二人の不幸な少年の話をしよう。
彼ら二人には現在、洋館の一室が貸されている。
一人は、アサシンに襲われていたところを神無とランサーに助けられた少年。名前を、小林圭人という。
その一件により、両親を失い、身寄りをなくしてしまう。頼るところもなく困っていたので、洋館の客間の中から余っていた一室を使ってもらっている。
完全なる被害者であって、聖杯戦争には無関係な存在。なので、彼の前では聖杯戦争に関することを話さないというのは、館住民の暗黙の了解となっていた。
とはいえ、両親をなくしたショックから気を持ち直した今では、食事を一緒に取っていたりする。
「おいしいです!」
屈託のない無垢な笑顔で食事を褒める。
「良かった」
作った本人である弥生は、いつもの情動の少ない返事。
「ほんと、弥生ちゃんの料理おいしいよね。プロ級?」
「そこまでは。ずっと一人暮らししてきたから」
「なになにー、照れちゃってるの」
なんて、神無が弥生をからかおうとしているが、波彦にとっては弥生の表情の変化が分からない。どうやって、見分けているのだろうか。
「本当に、今こうして生きていられて、夢みたいです」
幸薄そうな顔で、苦労人なセリフをはく圭人少年。その顔を見て、大きな安心感や達成感を覚える。
というのは、おそらく、彼の中に戦ったことで取り戻した日常や平穏というのを見ているからだろう。波彦以外にとっても同じ効果があるはずだ。
ずっと張りつめていては、どんなに強靭な糸であっても、いつかはちぎれてしまう。心を休める時間は絶対に必要になる。そういう意味では、圭人が屋敷にいるということは、むしろ波彦たちにとっての救いになっているのかもしれない。
もう一人の少年の名は犬吠埼睦月。バーサーカーのマスターだった少年である。
気を失った状態で洋館に連れてこられた。だが、たった今意識を取り戻したという報告を受けて、波彦たちは彼の様子を見舞いに訪れていた。
その部屋は既に、割れた蛍光灯の破片が散らばった状態にあった。
昼間ながらに薄暗がりな中で、睦月は絶望的な苦悶の表情を浮かべて、ベッドから腰を浮かせた状態であった。
「睦月殿……」
おそるおそるといった表情で、セイバーが声をかける。
「なんで、僕の名前を? 誰?」
「すみません。所持品を勝手に見させてもらいました。拙者の名は、セイバーと呼んでください」
「セイバー?」
「はい」
穏やかな表情で近寄ろうとするセイバーに、睦月の警戒心はほどけない。一歩近づこうとするごとに強まって、ベッドに触れるくらいの距離まで近づいたときに、
「近づくなっ!」
と強い一言。
と同時にセイバーが刀を抜き、払ってから、また鞘に戻す。
「その刀……。そうか、僕を止めてくれたのは、セイバーさんなんですね?」
背後からの一撃で気を失わせたと言っていたけれど、もしかしたらその瞬間に刀身の煌めきを見たか、それとも金属の冷たい感触を打たれた箇所に感じていたのか。
「お願いします。その刀で、僕のことを殺してはくれませんか?」
波彦よりも若い少年が、本気で懇願する。
その言葉からは、冗談の気配が微塵も感じられない。
誰も何も言えないでいる中、睦月が自分の気持ちの吐露を始める。
「自分は生きていてはいけない人間なんです。価値のない人間なんです。
この眼のせいで、僕はたくさんの人を殺してしまう。
もう既に、取り返しのつかないくらい多くの人を殺してしまった。
色んなものも壊してしまった。
それのせいで、いったい何人の人が辛い目に合っているだろう。そう考えただけで、胸が苦しいのが止まらない。
きっと、みんなが僕のことを恨んでいる。それが分かるんです。
あの交差点で気を失って倒れていくとき、もしここから目覚めたとき、この眼が無くなっていれば……って考えてたけど、現実は甘くなかった」
部屋の蛍光灯を壊して、その現実を知ったのだろう。
よく見れば、眼の近くを引っ掻いたであろう痕があった。その眼を繰り出してしまおうなんて、考えたのかもしれない。けれど、反射的に自分の身を守ろうとして、結果その周辺を傷つけるだけに至った。
「僕は生きているだけで、何かの拍子に、誰かを壊してしまう。
そんなのが、この世にいちゃいけないんだ。
母さんも、この手にかけて、僕が生きているなんておかしい。
だから、どうか殺してくれませんか?」
少年は絶望の淵にいた。
取り返しのつかない罪を犯してしまったことに。
もはや、この世のどこにも自分の居場所がないということに。
その若さにして、行き詰った自分の人生に絶望を覚えていた。
波彦も、同じ立場にあったとすれば、同じ考えに至っていたかもしれない。
――パシーンと、セイバーが睦月の頬を強く叩いた。
そのことに、睦月も波彦も、セイバー以外のその場にいた全員が驚きの顔を見せていた。
睦月は、弾かれた頬に手を添えながら、怯えたような表情でセイバーに目をやる。
激昂の表情がそこにあると思っていたのだろう。
そこには、優しく微笑みかける年長者の顔があった。
「睦月殿は、多くの人を殺してしまったとおっしゃっていましたね。拙者は、睦月殿なんて比じゃないくらいの人を生前殺めました。それも、自らの意思をもってして、この手で直接」
その目は遠い場所を見るかのように。
「ずっとそれが正しいと思ってやってきました。けれど、拙者の心にも睦月殿と同じようにガタが来る時がありました。
それは本当に正しかったのかと考えてしまう。考えてしまうとその沼からは、そう簡単に抜け出すことができない。
殺した人の命の重みを、今更ながらに痛感して、何度も嘔吐を繰り返す。
断末魔が頭の中でこだまする。
人々の怨嗟の声が、夢の中で響く。
そうなると、もうどうしようもなくなって、死んでしまった方がいいと思って、けれど思いきれなくて、そんな生きながらにして死んでいる時期がありました。
そのとき、救ってくれた人が同じようにしてくれたのでござるよ」
腫れた頬をおさえる睦月の手の上に、セイバーが手を重ねる。
「確かに、人を殺めたという罪は、決して消えません。
けれど、それで自死を選ぶというのは、失われた彼らの命にも不誠実な行いだと拙者は思うのです。
絶望の淵から救われた後、拙者は心を改めるために剣の修行をし直すことにいたしました。
ただ、今までのような人を殺めるために振るう兵法の剣ではなく、人々を活かし平和を説くための平法の剣を。
そして、それを広めるために残りの人生のすべてを使いました」
きっと、簡単なことではない。
ともすれば、ここで死んでしまった方が、遥かに楽だろう。
それでも、セイバーは睦月がそうすることを許さない。
「命を粗末にしてはいけません。やり直しましょう」
「やり直せるのかな?」
「もちろん、拙者だってやり直せたのです。できない道理はありません」
「この眼が暴走した時は……」
「そのときは、拙者が止めましょう。見たでしょう先ほど力を切り裂いたのを。この眼は、その再修行の際に天から授かったのです。きっと、このようなときのために」
「……やり直していいのかな?」
セイバーは、その問いの答えは決まり切っているとばかりに言葉で返すことはせず、ポンと睦月の頭の上に優しく手を置く。
睦月の目からは、自然と涙が流れていく。何人もの人の命に手をかけたとは思えない、とても優しい眼をしていた。