嘆き、絶望し、彼は魔王となった   作:スペシャルティアイス

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#3 狂い始めた物語

この世界に来てからはあっという間だった。ただの平サラリーマンだった俺が、今では多くのNPCから支配者として望まれるオーバーロード、元はDMMOのユグドラシルのキャラに自分の体が変化して今に至っていた。

カルネ村、エ・ランテル、トプの森などの冒険はなかなかに楽しく充実したものであった。もちろん楽しいだけではなかったが、それでもあの病んだ世界にいるよりかは絶対にマシだと断言できる。

エ・ランテルでのアンデッドの大発生事件を解決したのち、諸々の報告や情報のすり合わせのためにナザリックに戻ってきていた。

 

「アインズ様。シャルティア・ブラッドフォールンが帰還しました」

 

自分の命令を完遂して戻ってきたのだろうか?いやそれにしては早すぎる、何かあったのだろうか。

玉座の間での報告は、なぜか普段よりも張り詰めた表情のアルベドが印象的であった。

 

「しかし少なくないダメージ負っており、現在治療中であります」

 

驚きに声が漏れ、そして精神安定のスキルが発動した。

シャルティア・ブラッドフォールン。ギルドメンバーの一人であるペロロンチーノが作ったナザリック地下大墳墓第一から第三階層の階層守護者であり、自分を慕うNPCの一人。

NPCたちはかつての仲間たちの残した思い出であり、現実となった彼ら彼女らは己にとって守るべき存在だ。

そんなシャルティアがダメ-ジを?NPCの中でも戦闘に瑕疵が少なく純粋な近接戦闘なら自分にも勝利し得る彼女が怪我を?

弾かれたように立ち上がりシャルティアの所在をアルベドに尋ねる。無事をこの目で確認するのに気が逸った。

 

「シャルティアは現在治療中であり報告は私から———」

 

語気を強めたアルベドだったが、取次ぎ役のメイドの静止の声に途切れ、自分もそちらに気が向く。

 

「お、お待ちください!今はアルベド様と」

「責任はとるでありんす!今は緊急、火急のご報告をしなくてはならないのっ」

 

慌てた金髪のメイドの脇を抜け、アインズとアルベドの前に進み出たのはシャルティアだった。

怪我をしたと聞いたが、その姿は普段通りで足取りもどこかを患った様子もなく胸をなでおろす。

しかし主人の意もなく玉座の間に入り込んだこの行為、礼を失した狼藉にアルベドの眦が危険な角度を描く。

しかし自分はと言えば、一方のシャルティアの必死といってよい形相で、普段見ないその表情に気圧されていた。俺のそんな気持ちはアンデッドの骨面には出ることなく、面前に進み出たシャルティアが跪くのをただ見ていた。

堪えきれなくなったアルベドが口を開こうとするのを手で制し、まず怪我は大丈夫なのか問うた。

 

「ご心配いただきありがとうございます。そしてここまでの無礼、平に伏してお詫びいたします。ですがそれはっ!一刻も早くアインズ様にご報告する仕儀故のこととご理解いただければ幸いです!」

 

普段の彼女らしくないその畏まった物言いに戸惑ってしまう。落ち着かなさにひじ掛けを撫で、シャルティアの報告とやらに耳を傾けようとした。

アルベドもまた聴く体制に入った自分を見て、シャルティアに向け促すように目線を送る。

シャルティアが両目を閉じ、軽く深呼吸して口を開いた。

 

「アインズ様からの任務中にて至高の御方が一人、たっち・みー様に遭遇、襲撃されました」

 

その言葉に、自分の中の何かにヒビが入っタのを感じた。

 

 

 

ナザリックの表層に《転移門》の渦が現れる。そこから出たのは白髪の執事と金髪のメイド、セバス・チャンとソリュシャン・イプシロンだった。二人の表情に些かの戸惑いが見て取れるのは気のせいではない。

彼らの任務、王都での情報収集の無期限中止、ナザリック外の全下僕の引き上げた上での警戒レベル最高引き上げ。

二人は墳墓の中を進みながら考える。何か自分たちに不手際があったのかと。

 

「セバス様。此度の緊急招集に心当たりは」

「さて、わかりかねますね。私の把握する情報は行動を共にしていた貴女とさほど差はありませんから」

「……失礼しました」

 

彼女に気にせずと返し、セバスは己の記憶を改めて探るも心当たりには思い当たらない。

ソリュシャンと共に第三階層を抜け、今通り過ぎた墳墓の領域にも普段よりも多くのPOPモンスターや暗殺技能を持つ下僕が潜んでいるのが見て取れた。

その状況にセバスの脳裏にうっすらと浮かぶ記憶がある。かつてナザリックへ1500人のプレイヤーが攻め込んだ大防衛戦だ。

己の主らが忙しなく準備していたあの空気に似たものが、今のナザリックが包んでいる気がした。

 

(たっち・みー様……)

 

セバスは考えてしまう。この状況で己の創造主がもし、いらっしゃればと。

 

(たっち・みー様であればきっと率先して前線へ赴こうとするでしょう、ナザリックの盾となるべく。我が創造主としては実に誇らしいですが、仕えるべき主としては後方で構えていていただきたいですかね)

 

益体なきことを考えながら進む内に第九階層に到着したようだ。連絡では守護者らが使う小会議室に集まるようにということである。

その途中で、他のプレアデスらと合流するためにソリュシャンは別行動をとるようだった。

 

「それでは失礼しますセバス様」

「ご苦労様です。また、任務を共にするときはよろしくお願いしますね」

 

頭を下げて辞すソリュシャンを見送り、セバスは再び目的地を目指す。

たどり着いたそ両開きの扉の前には、第五階層守護者コキュートス直轄の守護騎士が守衛として立っていた。

セバスの姿に気が付くと敬礼し、中へ確認の声をかけてから室内へ導いた。

 

「失礼します」

 

声をかけた室内は剣呑な空気であった。

まず感じたのは己への敵意。その元を辿ればシャルティアへとたどり着いた。まるで野に放たれた檻に入れるべき野獣を見るような、そんな敵意を向けられセバスは戸惑う。

その様子ににこやかな、けれどセバスにとってはどこか皮肉気に感じる笑顔を向ける者がいた。

 

「ようやく到着かいセバス。執事として時間にルーズなのは問題でないのかな」

「連絡通りの時間かとは思いますが、デミウルゴス様」

「心構えの問題だよ。それと私への敬称は結構。君とは役職の差はあれど生み出された意義は一緒の筈さ……少なくとも私はそう信じているよ」

 

最後は小声であったが、デミウルゴスのその言葉は確かにセバスの耳に届いていた。そのいつもと違う同僚の悪魔の様子に調子が狂う気がした。

そんな彼へアルベドは着席をすすめる。

 

「それでは席についてちょうだいセバス。みんなには途中まで説明したけれど、貴方には初めの部分から聞く義務があるのだから」

「わかりました。……ところで、連絡でアインズ様がお休みになっておられると受けましたが?」

 

そう尋ねられた彼女はいつもの微笑みを湛えておらず、何かを押し殺すような強張った顔だった。

 

「その通りよ。アインズ様は自室にてお休みになっておられるわ」

「アンデッドであらせられる御方が、何故休んで——」

「セバス、アルベドの言は事実だ。そしてこれから君が聞かされることも事実であると言い添えておくよ」

 

ここで初めてデミウルゴスがセバスをまっすぐに見据えた。普段の笑顔はなく、その目はどこまでも真剣だった。

尋常ならざる空気にセバスはようやく周囲を伺う。双子のダークエルフ、弟は姉の袖を掴んで気弱な声を上げていた。

 

「お、お姉ちゃん……」

「マーレ、今は黙ってて」

 

闊達なアウラらしくない沈痛な顔で、なぜか時折シャルティアを伺っている。

もう一人のコキュートスといえば腕を組み、口元から無意識か何度も低温の溜息を吐き出している。

 

「ムゥ」

 

そんな守護者らの様子は、統括者であるアルベドがこれから発するものがそれほどまでの議題であるのかとセバスは考える。

しかし、その想像の遥か上を行く衝撃がセバスを襲った。

 

「たっち・みー様が発見されたわ」

「……は……?」

 

口を半開きに呆けたように問い返す姿はナザリックの執事にあるまじきものだったが、この場にセバスと同じ立場になっても平静でいられるのは一人しかいないだろう。

震える手を抑えて絞りだすような声でセバスは尋ねる。

 

「わ、我が創造主を……たっち・みー様を、見つけたというのは真実ですか!?」

「ええ。少なくとも私は、シャルティアからそう報告を受けたわ」

 

その事実をようやく飲み込み、弾けるような喜びの感情が湧くが表には出さない、ように努力する。

目線をシャルティアに向けると、鋭いまなざしが返ってきた。

 

「シャルティア様。我が創造主は何処に」

「私への様付けもいらんせんでありんす。場所はエ・ランテル近郊の森。武技を有する者を探すというアインズ様の命令の中で、幾人かの人間を殺した直後にかの御方に不意打ちされたでありんす。ただとどめは刺されず捨て置かれ、報告のために急ぎ帰還いたしんした」

 

シャルティアの言葉にセバスの目が光る。

 

「我が創造主は正義を尤もとする御方。貴方が人間を殺した様子に思うところがあったのではと推察しますが」

「へえぇぇ。それじゃあアインズ様の勅を邪魔したことはどう考えているのかしら?その時の私の行動はアインズ様の指示に従った結果よ?木っ端の如き人間の命はナザリックの主であらせられる御方の意に勝ると、そう言うの?セバスゥ」

 

廓言葉が消えうせ、漏れ出したシャルティアの殺気が紅い色となって部屋を染める。その意を跳ね返すかのように、陰った目元に眼光を赤く光らせたセバスの闘気が拮抗する。

そんな隣のシャルティアの姿に、焦りというか追い詰められたような雰囲気をアウラは感じていた。出来の悪い妹のような放っておけないシャルティアのその様子が、アウラの心を波立たせる。

 

「ねえシャルティア。たっち・みー様に攻撃されたのがショックだったのはわかるけど、それにしたってセバスへの態度はないんじゃない」

 

そう言ったアウラをシャルティアは睨み、そして俯いた。

 

「えっ?」

 

誰かが声を上げた。

シャルティアが肩を震わせ爪が食い込むほどにこぶしを握り、その伏せた目から透明な雫が落ちたのだ。

重なるごとに色を濃くする円が床に八つに吸い込まれたとき、ハッとしたアウラとマーレがシャルティアに駆け寄る。

 

「ちょっとアンタ、どうしたのよ!?」

「ど、どこか痛いんですか!?」

「ぢがうの……。なんで、あの時たっち・みー様から聞けなかったのか。それが、悔しくて悔しくて」

「ナニヲ、聞ケナカッタトイウノダ?」

 

目元を力任せに拭ったシャルティアがコキュートスの問いに答える。

 

「あの御方は、ペロロンチーノ様の居場所を知っているようなの」

 

その言葉にアルベドを除いた全員が衝撃を受けた。

 

「それは本当なのですか!?」

「え、ええ嘘!?たっち・みー様だけでなくペロロンチーノ様まで」

 

デミウルゴスとアウラの驚愕の声にシャルティアは頷く。それに対して静観していたアルベドが口を開いた。

 

「シャルティア。たっち・みー様はペロロンチーノ様がこの世界におられることを断言したの?」

 

その言葉にシャルティアは思い出す。

鍔競合いの中で、自分の問いに呆けたように騎士がつぶやいたその言葉は。

 

“ペロロンチーノ、ペロロンチーノ……あぁ……彼は、今もあそこにいるのか?”

 

“あそこ”とはどこを指すのか。この世界か、はたまた至高の御方々の言う リアル か。もしかしたら自分は早とちりしてしまったのではないのか。

 

「言って、ない……かも」

「……デハ、マダ確定トイウワケデハナイノカ」

「で、でもでも!この世界におられる可能性もあるんですよね?」

 

落胆したコキュートスの言葉を打ち消そうと、マーレが励ますような調子で皆に呼びかける。

気落ちし、シャルティアは崩れ落ちるように椅子に座った。先ほどまで感じていた、たっち・みーへの激情はすっかり下火だ。

そんな彼女へ、先ほどまで殺気をぶつけ合っていたセバスは声をかけられなかった。

 

「シャルティア……」

 

デミウルゴスは一瞥し、次いでアルベドを見る。

 

「アインズ様は、このことをご存じなのですか?」

「ええ、すべて把握していらっしゃるわ。かくいう私もその傍らで聞いていたのだけど」

「そうですか……。では何故、皆の前でシャルティアに言わせた(・・・・)のです。これではあまりに彼女が哀れではありませんか」

 

仲間思いの悪魔の言には確かな労りがあった。ナザリック以外の者には残酷なデミウルゴスだが、逆説的にナザリックの者にはどこまでも甘い。

 

「そうね。でもまずは状況の説明の続きをしてもいいかしら?」

 

続くアルベドの言葉に皆、静かに耳を傾ける。

シャルティアの初となるナザリック外への活動、この世界特有の武技やタレントを持つ人間の捕獲。

そのためエ・ランテルから王都へ向けて出発するセバスとソリュシャンに同行し、二人を食い物にしようとした傭兵団を標的として殲滅。残念ながらシャルティアのお眼鏡に適う者はおらず、そればかりか血に酔ったシャルティアが《血の狂乱》を発動させ暴走してしまう。

そんな時に出会ったのがたっち・みーであったらしい。

彼は有無を言わさず襲い掛かってきたようで、しゃべる内容もどこか要領を得ず、不快なことに人間と行動を共にしていた。

しかし最終的にシャルティアは彼に敗れ気絶を付与され意識を失ったという。

そして気が付けばたっち・みーの姿はなく、傷ついた体を動かし《転移門》を開いてナザリックに帰還、ある程度の回復を済ませてアインズへ急ぎ報告と、ペロロンチーノ捜索の嘆願をしたという。

 

たっち・みー発見までしか話を把握していなかったセバスとシャルティアを除いた守護者らもようやく得心がいったようであった。

各々がそのアルベドの話を反芻している中でデミウルゴスが口を開く。

 

「アインズ様はどのような指示をしたのですかアルベド」

 

ほとんどをナザリック外で活動していたデミウルゴスにとって、現状を統括者の口から改めて確認したいと思ったが故の質問だった。

 

「全ての人員のナザリックへの引き上げ、及び防衛警戒レベルを最大まで引き上げること。委細は任せるとの仰せよ」

「……なるほど。入り口である浅い層の布陣でまさかとは思いましたが……そういうことですか」

 

無表情のアルベドと険しい様子のデミウルゴスに他の守護者から声が上がった。

 

「……二人ダケデ納得セズニ説明シテクレナイカ?」

「ど、どういうことですかアルベドさん」

 

二人の疑問にアルベドは目を閉じ、一瞬だけ思考したようだった。

 

「ふぅ……まずは、そうね。いくつか不可解な点はあるけれど、何故シャルティアが生きていたのか」

「どういう意味よそれっ!」

 

呆然とするシャルティアに替わり激昂したのはアウラだった。まるで挑みかかるようにアルベドを睨んでいる。

 

「落ち着きなさいアウラ。いいこと?たっち・みー様は至高の御方々の中でも特にその武威を誇る御方。いくら戦闘特化のシャルティアであれ苦戦することはあっても、満身創痍となるまで追い込まれるなんてありえないことよ」

「あ、そっか」

「確カニ、ソノ通リダ」

 

このことはシャルティアも気になっていた。確かに武器以外の装備を換装する暇はなかったため防具なしで戦ったが、精神的疲労を無視すればダメージはスポイトランスのおかげで危険域には至っていなかった。

そしてかの御方の盾と剣を除く装備はあまりにも貧相で、ただの門番ともいえるナザリック・オールドガーダーの装備に劣るのも何故か。

 

「装備にしてもそう。おそらく補給の利かない状況に長期に渡って在ったことが推し量れるわ。その関係で人間種と行動を共にしているという線もあるけれど」

「しかし、今重要なのはそこではありません。何故倒せたシャルティアをわざと生かしたのかということです。兵法の中にわざと逃がした敵を追跡し敵拠点へ案内させるというものがあります。そしてアルベドが差配した現在のナザリックの防衛警戒度、時間稼ぎの大勢のPOPモンスター、そして第三階層までの細い隘路に潜ませた潜伏特化の傭兵モンスターは近接職の弱点を突く対抗措置です」

 

デミウルゴスのその言葉にセバスを始めとして、他の守護者も驚愕の表情となる。

 

まさか——!?

 

「至高の御方、純銀の聖騎士であらせられるたっち・みー様によるナザリック地下大墳墓の特定、及び襲撃を私は警戒しているわ」

 

そう言い切ったアルベドの静かな言葉が、主人のいない部屋に反響した。

 

 

 


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