Fate/Fake Moon Ambition   作:左臼

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12:繁華街の悪夢

 眠らない街は今、非日常の異界と化していた。

 いつもの、ワイワイとした賑わいはそこにはない。

 存在するのは、恐怖の渦。

 悲鳴。苦痛。怨恨。諦観。疑心。

 負のエネルギーが渦を巻いていた。

 その渦の中心にいたのは、怯えうずくまり嗚咽する少年。

 明らかに、少年を中心に災禍は広がっていて、近づいてはいけないという空気が伝染している。

 通行人だけではなく、車でさえ近づきたくないと動きを止めて、渋滞を作っていた。

 だが、クラクションの一つさえ鳴らない。

 そもそも、後ろの車も先に行きたくないのだから鳴らす意味がない。

 終いには、車をそのまま置き去りにして、逃げ出すものまで現れる。

 人々の反応は大きく分けて三つに分かれる。

 とにかく遠くへと逃げ惑う者。

 どうすればいいかわからず、その場で取り乱す者。

 そして、騒ぎの元凶を確認しようと、少年を遠巻きに見ようとする人の輪。

 喚き逃げ惑う人々が街に溢れる中、その渦の中心部は、現在驚くほどに静かだった。

「うっ……くっ……」

 と、少年が発する声と、ひそひそと人々が話し合う声のみ。

 いつもと変わらない横断歩道の機械音のみが静寂の夜に響き渡る。

 

 

 

「セイバー、あの通りを越えたところ!」

「承知しました」

 神無は、車椅子ごとセイバーに抱えられながら、誘導を行う。

 最初に壊れた高層ビルだけではなく、幾つかの建造物が倒壊していた。

 崩れてはいないが、ガラスが割れて砕けているところも多い。

 街路樹が台風に薙ぎ払われたように倒れている。

 舗装された道路の、そこかしこに穴が開いている。

 中には、その災禍と関係なさそうな破壊の残滓がある。例えば、デパートの宝石売り場のショーケースが破壊され、ご丁寧に商品がなくなっている。火事場泥棒の逞しさに、神無は苦笑する。

 ともかくは、そうして砕け散ったアスファルトの破片が、晩夏の風に乗って辺りに立ち込めていて、空気が粉っぽい。

 職務に熱心な街灯の光も、ぼやけて広がっている。

「まるで、違う街みたい……」

 恐らく、ここにいる人の多くが思っていることで、出来ることなら目覚めてほしい悪夢の光景だった。

「見えました」

 小太りの少年は、街で一番大きな交差点の中心にいた。

 周囲はぐるっと人に取り囲まれているために、セイバーは低めのビルの屋上に立って、それを見下ろす。

「どうするの? 多分、近寄ったら、バーサーカーと同じ、もしかしたらもっと強い攻撃がきそう」

 何しろ、巨大な建造物を簡単に破壊するような力なのだ。

「問題ありません。拙者の眼は、普通は視えないようなものも捕らえる特別性ですので」

 と言うセイバーの両眼が、夜の闇の下、青白く光る。

「まあ、その前に、なるべく気付かれないように努力してみましょう」

 それだけ言い残して、神無を屋上に残し、ビルからすっと飛び降りるセイバー。

 タイミングが悪いことに、今まで地面にうずくまっていた少年が顔を上げ、助けを乞い縋るように目線を泳がす。

 すると、それに対応したように、彼の視線に移ったファッションビルが、苦しみ、のたうち回るように崩れていった。

 変化しない状況に沈黙を保っていた観客たちは、自分達が災禍の中心にいるということを思い出し、悲鳴を上げて逃げだす。

 そんな中、セイバーは、少年の視線の動きとシンクロして、後ろをとるように回避をしながら、あっさりとその傍まで駆け寄った。

 そして、みねうちで少年の意識を落とす。

 壊滅状態になるまで街を騒がせた災害は、波音一つ立てないような静かさとともに終わりを告げた。

 セイバーが気を失った少年を支えて、抱える。

 最初に周囲に広がったのは困惑だった。

 何が起きたのか分からない。

 突如現れた袴姿に刀を持った侍と、今まで災厄をまき散らしていた少年の気を失った姿。

 悪夢の終わり。

 そのことに気づいたものから、歓喜の感情を溢れさせる。

 そして、それが周囲に伝播していき、大きな一つの歓声となった。

 群衆は一体となっていた。

 そんな群衆の一角から、ふと一つの声が上がった。

「そいつが悪者なんだろ?」

 それに食いつくように同調したのが、直接的な被害を被った者たちだった。

「そいつに、私は子供を殺されたのよ!」

「勤務先がなくなって。これからどうやって生きていけばいいんだよ!」

「あのマンション、まだまだローン残ってるのに!」

 どうしようもない事態が起こった時、自分の手の届く範囲に格好の的がある時、それを悪と断定する同調圧力がはたらく。

 同調圧力は、行き過ぎた勧善懲悪を願う方向へと向かい始める。

「なんで、まだそいつは生きてるんだよ」

「これだけ多くの人の命を奪ったくせに」

「どれだけの人が被害を受けたと思ってるんだ」

「頼む、そいつを殺してくれよ」

「そうだ」「そうだ、そうだ」

「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

 声はどんどん大きくなっていって、群衆全体を包むシュプレヒコールへと発展する。

 やりすぎだと思う人が少数いたとしても、その流れを止めることはかなわない。

 この激流は、確かな成果を生み出さないことには止まらない。

 少年の死をもってしか……。

 

 ――けれど、それを止めたのは、輪の中心にいるセイバーの、ひと睨みであった。

 

 常人には発せぬ剣幕でひと撫でされ、一斉に声を発するのをやめる群衆。

「あなた方は、いったい何を見ていたのか? 今、あなた方が壊そうとしているのは、そこまで邪悪な存在なのでしょうか? ここにいたのは、一人の怯えた童ではなかったのでしょうか?」

 セイバーは問いかける。

 そして、激憤の表情を、和らげて彼がいつも見せているような優しい顔に変えて、群衆に懇願する。

「先ほどまでのあなた方と一緒に怯えていたではありませんか。なのに、一度優位に立ったら、その一人に途端に攻撃的になる。そんな悲しいことはないでしょう。例え、原因が彼にあるとしても、きちんとやり直すチャンスを与えてはいただけないでござるか?」

 人々の反応はそれぞれであった。

 いまだ怒りの感情を持ちながらも、それを一人の少年に向けようとしたことを恥じ入り顔を伏せる。

 セイバーの柔らかな表情にほだされて、少年のことを許すことにする。

 一人の少年のことなどに興味を失い、この惨状を修復するための苦労を想像して、天にため息をつく。

 その反応を見届けたのち、セイバーは少年を抱えたまま跳躍した。

 神無の元に戻ってきて、早々。

「神無殿、申し訳ないが……」

「うん、セイバーは早く戻って。波彦くんが待ってるんでしょ」

 神無に見透かされていることを知って、セイバーは敵わないなと小さく笑む。

「この子のことは、あたしが責任を持って見ておきます。だから早くいってあげて」

「感謝します」

 セイバーは少年を神無に預けると、一礼して、その場を後にする。

 自分と主人との間に確かにある繋がりに導かれるままに。

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