漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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遅くなりました


9章 聖・竜王国 世界大戦ー4

「始まったね」

 

 眼下に広がる城塞都市を眺めながら薄く笑う兄は、そう小さく呟いた。ここ城塞都市カリンシャには既に人はいない。眼下に広がる街並みに住むのはかつて人であった者たちだ。そう、先日閣下によって人であることを捨てる代わりに新たな力を与えられた者たちである。

 悪魔であり人である。そんな者たちにとってこの茶番劇など大した意味は無いのだろう、世界は激中の最中であるだろうにここに住まう悪魔人たちはまるでうららかな昼下がりの日常を謳歌しているようにしか見えない。

 

「現在の悪魔化はどうなっているのでしょうか」

「んー、3割ってところかなぁ」

 

 閣下より賜った大事な任務であるというのに、何を悠長なことを言っているのか。そうは思うが兄は私と管轄が違う。つまり命令系統そのものが違うのだ。私がとやかく言うのは筋違いだろう。しかし私の眉間に微かに寄る皺に気付いたのだろうか。兄は薄い笑みを浮かべたまま、視線も城下から変えぬままに言葉を続けていく。

 

「従軍に関しては問題ないよ、カルカ」

「相手はドラゴンロードですよ。かの世界のものとはちがい、少々厄介な力を持つとの情報もあります。『あれ』程度では十万や二十万程度集めても──」

「必要ない、そう言っているのが理解できないのかい、カルカ」

 

 それでは閣下に賜った命令が実行できない。その熱が口から漏れかける。必死に止めようとするも、止まりそうもなかった。ただ、この『やわらかいもの』を壊さずに済んでいるのは僥倖と言えよう。

 

「うん、君たちのそういう感情は全く理解できない。けれど、清ましているよりそういう顔の方が似合っているね、『ラトス』」

「──『ドッペルゲンガー』風情が」

 

 今にも目の前のモノを握りつぶしてしまいそうになる激情を必死に抑える。私は『カルカ』だ。『カルカ・ベサーレス』なのだ。そう役付けられているのだ、と。

 

「仲が良さそうで何よりだね、二人とも」

「っ!!──失礼いたしました、閣下」

 

 突如現れる敬愛すべき気配に、弾かれる様に振り向き傅く。『兄』はあろうことか傅くことはない。今にも八つ裂きにするべきかと逡巡するも、閣下からの言葉無き今動くわけにはいかなかった。

 

「それで──進歩状況がまだ3割だと聞こえたけれど」

「いえ、進歩状況は10割。終了しておりますよ、デミウルゴス閣下」

「ふむ、しかし私の概算では75万の軍勢が必要なのだけれどね。受け取った報告書にはその凡そ1割、8万の軍勢しか準備できなかったそうじゃないか」

「デミウルゴス閣下、言葉は正しくお使いください。準備『出来なかった』のではありません。必要ないため準備『しなかった』のです。報告書にもそう記載したと記憶しておりますが」

 

 ギリと歯が鳴る。なぜこのような立言が許されるのか。確かにこれの上司は至高なる御方であるあのお方が作り給うた存在ではある。しかしそれはデミウルゴス様とて同じこと。かのウルベルト様は常に素晴らしい案を立て、ナザリックを牽引していたといっても過言ではない賢者であらせられる。だというのに──

 

「ふむ、少し強化し過ぎたかな」

「かっ──かかっ──お、おたっ──お戯れを──」

 

 そう小さく呟かれた閣下は、突如私の頭を優しく撫で始めたのだ。それだけで胸が跳ね上がる。頬は熱く朱に染まり、激昂はまるで春の雪の如く柔らかく融解していく。

 

「脱線したね、話を戻そうか。──それは彼の命令。そうだね?」

「はい、我が上司たるパンドラズ・アクター様より『聖王国は既に我が神の所有物である。濫りに消費するのは唾棄すべき事案である。常にエレガントに事を運ぶべし』と」

「ふむ──ふむ。確かに、あぁ確かに!はっはっは。いや私としたことが、確かにあの方はそうおっしゃっておられた。流石はあの方がお作りになられただけはあるね。では予定を変更し、8万で攻め落とすとしようか」

 

 そうおっしゃられた閣下は、足早に部屋を出ていかれた。まだ頭がじんわりと暖かい。

 

「全く、理解できませんね。このようなものですら理解されようとなさる我らの神とあのお方には平伏するばかりですね、えぇ」

 

 そう、私を一瞥した兄は再び城下へと視線を戻している。

 私がゆっくりと力入らぬ足を奮わせながら漸く立ち上がった時には、既に陽は傾き始めていた。急がねば出立に間に合わなくなってしまう、そう思い部屋を出ていく。ドアが閉まる瞬間に見えた兄は、まだ飽きもせず城下を見続けていた。

 

「私も、貴方が理解できませんよ」

 

 誰かに命令されたわけでも、怒りに出たわけでもない。口から零れた何気ない一言。本来有り得ない言葉。『引っ張られた』のかとも思ったが、もう『それ』はずっと感じていない。気のせいだろうと頭を振り、足早に向かう。閣下がいらっしゃるであろう所へと。

 

 

 

 

 

「陛下、如何致しましょう」

 

 さほど広くは無いが豪華な一室に置かれた、唯一の椅子──玉座に座る私は気だるげに返した。

 

「なにがだ、どれがだ。主語くらい付けろ」

「無論、全部です」

 

 せめてどれか一つに絞ってほしいという考えすら甘いというのか。こうやってため息を吐いている今この瞬間にも我が国の民はスナック菓子感覚で喰われ続けているというのに、その打開策すら思いつかない。だというのに突然の王国の伯爵位のアンデッドの世界に対する宣戦布告。そして──

 

「あぁ、新しい報告が上がってきました。どうやら聖王国の軍勢──と言って良いのでしょうか。悪魔軍団はビーストマンのすぐ近くに現れたようです」

「は?うち<竜王国>とあっち<聖王国>がどれだけ離れていると思って居るんだ。間に法国もあるんだぞ」

 

 何をトチ狂ったのか宣戦布告した側に付いたローブル聖王国が、さらにトチ狂ったとしか思えない愚行──我が国に宣戦布告を行ったのだ。地図で言えば大陸の端にある国が逆の端に居る国に、である。その報を聞いたのが昼前。今、夜。時間にして数刻ほど。それがもうビーストマンの所に居るというのだ。因みに、ビーストマンが居るのは『うちを跨いで』反対側である。

 

「なんだ、カルカ・ベサーレスは馬鹿なのか。なんで宣戦布告したはずのうちを通り過ぎてビーストマン国に突撃かましてるんだ」

「それについてはなんとも。ただ運の良い事にビーストマン達が自国へと一時撤退を行ったようですね」

「そして聖王国兵とビーストマンの戦争が始まる」

「だったら良かったですね。戦闘をしているという報せはありません。不気味なほどに沈黙しています」

 

 はぁ、と大きくため息を付く。ため息を付ける程度の時間が取れているのは確かだが、事態はさらに悪化している。

 

「初手で法国を抑えられたのは痛かったですね。斥候の報告によれば法国内での死人はさほど多くないそうですが、被害自体は甚大の様ですし」

 

 あぁ、と口から漏れる。何も考えずにベッドに突っ伏したい。泥の様に眠りたいと思うが、起きた時に自分しか居ないなどという事態が現実に起こりかねない現状でそれをすることは出来るはずもなかった。

 

「ツァインドルクス=ドラゴンロードは──白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>は何をしている」

「それに関しては評議国よりすでに宣言が出ています。現在自身の封印を解除中であると。また、分身たる鎧を『全て』法国へ向けて飛ばしたと」

「は?ぜんぶ?法国ごと消し飛ばす気なのか?」

 

 鎧とは白金の竜王が遠隔操作で扱う白金鎧のことだ。一騎で十三英雄に匹敵する力を有している。それは法国の漆黒聖典の第一席次よりも上ということだ。正直な話、一騎でいいからビーストマンらに突撃ぶちかましてくれれば数日は安眠できる程度に強い力がある。だがそれはあくまで少ない数であるからだ。

 全騎使用など聞いたことも無い。一騎ですら国を亡ぼせる性能の白金鎧を全騎である。逆を返せば今法国に居るであろうアインズ・ウール・ゴウンがそれ程の存在であるとあれが認識しているということになる。

 

「──いや待て、そういえば聞いたことがあるな」

「聞いたことですか?」

 

 そう、聞いたことがある。小さいころの話だ。ビーストマンの成り立ちやナインズ・オウン・ゴールについての話。そして9つの──

 

「うわぁ──ってことは、あいつは気付いて居たのか、『これ』に?だから総力戦始めるつもりなのか」

「あの、陛下。よくわからないのですが」

「あー──お前はどれくらい知っている、九つの厄災に付いて」

「あぁ、遥か昔にあったというあれですか。一撃・甘言・腐食・鉄壁・魔力の小厄災に、破滅と空間と時の大厄災。それとよくわからない一つ──」

「平和だ。この世界を作り出した存在であり、この世界を破壊する存在であるとされているものだな」

「そうそう、平和ですね。厄災なのに平和ってよくわかりませんが」

「では、平和にするにはどうすれば良いと思う。因みにここで言う平和とは永久に安らかな日々が続くことを意味している」

 

 これはかつてひい爺様に出された同じ質問だ。私が人としての感覚なのか、竜としての感覚なのか、はたまたそれらとは違う感覚なのかを見るためだと言っていたが結局真意は未だに分からない。

 

「うーん──皆が笑って暮らせる世界ですよね」

「いや、違うぞ」

「え、笑っている世界って平和じゃないのですか?」

「それは人に限ればそれで良いかもしれないがな。人は食わねば生きてはいけない。いや人だけではない、生きとし生けるもの全てが食わねば生きられない。つまり、誰かが笑えば誰かが泣かねばならない。それがこの世界の理だ。さあそれを踏まえて、平和にするにはどうすればいい」

「そんなの──不可能じゃないですか」

「そうだな、私もそう思う。だが、厄災はそう思わなかった」

 

 そういう私の言葉の意味が理解できたのだろう。宰相の顔が一気に青くなっていく。

 

「お前の想像の通りだ。生き物が居たら世界が平和にならないのならば、世界から生き物を居なくさせれば良い。つまり、皆殺しにすればいい。その結論に至ったのが最後の厄災『平和』だよ」

「そんな──まさか──」

「だから、ナインズ・オウン・ゴールも血眼になって探していたらしい『何としてでもアインズ・ウール・ゴウンを探せ』とな。因みにアインズ・ウール・ゴウンというのは古代語で『平和』を意味するらしいぞ」

「陛下は──知っておられたのですか」

「あぁ、知っていた。だが、信じて居なかった。だからこの様だよ。いや私だけじゃない。世界中の皆、誰も信じて居なかった。信じていたのはあいつだけだったんだよ──」

 

 あいつはきっと最初から気付いて居た。そしてあの伝承を信じていた。だからこそあの宣戦布告から数刻程度で準備が終えられたのだ。あいつが居なければ法国など、今頃あの炎に巻かれて灰塵と帰していただろう。

 

「はぁぁぁぁぁ──」

「なんというため息を付いているのですか、せめてその形態ではもう少し見た目相応にしてください」

「形態いうな。それはそうと、良い話と悪い話。どちらを先に聞きたい」

「──では、悪い話を先に」

 

 色々ありすぎて力も抜きたくなるというものだ。もう一度腹に力を入れて座りなおす。

 

「まず、先ほど言った通り法国に現れたアインズ・ウール・ゴウンは厄災だ。間違いない」

「評議国の報せから察するに間違いはなさそうですね」

「あぁ、そして白金の竜王では勝てない。奴に勝てるのは私が知りうる限りたった一人だからな」

「一人?その者は一体どこに?」

「知らん。どこに居るのかも、生きているのかすらも、な。そもそも伝承に載っている存在だぞ。生きているだけで奇跡だ。化石として出て来ても驚かんぞ」

「それは──確かに悪い知らせですね、では良い知らせとは?」

「もう、ビーストマンは襲ってこない」

「は──?」

 

 人はあまりに驚くと目が点になる。吃驚仰天といったところだ。あまりの言葉だったのだろう。冷たい視線しかこちらに向けてこなかった宰相が珍しく硬直したのだから。

 確かに私が逆の立場だったら何の冗談なのかと、一笑して終わっただろう。しかしそれは現実だ。

 

「あ、あの陛下──意味が理解できないのですが」

「一つ、伝承は本当だった。一つ、聖王国の人間が悪魔になった。一つ、悪魔になった国がうちに宣戦布告したのにビーストマン国へ行った。後は分かるな?」

「分かりませんよ!?」

「察しが悪いな。伝承が本当だった。つまり実際に居たってことだ。神だったかどうかは別にしてな。そしてその方たちが行ったことも本当だったという事。お前はビーストマンが何のために生まれたかは知っているだろう」

「え、えぇ──かつて叡智を齎した神が厄災に対抗するために戦力として作り出したとか、そんな話だったと記憶していますが」

「そう、そしてその神には子供が居た。己が分身とも言うべき子供がな。つまり、同じ能力を持つ──生物を作り変える力を持つということだ。さぁ、現代でも似た事例が起きたぞ。そして起きた国がかつて起きた国に行ったぞ」

「つまり、神の子が存在してその神の子がビーストマン国に──」

「そういう事だ。今頃ビーストマンの奴ら狂喜乱舞しているのではないか、かつて自分たちの主人であった者の子が自分たちのところに来たのだからな」

 

 ビーストマン達の突然の撤退劇。彼らの主人の帰還。それらはまるであの宣戦布告に呼応するように行われた。それは神の子が厄災の味方となったという意味なのか、それとも──

 

「さぁ、これから忙しくなるぞ。出来れば伝承の彼を見付けたいところだな。その辺り掘ったら出てこないかな」

「とりあえず中庭辺り掘ってみますか、陛下」

 

 世界の終わりが始まったと理解したというのに、不思議と私たちは冗談を言い笑い合った。ギリギリのところで踏みとどまった。だったらまだ何か出来るかもしれない。あの白金の竜王のように。

 




大分ネタバレ満載回となりました。どんどんネタバレが増えていきます。
つまり、少しづつ風呂敷をたたみ始めるという事。終わりが近いという事です。

もうしばらくお付き合いくださいませ。


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