世界を救う勇者たちの物語   作:紅氷(しょうが味)

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第五話「とある一日。三好夏凜」

 

 

 薄暗い廊下。

 静寂に包まれたこの空間に一人、歩みを進めている者がいる。

 

 

 無言のままその者は目的の場所へ赴くと、開けた場所へと出た。

 たくさんの小さな石碑がある。

 

 

 石碑の道を一つ過ぎれば一息立ち止まり、進む。石碑を一つ過ぎれば目を伏せまた立ち止まる。

 それには名が刻まれている。志半ばで散っていった『勇敢なる者』たちの名だ。

 

 

 毎日必ずここに訪れては時間をかけて一つ一つ石碑の前に立ち、黙祷する。

 その者はやがてとある石碑の前に到達した。

 

 

 その者が始まり、そして終わりに辿りついた過程で出会った人物の名が刻まれている。

 大切な存在だった。守りたい存在だった。そして——その最期に立ち会いたかった。

 

 

 かつての記憶を辿り、自身の不甲斐なさを悔やんだ。

 無情にも過ぎた時間はあまりにも大きく、取り返しのつかないものばかりだ。

 

 

 この場に赴き、その都度内に秘めた『決意』を奮い立たせる。

 指先を刻まれている名に這わせ、その名を呟くように口にする。

 

 『     』

 

 時間は待ってはくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三好夏凜は不思議に思っていた。

 ここ最近現れたとある人物のことに関して、である。

 東郷や乃木のかつての戦友に瓜二つである『彼』は、夏凜の所属している『勇者部』に招かれた。

 

 表向きではボランティア活動を主にしているが、有事の際はその部の名の通り『勇者』として四国を守るお役目がある『勇者部』。

 バーテックスは先の戦いにより殲滅。現状は平穏になりつつあるが未だ戦いは終わっていない。

 

 世界を救う。

 

 これが『勇者』に課せられた使命であり、成さねばならぬ『目的』だ。

 

 そう、『目的』である。

 

 経緯や過程はともかく、この部に関しては意味があるのだ。一介の学生、ひいては一般人が気まぐれで入部する、あるいはさせることなどありえないのだ。

 ——いや、部員の性格からすれば入部させてしまう可能性はあるのだが、しかし引っかかる部分がある。

 

 なぜ、このタイミングで接触してきたのか。

 

 眉を顰め夏凜は目の前で部員——乃木と樹に話す件の『彼』に視線を向ける。

 

 

「お~! 可愛いわんちゃんだねイっつん」

「ですよね! 写真撮って待ち受けにしてるんですよ。カミキさん、クロちゃんは元気ですか?」

「元気に走り回ってる。中々やんちゃなやつだな」

「近いうちに会いに行ってもいいですか?」

「もちろん。言ってくれればいつでも」

「はいっ! ありがとうございます!」

「なぬ!? かみきんわたしも行きたい~!」

「歓迎するよ」

 

などと、日は浅いが勇者部面々とは良好な関係を築き上げているようだ。

 ちなみに残りの面子は別行動でこの部室には居ない。

 

——よく聞けば園子はいつの間にやら呼び方が変わっているし、樹に関しては彼の自宅に遊びにいくようになっているのが気になった。

姉である風はこの様子に思うところはないのだろうか、と考えるがこちらもそういえばいつからか様子がおかしい傾向にあった気がする。

 

『樹が……樹がぁ』

 

 頭を抱えて悩み苦しむ部長の姿が目に浮かんだ。

 相変わらずのシスコンっぷりを発揮しているのだが、樹は可愛いのでわからなくもない。

 ——話の論点がズレてきている。一旦思考を中断し、手元にある携帯端末に目を落とした。

 

 

『カミキ ギンについての情報開示を求む』

 

 

 つい最近夏凜は大赦にメールを送っていた。内容は文面の通りで、おそらく——いや確実に彼の存在は大赦は把握している。

 だから知っていることは話してもらわないと困る。返答によっては自身の立ち位置が変わる可能性も秘めているので余計に。

 だが、

 

『情報開示はできない。現状は変わらず、有事の際に備え待機せよ』

 

 簡潔に、大赦側はそう述べた。返信はすぐに返ってきたがこの通り隠されてしまった。

 この文面が更に疑念を強める原因になっているのだが、仮にも世界の命運が自身を含めた勇者にかかっている以上、不利益や障害になることはしないだろうと思ってもいる。

 ニボシを噛みながら端末とカミキに視線を交互に向けているとさすがに気が付いたのか、カミキの視線とぶつかった。

 

「どうかしたのか三好? 険しい顔して」

「え、あぁ……なんでもないわ。気にしないで」

「そう、か? なら終わったらこっちの作業を手伝ってくれると助かる」

「わかったわ」

  

 そう言った彼の手元には折り紙があった。もちろん園子と樹の手元にも同様に折り紙を手にしている。

 今はレクリエーションのための作業中で、それぞれが試行錯誤しながら活動に専念していた。もちろん夏凜の下にも同じものがある。

 

 最近は活動に慣れてきた感じはするが、今までこういうものをやってきた経験がないことが影響してか作り物系が苦手である。

 他のメンバーはすらすらとアイデアが出てきているみたいだがどうにも自身には難しい課題になってしまう。

 

「じゃーん!! 烏天狗をつくってみましたー。どやっ!」

「す、すごいですね……えと、カミキさんのそれはなんでしょうか?」

「東郷から教えてもらった羅漢像」

「ンなもん作ってどうすんのよ!」

 

 もはや作りたいものを作るだけ作っているだけである。

 年齢層もへったくれもない独自の世界観が展開されている状況にツッコミを入れてしまう。

 

「そういう三好は鶴か」

「なによ。不満なわけ?」

「いやいや。少々ふざけすぎたからな……いっそのことみんなで千羽鶴でも折ろうか」

「えーかみきんわたしはマジメにやってたよ~」  

「マジか……」

「てか千羽なんて折り紙たりないわよ」

「と、とりあえず続けましょう皆さん」

 

 樹にまとめられ作業を再開する。しばらく会話を交えながら作業をしていると、不意に樹の携帯端末が震えだした。

 片手間で端末を操作し始めると、樹の表情がわずかに変化する。その様子を夏凜は見逃さなかった。

 

「どうしたの樹。何かあった?」

「夏凜さん……お姉ちゃんからで、『まだまだ時間がかかりそうだから今日は解散』でいいって連絡があったんですけど」

「予想以上に立て込んでるのねー……仕方ないか。今日はこのまま各自持ち帰って解散する?」

 

 ここにいるメンバー以外全員他の部活動の助っ人に駆り出されていた。

 必ずしも全員が同じ場所に出動するわけではないので、こうして残った人は部室で待機しているわけだ。

 だが、それも部長の一報で終わりを迎える。

 

「じゃあ時間まだあるしかみきん家にいこー!」

 

 間延びした声で園子が脈絡なくそんなことを言ってみせた。

 

「——僕の家? 構わないけど二人は大丈夫なのか?」

「はい! お姉ちゃんには既に行く旨を伝えました!」

「行動がはやいな」

「……まぁ予定もないし、二人が行くなら行ってあげてもいいけど」

「よしよしじゃあ、善は急げだね! れっつごー!!」

 

流れでカミキの自宅に訪問することになった。

まぁ調査も兼ねて出来る、と自身を納得させて夏凜は片付けを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

三人は部室を後にしてカミキ家へと足を運ぶ。

本人曰く一人暮らしだそうだ。それは夏凜も同じなので特別どうこう思うことはなかったが、果たしてどういう生活スタイルなのかは少し気になった。

 

 

「かみきん家はどんなかね~♪ イっつんはもう行ったことあるんだっけ?」

「はい。クロのお世話をしに、ですけどね」

「あんたは普段何をして過ごしているのよ」

「基本的に本を読んだりゲームをしているかな。最近はクロがうちに来たから相手をしてる。手伝ってくれる樹にも感謝してるぞ」

「そ、そんなわたしは大したことしてないですよ!」

「へえ。意外というかなんというか」

 

クロと呼ばれた犬の存在を知っているのは樹である。彼女の言葉からよく聞いていたが会うのは初めてだ。

それは隣にいる園子も同じで、楽しみなのか何やらぽわぽわとなっている。

他愛のない会話をしつつ、三十分するかしないかの時間で目的地に到着した。

 

「……って、あれここって」

「夏凜さん? どうされました?」

 

思わず声を漏らしてしまう。道中もなんとなく感じていたが、建物を見てはっきりとした。

此処は————『大赦』が管理している場所だ。

 夏凜の自宅を決める際の候補に挙がっていた建物の一つである。

 

「——なんでもないわ。いきましょ樹」

「……? はい」

 

 樹を促し園子とカミキの後を追う。四階建てのマンションで階は最上階の角部屋。

 カミキは袖口からカギを取り出し扉を開けた。

 

『ワンっ!!』

「わ!? びっくりした~♪」

 

 開けると同時に横にいた園子に向かって黒い物体が飛び込んできた。

 反射的に抱きかかえる園子はその正体に気が付くとぱあ、と表情が明るくなっていく。

 

「うへへー。かわいーねー! この子がクロすけか」

「うん。元気なのはいいんだけどな。今みたいに隙を見て逃げられないか心配だ」

「でしたら玄関に柵とか設置したらどうでしょうか? クロ~久しぶりだね♪」

「……ま、まあまあ可愛いんじゃないかしら」

「にぼっしーも触ってみるー?」

「立ち話もなんだし上がってよ」

 

玄関先であれよこれよとしていても仕方ないので、一行はカミキに案内される。

部屋数と間取りは夏凜の住んでいるところよりかは幾分か広い印象を受けた。夏凜自身は住み心地より、必要なものが必要なだけ入ればそれで構わない人間なのでここまでの部屋は要らない。

しかし最近は勇者部の面々が顔を出す機会が増えてきていて、多い時には少々手狭に感じなくもないが……まぁそこも嫌な気は全然ない。

 

知らず知らず頰が緩む夏凜だったが、すぐにハッと表情を締める。

あまり変な様子を見せると園子に弄られかねない。

 

「あまり楽しませるものはないけど、ゆっくりしていってくれ」

「おー」

「てっきり東郷の家みたいに『和』テイストかと思ったわ」

 

部屋の中は彼の見た目に反していたって普通であった。

ソファにテーブル、観葉植物がちらほらと。キッチンも最新のもの……かは判断が付かないが、予想していたものは違っていた。

夏凜は一先ず案内されたソファに腰をかける。

 

「おおーう♪ クロすけ遊びたいのかーよしよし!」

「園子。あんたも犬に視えるわ……」

「んー? わん♪」

「はいはい……」

「お二人ともお茶ですけどどうぞ。クロもご飯だよ~」

「あぁどうも……って、なんで樹がもてなしてるのよ? カミキは何処にいったの」

 

園子のハツラツっぷりに呆れているとなぜか樹がお茶を用意していた。

果たして家主はどこへ行ったのやら。

 

「カミキさんなら隣のお部屋にいきましたよ」

「ふーん?」

 

 なんとなく気になった。ただの好奇心が夏凜を動かす。

 別室へと繋がるドアノブに手をかけ扉を開けた。

 

「……って、なぁ!?」

「え? 三好、どうした」

 

 そこに居たのはカミキだった。いや、当たり前だがその様子というか格好が悪かった。

 夏凜は持ち前の反射神経を全力で用いてぐるん、と顔を横に逸らす。

 

「あ、あんた着替えてるなら先に言ってよね!?」

 

 彼女の目に映ったのは上半身裸のその姿である。

 正確には和服を脱ごうとしていたので、はだけた状態なのだが夏凜は顔を真っ赤にしてあたふたと焦りだす。

 様子を理解したカミキは特に焦る様子もなくその服を着なおし整えた。

 

「ごめん。すぐに終わるからと思って油断した……よし、もういいぞ三好」

「ま、まあその……私も悪かったわよイキナリ入っちゃって——ねえ、一つ訊いていい?」

 

 一瞬だけチラリと見てしまったカミキの肌。そこに見えたあるものが気になった。

 カミキもすぐに察したのか苦笑を浮かべている。

 

「その『傷』は、なに?」

「————結構薄くなってきたと思ってたんだけどねー。ただの擦り傷だよ」

「嘘が下手。その『傷』は普通に生活していて出来るものじゃないわよ。あんたやっぱり勇——」

夏凜(、、)。しーっ」

「むぐ!? なにほするのほ!」

 

 言い切る前に夏凜の口元ににぼしを突っ込まれる。

 突発な行動に目を丸くしている夏凜に対し、カミキは小さく笑っていた。

 

「かみきん~、にぼっし~? 二人で何してるの?」

「……いや、ちょっとお話してただけだよ。行こうか乃木」

「そっか。何かしてあそぼーぜー」

「あぁ、テレビゲームがあるよ。みんなで遊べるものもあったと思う」

 

 タイミングよく園子が様子を見にきたため、カミキはそれ以上は何も語らなかった。

 二人が先に部屋を出ていき、夏凜が一人残される。

 

(はぐらかされた……絶対何か隠しているわねアイツ。けどまあ——)

 

 早く行かなければと思いつつ、部屋を見渡す。

 皆がいるリビングとは変わって殺風景の一言に尽きる一室だ。物がなにもない(、、、、、、、)

 ここだけぽっかりと生活感がないと言えばよいか。

 妙に気がかりな静寂がここにはあった。

 

「気になる部分はあるけど……この押し入れとか」

 

 夏凜は引き戸に手をかけようとその手を伸ばす。

 

「……戻ろう。ちょっと我ながら気にしすぎだわ」

 

 が、その手は寸でのところで止まる。

 小さくため息を吐くと夏凜は踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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