上手く作り込んである』
『お褒めにあずかり、感謝の極みでございます』
忌憚なく褒めると、冷静な声が返ってくる。が、俺には分かる。彼が──パンドラズ・アクターが今にも舞い踊りそうな程に喜んでいることを。そこまで嬉しいのかとも思ったが、創造主に褒められるということはそれほどのことなのだろう、きっと。
「──で?」
光が収まった後シャルティアは同じ格好のまま、不敵な笑みを浮かべたまま巫女を見て居た。何も変わらないままに。
それを一番に感じたのは使用した巫女だろう。ゲームでは『失敗した』等のログが出たが、恐らくこの世界でも彼女にしか分からない何かを伝えられたはずだ。
「──失敗──しました」
失意のどん底。絶望のさらに底から聞こえるような声で彼女が伝える。神官長らではなく、彼女の隣に居る男に。恐らくは恋仲なのであろう漆黒聖典の隊長殿に。
「ありえん──ケイ・セケ・コゥクが失敗するなど──」
「神が齎した物ですぞ。そんなことが──」
「しかしあの光は間違いなくケイ・セケ・コゥクの光。ゴウン伯爵夫人殿程の存在となれば操ることは出来ぬという事なのか──」
奥に居る神官長たちの口々から失意の声が零れていく。彼らからすればシャルティアを操りたかったのだろう。そしてアインズ・ウール・ゴウン伯爵に対しイニシアチブを取りたかったのだろう。シャルティアを操ることが出来るという事は、アインズ・ウール・ゴウン伯爵を操ることが出来るかもしれないということ。出来ずともシャルティアをもう一度操ってアインズ・ウール・ゴウン伯爵にぶつければ良い。そう考えていたのだろう。
来るアインズ・ウール・ゴウン伯爵の反逆に対するために。
(積極的に人間と敵対する気持ちは無いんだけどなぁ──向こうから敵対してきた時は別だけど)
さて、これでやるべきことは終わった。ホニョペニョコとシャルティアは別人であることを知らしめることが出来た。傾城傾国をすり替えて、我らを操れなくも出来た。そして──
「お手数をおかけいたしました、シャルティア・ブラッドフォールン様」
「構わないでありんす。私としてもこういうものを一度受けてみたいとも思って居たでありんすえ」
お前ら当事者──シャルティアを操った漆黒聖典には相応の報いを受けてもらうとしよう。無論、スレイン法国にも。
「用事は終わりましたか、シャルティア様」
「えぇ、よくやってくれたでありんす、モモン。ヤルダバオトから受けた傷は私からアインズ様に伝え、治すようにしてあげるでありんすえ」
「──感謝します」
ここでアインズ・ウール・ゴウン伯爵とモモンが仲がいいと思われないように布石を一つ。こういう積み重ねも大事なのだ。いつどこで崩されるとも限らないから。
「では、帰りんす。皆、こわぁい魔物には注意するでありんすえ」
意味深な事を言い残してシャルティアは転移していった。恐らく何も考えないで、適当に格好良い事を言っただけなのだろうが。
「我らも帰るとしよう。神官長殿らには手間を掛けさせた。このわびは、いずれ」
「いや、構わぬよ。我らにも勉強になった。神より賜りし物を持つという本来の意味を。我らは神より借り受けただけであり、決して神になったわけではないという事をな」
人には出来る事と出来ない事がある。分相応というものを知ってくれるならば、これからそれなりの関係を築くことも出来るだろう。
「さて、奴らの罰は何にするか──」
相応の関係を築くならばあまり波風は立てない方が良いだろう。拉致してドッペルゲンガーと入れ替えるなど以ての外だ。肉体的なものよりも政治的なペナルティの方が良いのだろうか。
俺はナーベに扮するパンドラズ・アクターと共に神殿を出、スレイン法国を後にしながらそう小さく呟くのだった。
新キャラ、デメテルちゃんです。チャイナ婆ちゃんことカイレ様の後任の子です。年齢は〇才です。隊長さま、結婚してたら間違いなく事案でしたねっ
元ネタはあまりの愛の強さに、愛する者に会えぬ悲しみが冬という季節を作ったという逸話を持つ女神デメテル様の名前を拝借しました。
彼女も同じく、とても愛の強い少女です。その話が今後出ることは二度と無いですけれど。
流石に色々説明した方が良いかなと色々書いて居たら膨れ上がってしまい、軽く6000字行ってしまいました。修行が足りませんね
大半はオリジナル設定です。ご注意くださいませ。