Fate/Fake Moon Ambition   作:左臼

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2:遭遇戦vsランサー

「お主が拙者のマスターでござるか?」

 驚き、無様に尻もちをついた体勢で固まっていた波彦に再度問いかける侍姿。

 まだ混乱状態にある波彦。絞りだした第一声は、

「マ、……マスター?」

 耳慣れない言葉への疑問だった。

「あら、違いましたか。失敬」

 柔らかな物腰で軽くお辞儀をした後、侍は首を振りきょろきょろと周囲を見渡し、何かを見つけようとする。しかし、目当てのものは見つからなかったよう。

「どうもあなたしか、見当たらないようですが……。この様子だと聖杯戦争のことを知らない? しかし、召喚ができるのは魔術師だけのはず……。……はて?」

 と、独り言を呟きながら、あごに手をあて、首を傾げる。

「そういうことも、あるものなのでしょうか……」

 きょとんと見上げる波彦をよそに、目を閉じて考え事をしていたが、どうにか合点がいったようで、今度こそ、波彦に向き直って一声。

「まあなに、そんな姿勢じゃ、まともに話もできないでしょう。もっと気を抜いてください」

 中腰になって差し出された右手、波彦は思わずそこに手を伸ばす。

 華奢な手に似合わず、しっかりとした力で引き起こされる。

 立ってみて再認識したことだが、侍の背は波彦より低く、今度は見下ろす形となった。

 しかし、むしろ気配、威圧感といったものはなおも大きく感じる。

「さて、何から話したものでしょう? 何から聞きたいですか?」

 軽く波彦を見上げての爽やかな笑み。

 きっと、緊張させないようにとの配慮なのだろうが、むしろいっそうにガチガチになって、何を話せばいいのか、彼が自分に先まで何を言ったのかすら、分からないくらい頭の中は真っ白になってしまう。

 そして、思わず笑われてしまう答えを返してしまう。

「か、かたじけのうござる……」

 

 侍の笑いは三十秒くらいは続いた。地下室に反響していた。

 波彦の顔は思わず赤くなる。

「はははっ、す、すみません。これでも結構こちらも緊張していたんです。けど、拙者のマスター殿はうぇっとの利いたじょーくができる心根の優しそうな人で、ほっとした心持ちになりました」

「もしかして、馬鹿にしてる?」

「滅相もない」

 侍は、どうにか笑いを収め、何事もなかったかのように再び柔らかな目線を向けてくる。

「一から話さなければいけないみたいですが、とりあえずここでは、拙者とあなたの関係にあたるところだけお話ししましょう。以降のことは、また落ち着いた場所で」

 そんな前置きをして、波彦の日常を崩す爆弾を投下する。

「拙者とあなたの関係は主従関係。あなたが主で、拙者が従者でござる」

「しゅ、主従……?」

「はい、ですからこれからはあなたのことをマスター殿とお呼びします。拙者のことはセイバーとお呼びください」

「セイバー?」

「はい、マスター殿。セイバーというのは、従者の司る役職のひとつ。セイバーというのは、さーべる。すなわち西洋の言葉で刀剣を扱う者を意味します」

 といって、その存在を示すように、腰に差した刀をカシャリと鳴らすセイバー。

「この町には、我らと同じように主従関係を結んだものが、後六組いるはずです。彼らは拙者が剣術を扱うように、槍術、弓術など、それぞれの分野に秀でた武人です。そのようなものが、七人も集まってすることが何か分かりますか?」

 急に問いかけられたことに驚きながらも、ここまで順序だてて話されたのなら自明の理というものだった。まさか、武人が七人集まって、茶会を始めるということもあるまい。

「戦うのか?」

「はい、一組になるまで殺し合いをします」

 マイルドな言葉でかわそうとした波彦に、わざと重い現実を突きつけようとするセイバー。目を見ると、まだあの柔らかそうな眼差しなのだが、その奥には強い芯があるように感じた。

「正確には、従者が殺されたチームが脱落していき、最後まで生き残ることを競うものです。ただ、主を殺すことによって同時に従者を殺すことが可能です」

「つまり、俺を殺す方が、セイバーを殺すよりたやすいと思われたら」

「はい、敵がそういう風に打って出ると考えるのは、想像に難くないでしょう」

 これから起きること、これから巻き込まれてしまうだろうことに、目を回しそうになっていた波彦の目の前に、セイバーは注目するようにと人差し指を立てて見せる。

「まとめましょう」

「……はい」

「マスター殿は偶然、この魔法陣を使って拙者を呼び出し、主従関係を結びました。それによって、自動的に従者を用いた殺し合いに巻き込まれてしまうことになりました。今をもって、いつ命を狙われてもおかしくないような状況です」

「はあ……」

「そこで、提案があります」

「というと」

「これだけでは話が不十分ですが、こんなところでは落ち着いて話はできないでしょう。だから、敵の襲撃を払い除け、もっと安全な場所に移動し、ゆっくりと話の続きをしましょう」

 あっけからんと答えるセイバーであったが、波彦はその言葉の中の一部に引っ掛かりを覚える。

「敵の襲撃っていうのは?」

「ええ、外で待ち構えられています。いつ痺れを切らして、ここに入ってこられるか分かりません。そうされると、マスター殿を危険にさらすことになります。だから、こちらから先手を打とうと考えています。いいですね?」

「そ、それでよろしくお願いします」

「マスター殿は、まだいまいちピンと来てないようですからいい機会です。しばらくしたら、戦闘に巻き込まれないように気を付けながら見に来てください。そこで、否が応でも知るでしょう。従者同士の戦い。聖杯戦争がどういったものなのかを」

 ゆっくりとセイバーが歩いて、入口の方に向かいながら、そう言い残していく。

 そして、扉を開けきると同時、波彦には視認できない速度の疾風となって、階段を駆け上がっていった。

 直後、開け放たれたドアの向こうから、キーンと金属同士の打ち合う高い音が鳴り響いてきた。

 その様をあっけとして見ていた波彦。

 しばらく、あの打ち鳴らす音の後に聞こえてきた、幾度かの同種の音色にさらされる。

 そうして、ようやくセイバーの言葉を思い出す。

 見に行かなければと、身体が動き出す。

 セイバーの忠告のような、脅しのような口調の声音が未だに染みていて、心は落ち着かない。トクントクンと普段は意識しない心臓の音がやけにうるさく感じる。

 階段をのぼる。おそらく行きと同じくらいの、のっそりした速度で。

 やがて、外の微かな月明かりが見えてきて、慎重に慎重に、階段の縁から首を出す。

「な、なんだこれ?」

 思っていたものとかけ離れた光景が、そこには広がっていた。

 地下室でも話していた通り、セイバーは襲撃に来た何者かと戦っていた。

 波彦の認識を遥かに超えていたのは、その速度。

 残像しか見えない。

 あのセイバーが、地下室を出ていったときの、人体の限界を凌駕した動き、それがそのままに続いていた。

 互いが一息で十度ずつ攻撃を仕掛け、それを事も無げに防ぎきっている。

「ははっ……」

 いつしか波彦は引きつった笑いを浮かべていた。

 笑うしかなかった。呆れるしかなかった。

 なるほど、これがあのときセイバーのいった従者同士の戦いとは何か。

 普通の人間のような受け答えを見せるセイバーのせいで勘違いしてしまっていた。武人同士の戦いと聞いて、せいぜい達人同士の武術大会のようなものだと思ってしまっていた。例えば、総合格闘技みたいな。

 けれど違った。これは確かに戦争だ。

 彼らは、誇張ではなく一騎当千の力を有している。

 千の力と千の力、それがぶつかりあうのは、もはや試合ではなく戦に等しい。

 セイバーは合計七組の主従がいるといっていた。

 すなわち、これは七つの陣営による生き残りをかけた戦争なのだと、波彦は理解した。

 しばらく激しい打ち合いが続いた後、互いに示し合わせたように、距離を取って止まる。

 この状況になって、ようやく波彦には二人の姿をしっかりと確認できるようになった。

「中々やるでござるな」

 そう言うセイバーには疲れの様子もなければ、傷も一つとて負っていない。

「あなたも。素晴らしい腕だ」

 波彦が初めて姿を確認する相対する敵の姿。

 長身の、新緑を思わせるような出で立ちの青年であった。

 まず目につくのは、全身を覆う萌黄色のローブ。

 一枚の布で構成されていると思われる。

 鮮やかな若芽の色は、こんな人の手にかかった町の中ではなく、大自然の中にあるべき存在なのだと本能で分かる。

 くしゃくしゃと拠れてはいるが、煌びやかなブロンドの長髪は顔の半分程を覆いつくし、彼の表情を悟らせない。だが、隙間から見える鼻の造形から、その顔は非常に整っているだろうことは容易に想像できた。

 そして、右手。

 手首には、金のブレスレットを嵌めている。

 その長い腕の先には、彼の身体ほどの長さのある獲物。

 槍。ただの木の枝のように見える柄に、鉄で作られた鋭い切っ先の穂を差し入れたもの。

 それが、その青年の武器であった。

 刀剣を使うのがセイバーなのだったら、槍を使う彼の呼び名は……

「ランサー、あなたの目は光を写さない。ということ、良いのですね?」

 セイバーがランサーの心を揺さぶるかのように問いかける。

「ええ、生まれつき。ですが、だからと言って手心を加える必要は無用」

「勿論。それを補うだけの技能は、持ち合わせているのでしょうから。ただの確認です」

「掛かってきなさい」

 という会話の通り、セイバーの方から、ランサーに仕掛けた。ように互いのそれまでの立ち位置から推測される。

 落ち着いてみてみると、武器の大きさの違いもあってか、セイバーの方がより素早く動けている。

 そして、恐るべき技量の剣術で、槍の防御を抜けようと果敢に攻め込んでいる。

 だが、ランサーがそれを許さない。

 防戦一方であるが、セイバーの刃の雨を見事に紙一重で防ぎきって見せている。

 セイバーは一つの容赦もなく、何度も死角に周り剣戟を入れようとする。だが、ランサーは自らの獲物で防ぎきれないその刃も、丁寧に避けて傷を受けてはくれない。

 

 その盲目をハンディキャップとしないランサーの見事な身のこなしを直に見て、感心しながらもセイバーは分析をしていた。

 目が見えないことを言葉で確認しながらも、それを疑ってセオリー通りに死角を突く攻撃を何度か繰り返した。

 その結果、ランサーは、右後方・左後方・真後ろ、どこから攻撃を行っても、対面している時と全く変わらないだけの反応を見せた。

 これにて、彼自身の語る通り、ランサーは戦闘の際に、視覚には頼っていないということが、証明される結果となった。

 恐らくは音。

 視覚を失ったからこそ、通常より遥かに発達した聴覚。

 それの捉える音から、この空間にある全てのものの位置と動きを把握している。

 だからこそ、彼には死角が存在しない。

「ならば、これならどうでしょう」

 以上の分析を持って、セイバーは新たな一手を打つ。

 とはいっても、策といえるほどのものでもない。

 ただ単純な話。

 音というのは、空気中では所詮は約340m/sの速さでしか伝わらない。

 だから、それ以上の速さで動いてしまえば、音で探知しているランサーには知覚することはできない。

 当然、音速を越えるなんて生身の人間にはできない。

 サーヴァントだからこそ……いや、並大抵のサーヴァントにもできない。

 非常に優れた敏捷性を持つセイバーだからこそできる滅茶苦茶な打開策。

 だから、これはランサーにとっては、ただ運がなかったという、それだけのこと。

「行きます!」

 馬鹿正直な宣言は、これまでと同じ方法で攻めるように思わせるブラフだったか。それとも、こうも相性の悪いセイバーに出会ってしまったランサーへの同情であったか。

 構える。

 一足飛びに距離を詰める。

 が、その途中。ギアを一時的に引き上げる。

 後一歩というところで、音速を超える急旋回。

 音を置き去りにしながら、ランサーの左側面に回り込む。

 そして、そのまま無常に斬りつける。

 これにて、この戦いはお終い。

 そのはずだった。

 

 ――しかし、待っていたのは余裕の表情で、それを躱すランサーの姿。

 

 セイバーの刃は空を斬る。

 音速の勢いは止まらず、防御姿勢にすぐに移れない。

 ランサーは、その隙を逃さない。

 回避とともに、すぐに攻撃に移れる姿勢を取っていた。

 今、状況は、立場は逆転した。

 数舜前まで絶対の勝利を疑わなかったセイバーの無防備な横腹に、鋭い槍の一撃が放たれた。

 

 ――だが、空間が、因果が捻じれたように、ランサーの槍がセイバーの身体を躱した。

 

 これにはさしものランサーも驚いたようで、咄嗟に追撃を加えられずに、一度距離を取り合うことになる。

「驚いた。完全に一本取ったと思ったのだが……」

「拙者も正直やられたと思ったでござるよ。単純に聴覚が視覚の肩代わりをしていると、どうもそういうわけではないらしいですね」

 互いが互いの力を見誤って、攻撃に失敗した。

 だが、知覚方法という目に見えない武器を隠し持つランサーに対して、明らかに物理法則を変えてみせたセイバーの能力は、もう隠し立てできる状況ではなかった。

 細かい発動条件なんかは分かり切っていないかもしれないが、あえてバラすことによって、不利を悟って、ここを退いてくれるかもしれないと、そう考えた。

「拙者こう見えて、生前は数多の戦場を駆けたのですが、一度も刀傷を受けたことはなくて。どうもそれがこういう風にスキルに昇華されたらしいです」

 先ほどの槍も完全に捉えられてしまっていたが、スキルにより事象が曲げられて、躱さなくても、槍の方が避けてくれることになった。白兵戦において、これほど力を発揮する力はないだろう。

「なるほど、近接攻撃無効ということか……。これは中々厄介だ」

 いっそうに強くなるランサーの放つ気配。

「引きはしないのですか……?」

「引いてほしいということは、多少不利に見えるこの状況も、本当は千載一遇の好機かもしれないだろう?」

「これなら、スキルのことも話さない方が良かったですね」

「では、全力で堕とさせてもらおう」

 ランサーが思い切り後方に下がって、セイバーとの距離を取る。

 そして、目に見えるほどの非常に強い魔力の奔流が、その槍の周りを巡り始めた。

 

「マスター殿、宝具が来ます。拙者の後ろまで来てください!」

 

 完全に傍観者になっていた波彦は、急に呼ばれても、すぐには行動できない。

「宝具?」

 謎の言葉と、遠くに見えるただならぬランサーの放つ気配に、ただ呆然とするばかりで、頭がついていかない。

「いいから早くっ!」

「……おっ、おう」

 セイバーに初めてぶつけられる強い語気に、未だに他人事気分ながらも、咎められたような気分で、少し離れた後方の位置まで、いそいそと移動していく。

「宝具とは、要するに彼の切り札のことです」

 ランサーから、視線を外すようなことは一切せず、波彦の疑問に答える。

 確かに、今までの戦闘とは一線を画すような緊張感が空間を包んでいた。いや、今までの戦闘も波彦の分け入るような余地は、一つもなかったのだけれど。

「マスターを危険から守るためか。サーヴァントとして尊敬する。だが、手は抜かず、全力で放とう。主のことは己が力で守れ」

「当然」

 ランサーの力の奔流が収束し、至高の一撃が放たれようとするその瞬間のことだった。

 

 ――しゅッ……と微かな空気を切り裂く音。

 

 それまで、それ以外の一切の前触れはない。

 しかし、セイバー、ランサーともに、自身に向けられた殺意の塊を撃ち落としてみせた。

「吹き矢でしょうか?」

 刀で弾いたそれの行方を見つめ、矢羽の形状から、通常の弓を使って放たれる矢ではないことが分かった。

 そう、射撃されたのだ。セイバーとランサー同時に。

 二人は波彦から見て、一方は右を、一方は左を向いている。

 すなわち、2本の矢は全く別の方向から放たれたもの。

 これを1人で放つのであれば、音速どころか光速で動く必要があり、それができるなら、わざわざ矢を武器にする必要もないだろう。

「射手は複数ですか……」

 セイバーはすぐに、先ほど矢が飛んできた位置と、波彦の現在位置との中間に立ち、姿を見せない狙撃手への警戒を強める。

「漁夫の利を狙ってのことだろう」

「ええ、悪いがランサー、引いてはくれませんか?」

「そうだな。この戦いを途中にするのは惜しくはあるが、乱入者にかっさらわれるより気分の悪いものはない」

「感謝します」

「この戦いの続きはいずれ。まだ別の機会に」

 それだけ言い残して、ランサーは夜の闇の中に消えていった。

 脅威の一つは去った。

 だが今、姿の見えない射手という新たな脅威にさらされている。

「さてマスター殿。少々、夜の散歩と洒落込みましょうか?」

「……へ?」

 急に穏やかな顔に戻り、自身の方に向き直るセイバーを、波彦は呆けた顔で見返した。この先に、そら恐ろしい経験をすることになるなど、つゆ知らずに。

「さあ、しっかり掴まっていてくださいね」

 笑顔のセイバーは、波彦を抱え込み、夜の空へと飛び出した。文字通りに。

 結局その後、町内を縦横無尽に巡り、射手を完全に振り切ったことを確認し、セイバーを自宅に案内するまで数十分。

 その間、波彦は襲い来る強力なGと、突き抜ける夜の風に、身体を揺さぶられ続ける羽目になった。せめてもの救いは、その風に生温かさが残っているおかげで、凍えずにはすんだこと、ただそれだけ。

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