災禍の中心に少年がいることが分かった。
辛そうな顔。
救いを求める顔を、千里眼で見て、脳裏に焼き付けてしまった。
助けてあげたいという欲を掻き立てられる顔。
頭を離れない。
少年を助けるためには、神無の力だけでは不十分で、セイバーの力が必要なことは理解している。
けれど、今目の前で戦っているバーサーカーを放置することはできない。
セイバーの心を乱さないために、少年のことを諦めて、今ここに集中することに決めた。
悔しくて口の端を噛み締める。
「カァッッハハハハハハッッ、バーサーカーを追ってきたら、思わぬ組み合わせの先客だな」
奇妙な出で立ちの男が現れたのは、神無が決断をしたのと同時だった。
白黒ストライプのスーツに、赤青マント。
夜の闇の中にありながら、無闇に目立つ装いの男。
「如月拓斗……」
神無が唖然としている中、先に反応したのは、銀の獣と紙一重の攻防を繰り広げている剣士。
それくらいの余裕はまだあるということか、もしくはマントの男がそれほどに存在感があるということか。
「如月っていうと、アーチャーのマスターの?」
今日、波彦に聞かされた襲撃の話を思い出す神無。
「ああ、いかにも。オレがアーチャーのマスター、如月拓斗だ。以後、お見知りおきを」
「え、うん。よろしくね……」
聞いていた通りのキザな振る舞いに、引き気味に答える。
「んでもって、おれと!」
「おれがあーちゃーだぞ!」
如月の服に隠れていた双子のアーチャーが顔を出す。
少しかわいい。
「それであなたたちは、一体何をしに?」
「聞いてなかったのか。バーサーカーを追ってきたんだ」
「ということは、助太刀と思っても?」
「もちろん。そう思ってくれて構わない。それでもってオレから提案がある」
如月は一方的に語り始める。
「駅前の災害のことは当然気が付いているな? アレを引き起こしているのは、バーサーカーのマスターだと確信している。理由は同種の能力が使われているからだ!」
少し強引な理論だが、納得できる。
「両方を止めなきゃ勝てないが、オレ一人では手が回らない。だから、一時的な協力関係を組みたい」
神無の利害。というか、個人的願望とも一致する。
すなわち、災禍の中心にある少年、バーサーカーのマスターをどうにかしてあげたい。
「それで、あたしたちはどうすればいいの?」
「お前らは駅前に行き、あの災害を止めろ。オレたちは、そこのセイバーには見せたことがあるが、いい足止めの能力があるから、コイツを止めておく」
真偽に確信が持てないでいる神無。
「彼らの能力については、拙者が保証しましょう」
セイバーからのお墨付きが入る。
後は、神無が如月のことを信じるに足ると思えるかどうか。
そして、何より今、神無がどうしたいか、なのだろう。
だったら、答えは簡単。
「じゃあ、ここは任せた。すぐに終わらせて、すぐに戻ってくるから」
「任された。向こうのことは、頼んだぜ」
ベッドの中、掛け布団の作る闇の中に波彦はいた。
最初は、死の恐怖から震えていた。
昨日、抱いた感情は、そう簡単には拭えないものだった。
だが、いつからだろうか、波彦の心を占めるものが変わりつつある。
理由の心当たりは一つだけ。
右手の甲が、火傷を負ったように、ジクジクと痛むのだ。
左手で、疼く個所をなぞる。
それは、ここ数日で何度も確認した魔術の文様――令呪が刻まれている場所だった。
断続的に、焼けつくような痛み。
まるで鼓動のような。しかし、波彦の心臓のリズムとはズレている。
では、一体何者の鼓動なのか……。
「あー、クソッ……。分かってるよ、そんなの……」
そんな一つしか選択肢がないものは、問題でも何でもない。
「セイバー……。何で、俺なんかなんだよ」
呼んでる。
そう感じる。
都合のいい波彦の妄想かもしれない。
「昼間、寝すぎたせいだ」
眠れてしまえば楽だと、目を閉じるが、眠れない。落ち着かない。
気が付けば、神無、弥生、キャスター……そしてセイバー。
彼らのために、自分にできることはないだろうか。
なんて、考えてしまう。
「バカなこと考えるな。俺は、ただの一般人だぞ。あんな戦いの中に向かっていっても、ゴミのように殺されるのがオチだ」
ただの一般人である波彦に出来ることなんて何一つない。
「でも、あの超能力を使えば……」
念動力を使えば、何か助けになれるだろうか。
しかし、あれでは、サーヴァントには何のダメージも与えられないだろう。
集中している間に、一撃で葬られる未来が見える。
そんな風に、悶々と思い悩んでいるところに、外からの轟音が耳に飛び込んでくる。
右手の甲が、ひときわ大きく疼く。
セイバーの身に何かあったのだろうか。
と心配になるも、未だベッドの闇の中。窓から様子を見ることさえ、できない。
しばらくして、電話のコール音が家の中から鳴り響く。
波彦の携帯ではなかった。
三コール目の途中で、鳴りやんだ。
「こちら、キャスターだ。どうかしたか、神無くん?」
壁ごしに電話応答の声がする。
「大きな音か。勿論、こちらでも聞こえたよ。繁華街のビルが倒れたと。……アーチャー陣営が助太刀に現れて。……それを止めに行くことになったと」
電話の相手は神無だろう。
キャスターは彼女の言葉を繰り返すように声に出す。
そんなことをせずとも理解しているのに、まるでこの会話をこっそりと聞こうとしている誰かにも、話の流れを伝えようとするように。
「バーサーカーとは交戦して。その姿は銀の毛並みの大きな狼と。……なるほど」
キャスターが話を伝えようとする相手は、マスターである弥生。
そして、波彦の二人であるに違いない。
前者は情報共有のために、そして後者は……。
「一体、何をしろっていうんだよ?」
小さく呟いた自問自答。
分かり切っているくせに。と、自分の中の声に、責め立てられる。
「何で俺なんかに、期待するんだよ……」
期待されても困る。
波彦は、たまたまセイバーのマスターになっただけなのだ。
偶然、念動力を与えられただけなのだ。
そして、一度受けた恐怖から、全てを投げ出し逃げ出した。
今は羽毛のくれる温もりに、逃避しているだけ。
ここから抜け出すだけの勇気も沸かないヘタレなのだから。
そのまま少しの時間、悩みにふける。
扉が開けられる。部屋に明かりが点けられる。
「起きているか?」
それは確信を持っている意地の悪い声だ。
「昼に寝てたせいで、中々寝付けなくて」
「そうか、具合の方はどうだ?」
「……そこそこかな」
まだ続く迷いから、玉虫色の答えを返す。
「先ほど、神無くんから電話がかかってきてな。先ほど大きい音がしたと思うが、あれは駅前のビルが崩落したということらしい」
駅前の高層ビル。
波彦も毎日のように目にする、この藤之枝において非常に目立つ建造物。
「恐らく、バーサーカーのマスターの仕業で、バーサーカーとの戦いを打ち切って、神無くんたちは先にそちらを解決しに向かった」
そんなに簡単に戦いを打ち切らせてくれるのかという疑問が沸き上がる。
が、わざわざそんな細かいところを突くのもバカバカしいと追求はやめる。
「駅前の件を解決したら、すぐにまたバーサーカーとの戦いに戻るだろう」
「何で俺にそんなことを……」
「これは悪い。ここからが本題なんだ。ともかく、神無くんはその合間に電話をかけて、交戦したバーサーカーの情報を教えてくれた。そして、ワシは情報を元に仮説を立てた」
波彦にも断片だけ聞こえていた。大きな狼だとか。手も触れずにミラーを捻じ曲げるとか。銀色の毛並みをしているとか。
「バーサーカーを倒すには、必要になるものがある。神無くんたちは、それを持っていない。そして、ワシらはこの家を離れることができない」
キャスターはベッドサイドテーブルに近づき、そっと小さなハンカチの包みを置く。
「届けてほしいものがあるんだ。もし良かったら、頼まれてはくれないか?」
それだけ言うと、明かりを消すこともなく、部屋を後にした。
波彦は先ほどまで悩んでいたことを思い出す。
戦いの場に向かったからといって、自分に何ができるのかと。
今は、キャスターに託されたものを送り届けるという、それだけで意味のあることが与えられた。
きっかけは与えられた。
後は、波彦自身がどうするか次第。
例えば、ここでこのまま眠っていたとしても、朝になれば解決しているかもしれない。
けれど、全滅して、後味が悪いまま、ずっとこの洋館の一室に引きこもって、世界の滅亡が訪れるのを待つことになるかもしれない。
「まったく、毒されているな」
自分を窘める。
しかし、その上で決心する。
いや、決心というよりは、やけだったり、出来心といった感情だったかもしれない。
感じるままに行動して、それからその時になってから考えればいいやと。
ベッドから起き上がって伸びをする。
テーブルに置かれた、キャスターから託された、バーサーカーへの『銀の弾丸』を手にする。
部屋を出て、玄関口に向かい、靴を履き、外に飛び出す。
右手の甲が熱く疼いている。
セイバーに呼ばれている。
その導きに従って走り出す。