漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!)   作:疑似ほにょぺにょこ

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2章 漆黒の英雄と蒼の薔薇編
2章 王都 漆黒の英雄と蒼の薔薇編ー1


「──で、ですね~。──なんですよ~」

 

 王都を歩く俺の左手から猫撫で声のような間延びした声が絶え間なく聞こえてくる。ちらりと視線を送れば、それに気付いたのか仮面越しでも喜色が強くなるのをはっきりと感じた。まるで甘え方を知らぬ猫がひたすら身体を擦り付けてきているようだ。

 王都の一軒が終わって早1ケ月。早々にエ・ランテルに帰りたかったのだが、どうもキナ臭い噂が貴族間で囁かれているらしいという情報を得てしまい、帰るに帰れなくなってしまったのだ。

 

「ヤルダバオトを態と逃した──か」

「もう、あんな噂なんて気にしなくていいんですよ、モモンさんっ」

 

 きっと頭の中のお花畑は春満開なのだろう、赤い猫──イビルアイの緊張感ゼロの声。こいつには分からないのだろう。貴族の中にデミウルゴスに勝るとも劣らない凄まじい鬼才の持ち主が居たことに。

 

(なにせ一発で看破したわけだしなぁ…)

 

 たとえ看破されようとも、漆黒の英雄たるモモンが『そんなわけないだろう!』と声を荒げるわけもいかず、ならばせめて心象だけでも良くしようとリ・エスティーゼ王国に留まることになったのだ。

 しかし敵も黙って見ているつもりはなかったのだろう。この国の最大戦力たる蒼の薔薇全員をもって、俺への監視要員として送り込んできていた。

 

(気付かないとでも思っている…わけないか。なにが目的なのやら。それが分かれば行動し易いんだけど)

 

 ヤルダバオト以前、一切交流の無かった蒼の薔薇と今では毎日のように顔を合わせ、イビルアイにしては常に付き纏われている。わざとらしい甘ったるい声を上げるのは少々──いやかなり演技が下手と言わざるを得ないが。

 

(デミウルゴスに相談できれば良かったのだけれど、あれから何やら忙しそうなんだよな)

 

 こちらから《メッセージ/伝言》を飛ばせば普通に連絡は付くのだが、直接会う事がほぼ出来ない。何をしているのかも分からず、『楽しみにしていてください』と喜色満面に言われては聞こうにも聞けない。もしかすると聖王国両脚羊<アベリオンシープ>に代わる上質な羊皮紙の材料でも探しているのかもしれないと思うと『帰ってこい』と言う事も出来ない。

 

(兎に角やれることをやるしかないか…)

 

 この1ケ月無為に過ごしてきたわけではない。周囲のモンスターの間引きに、強力なモンスターの情報を集めたりなどやれることは多岐に渡る。先にエ・ランテルに帰したナーベのことが気掛かりなのだが、カルネ村にルプスレギナが常駐しているしシャドウデーモン達もついている。余程のことでもない限りは大丈夫だと思いたい。

 後は監視役として付いている蒼の薔薇の心象を良くすることに執心している。ラキュース殿の《レイズデッド/復活》によってレベルダウンしたガガーランとティナのレベル上げの手伝い、凍牙の苦痛<フロスト・ペイン>・改など装備の貸し出し、雑多なアイテムの配布など。パワーレベリングととられてもおかしくない位の厚遇だ。間違いなく心象は良くなっているはず。

 だというのに、どうも無い胃がシクシクと痛む。たった一人でいることのなんという心細さか。看破されている──とはいえ証拠などないため俺を捕まえることも出来ないだろうが──現状では、何をやっても見えぬ相手に踊らされている気がしてならない。

 

(徹底的に甘やかして心証を上げ、出来れば此方に引き込む。出来ずとも中立を保ってもらう)

 

 それがどれほど難しいかなど仕事で嫌と言う程理解しているので、となりに引っ付いているモノに聞こえないよう、小さくため息を付く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。ガガーラン、ティア」

 

 酒場で紅茶を飲んでいると、見知った二人が入ってきた。先日の騒動で死に、私が生き返らせた二人だ。一日でも早く元の力が出せるよう、足繁く討伐に出ている彼女たちはもう既に全盛期の力を取り戻しているようにも見えるが顔にはまだ焦りが消えない。まだまだ本調子にはほど遠いということなのだろうか。前からは考えられないほどに泥に顔を汚し、すこし精悍な顔に見えた。

 

「鬼ボスは昼からお茶?」

「私はガガーランみたいに酒精の強いお酒をジョッキで飲めるほど強くないもの。お昼くらい紅茶で良いじゃない」

 

 まぁ酒場で飲むには場違いすぎるかもしれない──なにしろ茶葉にカップまで全て持参なのだ──けれど、否定される謂れは無い。

 

「それで、調子はどう?見た感じ大分戻ってきている風に見えたけれど」

「まだまだ足りないね。今回のことでどれだけ天狗になっていたのか痛いほど身に染みたからねぇ」

「うん、逃げることも避けることも出来ずに一方的にやられた。あの蟲にすらイビルアイが居なかったら勝てなかったのは悔しい」

 

 相当疲れているのだろう。まるで投げ出すようにガガーランは椅子にどかりと座った。安っぽい椅子がギシリとまるで抗議をするように鳴るが、それでも壊れないのは『慣れている』ということなのか。

 相変わらずジョッキでお酒を頼むガガーランに苦笑しつつ、ティアに果実水を頼む。白湯か安いエールしか飲まないティアへの小さなご褒美と言ったところだ。待たせることなく運ばれてきた果実水を大事そうにちびりちびりと飲む姿はなんとも愛らしい。今の彼女の姿を見て、かつて私の命を狙ってきた元暗殺者の一人だとは誰も思わないだろう。

 

「そういえば、新しい装備の調子はどう?」

「非常に、ぐっど」

「凄まじいの一言だね。まるで突然全盛期の力になった気分だよ」

 

 新しい装備──態々モモンさんが貸してくれた装備だ。ガガーランにはイルアン・グライベルというガントレットを。ティアにはかのヤルダバオトと戦ったときに使った凍牙の苦痛<フロスト・ペイン>・改を貸してくれたのだ。一見しただけでもその辺りにあるような簡単なものではないことは明らかで、恐らく一つで土地付きの豪邸が買える位の値段がするだろう。それを簡単に貸してくれる彼には感謝してもしきれない。それだけ私達を信用してくれているという証左なのだから、その信用には報いなければならないだろう。

 

「一体第何位階の魔法なのだろうって思う。1日3回という制限を除けば永久に使える氷結爆散<アイシーバースト>は凄すぎ。ギガントバジリスクの足をただの一撃で凍らせて砕いてしまうとは思わなかった。使うとちょっと寒いけど」

「ちょ、ちょっと二人とも…ギガントバジリスクなんてやってたの!?」

「別にどうってことはねえだろ。動けなくしたら俺のハンマーでぼこぼこに出来るしな」

 

 にやりと笑う二人を見て、盛大にため息を付く。ちょっと油断したら石にされてしまうか食われてしまうか。どちらにせよ碌な末路は無いというのに。

 

「そういやティアの短剣も俺のガントレットもコピー品らしいな」

「一体本物はどれ程凄まじいのか想像もできない」

 

 あくまで『複製品だから』ということで借りた装備だったが、それは本物が想像を絶するものだという事が分かっただけ。複製品と言う言葉がこれほど貴重なものになってしまうとは借りた時には思いもよらなかったのだ。

 

「多分複製品とはいえ最低でも遺産<レガシー>級だと思う。本物は…」

「最低でも聖遺物<レリック>級、下手すりゃ伝説<レジェンド>級だな。案外法国で漆黒なんちゃらとかいうのが守っている宝物殿の中にそれがあったりしてな」

「なんちゃらーじゃなくて、漆黒聖典ね。噂では未知のヴァンパイアと戦闘して何人か死んだ、もしくは重傷を負ったとか聞いたわね」

 

 国内であった話──その後モモンさんが倒したらしい──だったため、戸口を立てる間もなく一気に広まってしまった噂だ。なんでも強力なヴァンパイアを捕獲しようとするも失敗し、逆に全滅しかけたとかそんな噂だったはずだ。そういえば帝国のフールーダというマジックキャスターが上位アンデッドを使役する方法を模索しているという噂もある。なぜ他国はモンスターを使役しようとするのだろうか。そういう専門の職に就いているならまだしも、国の要職について居る者達がなぜ…?

 

「鬼ボス、何か企んでいる顔してる。彼をイビルアイから寝取るの?」

「ぶふぅっ!!!」

 

 なんで寝取るとかそういう話になるのだろうか。しかも素か。ティアは『ちがうの?』と小首をかしげている。私はそんなに他人の男を寝取るような悪女に見えるのだろうか。私はまだ清いままだというのに。

 

「な、なんでそういう事になるのよ!?」

「強い、金持ち、物持ち、何か裏ありそうだけどかなり良い人は確定。超が付くほどの優良物件。最低でも私達を嗾けるくらいは考えていると思っていた、鬼ボスだし」

「いや無理だろ、お前ら全員処女じゃねぇか。しかもあのナーベとかいう女見ただろ。アレは男を知ってる女だよ。俺なら兎も角、お前等じゃ無理だね」

「解せぬ、という言葉が今ほど合う時は無いと思った」

 

 ガガーランの真顔の言葉に私は少なからずショックを受けてしまったけれど、ティアの反応は傍から見ても過剰に見えた。果実水だから酒精は入ってないから酔ってない筈なのだけれど、驚いてしまうほどに盛大な音を立ててテーブルに突っ伏したのだ。

 

「なんだティア、アレに惚れたのか?」

「──わるい?」

 

 ガガーランの言葉に反応して顔を上げたティアの額は少し赤くなっていた。あれだけ盛大な音を立てたのだ、かなり痛かったはずだ。しかしどこに惚れる要素があったのだろうか。

 確かに今まで暗殺者として生き、私と会ってからはガガーランが男たちを跳ね除けていた。だから男に対しての免疫が無いのは分からないではないけれど、そこまで惚れっぽくなってしまうものなのだろうか。

 

「凍牙の苦痛<フロストペイン>・改を貸してくれた時、頭撫でてくれた」

「ぶっ!!」

 

 そういう彼女の顔はまさしく恋する乙女の顔だった。ツボに嵌ったのだろう吹き出すガガーランを睨む彼女の顔もまた、普段とは違う照れに似た雰囲気が混じっている。

 しかし、そうか。惚れるには流石に早すぎるとは思ったけれど、恐らくティアは彼に父性を感じたのだろう。親と言うものを殆ど感じれなかっただろう幼少期の記憶が後押ししたのかもしれない。

 

「ティア。蒼の薔薇のリーダー、ラキュースが命じます」

「ん、なに」

 

 げらげらと笑うガガーランに食って掛かろうとする姿のままこちらを見る。全身で『お前も笑うのか』と聞いてきている。笑うわけがない。彼女は──彼女たちはもっと幸せになっても良いと思うのだから。

 

「戦線復帰に支障が出ない程度に──」

 

 だから、笑うのではなく笑顔で言ってあげよう。

 

「彼に全力で甘えなさい」

「──うん」

 

 久しぶりに見た顔──ティアの笑顔は年相応に可愛らしいものだっ──

 

「え、消えた!?」

「あっちだよ、あっち」

 

 笑顔のままに消えたティアに驚くと、まだ笑いが抑えきれないのかひぃひぃ言いながら私の後ろの方を指さす。振りむけば恐らく丁度入ってきたのだろう。腕にイビルアイを引っ付け──本当に彼女が腕に引っ付いている──ながら入ってきていたのだ。その反対側の腕にティアが、今まさに引っ付こうとしている所だった。

 しかもいつの間にかティナまでいる。まず間違いなく感化されたか単に乗っているだけかのどちらかだろう彼女もモモンさんに引っ付いている。その姿はまるで、孤児院に訪れた戦士とじゃれ付く子供たちの様。

 

「も、もう…あの子たちったら…くすくす…」

 

 喜色満面の笑みを浮かべながら引っ付く彼女たちと、驚き苦笑するものの受け入れる優しい彼の姿はとても微笑ましいものだった。

 


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