洋館内の空気は重たかった。
その原因となっているのは、セイバーとキャスター。二人のサーヴァントによるものである。
そもそもからして、ライダーとの邂逅から屋敷に戻る際の雰囲気も暗かったのである。
セイバーは、あれからずっと思いつめた顔をしている。
屋敷への帰り道でも同じ調子だった。
帰り道の重い空気に耐えかねて、適当に気の利いたことでも言おうと波彦が口を開きかけたが、セイバーが纏っている張り詰めた空気の前に思わず引っ込めた。
屋敷に戻り、圭人をベッドに寝かせ、居間へと向かう。
「キャスター殿、あなたはこうなることを予期していましたね?」
セイバーは開口一番に、キャスターに問いかける。
「こうなる可能性は大いに有りうる。とは、考えていた」
キャスターは厳かに首を縦に振る。
「弥生殿は、あなたのマスターでしょう?」
「ああ」
「サーヴァントは、マスターのことを守るべきものです」
「いかにも。ワシは弥生くんの願い出を尊重して、守ってやりたかった」
キャスターの迷いない口調に、セイバーも少しだけ気圧されたようになる。
「彼女の願いが、自らの破滅を招くものだったとしてもですか?」
「リスクを冒さなければ手に入らないものが、この世には多く存在する」
互いに自らの主張にこそ、正当性があると信じている。
だから、一歩も引く意思はない。
二人の間には、平行線が引かれている。
このまま続けるのならば、二人は自らの正義を示すために力を振るわなければいけなくなっていた。それは、すなわち同盟の決裂に他ならない。
「キャスター殿、あなたの主張はよく分かりました。その中には正しさも含まれていると思います。しかし、拙者は、その意見が全面的な正しさを持っているとは思えません。けれど、もうこれ以上の口出しはいたしません」
一定の理解を示しつつも、意見が平行線にあることの訂正はしないセイバー。
その後、彼は言葉の通りに口を閉ざし、求められない限りは自らの意思を口に出さないように努めた。
「あーえっと、実は弥生ちゃんの居場所――ライダー陣営の本拠地については、もう掴めてるんだよね」
険悪な空気を伺いながら、神無が慎重に発言する。
「千里眼って、ああいう移動も追えるの?」
波彦は、かつては自分も、セイバーの高機動で夜の中を飛び回っていたのを彼女の千里眼によって、追われていたのを思い出した。
「いや、神無くんの千里眼は視界を自由に飛ばす能力。ゆえに、次元跳躍級の移動を捉えることはできない。弥生くんの居場所は、ワシとのパスを使って追ったのだ」
バーサーカーの夜に波彦がセイバーとのつながりを辿って、戦場に導かれたのと同様に。
「相手もそのことは失念していたらしいな。君たちが帰ってくるまでに、ワシが弥生くんのいる大体の場所を割り出して、神無くんに探してもらっていた」
「すぐに見つけることができたよ。すごいことになってたからね」
「すごいこと?」
思わず波彦が内容を聞こうと言葉の一部を返すと、神無は鼻高々になって答えた。
「街の外れに建設が途中で止まっちゃったビルあるじゃない?」
「ああ、あのなんで造ろうと思ったんだって噂の」
「あそこの中が、平安貴族の御殿みたいな感じになってる」
その言葉を聞いて、波彦はよほど怪訝な顔をしてしまっていたらしく、神無からの指摘を受ける。
「疑ってる?」
「そりゃまあ」
「あたしも最初シートの中をくぐってみたときは、千里眼バグったって思ったけどさ。でもこれが本当なんだよね。そんでもって、弥生ちゃんは今、その御殿の中の座敷牢みたいな部屋に捕らえられてる」
波彦は思わず真偽確認のために、キャスターの顔を伺う。
「神無くんの言っていることは、本当のことだ。ワシは直接見たわけではないが」
本当になんでもありなんだな、聖杯戦争。と感じ入る。
「それじゃあ、早く助けに行かないと」
当然のことのように、セイバーを連れて弥生の救出に乗り出そうとする波彦。
「いや、そのことなのだが……」
と、それを止めたのはキャスターだった。
「弥生くんの無事は、しばらくの間は保証されているはずだ。だから、しっかりと準備をしてからにしよう」
彼のその提案は、弥生のことを蔑ろにしているように感じられたらしく、セイバーが無意識に発している圧が一段高まった気がした。
それに対しての弁明のような言葉をキャスターが続ける。
「ライダー陣営だって、弥生くんを生かしておいたなら居場所がバレることは分かっていたはず。なのに、そのリスクを犯してまで座敷牢に繋いでいるということは――」
「あたしたちが乗り込んでくるときを待っているということね」
「そういうことだろう。波彦くんたちが乗り込むのを待ち構えていて、迎撃する準備ができているという意思表示だと読み替えてもいい」
「えっと、じゃあどうすればいいんだ?」
「ワシらは、持てる情報を練り尽くして、彼らの意表を突く策を考えなければならない。そして、その考えている時間が、待ち構えている相手の精神をジリジリと削るはずだ」
そうして、波彦たちは当初の予定通りに物資の補給をしつつ、陽が落ちるまで弥生救出の侵入ルートなどについて話し合うことにした。
結果としてみると、この選択は間違っていたことになる。
だが、誰が予想できるだろうか?
弥生を攫ったのは、ただの無策からで、相手も時間経過を待っていたなんてこと。
波彦とセイバーは、夜の落とす影に紛れるようにしながら、ライダー陣営の拠点である建設を途中で止めてしまったビルの様子を伺う。
「なるほど、確かに外からでは、内装がとんでもないことになっているだなんて、思いもよらないだろうな」
灰色のシートに遮られていて、中の様子が秘匿されている。
「セイバー、準備は大丈夫?」
「はい、いつでも問題ありません」
結局、このビルには、こっそり侵入できるような裏口はなかったので、正面から突入をするということになった。壁を登って、途中階から入ることはできなくもないが、敵側の索敵を逃れることは困難で、特にメリットも感じられないとのこと。
なので、一番いいのは一直線に弥生の元に向かうこと。次善策として、少し撹乱する動きを入れながら弥生の元に向かうこと。
余った時間で波彦は、この建物の地図を頭の中に叩き込まされることになった。
お陰様で、灰色と夜の闇に閉ざされている建物の輪郭だけで、弥生のいる座敷牢が大体どこにあるのかを想像できるまでになっていた。
「よし、じゃあ行こう!」
意を決して、セイバーと二人で建物の中に入り込む。
入り口にトラップは仕掛けられていなかった。
入った瞬間の違和感もなかった。
違和感は侵入後、すぐの瞬間。
「明るい……」
眩いほどではない。
けれど、外の光を一切取り込んでいないはずの室内で、しっかりした光量ではっきりとモノが見える。
もちろん、どこかに光源があるのだろうと、室内を見回した。
しかし、どこにもそれらしきものはない。
聞いていたとおりの和室。
板張りの間。木目が美しく見えるように漆を塗られているのだろうか。
金色に輝く襖に、次の部屋が遮られている。
調度品は最低限に留められている。
空間に和の空気が充満しているように感じられる。
それだけなら、ただの大きめの和室で片が付くのだが、前述の通り光源もなしに、部屋全体がほの明るいことが波彦の中の違和感を掻き立てる。
部屋全体が均等に明るくされているために、空間自体が発光しているような錯覚を覚える。
「マスター殿、待ち伏せられていました」
ひととき、その不思議な光景に目を奪われていた波彦を、セイバーの声が呼び覚ます。
「えっ、ライダーはどこに?」
「源流的に似た気配ですが、違うと思われます」
「じゃあ、一体……?」
波彦は、うす明かりの中に目を凝らす。
左……いない。右……いない。
そして、正面に人影を見つけると同時、それはこちらに飛びかかってきた。
気が付くと、人影が突き出した槍をセイバーが受け止めている光景。
弾き飛ばして、波彦から遠ざける。
そのまま畳み掛けるように刃を放つ。
しかし、今度は逆に避けられて反撃の一撃を、刀の腹で受けることになった。
また、あのランサー戦の時と同じ。波彦には正しく認識できないレベルの攻防。
「何者かは存じませんが、やりますね」
ライダーの拠点を防衛する謎の槍使い。
その顔は霞んでいるように見ることができない。
装いは、純潔を示すような一切の汚れのない白い衣。
不明な存在ではあるが、その実力は確か。
技量と身体能力は、セイバーと同等程度にあるように思われる。
苦戦必須な相手なのだろうが、ここで時間を使っている余裕はない。
「セイバー、なるべく急がないと」
「承知しております」
意を決した顔でセイバーは、白い槍使いに向かっていく。
音の速さで向かってくるセイバーに対しての槍使いの返答は、突きと払いの結界。
それは、いくらセイバーが速かろうが、まともに突っ込めば回避できない見事なまでの槍裁きであった。
けれども、セイバーは減速することなく、その領域に臆することなく潜り込む。
すると、不思議なことが起こる。
槍の結界がセイバーの居場所だけを避けるように歪められる。さながら、水中から浮かび上がる空気の泡のように。
セイバーの持つ相手の武器による攻撃に対する回避スキル。しかし、彼はこれを使うのをあまり好まない。
生前は勿論このような異能を所持していなかったため、技量でもって敵の攻撃を避ける戦い方をしていた。けれど、このスキルを積極的に使うということは、すなわち敵の攻撃が当たるように戦うということである。
そのような綱渡りのような戦い方は好まない。
けれど、迅速に戦いを収めるための手段として用いた。いくら理屈では避けられると分かっていても、付け焼き刃のスキルに全幅の信頼は寄せきれない。精神が無視のできない消耗をする。
槍使いの懐まで、そのまま全速力で駆け抜けて、一刀の元に切り伏せて無力化する。
刀を腰の鞘に納めて、額の冷や汗を手の甲で拭い去る。
「さあ、行きましょうか、マスター殿」
「ああ、そうだなセイバー。早くここを離れないとマズい……」
怪訝な顔をするセイバーに対して、波彦は部屋を見回す。
その視線を追うようにセイバーも見ていって気付く。
先程、セイバーが倒した白衣装と同じ格好の者たちに囲まれていた。少なく見積もって二十はいるだろう。
一人の対処でさえ、かなり困らされていたほどの腕前。二十はもはや相手にできる数ではない。
そして、その倒したはずの一人さえ、斬られた箇所をかばいながらも、ゆっくりと立ち上がってくる。
「付いてきてください」
セイバーは迫りくる二十の敵の輪の一箇所を、刀を斬り払いながら一瞬だけ逃げ出すための隙を生み出す。波彦は無我夢中で、繰り出される槍や刀をかいくぐり、セイバーの後ろに付いていく。
玄関広間から抜け出すと、迷路のように張り巡らされた板張りの廊下に出る。弥生のいる階層に至るために、上層への階段を探す。
けれど、相手方もそれを易易とは許してくれない。
当然、後ろからは振り払ってきた白装束たちの走りくる音が床板に響く。
その他に、出会い頭で刀を振りかぶってくるもの、少しだけ開けたところでは膝上の高さを横薙ぎに槍で払ってくるもの、なんかがいた。
しかし、それらもセイバーが刀の一振りで攻撃を受け止め、その間に隣をすり抜けていく。
利便性よりも、侵入してきた敵に嫌がらせすることを重視した建築らしく、階段はひとところには固まっておらず、一階層昇るごとにフロアに隠された次の階段を探さなければいけなかった。
そして、弥生の監禁されている階にまでたどり着いたのだけれど。
「ここは特に敵の数が多いな」
守りの要所だけあってか、白装束の強襲が頻繁にあり、玄関広場の二十より多い数が廊下に立ち並ぶ。
後ろからは、これまで巻いてきた者たちの追ってくる足音が迫ってくる。
「このままでは挟み撃ちにされてしまいます。残念ですが、一度そこの階段を登りましょう」
ちょうど良いところに配置されていた階段を使って、一度その場を切り抜ける。
合間を見計らって、また階段を降りてこようと思っていたのだが、中々そうはいかず、波彦たちは気付けば上へ上へと追い詰められていった。
「どうやら、最初からここに誘導するつもりだったみたいですね」
最後の階段を登った先にある扉を開くと、空が開けた場所に出た。
そこは、このライダーの築いた城の屋上。
端っこの方に頼りなく一人立っているライダーのマスターと、中空に浮かぶ豪奢な馬車のような乗り物の姿がそこにはあった。
そして、夜空の景色の果てしない違和感。
「月が二つ……」
波彦が思わず漏らしてしまった言葉の通り、ライダーたちを挟むように、大きな二つの満月が浮かんでいた。
夜空に描かれた二つの大きな円は、まるで大いなる存在の目のようで、何者かに常に視線を向けられているような、居心地の悪さを感じさせる。
「よく来たわね。正直、ここに来るまでに倒されてくれてると楽で良かったんだけど……」
波彦たち目掛けて、人差し指を向けてくる少女。
「まあまあ、マスター様。そんなことになっては、興ざめもいいところではありませんか」
二つ目の声は、車の中より聞こえてくる。
「よくぞいらっしゃいました。セイバーとそのマスターさん。歓迎いたしますわ」
「随分な歓迎だったように思いますが」
「そこは、当然のように切り抜けてきていただけるものと思って、配置していましたので、許して下さいまし」
そんな余裕の受け答えをしているライダーに対して、マスターの少女は、
「えっ、全力で潰しに行く手はずだったんじゃなかった?」
と不満げな声を漏らすが、当のライダーはどこ吹く風。
「ふふ、それでは妾自ら相手をして差し上げましょう」
神々しく車の戸が開いて、そこから輝きを纏ったライダーが姿を現す。
波彦は今朝のことを思い出して、全体像を見ようとしていた自分の目を制して、彼女の瞳を視界に収めないように少し俯く。
装いが変わっている様子はない。けれど、月明かりの下、妖艶な美貌が輝きを増しているように感じられる。
「それでは失礼いたします」
軽く空を掻くように、ライダーが波彦らに向けて腕を横薙ぎに振るう。
それと同時、セイバーがその横薙ぎを受け止めるような軌道で刀を振るう。
直後、波彦らのいる場所の両隣の床板の幾つかが、半ばでスパリと切断される。
「天人たちを、戦闘に呼ぶことはありませんから安心なさってください」
「それは助かります」
セイバーは階段から、追ってきていた白装束たちの足音が聞こえなくなったことを確認してから、空に佇むライダーの元に向かって跳ぶ。
それに対して、ライダーはすいーっと、中空を自在に移動して避けようとする。
ライダーの元々いた場所に向かって跳んでいたセイバーの体は、その結果何もない空を目指す。しかし、ライダーのいる高さを越えたところで、身体を捻り何もないはずの空の一点を踏みしめて、方向転換しながら加速する。
ライダーは咄嗟に右手をセイバーに向けて、先程も振るった魔力の刃を幾つか放って迎え撃つ。
それをセイバーは、一息で切り払いながらライダーの元に迫る。
首に向けて放たれる一刀。ライダーは左手を犠牲にして、それを受け止める。手首の半ばまで刃が進んだところで下に振り払い、剣閃を自らの身体から逸らす。
しかし、その代償として、左手が親指だけを残して失われてしまう。
「ちょっと、大丈夫なのライダー?」
不安げなマスターの声を無視して、楽しそうに微笑む着物の美女。自らの手から吹き出す血で召し物が汚れるのを嫌って、傷口を外に向け身体から離した状態。
「思っていたよりも、よっぽどやるではありませんか。これはかなり楽しめそうですね」
残っている右手の人差し指で、左手の傷口をすすすっとなぞっていく。
すると、抜けた歯が生え変わるように、新しい左手が生み出され、傷など元々なかったかのように継ぎ目一つなく復元される。
「まるで、妖魔の類ですね」
「心外でございます。単なる少し高度なだけの魔術ですよ」
「さて、どれだけ斬れば戻せなくなるのやら」
「ぜひ試してみてください」
仕切り直し、攻防が再開される。
その後しばらく、向かってくるセイバーに対してライダーが魔術で対抗するが、抗しきれずに傷を与えられる。しかし、ライダーの不思議な治癒術により、実質的なダメージは与えられていない。という構図が続いた。
我慢比べに、先に耐えきれなくなったのはライダーの方だった。
ただそれは、力尽きるということではなく、
「飽きました」
という精神的なところだった。
戦闘中に発するには素っ頓狂なセリフに、その場にいる面々が面食らう。
だが、決して強がりなニュアンスは含まれていない、心からの余裕が感じられる口調だった。
「だとすれば、腹の探り合いはこれまでにして、宝具で決着を付けましょうか?」
「ええ、妾もそのように思っておりました。もう終わりにしましょう」
いつの間にか、ライダーの後ろに数人の白装束が控えていた。
彼ら数人は、夜の闇にも汚されない純白の衣を広げて立っていた。
「正直に言いますと、この手段はつまらなくなるので、使いたくはなかったのですが……」
ライダーは、ふとマスターの少女の方に目をやる。
「マスター様、あとのことはお任せいたしましたよ」
「へっ? ちょっと待って、それってどういうこと?」
急に不穏な言葉を聞かされた少女は、慌てて自らの従者を問いただす。
けれど、何度も繰り返された通りに素知らぬフリで、行動を続ける。
ライダーは両の手を中空に広げる。着物の袖が、夜に吹く風にたなびく。
白装束たちが、うやうやしく近寄って行き、ライダーの身体にそっと被せるように、純白の衣を羽織らせた。
直後、空が瞬きの間だけ眩い白光に覆われた。
発光が終わった後、その場に残されたライダーの装いが変わっていた。
妖艶さを醸していた着物のグラデーションが消え去り、神々しささえ感じさせる真白が空に浮いていた。
その姿は、まるで夜空に浮かんだ三つ目の月のようであった。
ふわりと無垢な笑顔をセイバーに向ける。
「はじめまして。消えてくださいまし」
しなやかに手をセイバーの方に差し向ける。
すると、突如セイバーの周囲の空から、深く皺の刻まれた妙齢の樹の枝が幾つも生まれでてくる。それらは、質量を増すように太く伸びて、セイバーの身体を絡め取るように迫ってくる。
「何、これはっ!?」
急なことにセイバーは一瞬動揺するも、体勢を低く走り抜けて、枝の包囲網をかいくぐる。
しかし、その姿を追うようにライダーの手が振るわれる。
すると、次はセイバーの進行方向を塞ぐように、細く尖った竹の群れが襲いかかる。
セイバーは身体の勢いを止めきれず、丸まり表面積を減らす努力までするが、全ての竹の槍を避けるまでには至らず、腕や腹の何箇所かに突き刺さり、血を流す。
ダメージを与えたここを好機とばかりに、前の樹の枝はそのままに、セイバーの周囲から新たな樹の枝が生えて襲ってくる。
それを見たセイバーは意を決したように、刀を持っている方の腕に刺さった竹を抜き去って一振り。
身体に刺さっている竹を半ばから切断して自由を取り戻すと、途中を塞ぐ枝を切り払いながら、波彦の元に駆け寄ってくる。
「マスター殿、一度引きましょう!」
「おっ、おう。分かった」
差し出された手に、波彦は咄嗟に自らの右手を伸ばし返す。
セイバーは、波彦の腕を抜けかねない強さで引き寄せ、その身体を抱え込む。
そして、いつかの夜のように、波彦を抱えたまま、ライダーの居城から夜の空に向かって跳び出す。
「あなたがちゃんと仕留めないから、逃げられちゃったじゃない!」
まんまと逃げおおせたセイバーたちの姿を遠くに見やりながら、葉月はライダーに文句を言う。
それに対して、ここまでのライダーであれば皮肉の一つも返していたであろう。
けれど、今の白の衣装に生まれ変わったライダーはひとまず、
「はじめまして。あなたが妾のマスター様でございますね?」
邪気を一切まとわぬ声で質問をする。
「え……ええ、そうよ」
葉月は、今更な話をするライダーに動揺しながらも、威厳を保とうとする。
「あのような小物一つ構いません。今から街を蹂躙いたします」
「その小物に苦戦していたのは、誰だったのかしら?」
「そうですっ! マスター様も、妾の車に一緒に乗りにいらっしゃいませんか?」
「…………遠慮しておくわ」
今までよりも葉月に対して、一見親切そうに見える。しかし、今までに増してマイペースで、こちらの言葉が通じていないような言葉のやり取りに、思わず寒気を感じる。
「そうですか、それは残念です」
無邪気に本当に残念そうな素振りを見せながら、ライダーは車に戻っていく。
夜はまだ始まったばかり。