最終決戦の幕は開けた。————主に園子の脳内で、と補足しておく。
それはそれは熾烈を極めた戦いであったそうだ。もはや彼女の目的が行方不明な状態だったが、結果的に自分にとって都合の良い(ネタとして)展開になってくれた。
「————卑怯よ、あんた。『幻』シリーズを隠し持っていたなんて……あむっ」
「これも日本男児の嗜み……というのは冗談で、三好の為に用意していたんだ。
「わ、私のため!? へ、へぇ~中々気が利くじゃない。あ、ありがと……もらった私が言うのもなんだけど、あんたも食べる?」
「どれ、一つ……あむっ」
三好とカミキ。席に着いた二人は互いに同じ
噛めば噛むほど旨味が滲み出てきて素直にうまい。
「なんだか美味しそうね。ちょち夏凜私にもちょーだいよ」
「しゃーないわね。はい」
「あっ、ならわたしもください! なんだか見ていたら食べたくなっちゃって」
「樹もだいぶ煮干しに染まってきたわね……ほら園子、友奈も東郷も食べるでしょ?」
「ありがと夏凜ちゃん! ……ん~これ美味しいねっ!」
「確かに。良いお出汁もとれそうだわ」
「んま~♪」
どうやら一同お気に召したようだ。
「――――って、そうじゃなーーい!! 今日はカミキくんを勇者部へ勧誘しようって話でしょー。なんでこんなにも話がそれてしまうの!?」
「勇者部? そういえば外の札にも書いてあったな」
風の言葉に皆ハッと思い出す。昨日はバタついてそれどころではなかった状況だったが、改めて今日にしようってことで彼をここに招いたのだ。
その中でも一番強く進言してきたのは、『彼女』をよく知る東郷と園子だ。
「ねぇミノさん。勇者部に入部する気はないかな?」
「勇者部の『勇者』ってお役目の?」
「どう、かな銀?」
いつのまにか二人がカミキの両サイドを固めていた。
少し離れた所にいた風が、
「お、流石に『お役目』のことは知っているのね」
「……一応。でも僕なんかがこの部に所属しても大丈夫なのか? 見たところ部員は全員女性みたいだし。『お役目』に支障がでないだろうか」
「ミノさんなら大丈夫だよ~?」
「はいはい!! 私もさんせー! 夏凜ちゃんも樹ちゃんもいいよね?」
「みんなが良いなら私もいいわよ。なんかアンタとはうまくやれそうだわ……なんとなくだけど」
「み、みなさんがそういうなら……カミキさんよろしくお願いします!」
「んじゃ決まりね。カミキくんこれに必要事項を記入してちょうだい」
「東郷も僕が居ても大丈夫なのか?」
「えぇ、歓迎するわ」
こうまで言われちゃ断ることはない、とカミキは風から用紙とペンをもらってスラスラと書き始める。
二、三分とかからずに記入し終えると風に手渡した。
「……ん? 片仮名で『カミキ ギン』でいいの?」
「うん。ダメだったか?」
「いやいや! ちょっと気になっただけだからさ~ごめんね」
「こちらこそ。みんな、これからよろしくお願いします」
わざわざ席を立ち服装を正して挨拶する。一連の流れる動作にみんな数舜見惚れてしまった。
「そ、それじゃあ。新たに部員も増えたことだし『かめや』にいくわよ!」
◇
一同は部室を掃除した後、その足で『かめや』に赴いていた。
うどん屋として有名なこの場所は、勇者部にとってある意味憩いの場と化していた。
味もさることながら、学生に嬉しい値段設定もされているところがポイント高い。
「カミキくんは『かめや』は初めて来るの?」
「あぁ、初めて来るよ。でもなんとなくここは美味しいんだろうなーって思うよ。香りとか」
「そうよね~! ここにくるとうどんをほんとに食べたくなるわ。ちなみに私のおすすめは『肉ぶっかけうどん』よカミキくん」
「ならそれで」
「決めるの早っ! メニュー表とか見なくていいわけ?」
「せっかく犬吠埼がおすすめしてくれたんだ。頼むのが道理だろう」
「お、おう……」
「す、凄い。夏凜さんが圧されてますよ……お姉ちゃんはうどんが茹で上がったような顔してるし」
「なんか……そういうところも銀に似てるわ」
「だね~」
座敷でわいわい会話を繰り広げながら、店員を呼んで注文を済ませる。
カミキは一度店内をざっと見渡す。
満席とまではいかないが、それなりの活気を表しているこの空間はなんだかとても居心地がいい。
幾分待っていると、店員が出汁の香りを漂わせながら注文されたものを運んできた。
「きたきた!! それじゃあ、新たなメンバーを加えたところで美味しくいただきますとしますかね!」
風の言葉で一斉に『いただきます』と、注文されたうどんをそれぞれが口に運んでいく。
「——美味しいな」
「でしょ! うどんを食べるならココってなるぐらい病みつきになっちゃうんだよ」
友奈の力説に同意せざる負えない。カミキは頷き、汁が飛ばないように丁寧に麺をすする。
横に座る東郷もカミキ同様に綺麗な所作をみせていた。
「はぁ……お二人の姿を見ていると普通に食べている私とか申し訳なくなっちゃいますよ」
「樹ちゃん……そんなことないわよ」
「美味しく食べられればそれでいいと思う。それにほら、僕は和服だから余計気にしなきゃいけないしね」
「カミキさん。東郷先輩……ずるずる」
「それに樹の食べる姿は可愛らしくて好きだな僕は」
「……っ!? ごほっ!」
「樹ちゃん!? だ、大丈夫?」
カミキの発言に樹は虚を突かれて思わずむせてしまった。友奈が慌てて紙ナプキンを手渡して落ち着かせる。
「あ、ありがとうございます友奈先輩……カミキさん急に何を言うんですか! か、可愛いとか」
「そういうところも可愛いと思うよ。ねぇ東郷」
「くす。そうね、樹ちゃんは可愛らしいわ」
「あわわ……うぅ、お、お姉ちゃぁん!」
「おーよしよし。涙目の樹も可愛い……こらぁ! うちの妹を誑かすな二人ともー!! あ、店員さんうどんおかわりーー!!」
「お姉ちゃんっ!?」
「騒がしいわね。大人しくうどん食べなさい、他のお客さんに迷惑でしょ」
そういう夏凜も二人の食べ方に感化されたのか、少しだけ麺のすすり方に気を付けているのを園子は見逃さなかった。
「そんなにぼっしーも可愛いよ~わたしの目は誤魔化せないゾ~」
「なっ! う、うっさい」
「ちゅる……んん、意識しながらだと中々難しいね東郷さん」
「自分が美味しく食べられる食べ方でいいのよ友奈ちゃん」
ニッコリと友奈に語りかける東郷の目は、さながら子を見守る親のような慈愛の目であった。
◇
「それじゃあ、気をつけてねみんな」
「お疲れ様です」
日も暮れ始めた頃、勇者部一行は『かめや』を出てこのまま解散という流れになった。
犬吠埼姉妹は買い物があるからと先に帰っていき、友奈と東郷、夏凜は道が同じらしくそちらもまとまって帰路につくことにした。
「じゃあ、お先に〜」
「また明日」
「カミキ、アンタは家はどっちなのよ?」
夏凜が尋ねてくる。カミキは家のある方だと思われる方向を指差す。
それに反応を示したのは園子だった。
「おっ、そっちはうちの方角だねぇ! 一緒にかえろーぜミノさん!」
「分かった」
「はぁ、アンタたち寄り道するんじゃないのよ? 組み合わせが若干不安だわ」
「むむ、心外だぞにぼっしー。んー…今日は迎えはいいかなぁ? ゆっくりお話ししながらいこ」
言うなり園子はカミキの腕を引きながら歩いていってしまった。
夕日に照らされながら二つの影が見えなくなるまで、夏凜達は見送る。
「仲いいね〜二人とも」
「……少しだけずるいわそのっち」
「まぁ、カミキはどうにしろ園子には積もるものもあるでしょ。今日は我慢なさい東郷」
「夏凜ちゃんやさしー♪」
友奈の言葉を聞いて頬を赤く染まっているように見えた。けれど、それは夕日によるものかは分からないままにしておくことにした。
園子とカミキ。
みんなと別れた彼女たちは夕日に照らされた海岸沿いの道を歩いていた。
いざ二人になってみると何を話そうかと考えるばかりで無言の状態が続いていた。
チラリ、と園子は横目でカミキを見つめる。
(……ほんとに似てるなあ)
東郷も同じことを思っているだろう。
それほどまでに似ているこの人は、果たして大赦の人間は認知しているのだろうか。
いや、きっと知っているのだろう。『彼女』の遺してくれたものはそれほどまでに大きなものだ。
しかし、乃木家の人間として彼の存在は知らされていなかった。それはなぜか。
(秘密……あるのかもね。今度調べてみよう)
この人が私たちと無関係なのはあり得ない。園子はそう当たりをつける。
「……なぁ、乃木」
「あっ、はい……なにかな?」
唐突にカミキに呼ばれて思わず丁寧口調になってしまう。
よく見知ったその顔、その瞳はこちらの姿を捉える。
「何か聞きたいことがあるんじゃないか? さっきからチラチラと見てくるから」
「あはは、ごめんごめんっ! えっとね……それじゃあミノさん――――いや、カミキ君は『三ノ輪』って聞いたことないかな?」
今まで『彼女』のあだ名で呼んでいた園子は、彼に『彼女』を問いかける。
真剣な園子の表情を見てカミキは少しの間沈黙する。
そしてその沈黙である程度察しがついてしまうのが乃木園子という人間だった。
「——いや、知らない。僕は『三ノ輪』をしらないよ乃木」
「…………、」
「話せないことはいくつかあるよ。きっと君の知りたい『真実』も、僕は話せない。そして、僕の知りえないこともある。申し訳ない」
「……そう」
「でも、そんな顔を見るとどうしてかな……」
困ったように笑みを浮かべるカミキの心の内までは解らない。
歩みを止めて袖口から手が伸びる。
「あっ。か、カミキく、ん……」
「————乃木の顔を見ると、こうしないといけない気がするよ。なんでだろうね……僕はわからない」
その暖かな手のひらは乃木の頭を優しくなでている。
瞬間に重なる。記憶の『彼女』と目の前の『彼』が一つに重なって視えた。
乃木園子は俯いてその行為を受け入れる。
「————昔ね。こうしてくれた人がいたんだ」
「うん」
「その人はね。私の憧れの人だったんだ」
「そうか」
「明るくて、面倒見がよくて、強くて、優しくて、カッコよくて――――そんな凄い人だったんだ」
園子が想い耽るのは近くも遠い記憶。
「乃木はその子のこと好きなんだね」
「大好きだよ。今もこれからも大好きなのは変わらない……ねぇ、教えてくれないかな。『君』は誰なの?」
うっすらと、その瞳が潤んでいる――ように見えた。涙は零れていない。もしかしたら夕日のせいかもしれない。
だがそれでもまっすぐこちらを見据えている。
強い子だ、とカミキはそう感じた。
「僕は――」
そんな彼女のまっすぐな瞳をみてカミキは――――
「————僕は、『カミキ ギン』だ。それが今の答えだよ。乃木」
目を逸らすことしかできなかった。
「……そっか。そうだよね。うん……ならカミキ君! 次の休みはわっしーと遊びに行こうよ」
「東郷と?」
その瞬間の彼女の表情は読み取ることができなかった。悲しみ? 喜び? 怒り?
どちらにせよ目を逸らしたカミキにとっては知ることができないことだ。
「そーそー! せっかく勇者部にはいったんだもの~みんなと仲良くなるために交流しないとだよっ!」
「なるほど。それは名案だな」
先ほどの空気が一変していつもの園子に戻っていた。カミキもそれに合わせて口調を元に戻す。
何事もなかったかのように。
「あっ、かみきん! さっきのなでなで気持ちよかったから、気が向いたらまたやって欲しいなぁ」
「ふふ。『かみきん』ってなんだ。あぁ、僕でよければいつでも」
「ありがと~♪ かみきんはあだ名だぜ」
先ほどとは違う笑みが彼から零れた。これでいいのだろう。今は。
園子はそんなことを考えながら、カミキと帰路につくのだった。