「——いや、本当にタイミングがよかった。『変異体』相手によくもってくれたよ三好、園子」
そこに居たのは、この『樹海』にいないと思っていたカミキであった。
黒いバーテックスは友奈を捉え損ねたのかそのまま地面へと落下して大きな土煙を上げていた。
跳躍によってカミキは夏凜と園子のいる根に降りるとゆっくりと歩いてくる。
その振動のせいか、目をつむっていた友奈の瞼が開く。
「……ん、あれ、わたしー……」
「気が付いたか友奈。もう大丈夫だ」
「カミキくん……そっかぁ、助けてくれたんだね。ありがとう」
「頑張ってくれたのは三好と園子だけどね。本当に……よかった」
「カミキくん?」
抱きかかえられた友奈はじっと彼の表情を視ると、心底安堵を浮かべていたように思えた。
なぜそんな
「ゆーゆ!」
「友奈っ! よかった無事で」
「園ちゃん、夏凜ちゃん! 二人とも本当にありがとう。おかげで助かったよ」
「三人はここにいてくれ。後は
「……かみきん? その格好——」
園子が彼をみてすぐに疑問を抱いたのはその格好であった。
いつも着こなしていた和服ではなく、
その背中はあの時の『彼女』に姿を重ねてしまうが、どうにも腑に落ちない。
何かが『彼女』とは違うと、園子は直感で感じ取った。
「これは僕の……いや、違う。借り物の力かな」
「借り物の力?」
「……今の戦力じゃあアイツを倒すことはできない。このまま僕が『壁』の外まで連れ出していくよ」
「それであんたは無事に帰ってくるわけ? 『勇者』じゃないんでしょカミキ!」
「……痛いところをついてくるなぁ三好。でも都合はいいんだよ」
直後に大きな音を立ててバーテックスが宙へと舞い戻ってくる。
カミキの意識はそちらに向けられると、右手を前に出す。
次の瞬間には二つの影はぶつかった。
「……っ、凄い威力だけど、僕はお前を連れて行かなきゃならないんだ」
「あれは……っ!」
カミキの右手には戦闘服と同じように紅い『大鎌』が握られていた。
人の背丈ほどあるその得物をカミキはいとも簡単に振るっていた。
バーテックスは一瞬の硬直の後、再びカミキに襲い掛かる。
カミキは躱すことをせず真っ向から大鎌を振りかざす。
火花を散らしてバーテックスは後ろに吹っ飛んでいった。
「……じゃあね」
「かみきんっ!! 待ってッ!!」
小さく言葉にしたカミキはそのままバーテックスの方に向かっていった。
園子が叫ぶが彼は止まらない。姿が見えなくなったその先の各所で地響きと爆発が複数に起きていた。
それはどんどん世界の端へと進んでいくのが見て取れた。
残るは静寂のみ。園子は顔を俯かせて表情が読み取れない。
「……園子」
「また…………
「園ちゃん……」
沈黙のままかけてやれる言葉も分からない。
彼女の中にある苦い記憶があるのだろう。なんとなく察しはつく。
しばらくして痺れがとれてきた夏凜は立ち上がり、友奈と園子を抱えて跳び立つ。
友奈は全身の力がまだ戻っていないのか脱力気味で、園子は足が腫れてしまって動けない状態だ。
二人分の重さが夏凜の両腕に乗る。これは自分が未熟ゆえの重さだ、と夏凜は悔やんでも悔やみきれなかった。
そして彼女たちは風たちのところに帰還した。
「——友奈を取り戻せたのね夏凜。園子も無事でよかったわ」
「風先輩、ご迷惑をおかけしました」
「…………。」
「どうしたんですか園子さん?」
「今はそっとしておいてやって樹。風、ちょっといいかしら」
友奈を東郷の隣に寝かせ園子たちを樹に任せると夏凜は少し離れたところに風を呼んだ。
「敵はやっつけたの? てかあんたも手を怪我してるじゃない!?」
「私は大丈夫よ……けど倒せなかった。私たちは友奈を助けるので精一杯だったわ。加勢してきたカミキがそいつを連れて『壁』の外に連れ出して……それで」
「でも彼にそんな力があるなんて何も聞いてないわよ」
「ええ。格好は私たち『勇者』と同じだったけど、何かが違う。それにホラ、端末にもアイツが表示されない」
気がかりになった点。回復したらカミキを追うつもりだった夏凜は端末で位置情報を辿ろうとしたが、カミキの情報が見当たらなかったのだ。
その理由は不明。これでは何処に向かってしまったのか分からなくなってしまった。
風は夏凜の話を聞いて、表情を苦渋に浮かべる。
「結局、私と樹は何もできずに見ているだけだった。それが本当に悔しいわ」
地鳴りと共に『樹海』の崩壊が始まった。
どうやらカミキは本当に追い返したらしい。はたして彼は無事なのだろうか。
「……戻ったらみんなを病院に連れていきましょう」
震えそうになる声を抑えて夏凜はそう告げた。
視界が白く染まり、世界は元の姿を現わす————
◇
あれから三日ほ経過した。
『樹海』から生還を果たした勇者部は風と樹を除いて大赦が管理する病院に運び込まれた。
ほとんど無傷だった風は樹を連れて『大赦』の本部に今回の件について報告にすぐに向かう。
精霊システムによる防御が働かなかった影響で、短時間の戦闘に関わらず戦闘に参加した者の消耗はそれなりにあった。
不幸中の幸いといったところで重症者はおらず、しかし一日で治る傷でもなかったため、それぞれが手当てされた状態で一日を病院で過ごした。
一番に退院したのは友奈である。
もともとあの中ではダメージが少なかった彼女は精密検査をした後に退院。
解放されたと同時に東郷のいる病室へ直行する。
「東郷さん!」
「…友奈ちゃん。よかったわ大した怪我がなくて」
「うん、東郷さんたちが頑張ってくれたおかげだよ。ありがとうっ! ……でもわたしを助けるために東郷さんが傷だらけになったのはごめんなさい」
「いいのよ気にしないで。私が未熟であるせいでもあるんだから」
友奈の顔を見てほっと胸を撫でおろす。
東郷は友奈が呑まれた後に何とか立ち会ってみたのだが、もともと遠距離型である彼女には接近戦は荷が重かった。
彼女を助けようと意固地になったのが今回の負傷を招いてしまったのだ。
反省しないといけない。
「——それで友奈ちゃん、彼は……ギンは?」
「カミキくんは……」
友奈の表情が曇る。
どうやら自分が気を失っている時に彼はあの場に現れたらしい。
だが、その後の彼の行方は不明。大赦からの知らせも『捜索中』の一点張りでそれ以上は聞き出せていない。
「それで園ちゃんが結構落ち込んじゃってて……」
「私も同じ立場だったらすごく悔しいし悲しいわ。手を伸ばしても届かないあの虚しさ……もう味わいたくない」
「で、でもカミキくんなら無事だよきっとッ!」
ぐっと手を握って友奈はそう言った。
不思議と彼女の言葉にはマイナス思考に陥りやすい部分を和らげてくれる。
「……おっ! 揃ってるねお二人さん」
「あ、風先輩、樹ちゃん!」
「友奈さん退院おめでとうございます! 東郷先輩もお元気ですかー?」
「ええ、順調よ樹ちゃん」
病室の扉が開けられ現れるのは犬吠埼姉妹だった。
どうやら『大赦』での報告が終わって戻ってきたようだ。
「風先輩、何か進展はありましたか?」
「……ダメね。いくつか知っている情報元を辿ってみたけどどれも結果は変わらなかったわ」
「今朝、カミキさんの自宅にお邪魔したんですけど、中には大赦の方々がいて入れてもらえなかったんです」
「……どこに、いってしまったのギン」
病室の窓から覗く景色は雨。彼女たち勇者の不安を煽るようにしとしとと降り続けていた。
場所は変わって友奈たちとは違う病院でのこと。
そこには『大赦』直属の二人が現在入院していた。
「……にが。コーヒーのブラックってこんなに苦いのね。青汁のがマシだわ」
自動販売機の前で夏凜は苦い顔でそう言った。
ほとんどが『大赦』所属の人間が利用しているため、人通りは極端に少ない。
だから思考に耽るのには持って来いの場所である。
外はあの日から変わらず雨が降り続けていた。
(……何処に行ったのよカミキ)
片手にコーヒー缶を持ち、もう片方でカミキから受け取っていたチップを指先で転がす。
(端末じゃあアイツの居場所は分からないし、『大赦』の連中も軒並み探索中って言うばかり。何か——)
ふと、チップの見つめているとそういえば彼はあの時の去り際を思い出す。
(…確かアイツはバーテックスを『倒す』じゃなくて『連れていく』って言ってたわね)
あの時の自分も風にそう報告していた。
何か意味があるのだろうか。いや、確かにアレを倒し切るのは難しかったのは事実。
『満開』が使用できれば結果は違ったのかもしれないが、あれは使用者のリスクが高いのが欠点である。まぁそもそも使えない状態だったのだから手札としては考える必要はない。
そこは置いておこう。
連れていくと言った彼はなら何処に連れて行ったのか。
「——『壁』の外? でもあの先は……」
神樹様に守られている結界の外は勇者たちは全員その目で確認している。
炎の世界。人が生きられない破滅した世界。それが壁の外である。
そこにわざわざ単身乗り込んだとしたら目的がなければ説明がつかない。
きっと何かそこにある。
でもだからと言ってそこからが夏凜一人では進めない。
……なら仲間に頼ろう。
昔の自分と違って考え方が変わったなとつくづく思う。
以前の自分は今の自分を見たら鼻で笑うだろうか。
もしそうならこういってやろう、
「勇者部五箇条一つ。『悩んだら相談』っ! …ってね」
グイッと缶コーヒーを一気飲みする。
強烈な苦味が口一杯に広がり顔をしかめてしまう。
この味もいつか旨いと感じる日が来るのだろうか。
「…だめだ。やっぱりサプリで決めとかないと…眠気は吹っ飛んだけど」
善は急げと、夏凜は同じ院内の彼女の元へ向かう。
ここから歩いてすぐに病室がある。
ノックをする。
しかし反応がない。
扉を開けてそっと見てみると、ベッドが一つこんもりと山を作っていた。
夏凜は数舜考えて病室にはいることにした。
「園子。あの、さ……いい加減にそこから出た方がいいんじゃないのかしら?」
「…………。」
ポツポツと言葉を漏らしていく。
けれど布団の主は何も答えない。どうやらテコでも動かないつもりのようだ。
「カミキのことはその……私が未熟なせいもあったから悪いと思っているわ。助けられなくてごめんなさい」
「…………。」
「——でも聞いてほしいの。アイツの居場所がなんとなく分かった気がするのよ……確証はないけど。みんなの治療が終わったらカミキを助けに行きましょう」
「…………。」
「んん? ねぇ園子ってば聞いている、の?」
いつまでも反応がない彼女に疑問を抱いた夏凜は毛布を捲る。
だが、そこには園子の姿は無かった。余計に頭が混乱してくる。
首をひねっていると、背後から気配を感じ取った。
夏凜はばっと振り返ると、鼻歌交じりの園子がビニール袋をぶら下げて病室に戻ってきた姿を目撃した。
「あ、あんた……」
「あれ? にぼっしーどうしたの私の病室に来てー。何か用事かな? あれれ、なんで顔が赤いの?」
「そ、園子ォ!! 紛らわしいことしてんじゃないわよ!!」
「うえっ!? 園子さんなにかしでかしましたかー!?」
「ああいやあのその……なんでも、ない、わよ。ああ、もぉーー!」
「ええー……」
なにやら戻ってきてみれば友達が顔を真っ赤にしてなぜか切れていた。
流石の園子も夏凜の奇行に若干ひかざる負えない。
そして園子は普段はぽやぽやしている人だと思われがちだが、実は頭の中はキレている人間でもある。
この状況を無意識レベルで観察、洞察してしまい、ついには結論に辿り着いてしまうのだ。
つまるところなぜ夏凜が自分の病室で顔を赤くしていたのかすぐに理解してしまった。
ニンマリと笑みを浮かべ、唸ってる彼女の背後に立つ。
「なるほどなるほど! にぼっしーはカワイイなぁー♪ このこのー」
「ううううるさいっ!! 元はといえばアンタがこんな紛らわしいことしなきゃ……」
「しなきゃ~~?」
「うぐぐ……」
こうなっては夏凜は
背中にもたれかかってくる園子に怒りを覚えるが、まだ足が完治していないため無理にはがせない。
「で、にぼっしーは何しにきたのー? ゆーゆが居なくて寂しくて園子さんのところに来ちゃった感じかな?」
「な、なんでそこで友奈が出てくるのよッ!!? ってそうじゃなくてその……アンタに話したいことがあって」
「……なら丁度よかったー! わたしもにぼっしーとお話がしたかったんだよ」
「私と?」
背後から抱き着かれながら、不意に彼女の雰囲気が変わるのが分かった。
夏凜もその空気に当てられて振り払おうとした手を止める。
「うん————かみきんの居場所が分かったんだ。それについての、お話」
静かに園子はそう告げる。