世界を救う勇者たちの物語   作:紅氷(しょうが味)

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第四話「とある休日。犬物語(黒)」

 カミキが勇者部に入部してから数日後のとある一日。

 本日も晴天なり。バーテックスの襲来の気配なし。

 

「ふんふふ~ん♪ 天気が良いって最高だわ。絶好の家事日和ね!」

 

 鼻歌交じりに掃除機をかける彼女の名は犬吠埼風。勇者部所属の部長であり、犬吠埼家の大黒柱であり女子力の塊である。

 今日は勇者部の活動はお休みで、これを機に家の片づけを一気にしてしまおう、ということで午前中から掃除を行っていたところだ。

 

「ふぁ~……おはようお姉ちゃん。朝から元気だねぇ」

「あら樹! 今日は早いわねーおはよう。顔洗ってごはん食べちゃいなさい」

「は~い」

 

 間延びした声でよろよろと現れたのは、犬吠埼樹。姉である風の大切な愛い妹である。

 いつも休日は昼頃まで寝てしまっているが、本日はたまたま風の掃除の音で目が覚めたようだ。それともこのぽかぽかの陽気で目が覚めたかもしれない。

 まあたまにはいいか、と風はそんなことを考えていた。

 

 しばらくして樹がリビングに戻ってくる。

 

「今日は天気もよくてあたたかいね。いただきます」

「そうねーこんな日は犬神でも連れて散歩に行きたいわね~。もういないけど」

 

 お茶をすすりながら風は呟く。さながら縁側で嗜むご老体と同じである。

 樹はそのツッコミを寸でのところで飲み込み、乾いた笑みで返す。

 あまり直球なツッコミを入れるとイジけてしまうのだ。

 

 そうして他愛のない会話をしているとインターホンが鳴りだす。

 

「はて、今日は誰かくる予定があったかしら?」

「私はないよお姉ちゃん」

「ふむ……ちょっと行ってくるわ」

 

席を立ち風は玄関先まで赴く。

 

「はーい。今でまーす……ってあれ!?」

『ハッ、ハッ――』

 

 画面を見て風は驚く。

 何やら荒い息遣いが聞こえてくる。画面は真っ黒。一体何が訪問してきたのだろうか。変態か。

 

(えぇ……なんだこりゃ。い、犬?) 

 

 いや、違う。我が家に犬が来た。

 

 何を言っているのかわからないけど、風自身も意味が分からなかった。

犬が一匹でインターホン押してやってみせたというのか。

 

「……ってんなわけなーーい! 誰じゃい!!?」

 

 勢いで玄関の扉を開ける。

 そしてそこに居たのは、インターホンのカメラに犬を抱えて映させている和装の男の子が居た。

 というか、最近転校してきた後輩だった。

 

 和装の男――――もといカミキは出てきた風を見て何やら心底驚いている様子だった。

 

「……驚いた。ここは犬吠埼の家だったのか」

『ワンッ!』

「それはこっちのセリフよ! 変質者かと思ったじゃないの! なんかもう色々ツッコミが追い付かないけどその犬はどうしたのよ」

「迷い犬だ!」

『ワンッ!!』

 

 なぜかカミキと犬がどや顔で語りかけてきているように見える。

正直少しイラっとした。しかし怒っても仕方ないので、平静を保ちつつ訊ねる。

 

「ええっとなにゆえ?」

「散歩していたら偶然見つけてさ。この犬の居た周囲の家を片っ端から訪問してたらここに行き当たったんだ」

「何というか…はぁ。取り敢えずうちにあがる?」

「む、いいのか? 犬同伴で」

「いいわよ~見たところ首輪あって飼い犬みたいだし。うちも似たようなの居たしね」

「なるほど。ではお言葉に甘えて…お邪魔します」

『わわんっ!』

 

心なしか犬も『お邪魔します』と言っているように思えた。意外と賢い子なのかもしれない。

風は来客用のスリッパを用意してあげて、リビングに案内する。

 

ガチャリ、とドアを開けるとテレビを見ながら朝食を食べ続けている樹の姿が目に入った。

 

「あっ、おねーちゃんお客さんはだ、れ……?」

「おはよう樹。すまん食事中だったか…犬もいるし隅にいさせてもらうことにするよ」

「はい、これで犬の足を拭いてあげて。そしたら歩かせて大丈夫だから」

「かたじけない」

 

手ぬぐいを受け取る。風は武士か、と小さくツッコミを入れて樹の対面に腰を落ち着かせる。

 

「ん? どうしたの樹。ぼーっとしちゃって」

「な、なん……えぇ!? カミキさん!!? おねーちゃん何でカミキさんがうちにっ!?」

「お、おうびっくりした。いや、わたしもよく分かんないけどねー……なんか迷い犬を見つけて飼い主を探してたら偶然うちに来ちゃったみたい」

「どーゆうこと!? というか私パジャマだしみっともない格好だよぉ」

「……あっ、そうだった。カミキが男だってこと忘れてたわ」

「あーいや。こちらこそ突然押しかけてしまったから本当に申し訳ない樹。すぐに出て行くよ」

「あ、いえ別にそこまでしなくても……あぅ」

 

顔を真っ赤に染めて樹は俯いた。年頃の女の子が男子の前でのパジャマ姿を見せるのは恥ずかしいのだ。

 カミキも樹の心中を察したのか、あまりこちらに視線を向けずに話していた。

 

「犬吠埼。こういう時は安易に上がらせない方がいいと思うぞ」

「そうね。次からは気を付けるわ……樹もごめんね」

「い、いいよもう。先に着替えてくる」

 

 パタパタとリビングを後にする。自室に着替えに行ったようだ。

 

「怒っちゃったか?」

「ううん。恥ずかしいだけねあれは。まあ今回は私が悪かったけど……カミキくん何か飲むかしら?」

「……お茶があればそれで」

「おっけー」

 

 キッチンに向かいてきぱきと用意を始める。

 

『わん! わんっ!!』

「よしよし……人様の家だから大人しくしないといけないぞ」

『クウーン……』

「いい子だ」

「――――あらま凄いわね。カミキくんって犬を飼っていたことあるの? はい、緑茶だけど」

「いや、動物は飼ったことないな。ありがとうございます」

 

 マグカップを受け取り飲み始めるとたちまちに飲み切ってしまった。

 よほど喉が渇いていたのだろうか。

 

「いつからこの子の飼い主をさがしていたのよ」

「早朝からだな」

「えぇ~……交番とかにいけばよかったじゃない? 手伝ってくれたかもしれないし」

「それが……」

 

 歯切れの悪いカミキに風は『どうしたのよ?』と訊ねる。

 

「犬を見つけて探し始めたのはよかったんだけど、少ししたらジョギングをしていた人が財布を落としてしまったらしくて、並行して探すことにしたんだ。で、財布はすぐに見つかったんだけど今度は老人の方が道に迷ってしまってさ……まぁ後は色々と」

『ワンッ!!』

「大変だったんですねカミキさん」

「あら樹戻ったのねー」

「うん。もぉびっくりしたよ……わー! わんちゃん可愛いですね」

 

樹がおいでー、と手を広げるとよろこんで飛びつく犬。結構人馴れしている様子だ。

 

「お腹空いてるかしら…ちょっとドックフード持ってくるわね」

「ありがとうございます。お代は……」

「んなの気にしなくていいから。ほら、ごはんだぞー」

『ワンワンっ!』

「あっ、食べました! 可愛い~」

 

ガツガツ食べるに空腹だったらしい。あっという間に皿の上は綺麗に完食された。

 

「あんたこれからどうするのよ?」

「ん? 無論飼い主は探し続けるが……」

「だったら私たちも手伝いますよカミキさん!」

「そうね~せっかくだし。一人より三人のが早く見つかるかも」

「いやそれは悪い。せっかくの休日なのに」

 

カミキが遠慮していると風は首を横に振った。

 

「気にしない気にしない。これも勇者部としての依頼と同じだからね。『悩んだら相談』、覚えておきなさい。んじゃ、支度していきましょー!」

「おー!」

「お、おー…」

 

声高々に三人は拳を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして支度を済ませた一行は自宅を後にし飼い主の捜索を開始した。

 

 

「……って、よくリードなんて持ってたわねカミキくん。犬飼ったことないんでしょ?」

「備えあれば憂いなし……みたいな? まぁたまたまだ」

「なんというかカミキさんらしいですね」

 

黒犬を先頭に周囲を散策する。側からみたら散歩しているようにしか見えないが。

 

「でもこの辺は聞き込みしたんでしょ? だったら少し遠いところを探してみるしかないわね」

「この前お遊戯会した幼稚園の道からぐるーっと向かっていかない? お姉ちゃん」

「そうねー行ってみましょうか」

「よろしくたのむ」

「じゃあいこうか~えーっと名前なんて言うんだろこの子?」

 

 リードは樹が引いている。黒犬は樹を見上げお座り状態だ。

 

「さすがにわからないなぁ……仮の名前でもつけておく?」

「樹が決めてくれ」

「わ、私ですか? え、えーとじゃあ……毛色が黒いから『クロ』ちゃんでどうでしょうか」

『ワンッ!!』

 

 反応からして気に入ったようだ。黒犬――もといクロは樹に飛びついて喜びの意を示している。

 

「あはは、くすぐったいよクロ」

「なんか安直な気もするけど……」

「シンプルが一番だな。流石犬吠埼の妹だ」

「え、そーお? まぁわたしのマイシスターなんだから当然よね」

 

 どや顔でふんぞり返る風。

風にとって樹は可愛さ余って愛しさ満点なのだ。異論は認めないのである。

 

そんな彼女の様子にカミキは小さく笑みを浮かべた。

樹とクロを先頭にカミキと風は並んで歩いている。

 

「そういえば歓迎会の後に乃木と帰ったじゃないカミキくん」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「いやー、何を話したのかなと。ほら、君のことを『先代の勇者』のその人と思われてるんでしょ? でも会話からして君は乃木とかのことをおぼえてないって感じだし実際のところどうなのかなーなんて」

 

 『先代の勇者』。風は触りを教えてもらっただけで詳細は分からない。

 名前を教えてもらった。目の前の男の子と同じ名前を。

 

 けれどそれだけだ。

 

「……世間話程度のことだよ。僕は『勇者』ではないし、勇者の存在は知っているけど、僕は乃木や東郷と共に戦場に赴いたことはない。だから覚えていないというより、知らないが正しいかな」

「…知らないか。なるほどね」

 

話していて彼からつらつらと出てくる単語から察するに、私たち自身についてまったくの無知ではないことがわかる。

記憶が無いということは、東郷の例もあり当てはまりそうではあるが、彼の言葉からはそういう『曖昧さ』が伝わってこなかった。

 

 なにより彼は『勇者』ではない。

 

 しかし、彼の容姿は園子と東郷と共に大橋を守った『勇者』と見間違えるほどに似ているという。

 これも以前までの『満開』による影響の一つなのか。

 

(……変に警戒しすぎかしらね。逆に大赦がカミキくんや私たちに秘密にしていることがあるかもしれない)

 

風は大赦に属しているが、信頼できないでいる。

カミキの存在は秘密裏に大赦が仕向けたのかもしれない。理由までは分からないが、そんな気がしなくもない。

 

「カミキさん、この辺はきましたか?」

 

思考を打ち切ったのは樹の声だった。

小さい声量で話していたため樹の耳には届いていない。首だけこちらに向けてカミキに問いかける。

 

「いや、ここはまだ来てないな」

「じゃあ、この辺から探しましょう! すみませーん」

 

カミキの言葉に樹は捜索を開始した。近くを歩いていた男女二人組にさっそく声をかけていく。

 

「なんというか樹は行動派なんだな。失礼かもしれないが意外だ」

「少し前までは違ったんだけどねー。成長してるのが分かるわ……嬉しくもあり寂しくもあるけど」

「その口ぶりからすると、犬吠埼の後ろについて歩いてたんだな」

「それはそれで可愛いかったんだけどね~。今も可愛いけど! …身近な人間が成長する姿を見ると年取ったんだなぁと思うわ最近」

「君も歳は変わらないだろう?」

「気持ちの問題よ、も・ん・だ・い」

 

 そういって笑みを浮かべる。

 

「カミキさん、お姉ちゃん。歩いてた人たちに声かけたけど皆さん知らないそうで……」

「そうか、ありがとう樹」

「まだまだ始まったばかりよ。手当たり次第探してみましょう!」

 

 樹にばかりやらせるわけにはいかない、と風とカミキは一緒に探し始めた。

 

 

 

 

……のだが、そう簡単に見つかるはずもなく時間だけが過ぎていく。

時刻は正午を過ぎた頃、一度落ち着けるために三人は『かめや』に訪れていた。

 

「そんな悪いわよ奢りなんて」

 

 注文を終えてしばらく、テーブルにうどんが三杯運ばれてきた。

 休憩も兼ねての食事タイムである。ちなみにクロは店外で待ってもらっている。

 

「いや、ここは払わせてもらうよ。経緯はどうあれ手伝ってもらったわけだし」

「でも……」

「樹。なら言葉を変えよう……君たち勇者部の人たちと交流を深める一環としてならいいかな?」

「——まぁ、後輩の厚意を無下にするのも駄目ね。なら、遠慮なくいただきます。ホラ、樹も」

「ありがとうございますカミキさん。いただきます」

「ああ、いただきます」

 

 うどんをすすると出汁の香りが鼻を抜ける。変わらずに美味しい。

 

「でもこれだけ探しても見つからないのはおかしいわねー。飼い主は何をしているのかしら」

「実は遠くから逃げちゃった子なのかも。張り紙とか作って広い範囲で知ってもらうとか……」

「それならみつかるまで僕が預かっておこう」

「いいの? 家とかは飼って大丈夫なの?」

「一人暮らししているから問題ない。少し広い家だから場所をもて余してたところなんだ」

「へぇ……意外だわ」

 

 てっきり立ち振る舞いから豪邸にでも住んでいる家系なのかと勝手に思い込んでいたが違ったようだ。

 それは樹も思っていたのか彼女も驚いている。

 

「あ、あの! それならクロちゃんのお世話私も手伝っていいでしょうか」

「もちろん。樹に手伝ってもらえるなら心強いよ」

「はいっ! まかせてください」

「ちょちょちょ!! 一人暮らしの男子の家に行くなんてお姉ちゃん許しませんがー!?」

「なら犬吠埼も一緒に来るといいさ」

「ええ~女子力溢れるわたしが行くと大変なことにぃ~……!」

 

 くねくね身体をくねらせる姉の姿を樹は白い目で見るしかなかった。

 

「お姉ちゃんは大変なことになるそうなので私だけで行きますねカミキさん」

「なら家の場所を教えておこう。いつでも歓迎するよ」

「はいっ!」

 

 ニッコリと笑顔で樹は答えた。横で姉が喚いているのはスルーしておく。

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた三人はペットショップへと足を運んでいた。

 食べ終わった後の数時間。未だに飼い主は見つからないのでひとまずクロの食事を確保すべく来ていた。

 

 

『ワンっ!』

「これがいいのクロ? じゃあこれにしよっか♪」

「樹もクロにすっかり懐かれたわね~。あっ、餌はコレに入れてあげた方がいいわよ」

「これか? わかった」

 

 一時的な保護とだとしても不自由はさせたくはないというカミキの案により必要なものを取り揃えていく。

 風がカートを押しているのだが、カゴの中はいっぱいになってきている。

 

「こんなに買ってお金は本当に大丈夫なの?」

「問題ない。むしろ助かっているよ」

「カミキさん! クロちゃんこれも欲しいそうなんですけど」

「必要なものはどんどん入れてくれ」

「てか、帰りはどうするの? こんなに持って帰れないわよ」

「ああ、それも大丈夫だ。……少し失礼する」

 

 そう言ってカミキは袖口の中から携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をし始めた。

 

「もしもし、僕だが――――ああ、ペットショップにいる。犬の保護を……あと、車を一台用意してくれ。荷物が多くなってしまって」

「なんか金持ちの会話っぽい感じなんだけど……ほんとアンタ何者なんだか」

 

 数分の会話のあと、通話をきる。

 

「荷物は運んでもらうことにした。これで何も問題ない」

「いやいやいや! しれっと何言ってるの」

「カミキさんの家はやっぱりお金持ちなんですか?」

「いや。犬吠埼と同じ『大赦』の人間に頼んだよ」

「えっ?」

 

カミキの言葉に風は目を丸くする。今なんて言ったのか。

 

「だから『大赦』の人間に。僕は故あってあそこに世話になっているんだ。君たちのことはそこで知ったことになるね」

「は、はぁ!? 初耳なんですけど! そんな当たり前ーみたいな感じで話されても……えぇ!?」

「お、おねーちゃん落ち着いて! 」

 

樹に宥められるが落ち着かない。

 

「あれ? てっきり乃木から聞いているものだと……彼女はいの一番に気がついていたみたいだが」

「あの子はああ見えて鋭い所があるから……もっと早く教えてよ」

「すまない。勇者部の全員に伝えた方が良さそうだな」

「イキナリだと混乱しちゃうから、改めて場を設けた時にでも話してくれると助かるわ。樹もそれでいい?」

「う、うん。わかった」

 

 未だ思考は定まらないまま会計を終えて、カートに荷物を載せながら店を出入り口をくぐる。

 そこには黒塗りの車が一台停車していた。すぐ隣に仮面を被った人間が一人待機している。

 

 カミキの言っていた通り、『大赦』の人間だ。

 

「よろしくお願いします」

『畏まりました』

 

 簡潔にそれだけ口にすると車内からさらに二人ほど現れ、カートの荷物を積み始める。

 

「あ、あの……カミキくんとはどういった……?」

『——お付きの者と捉えていただければ。勇者様、カミキ様のことをよろしくお願いします』

「…………、」

『それでは』

 

 声からして女性であろうその人は一礼して車に乗り込んでいく。

 

「……はぁ。今は聞かないでおくけど、必ず説明しなさいよ」

「ありがとう」

「……ぷ。どうしてそこで感謝されるのよ。変なやつ――――ほら樹行くわよ! 今日は疲れたわ、帰りましょ」

「あ、うん!」

「家まで送っていく」

「ちゃんとエスコートするのよ~」

 

 なんだかんだ振り回されっぱなしだったが、こんな日もあってもいいか、と風は帰路につくために歩き出した。

 

 

 

 

 

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