神と呼ばれる存在も夢をみる、灰色で、無機質な夢を。
神代の時代から今に至るまで、とこしえまで変わることなく。
最初、その世界は私にとってただの夢だった。
竜に支配され、怯えるしかなかった私がたまにみる夢。
無機質な灰色に覆われていたけれどそこには恐怖がなかった。
力がなく貧弱はずの人族が全てを支配していた。
そこには竜はおらず、猛獣は檻にいれられ、
かよわい子犬でさえ鎖で繋ぎ管理していた。
死がすぐそばにない。
理不尽に暴力を振るわれない。
生きている人間がこんなにもいる。
私にとってその世界は色んな意味で夢の世界だった。
その後、私と同じくらいの少年が、
私を支配し続けていた竜を殺してからその夢は見なくなった。
少年は戦いを続けながら青年へと成長していき、
私も彼を支えながら共に旅を続けていった。
しばらくして私達は壮年の男性をリーダーとした集団と合流した。
二人だけで戦い続けるのには流石に厳しかったのだ。
青年は集団に加わっても戦い続けた。
集団を襲う怪物、猛獣、大自然に対して立ち向かい続けた。
そしてそれ以外のときは集団の中で訓練をし続けた。
私はそこで世界の広さを知った。
まさか幼い頃でさえ竜を倒すような青年に、
勝ち越す人族がいるとは思いもしなかった。
無論年月が経つごとに青年が勝ち越すようになっていたが。
集団が集落となり、村へと成長し、
町へと発展を遂げ、国と呼ばれるようになった頃、
リーダーは例の人族を含めた三人と一緒に旅に出かけていった。
そして旅立ってから月日が経ち彼らは一振りの剣を持って帰ってきた。
私はその日また夢を見た。
灰色と人族に覆われた世界を。
その時の私は何故だか分からなかったが、
持ち帰られた一振りの剣が自分の世界とこの夢の世界を繋いでいると直感した。
そしてまたこの夢を見るようになっていった。
剣を持ち帰った者たちが強大な力を手に入れて行った事は、
その力で外敵を滅ぼす事ではなく、国を広げる事でもなく、
畑を豊かにし、人々の気持ちを和らげ、法を整備する事だった。
私はストレスを溜めていき、青年に至っては集団から離れて旅に出てしまった。
しばらくして戦争が起きた。
街に襲い来るは竜や猛獣ではなく、人型にして人にあらざるもの。
私はそれを見て青年の意思を感じた。
それに気付いた私は即座に集団から離れ駆け出していた。
住んでいた町から離れて戦争が始まった町に向かい、
そこで人族の死骸を積み重ねた上に立つ青年に向かって叫んでいた。
「ダルクレム、貴方よね」
「カオルルウプテか、貴様は変わらんな。
堕落した平和に濁らず世界を変えようと輝くその瞳、
軟弱なライフォスの意志を跳ね除けたと見える」
そういう青年は大きく変わっていた。
面影こそのこしているものの、人ならざる容貌へと姿を変え、
手にはかつての竜殺しの大剣ではなく、禍々しくも神々しい一振りの剣を持っていた。
ライフォスと呼ばれるリーダーが持っていた剣にどこか似た剣を。
「貴方、その剣は……一体」
「これか、これはイグニス。
解放の剣イグニスだ」
「解放……そう、だからみんなこんなに」
楽しそうだ、嬉しそうだ、大きな喜びを感じる。
大地を覆い尽くす死体を見るとより顕著にそれは現れている。
人は苦悶や絶望の表情を浮かべながら死に、
変わった者は死してなお笑みを浮かべ満足そうな表情で倒れていた。
もはや言葉に紡ぐ必要すらないほどに。
「今まで我らは死んでいた。
生きながらにして死んでいたのだ。
力ある者は己の翼を毟り取り、羽根一枚ずつを弱者共に分け、
弱者はそれを喜ぶだけで歩くことすら忘れてしまった。
ああ、度し難き愚かさよ、豚畜生にも劣る屑共よ。
大河でありながら流れる事を止め、澱みを増すだけの泥濘よ。
そして何より大樹でありながら天に枝を伸ばすどころか、
己から身を倒し川を堰き止める大罪人のライフォスよ。
その腐敗しながら惰性で動くその生き方、
終わらせてやる事こそ慈悲と思うが良い」
そんな彼の元に集い、吼え猛る者からは生気が溢れ出していた。
己を変えようという意思が、エネルギーがその体に満ちていた。
勝てない敵がいるのならば、鍛えて何度でも挑戦するだろう。
故郷に泥水しかないのならば千里を歩いてでも清水を求めただろう。
誰も行った事のない場所があるのならばどこまででもそこを目指すだろう。
出来ない事があれば出来るようになるまで血の滲むような努力をし続けただろう。
だが今まではそこに壁があった。
それでは怒らせてしまうかもしれないと勝てない敵には逃げることを強いられた。
それでは皆が満足できないと泥水のままで我慢する事を強いられた。
夢を追うより現実を生きろと惰性で生きる事を強いられた。
分担の名の元に変わらぬままで生きる事を強いられた。
一振りの剣はそんな鎖をより太く硬くして締め付け、
もう一振りの剣は全ての鎖を豪快に断ち斬った。
彼は強さも姿も性格も変わってしまったが、その魂だけは永遠だ。
解放の剣を振るう彼の瞳の輝きは、
悪竜から私を解放したあの時と同じように紅く輝いていた。
だからこそ私は認めたくなかった。
彼の生き様が、強さが、意思が、気概が、生気が、瞳が、魂が、
ただそう”設定”されただけなのだと。
それに気付いてから私は彼と会わなくなっていった。
彼が会いに来ても何かしらの理由をつけて会わないようにしていた。
それでも無理やり会いに来る彼の生き方が眩しくて、
それだけに胸が締め付けられるような苦しみが私を襲いくる。
どれだけ彼が喜ぼうとも、怒ろうとも、楽しもうとも、悲しもうとも、
世界に剣を投げ入れた者たちがそれを覗き込んで笑っている。
変えようとする意思も、飽くなき挑戦も、求めし欲望も、理想も希望も幻想も、
何一つ意味なんてないのだと嘲り笑っている。
何故私は夢を見てしまうのだろう、真実を知ってしまったのだろう。
何故こんなにも世界が美しいと感じてしまったのだろう。
今はその夢こそが現実なのだと知った。
私の言葉を信じる者は私と同じように眠り、そして現実という夢を見る。
彼もいつか気付くだろうか、それともこの夢すら迷いとして切り伏せるだろうか。
そう思いながら私は今日も枕に顔を埋めて、真の世界へと旅立った。
「カオルさん、御注文のストロベリーパイ生クリーム添えです」
「え、SW2.5ってどういうこと!?
別の大陸アルフレイム大陸
……って、私は大神だから消費MP上がってますます信仰されなくなっちゃう。
い、いや別にあんな世界で信仰が強まっても嬉しくなんかないし。
どうせ信仰が強まっても賢神の娘みたいに弄られるだけだし、
そもそも私を信仰してくれるプレイヤーが珍しいし。
……でもやっぱり嘘でも設定でもいいから私の声を聞いてくれる人が増えれば、
あの世界から抜け出して真実に辿り着ける人が増えるかも?
そうなったら少しでも『カオルさん?コーヒーこぼれてますよ』たら、ってひゃあ!
ごめんなさい汚しちゃって、ちょっと夢中になってて」
私は夢中になるあまりコーヒーを溢してしまった事を喫茶店の店員に謝りつつ、
親指でスマホの画面を見られないようにそっと画面を閉じた。
店員は気にすることなく手馴れた様子でコーヒーを拭き取ると、
にっこりと笑って私に向きなおった。
「そうですか?
まあ何かありましたら何でも気兼ねなく相談していいんですよ。
お客様は神様なんですから」