波彦が、ほとんど手掛かりもなく、バーサーカーの元にたどり着いたとき、そこは住宅街ではなく、昨日見た石造りの球技場の形をとっていた。
それだけで、セイバーがバーサーカーとの交戦を打ち切りにして駅前に向かうことができた理由が分かった。そして、キャスターがその詳細を語らなかったわけも。
「そんな余計な気回さなくても……」
そして、波彦が到着するとほぼ同時、セイバーが合流する。
「セイバー」
「マスター殿」
すごく久しぶりにセイバーの顔を見た気がした。
そのセイバーは、波彦の顔を見て、何やら驚いているようだった。
「よし、時間稼ぎは終了ってとこだな。アーチャー決めろ」
「りょうかい」
「んじゃ、とどめだー」
今まで、双子のパスワークを持って保持し続けていたゴムボールは、一気にゴールに叩き込まれた。
彼らは、宝具の効果の中にある競技中の直接攻撃不可のルールを利用して、ボールをこね続けることで時間稼ぎをしていたようだ。
なんとなく、バーサーカーがフラストレーションを溜めているような気がする。狼だから、表情の違いなんて、さほど分からないけれども。
いままでのイライラを晴らすためか、バーサーカーがアーチャーに狙いを定める。
身を縮めて脚力を溜め、アーチャーに襲い掛かる。
「アーチャー、足止めご苦労様でした。ここからは、拙者が代わりを務めます」
しかし、アーチャーの宝具によって弱体化した攻撃力を、セイバーが容易く受け止める。
「たのんだー」
「せっきんせんはにがてだもんなー」
そこから、セイバーとバーサーカーの攻防が始まる。
動きではセイバーが圧倒している。
バーサーカーの爪と牙の猛攻を何事もないようにさばき、その隙に三度の剣戟を見舞わせる。
だが、バーサーカーの強靭な肉体が、その全てを弾いて傷を負わせることができない。
「厄介な破壊の能力が失われた。これは、バーサーカーのマスターを無力化したことによる産物だろう。そして、アーチャーの宝具により、身体能力も大幅に削ぎ落した」
如月が状況の分析を始める。
わざわざ言葉に出しているのは、波彦に聞かせるためだろう。
「バーサーカーに攻撃能力は、ほぼ残っていない。にも関わらず勝敗は遠いように見える。あいつの真の強さは、攻撃の多くをマスターの力に頼っていたからこその、防御力の高さにあるってわけだ。そして、それこそがバーサーカー自身の宝具による効果であると見た」
宝具。すなわち、英霊固有の能力由来であるということ。
そうであるならば、真名を解き明かし、能力の真髄に迫ることこそが、バーサーカーの攻略の鍵になる。
そして波彦は、キャスターがそれを解き明かし、バーサーカーを倒すためにと託したものを持っている。
「俺がバーサーカーにとっての『銀の弾丸』を持ってきた。確実にあてるためのアイデアもある。だから、協力してくれないか?」
波彦は如月に対して提案をする。
正直、まだ如月とアーチャーに対しての恐怖心は拭えていない。
それでも、恐怖を越える使命感により、精神は麻痺している。
自分が至らないことを知っている。
一人では何もできないことを知っている。
それでも、セイバーのためにできることを必死で考えて、今この場所に立っている。
ならば、利用できるものの全てを利用して、それをなす。
それが例え、昨晩に自分の命を狙ってきた相手と協力することであったとしても。
「ほう、それは面白そうだ。聞かせてもらえるか」
波彦の提案に乗ってくる如月。
待っていたと、波彦は説明と下準備を始める。
キャスターから渡された包みの中に入っていたものは二つ。
バーサーカーの弱点となる一つの武器と、その説明となるキャスターが書き綴ったバーサーカーの正体。
波彦は、ここに来るまでに、その手紙に目を通していた。
『おそらく、かの狼の真名はリュカーオン王。最古の狼男である』
リュカオーン。
ギリシャ神話に登場する、アルカディアにて、地上最初の都市国家リュコスーラをつくりあげた最古の王。
王としての偉大な面もあるが、民に圧政をしいた邪悪で暴虐な暴君としての面が、よく知られている。
そんな彼が治めるリュコスーラに、ある日ギリシャ神話の主神であるゼウスが訪れる。
リュカオーンはゼウスに対して、本当に神かどうか試すべく就寝中の暗殺を試みたり、人肉食を食卓に振る舞うなどして、激怒させた。
その結果、狼の姿に変えられてしまった。
神話の時代に登場する人類最古の人狼である。
『この結論に至ったピースは二つ。
一つは、二足歩行を行っている狼であること。この点は、単なる狼の英霊ではなく狼男であると知らされているようなものだ。
もう一つは、近頃広まっている大きな狼が赤ん坊を食べるという都市伝説。リュカオーンには、ゼウスへの供儀のために人間の赤子を用いたという逸話がある。これが宝具発動のキーになっている可能性が高い。
とはいえ、これは推測の域を出ない話なので、バーサーカーが絶対的にリュカオーンだという確証には至らない』
波彦の持ってきたバーサーカーの弱点をつく武器が、アーチャーに預けられる。
アーチャーは、バーサーカーとセイバーの攻防の中、それの投擲のタイミングを見計らっている。
波彦も、アーチャーの動きを固唾を飲んで見守る。
『だが、バーサーカーがリュカオーンであろうとなかろうと、それは些事である。重要なのは、狼男だという推測。
リュカオーンについて残されているのは、狼になるまでの伝承であり、狼になってからの記述は少ない。このため、狼男となってからの能力は、ギリシャ神話成立後に残された、狼男の伝承の逆輸入を受けているのだと思われる。
いわく、リュカオーンは人類最古の狼男である。ならば、狼男の特性をもってしかるべきだ。そういう認識を持つ霊器へと至った可能性が高い。
そして、狼男の弱点といえば、かつて制作された映画の影響から銀製の武器だと人々の脳裏に刻み込まれた。だから、ワシがすぐに用意できるもののうち、最も攻撃力がありそうなものを選んでおいた』
アーチャーが『銀のナイフ』を、バーサーカーに向かって投擲する。
そう。これこそが、キャスターが波彦に託した、バーサーカー打倒のための特効薬。
あの屋敷にあった銀食器のセットの中から、最も武器として通用しそうな白銀のナイフ。
ナイフは街灯の明かりを浴び、怪しく煌めきながら、バーサーカーに向けて一直線に襲い掛かる。
しかし、弱点であることを誰よりも認識して、先ほどからずっとアーチャーの方に意識を向けていた銀狼は、これにいち早く反応してその射線から身を逸らす。
「今だ! 曲がれぇええええええええええ!」
バーサーカーが回避行動を取るのは、最初から予想できていたことだった。だから、投擲はアーチャーにしてもらうが、最終的な軌道の調整は波彦が行うということを、事前に打ち合わせておいた。
軌道の調整に用いるのは、波彦にしかない念動力。
今出せる最大の集中力をナイフの一本に注ぎ込み、バーサーカーの回避に対して後出しで、ナイフの軌道を曲げる。
ゥオオオ……オォ……。
その結果、見事にその巨体の横っ腹にヒットした。
今まで、どんな攻撃によっても傷を負うことのなかったバーサーカーの身体に『銀のナイフ』が突き立って、その肉を抉っている。
アーチャーの宝具の効果を受けたときにも比べて、明らかに弱っているのが見て取れる。
「セイバー、後は任せた」
「任されました、マスター殿。必ずや、バーサーカーを討ち取って見せましょう」
セイバーは、その約束を果たすために、動きの鈍くなったバーサーカーに対して、自らの宝具を打ち込むために距離を詰める。
セイバー――塚原卜伝は、剣術を極めたがゆえに『剣聖』と呼ばれるまでの伝説となり、座に登録されることになった戦国時代の剣豪である。
剣術一家に生まれ、その才能を英才教育によって伸ばし、若くして名を上げるために数多の戦場を駆け抜けて、負傷不敗の活躍を果たす。
しかし、あまりにも多すぎる死に触れたがために、精神を害して廃人寸前にまで追い込まれる。
その様を見た養父の勧めにより、鹿島神宮にて千日の修行を行った。
かつて、自らの名を上げるため人を殺すために振るった剣を、平和のため人を活かすために剣を振ることに改める。
それを成すために編み出した奥義こそ、セイバーの宝具。
「鹿島新当流奥義・一之太刀」
フツ、と刃が走る。
ただ鍛え上げた、その技量のみにより到達した最適解の剣線。
弱り切ったバーサーカーには、これを回避するための手段も、受け止めるための膂力も残されていない。
否、受け止めようとしても、一切の無駄なく放たれる斬撃は、その爪すらも纏めて切り伏せていたのであろう。
結果として残ったのは、真っ二つに切り裂かれたバーサーカーの肉体。
やがてそれも、あるべき場所に戻るかのように、光の渦に巻かれて消滅していった。